16 エイミーの自白 後編
「エイミーのパンツを脱がせて喜んでいたトシヤはやっぱり変態なの!」
「そんなことは無いですよ! トシヤさんは私の傷を心配してくれたんですから。あの時の薬がとっても良く効いて今は全然傷跡が残っていないんです」
「さっきエイミーは『裸を見られた仕返し』と言っていたの! 何でそこでトシヤを庇うの?」
「そ、それは、その…… 何と言いましょうか……」
エイミーの歯切れがいつになく悪い。それは彼女自身もトシヤに抱いている感情をうまく口にできないせいだった。
「そんなのはどうでもいいから、続きを早く話すの! もしかしてここから修羅場が始まるの?」
「どうでしょうか? えーと、話の続きは……」
再びエイミーの口から続きが語られる……
狭い木の洞の内部で見つめ合った二人に重たい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは少女の方だった。
「あ、あの…… もしかしてあなたが助けてくれたのですか?」
少女の鈴を鳴らすような可憐なオズオズとした響きの声が空間に響く。その声に少年はようやく我に帰った。
「あ、ああ、そうだ」
(ヤバイ、ヤバ過ぎるぞ! この状況はどう言い訳しても絶対に無理だ! せめてパンツを穿かせたままだったら!)
少年の額から大量の汗がダラダラと流れ落ちる。気がつくと初春なのに全身が汗に塗れていた。
「危ない所を助けていただいてありがとうございました」
そう言って彼女は上半身を起こして…… そして固まった。
(???? 何で私は裸なの? それにパンツが膝まで下げられているし…… まさかこの人が?!)
慌てた様子でパンツを穿き直して胸を両手で庇う様にして少年を『キッ!』とした表情で睨む少女、ゴブリンの魔の手から救われたのも束の間、この少年によって知らない内に酷いことをされたと思い込んでいる。
(ダメだ、完全に誤解している。何とか誤解を解かないと本格的に不味いぞ!)
少年は脳をフル回転させる。今目の前にあるこの危機を脱しないと、未来が閉ざされてしまうかのように感じているのだった。
「誤解しないようにしっかり聞いてくれ! 俺はゴブリンから君を救い出してここに連れて来た」
「それからイヤラシイことをしたんですね!」
「ああそうだ…… じゃないぃぃぃ! これを見てくれ、ゴブリンの毒が回らないように薬を塗っていたところで、急に君が目を覚ましたんだ!」
(頼む、何とか納得してくれ!)
性犯罪者という不名誉なレッテルを張られる前に、彼女の目の前に軟膏をかざして自分の行為を認めてもらおうと必死な様子の少年。
「薬ですか……?」
少女は自分の体を改めて眺めてみる。確かに彼が言う通りに、あちこちに出来た傷に緑色の薬草が塗られた痕跡がはっきりと残っていた。自分が意識を失っている間に、少年が手当てをしてくれたのはどうやら本当のようだ。
「手当てをしてくれたのはお礼を言います。でも、見ましたよね!」
少女は思いっ切り顔を赤らめて尋ねる。どこを見たかは改めて言うまでもないだろう。好きでもない男性に一番見られたくない部分だ。
「誤解しないでくれよ! パンツに血が付いていたから傷がないか確かめていただけで、疚しい気持ちで遣ったことじゃないぞ!」
(すいません、半分以上本能のままに遣ってしまいました。思わず感動して手を合わせたのは事実です)
少年の目が泳ぎまくっているのを見逃さない少女はさらに畳み掛ける。
「本当に100パーセント純粋な気持ちで手当てをしてくれたんですか?」
(絶対にこの人は私の裸を見て喜んでいたはず! その証拠に目が挙動不審な動きをしている)
「すいません、ほんの少しエッチな気持ちが混ざっていました」
少年は基本的に嘘がつけない。すぐに顔に出るので、母親にいつも見破られていた。だから素直に自分の非を認めて謝罪するのが一番だと学習している。
「ほんの少しじゃないでしょう!」
「はい、その通りです」
いつの間にかパンツ1枚の少女を前にして少年は正座をしている。これこそが家で叱られる時の基本姿勢で、これ以外の態度を取ったら容赦の無い鉄拳が飛んでくるのだ。長年染み付いた習性が見ず知らずの少女を前にして発揮されている。
(どうしよう、大分反省しているみたいだし、助けて手当てしてくれたのも事実だから、あんまり強いことも言えない……)
再び空間に重たい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは大きく響いた音だった。
グーー!
