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14 エイミーの自白 前編

 エイミーが戻ってきたのはすっかり夜も更けた時間だった。トシヤのベッド脇でグッスリと寝込んだり、彼の尿意のお世話をしたために、思いの外遅い時間になっていたのだった。


「アリシア、ただいま」


「エイミーはずいぶん遅かったの! 待ち切れなくてご飯は先に食べたの!」


 トシヤの病床から女子寮に戻ってきたエイミーを同室のアリシアが出迎える。彼女の机の上には初級魔法の理論教本とノートが広げられている。どうやら今日の授業の復習をしていたらしい。


 アリシアの魔法は狐人族に固有の能力で、人間や魔族が用いる魔法と根本的な違いがある。それはエルフが得意な精霊魔法と共通していて、森に漂う精霊たちの力を借りて『術』を行使するものだった。授業で学んだ理論を用いた魔法はアリシア自身まだ使用できないが『いつかは役立つ日も来るだろう』とこうして毎日習ったことをコツコツと勉強している。


「遅くなってすみませんでした。トシヤさんが目を覚ましたり色々あったので大変だったんです」


「そうなの! トシヤが目を覚ましたの! 良かったの!」


「はい、良かったです。それじゃあ私は食堂に行ってきますね」


 エイミーは実際空腹を感じていた。だがそそくさと部屋を出ようとした本当の理由は、トシヤのアレでついつい遊んでしまった気恥ずかしさのためだった。だがエイミーは考えがすぐに表情に出てしまうタイプで、全く隠し事ができない。


(エイミーの態度が変なの! トシヤの病室で絶対何かあったの!)


 そしてアリシアはとっても勘が鋭い。エイミーのちょっと赤く染まった顔となにやら緩みがちな口元に、違和感を感じているのだった。だがアリシアはここで追求しないで、敢えてエイミーを泳がせる方針を選択する。


「早く行った方がいいの! 今日は美味しいオレンジのデザート付きなの!」


 アリシアの目が怪しく輝く。エイミーを満腹にさせて、警戒が緩んだところで全てを吐かせようという魂胆だった。やはり彼女は多くの獣人たちから選抜されて特待生に選ばれただけの事はある。




 エイミーはいつものことだが食事に時間がかかる。彼女が食堂に行っている間に復習をすっかり終わらせて準備万端でアリシアは待ち受けている。


「アリシア戻りましたよ。ご飯が美味しかったのでついつい食べ過ぎてしまいました」


「エイミーが食べ過ぎるのはいつものことなの! たまには1食くらい抜いても罰は当たらないの! それで、トシヤが目を覚まして具合はどうだったの?」


 まずは外堀を埋めていくように無難な質問をするアリシア、それに対してエイミーはあの出来事を思い出して顔が真っ赤になる。アリシアでなくても誰が見ても何かあっただろうと考えるはずだ。


「えーと、そ、その・・・・・・ 結構大きくなってびっくりしました」


「えっ?」


「あっ!」


 アリシアはトシヤの容態がどうだったのかという一般的な質問から切り出していた。ところがあろうことか、頭の中の大半があの出来事で埋め尽くされているエイミーは『トシヤのアレの具合』を聞かれたと大きな勘違いをした。


「エイミーが不思議な人なのはわかっているの! でも今の答えは歴代1位の不思議な回答なの! 何があったのかキリキリ白状するの!」


 完全に尻尾を掴まれたエイミーは観念して色々と白状せざるを得ない状況に完全に追い込まれた。彼女の額から一筋の汗が『ツーー』と流れる。


「そ、その・・・・・・ トシヤさんがトイレに行けずに・・・・・・」


 エイミーは『ここまで追い込まれたら白状するのも已む無し』といった表情でアリシアに全てを打ち明けた。だが彼女を追い込んだのは脳内がすっかりピンク色に染まっている彼女自身だということには気がついていない模様だ。


「エイミーはやっぱりアホなの! なんでつい面白くなってそんな恥ずかしいことをするの!」


「そ、その、拭いているうちに大きくなるんですよ! 変な形なんですけど見ていたらなんだか可愛くなってきました。ちょっとした刺激にピクピク動くんですよ」


「そんな生々しい話は聞きたくないの! エイミーは女の子の癖に変態なの!」


 エイミー(15歳)、生まれて初めて同性から変態扱いされた瞬間だった。


「そ、そんな訳ないじゃないですか! こ、これは私の裸を見たトシヤさんに対する仕返しです! そうです、私にはその権利があるんです!」


 しどろもどろだったエイミーはなんだか正当な響きの言い訳を見つけて急にコブシを握って強気な態度に出ている。こんな場面でドヤ顔するのは15歳の女の子としてどうなのだろうか?


