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17 処分

16話もかかってようやく入学して3日目までしか進んでいませんでしたが、ここで一気に1週間後に移ります。闘病生活から解放されたトシヤが久しぶりの教室に向かうとそこには・・・・・・

 トシヤが入院してから1週間が経過した。その後の経過は良好で、ようやく本日から登校の許可が下りて、彼は朝から男子寮の自室のドアの前に立っている。


「おーい、レイちゃん! 鍵を開けてくれ!」


 彼がドアの前で大きめの声を出すと、部屋の内側からカチリと鍵を外す音が聞こえてくる。


「サンキュー!」


 声を掛けてドアノブを回して中に入ると、朝日が入り込んでいるにも拘らず、薄暗い部屋には誰も居ない。


「しばらく留守にしていて悪かったな! ああ、空気の入れ替えをしたいから窓を開けてくれ!」


 誰も居ないはずの室内に声を掛けるトシヤ、するとその声にしたがって窓がガタガタと音を立ててゆっくりと開いていく。


「うん、レイちゃんはなかなか便利だな! これからもよろしく頼むよ!」


 トシヤの声に対する反応は特に無かった。鍵を開いたり窓を開けたのは、この部屋に住み着いているレイスだ。トシヤが『レイちゃん』と命名して現在彼が使役する魔物となっている。素直に命令には従うのだが、抽象的な思考は理解できないため『よろしく!』というトシヤの言葉に対しては何の反応も見せなかった。


「さて、朝飯を食ったら久しぶりに学院に顔を出すとするか。着替えたらすぐに出るから、留守番頼むぞ!」


 トシヤはマジックバッグから制服を取り出して着替え始める。レイスから好奇心に満ちた波動が伝わってくるが、トシヤは華麗にスルーした。何しろこのレイスは隣の部屋の男子学生にフラれて自ら命を絶ったホモレイスなのだ。使役する分には構わないが、魔物の欲望を満たす対象にはなりたくない。


「俺に対して邪な考えを持ったら、その場で冥界に送り届けるからな!」


 当然釘を刺しておく。どちらが主人なのかきちんとわからせておかないと、相手は魔物だけにいつ牙を剥くとも限らないのだ。トシヤ以外には誰も居ない部屋の中から、怯えに満ちた波動が広がる。


 何十年もの間、魔法学院の腕に覚えのある魔法使いたちが何度も調伏に乗り出したが、誰も果たせなかったこの魔物を、トシヤは殺気一つで屈服させていた。今では簡単な用件をこなす召使い状態だ。


「よし、準備ができたから行ってくる。大人しく留守番していろ!」


 そう言い残してトシヤは部屋を出て行った。向かう先は寮の食堂だ。







「おい、やつが姿を見せたぞ! 本当に不吉な髪の色だな!」


「あいつが噂の黒のネクロマンサーか! もしかして黒魔法を使えるのか?」


「入学して2日目で、20人を相手にして圧勝したんだろう!」


「でも最後に怪我をしたらしいな」


 トシヤの姿を見て食堂に居た生徒たちの間では彼の噂話で持ちきりだった。トシヤが入院している1週間の間に1年生から3年生まで彼の噂が伝わっていた。その内容は大体事実に近いが、多少の尾ひれもついている。この学院には黒髪で黒目はトシヤ一人しか居なかったため、誰でも一目見ればそれが彼本人とわかるのだった。


「おーい、トシヤ君! こちらに来たまえ!」


 噂話には一切耳を貸さずに『どこの席に座ろうか』とキョロキョロしていたトシヤに、奥の方から声がかかった。そこには男子寮の舎監のアルテスが手を振っている。呼ばれたトシヤは素直にその席に向かった。


「入学早々派手に暴れてらしいな! 怪我の方はもう大丈夫なのかい?」


「はい、今日から登校の許可が出ました」


「そうか、それは良かった。取り敢えずは朝食をもらってくるといいだろう」


 にこやかな表情のアルテスに促されて、トシヤはカフェテリア方式のカウンターに並ぶ。


「野菜のスープとチキンソテーをお願いします」


「はいどうぞ!」


 係りのオバちゃんから料理を受け取り、パンと適当にそこにあった飲み物をコップに注いで、トシヤはアルテスが待っている席に戻る。


「ほう、朝から肉料理かい。食べ盛りは羨ましいね!」


「入院している間は消化のいいものしか口にできなかったので、肉の味が恋しかったんですよ」


 アルテスはスープとパンだけのあっさりとした朝食だった。学生が寮から居なくなる時間が彼の睡眠時間なので、これで十分なのだろう。


「どうやら君の武勇伝はずいぶんと噂になっている。私の目に狂いは無かったようだね。それにしてもいきなり20人を相手にするとは想像以上の大物だったね」


「大したこと無いです。相手はぜんぜん戦闘経験が無い赤ん坊同然ですからね。こちらがちょっと変化を付ければ、対処ができなくなるのはわかっていましたから」


 魔物を相手に10歳から実戦経験を積んでいるトシヤから見れば、相手が何人いようが全くのザコ扱いだった。彼のようなプロの冒険者というのは、過去に何度も修羅場をくぐって生き残った人間だけが名乗れる職業なのだ。