その音に両手で胸を覆った少女の顔が見る見る真っ赤に染まっていく。彼女は上半身が裸でいることも忘れて恥ずかしくて顔を覆った。両手で覆われていたそれほど大きくは無いが形のよい胸がポロンと露わになる。先端の淡いピンク色がまだ小さい蕾のままで、どうやら生育途上のようだ。あと2,3年すればというお楽しみがある。
そして彼女が胸を隠すのも忘れたその音の原因は、お腹が空腹を訴えて鳴る音だった。
「えーと、お腹が空いているのかな?」
少年の声に黙って頷く少女、本当は恥ずかしくてここから飛び出したいのだが、いくらなんでもパンツ1枚で外には出られなかった。
ようやく少女による追求が有耶無耶になって、マジックバッグから取り出した自分の予備の服を少女に渡す少年、それほど大きくはないが形のいい胸がアンダーシャツによって隠れていくのを、彼は残念そうな表情で見ている。もう彼女の裸体に関する欲望を隠すのはすっかり諦めたようだった。彼女はその上から綿入りの上着を着てズボンも穿いていく。
「何で私が服を着るところを、そんなにじっと見ているんですか?!」
少年に抗議するような目で訴える少女だが、全てを見られている以上彼女のその声にもどこかに諦めたような響きがある。というよりも『全部見られたのに何を今更』というある種の開き直りが少女を包んでいた。それよりも昨日から何も食べていない身としては無駄な議論は終わりにして一刻も早く食事にありつきたいという本音がより大きな原因でもあった。
少年はマジックバッグから焙った肉や宿屋で作ってもらったスープ、パンなどを大量に取り出して皿に載せて少女に差し出す。
「腹いっぱい食べてくれ! お代わりもあるから遠慮しないでいいぞ!」
(しめしめ、これで裸を見た件はチャラに出来そうだ)
そこにはこれで彼女の機嫌が直れば安いものだという打算があった。
少女は受け取ったスープのカップを夢中で飲み干した。丸1日以上何も口にしなかった空きっ腹に染み渡る味だ。これほど美味しい料理を口にしたことがないかのように、夢中で肉やパンに手を付ける。
「この料理凄く美味しいです! 昨日から何も食べていなかったので本当に生き返ったような心地です!」
どうやら料理の美味しさに負けて、少女もあの一件は水に流すようだ。
「どうだ、元気になったか?」
用意された食事をペロリと平らげてお代わりまでした少女の食欲に『裸の件はもう大丈夫だろう』と判断した少年が尋ねる。
「ハッ! そうでした! 私ご飯に夢中になってしまっていました。本当にありがとうございました。私はノルデンの近くの小さな村の出身でエイミーといいます。帝都には魔法学院の試験を受けるために向かっている途中でした。お金がなくなって何も食べていないところを、ゴブリンに襲われて、本当に危ない時に助けてもらってあなたは命の恩人です」
「なんだ、俺と一緒だな。俺はトシヤ、テルモナの街よりももっと奥にある開拓村の出身だ。母ちゃんから一般常識を学んでこいと言われて魔法学院を受験するんだ。もう冒険者登録して今はDランクだ」
偶然にも両者はまったく同じ目的で帝都に向かっているのだった。
エイミーは立派な魔法使いになって、女手一つで苦労して自分と幼い兄弟を育ててくれた母親に楽をさせたい一心で、家族の反対を押し切って子守などをして貯めた僅かな路銀を手に、家出同然で村を飛び出していた。
トシヤはすでに現役の冒険者で年齢制限でまだDランクに留まっているが、冒険者ギルドテルモナ支部の期待の若手だ。学校にも通わずに近所の森で魔物狩りに明け暮れていたせいで、読み書きすら間々ならない現状に業を煮やした母親の強制的な命令で受験が決まった。ただし、読み書きが殆どできなくて試験が受かるかどうかは全くの別問題だ。
「まあ、本当ですか! 二人とも合格するといいですね」
胸に手を当てて偶然の出会いに感謝するエイミー、大きな危機を乗り越えた安堵感でその表情は明るい。元々このように明るい性格なのだろう。
「おいおい、そんな暢気にしている場合じゃないぞ! エイミーは一文無しなんだろう? 帝都に入るにも金が掛かるし、試験まであと3日あるけど、それまでそうするつもりだ?」
「全く考えていませんでした」
今度は小さくなって下を見るエイミー、考えていることがストレートに態度に表れるわかり易い性格だ。
「まあしょうがないか、助けたのも何かの縁だし、試験まで面倒見てやるから安心しろ。これでも冒険者で結構稼いでいるから、金に余裕はあるんだ」
(よしよし、すっかりこっちのペースになったぞ! このまま裸の件は忘れてくれ!)
「何から何までありがとうございます。借りたお金は必ず返します」
(なんかいい人みたいだから、仕方が無いし裸を見られたことは諦めよう)
色々な面で自身完全に行き詰っていたエイミーは、他に選択肢が無かった。トシヤから差し伸べられた救いの手にまさに縋っているようだな状態だ。だが見ず知らずの自分の命を救っただけでなく、しばらく面倒を見てくれるという申し出を聞いて、エイミーは彼への見方を少しずつ変えていた。
「そうだ、忘れていた。これを飲んだ方が良い。毒消しの薬草を粉にしたものだ」
トシヤはマジックバッグから取り出したビンから濃い緑色の粉末を手早くスプーンでカップに移してお湯で溶く。何とも言えない匂いが立ち込めるが、軟膏を塗ったとはいえ、毒消しを飲む方が万一の備えとして安心できるのは当たり前だ。
「うへー・・・・・・ これを飲むんですか?」
小さな村で生活する分には毒消しの薬草など無縁だったエイミーが、そのあまりの臭いに顔をしかめている。ドクダミ茶をもう少し斜め上に発展させたようなえもいわれぬその香りは、エイミーの思考から『裸を見られた件』をすっかり取り除いていた。毒消しの薬草グッドジョブだ。
罰ゲームのような表情で薬草を飲み干したエイミーは、口から舌を出して『ひー、苦いー!』と毛布の上を転がり回りながら叫んでいる。
「薬だから苦いのは我慢しろ。ところで聞きたいことがあるんけど、俺が現場に駆け付ける直前にエイミーの体から物凄い量の魔力が噴き出していた。何か自分で心当たりはないか?」
トシヤは彼女を助けた時から気になっていた魔力の件を尋ねた。あのようなことが再び起こるならば、爆弾が身近にあるのと変わらない。その不安を取り除くために必要な質問だった。
(ま、まさか…… またいつの間にかあれが起きていたの?!)
エイミーの表情は見るからに動揺している。誰にも知られたくない秘密をトシヤに知られてしまったせいで、裸を見られた時よりも遥かに大きな動揺をしていた。
「そ、その…… なんと言えばいいのか……」
俯いて言い難そうにしているエイミー、その表情は果たして打ち明けていいものかという逡巡を湛えている。
「言い難いことなら無理に言わなくていいよ」
トシヤにもこれからしばらく一緒に過ごすにあたって不安は付きまとうが、冒険者は他人の能力や技を詮索しないという掟があるので無理には聞こうとしなかった。
「その…… 言い難いことではないのですが、信じてもらえるかわからないので、今まで誰にもお話ししたことがなかったんです。でもトシヤさんにはどうやら魔力のことを知られてしまったようですし、お話します」
決心したような表情で彼女はトシヤの正面から彼の目を見つめる。あまりの荒唐無稽な話なので信じてもらえるか自信は全く無いが、ここまで口にしたものを今更撤回する訳にも行かなかった。
「私がまだずっと小さかった頃に、大きな病気をして死に掛けたことがありました。その時に夢枕に天使様が立って『お前はこの場で死ぬ運命ではない。特別な魔法を使える力を授けるから、私の子孫の力になってほしい』と言って、病から救ってくださいました。それから自分が危ない目に会うと、その力が発揮されて周りが酷いことになってしまって……」
そこまで話してからエイミーは俯いてしまった。どうやらこれまでもその力を解き放って、恐ろしい被害を引き起こした経験があるらしい。だが彼女はそれについてはまったく語ろうとしなかった。
(天使か…… 心当たりがあり過ぎるな。ご先祖様の6人の妻の筆頭にして、大天使と大魔王の力を併せ持つ異世界『日本』からやって来た存在、たぶん間違いないだろうな。それにしてもご先祖様の関係者も、相変わらずあちらこちらに顔を出しているんだな! まあいいか、偶然の出会いが新しい縁を生んだと思っておこう)
トシヤは約600年前にこの世界に現れて、世界の在り方そのものを変えてしまった3人の日本人の話を耳にタコができるほど母親から聞かされていた。そもそもその内の一人はいまだにしょっちゅうトシヤの家に遊びに来て、昼寝をしたりご飯を食べている、彼の体術の師匠でもある『獣神』さくらだった。
「そうか、わかった。天使からもらったその力がうまく使えるようになるといいな」
「はい、ありがとうございます!」
エイミーノ表情がぱっと明るくなる。今まで一人で胸に秘めていた秘密を理解してくれる人物が現れた嬉しさに、頬をバラ色に染めていた。
「さて。遅くなったからもう寝るか」
そう言ってトシヤはランプの明かりを絞った。真っ暗にしてしまうと万が一魔物が襲って来た時の対処に困るから、最低限の明かりは灯す必要があるのだ。さっきまでエイミーが寝かされていた毛布に潜り込んで、さっさと寝る態勢に入るトシヤ。
(そ、そんな・・・・・・ この狭い所で一緒の毛布に包まるの?)