「そうかい、でも注意するんだよ。この学院でも当然出る釘は打たれる。上級生からすでに君は目を付けられているからね。まあ、私はそれほど心配はしていないけどね」


「そうですか、俺も全く心配はしていませんから安心してください」


 もしこの場にアリシアが居れば『少しは心配するの!』と突っ込みの一つも入りそうだが、アルテスは笑いながらトシヤの発言をスルーした。


「さあ、食事が終わったらクラスメートに元気な顔を見せてきなさい」


「はい、行ってきます」


 食事を終えたトシヤは席を立って教室に向かう。アルテスと話し込んでしまったので、いつもよりも大分遅い登校時間になっていた。とはいっても教室に行くのはこれが3回目だが・・・・・・



「あっ! トシヤが来たの!」


「トシヤさん、お勤めご苦労様です!」


 一番先にトシヤの姿を見つけたアリシアの声に続いて、エイミーの出所したヤ○ザの組員を出迎えるかのような変な挨拶が聞こえてきた。


「二人とも心配を掛けたな。この通り元気になったぞ! エイミーは俺が寝たきりの間色々と世話になってありがとうな」


「トシヤさん(君)が元気になってくれたので、私も嬉しいです」


 トシヤがエイミーに対して礼を述べているのは、あのトイレに立てなかった非常事態の件だった。あれから翌日とその次の日も、起き上がるのに苦労したトシヤはエイミーの献身的な介護を受けていた。


「トシヤは感謝する必要は無いの! エイミーが好きでやったことなの!」


 アリシアの突っ込みにトシヤは頭の上に大量の『????』を浮かべている。彼女は知っている。エイミーはトシヤの股間に付いているトシヤ君にご挨拶するのを、秘かな楽しみにしていた。その反応が面白くてどうやら癖になっている模様だ。トシヤが起き上がれるようになったのを一番残念に思っているのが、他ならぬエイミーだった。


「ア、アリシアは一体何のことを言っているのか、私には全く意味がわかりません! それよりもトシヤさんが元気になったお祝いをしましょう!」


 挙動不審に陥り、何とか話題を転換しようと必死のエイミーの態度だが、アリシアは『お祝い』というフレーズに食い付いた。


「そうなの! 快気祝いはしないといけないの! 放課後に外に出掛けるの!」


「それがいいです! トシヤさんにおごってもらいましょう!」


「まあ、世話になったお礼はしないとな。放課後にどこかの店に出掛けようか」


「ヤッターなの! トシヤのおごりで食べ放題なの!」


 教室の一番後ろの席で3人の和やかな会話が弾む。その様子を伺っている他のクラスメートの反応は大きく二つに分かれていた。片や、相変わらずトシヤのことをネクロマンサーではないかと恐れる生徒、もう一方は全員平民のこのクラスの中で何らかの形で貴族に見下されて嫌な思いをした者たちで、トシヤが模擬戦で貴族を打ちのめしたあの出来事に心の中で喝采を送っているのだった。


 学力試験の結果で現在1年生のクラスが暫定的に編成されているのは以前に触れたが、これは貴族が頭が良くて平民は頭が悪いということではない。恵まれた教育環境にあって高価な書物や家庭教師が付いて学んだ貴族の子弟が入学試験では上位に来るのが当たり前というだけのことだ。エイミーのように小さな村で満足に学校にも通えないという環境でこの学院に合格する方が奇跡的な出来事だった。


 一言だけ添えると、字が読めないトシヤと本質的にバカなカシムは例外扱いだ。彼らは為るべくしてこの底辺クラスの更に下『F』クラスで勉強している。



 朝の生徒たちのおしゃべりタイムはラファエル先生の登場で幕が引かれた。全員起立して挨拶を行う。


「皆さん、おはようございます。さて、早速ですがトシヤ君、君は今から私に同行して学院長室に行きなさい。先日の模擬戦に関する事情を聞かれるからそのつもりでいるように。場合によっては重い処分が下る可能性がありますから、発言には気をつけてください。他の生徒は昨日の復習をするように!」


 そう言うとラファエル先生は難しい顔をしてトシヤを伴って学院長室に向かう。残された生徒たちは昨日の復習どころでは無かった。


「大変なの! トシヤが連れて行かれたの!」


「どうなるのでしょうか? トシヤさんにまるっきり悪い点がないとは言い切れませんから、なんだか心配です」


「先生は深刻な顔をしていたの! もしかしたら厳しい処分になるかもしれないの!」


 アリシアとエイミーは顔を合わせて心配そうだ。その横ではカシムが話題には参加しないでグーグー寝ている。昨日の復習になど全く手を出すつもりは無いと彼は高らかに宣言するのだった。