「早く寝ないと明日起きられないぞ」
急かすようなトシヤの声が響く。まだ夜は結構冷えるので、毛布が無いととてもではないが寝付けない。
(どうしよう・・・・・・ 一緒に寝るしかないのかな。もうこの際成り行きに任せるしかないよね!)
普通サイズの毛布が用意されているだけの狭い場所に入るには、女の子として勇気がいる。恐る恐るトシヤの横に体を潜り込ませていくエイミー、すっかり毛布の中に体を横たえると上を向いているトシヤはもう寝入っているようだった。
(なんだか凄く暖かいんですけど…… そういえば弟たちと一緒に寝た時も一人の時よりも暖かかったな。今頃どうしているかな? お母さんの言うことを聞いていい子にしているかな?)
極端な寒がりのエイミーにとって、毛布の中はトシヤの温もりが伝わる予想以上に寝心地のいい空間だった。ドキドキしていた鼓動が次第に収まって、エイミーの心に余裕が出てくる。
(うふふ…… トシヤさんか! 今日は色々と恥ずかしい思いもしたけど、私の秘密をわかってくれて本当にありがとうございました。同い年なのに私よりもずっとシッカリしていて、頼りがいのある男の子。こうして寝顔を見るとなんだか可愛い)
僅かな明かりに照らされたトシヤの寝顔にエイミーは見入っている。今日危ない所を助けられて、偶然に出会ったとは思えないほど、前から知っていたような気がしてくる。
(本当にありがとうございました。これはお礼の気持ちです)
眠っているトシヤの額にそっと口づけをするエイミー、まだ誰にもあげたことが無いその唇が、優しくトシヤの額に触れる。
(裸を見られちゃったけど、そのことは忘れてあげます。これからしばらくよろしくお願いします)
そんなことを考えながら自然と火照ってしまう頬を持て余しながら、エイミーは目を閉じるのだった。
「なんだかきれいにまとまっているの!」
「あれっ? アリシアはこのお話に何か不満でもあるんですか?」
「もっと、こう…… ドロドロの遣り取りに欠けているの! 変態の癖にトシヤがいい人に見えてくるの!」
「いやいや、実際にトシヤさんはアレですけど、いい人には間違いありませんよ!」
「それよりもエイミーは凄い魔法の力があるの?」
「それが、私にもよくわからないんです。意識して使えるわけではないので…… この力をどうにかしたいというのが、私がこの学院にやって来た一番大きな理由です」
「そうなの、エイミーがこれからいっぱい頑張るの! そうすればきっと大丈夫なの!」
「えー、私あんまり頑張りたくないです! もっと楽をして何とかならないでしょうか?」
「やっぱりエイミーはダメダメなの! もう遅いから今日は寝るの!」
こうしてアリシアはさっさとベッドにもぐりこんでしまった。一人で取り残されたエイミーも仕方なく自分のベッドに入る。
(はー、今日はなんだか色々あり過ぎて疲れました)
目を閉じるとあっという間に夢の世界に入っていくエイミーだった。