「失礼いたします。学院長、1-Eのトシヤ君を連れてまいりました」


 学院長室のドアを開いてラファエル先生に連れられたトシヤが入室する。


「うむ、そこに掛けたまえ。さて、トシヤ君、君には2つの点で模擬戦のルールを破った事実が確認されている。まずはゴーレムを使って演習室を封鎖した件だ。これについて何か申し開きがあるかね?」


 毅然とした態度でトシヤが仕出かしたルール違反について問う学院長の目は真剣そのものだ。なにしろトシヤは入学試験で彼の受験の様子を見守っていた『獣神』さくらから推薦された人物だ。下手に突くと彼女の怒りに触れてこの学院存続の危機が訪れる可能性もある。かといって立場上ルール違反を見過ごす訳にもいかない非常に難しい立場に学院長自身が追い込まれていた。


「あの便所スリッパ野郎が先にルールを破った時点で、俺の中では模擬戦は終了して殺し合いが始まったと認識しています。他の人間を巻き込まないための止むを得ない処置です」


 学院長は頭を抱えている。当事者の口から『殺し合い』という文言が出てしまっては、情状酌量の余地が無くなってしまうためだった。それにしてもトシヤには自分に都合良い証言をしようといった考えが全く無い。バカ正直にあるがままを学院長に向かって話している。


「もう一つの違反行為、ペドロ君を必要以上に痛め付けた点についてはどうかな?」


「当然生きているのが嫌になるような目に遭わせてから、最後に止めを刺すつもりでした。もっともエイミーのおかげで止めを刺すのは無しにしました」


 再び学院長は頭を抱えている。殺意を明白に持っていたと本人が認めている以上、これまた情状酌量の余地は無い。


「学院長、私からも彼に聴きたいことがあります。発言してもよろしいでしょうか?」


「うむ、構わん」


 ラファエル先生は学院長に一礼してからトシヤに向き直った。


「トシヤ君、君はペドロ君から液体を掛けられる前は、私が教えた通りにルールに沿って試合をしていたように見えたが、その点に関して君の考えはどうだったんだね?」


「その通りです。最初は死なせたり大怪我をしないように注意していました。倒れた時に打ち所が悪かった連中の面倒までは見れませんでした」


 事実20人の生徒の内でトシヤの攻撃で肋骨を骨折したり、肩の関節が外れた者が7人に上っている。


「ということは、もしペドロ君があのような反則に及ばなかったら、君はどうするつもりだったのかな?」


 学院長の表情がパッと明るくなる。ここでトシヤがうまい具合に証言したら、責任をペドロに押し付けて、トシヤには軽い処分を下すことが可能になる。


「あの便所スリッパ野郎は少々痛い目に合わせるつもりでしたが、特に命までは取るつもりは無かったと思います」


「なるほど、君はあの反則が無ければ、通常の模擬戦をするつもりだったんだね」


「たぶんそうなります。多少の流血はあったかもしれませんが」


 ラファエル先生の目には『最後の一言は余計だ!」という意味の光が宿っている。学院長はラファエル先生がうまくトシヤを誘導してくれたことに、感謝の目を向けている。『これで何とかなる!』という手応えを掴んでいるようだ。


「よしわかった! 君は相手の反則に対して、相応の対処をしたというわけだな」


「大体その通りです」


 世の中には大人の事情というものが存在する。トシヤは知らないうちに、2人の大人の都合の良いような証言を引き出されていた。もっともトシヤにとっては全く与り知らぬことではある。


「それではトシヤ君、君の模擬戦における反則行為に対する処分を伝える。1週間の停学と3ヶ月間の模擬戦と公式戦の出場停止だ。停学に関してはすでに怪我をして入院していた期間で終了したものとする」


「はい、わかりました」


「寛大な処置に感謝いたします」


 トシヤとラファエル先生が揃って頭を下げる。だがこの2人以上に胸を撫で下ろしていたのが他ならぬ学院長だ。自分の首程度ならまだ良いが、下手をするとこの学院が地上から消え去るような危機をこれで何とか回避できたと、心の底から安堵している。それ程『獣神』の力というものは恐るべきものなのだ。




 思いの外軽い処分で終わったことに、トシヤとラファエル先生は先程とは違って軽やかな足取りで廊下を歩いている。


「先生、おかげで助かりました。3ヶ月模擬戦を我慢するくらい、大したこと無いですよね!」


 トシヤは他の生徒が参加する模擬戦を眺めているだけになるのは面白くないが『あれだけの事を起こしてその程度は仕方が無いか』と軽く考えていた。


「トシヤ君、君は学院長の話を最後までしっかりと聞いていたのかね? 模擬戦と公式戦が出場できないんだよ! 特に6月に行われる最初の公式戦は、コース別のクラス分けの資料になるだけではなくて、年間成績にも大きく響くからね。このままでは君は間違いなく留年だよ! 大変だなー、特に学科を頑張ってもらわないとなー(棒)」


「そ、そんなぁぁぁ!」


 呆然と立ち尽くすトシヤの姿がある。それはこの学院に入学して初めて見せる彼の涙目だった。


 



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