「そんな急に思いついた言い訳をしても無駄なの! それはそうとして、トシヤがエイミーの裸を見た件も教えるの!」


 アリシアにはエイミーの思い付きなど当たり前のように見透かされている。それとは別にエイミーがトシヤと出会った時のことを聞きだすのを忘れていた件をアリシアは思い出した。ついでだからこの場で一切合財白状させようという思惑で切り出した。


「ああ、あの時のお話ですか! 私は気を失っている時間もいっぱいあって、あとでトシヤさんから聞き出したことなので本当かどうかはわかりませんが、聞きたいですか?」


「いいからチャキチャキ全部話すの!」


 勿体をつけるエイミーにアリシアがキレ掛かっている。これだけの変態行為に手を染めておきながら、なぜそんなに偉そうな態度が取れるのか不思議でならない。


 アリシアの剣幕に押されてエイミーの口から2人が出会った当時の模様が語り始められた。せっかくなのでよりドラマチックに多少の脚色も加えながら、遠い目をして昔を振り返るようにエイミーの話が始まる。


 


 今から約3週間前・・・・・・



 初春の優しい日がやや西に傾き、肌寒さを覚える街道には旅人や商人の姿がすでにどこにも見当たらない。彼らは夕暮れの前に一刻も早く帝都に入ろうと先を急ぐようにして足早にこの辺りを通過していたのだった。


 両側を森が塞ぐようなレンガ敷きの街道を一人の少女がふらつきかける足取りで走っている。彼女は理由もなく走っているわけではなかった。その表情には苦悶と恐怖を浮かべて、必死に何かから逃げようとしている。


(いやー! 追いかけてこないで!)


 逃げる少女を追いかけていたのは5体のゴブリンだった。ゴブリンはこの世界では意思疎通ができない人型の魔物に分類されており、繁殖力が旺盛で『1体見かければ30体居ると思え』という標語があるくらいのまるでゴキのような連中だ。問題はその繁殖方法で、人間や魔物を問わずに他の種族のメスに襲い掛かって子を孕ますという習性があるため、若い女性にとっては恐怖と嫌悪を抱かせる有害な駆除対象だった。


(ゴブリンに襲われるなんて絶対にいや!)


 少女の頭に後悔の念が過ぎる。


(もう少し早く気がついていれば、魔法で対処できたのに・・・・・・)


 彼女が後ろから迫るゴブリンたちに気が付いた時には魔法で迎え撃つ余裕が無い程の間近に迫られていたのだった。普段ならば警戒してそんなことにはならなかった筈だったが、手持ちの僅かな路銀を使い果たして昨日から何も食べていなかったせいで注意が散漫になっていた。


 空腹のせいで力が入らない足を何とか励まして必死にゴブリンから逃げようとする少女だが、彼女は立ち止まって絶望した表情を浮かべた。前方の森の木の陰から更に3体のゴブリンがニタニタといやらしい笑みを浮かべて姿を現したのだった。


(そんな・・・・・・)


 少女の脳裏にゴブリンに蹂躙される最悪の未来が浮かぶ。いっそのことこの場で自害しようとも思ったが、ナイフすらその身に帯びていないために死ぬこともできなかった。前後を挟まれて逃げ場を失った少女にできるのは絶望しながらも一縷の望みを託して祈ることだけだった。


「ギギャ! ギギギ!」


 背後からゴブリンの声が聞こえて少女が反射的に振り返ったその瞬間、後ろから追いかけてきたゴブリンが彼女に飛び掛ってくる。子供くらいの身長しかないゴブリンだが、体全体の力が強くてそれが次々に少女に飛び掛る。その力に負けて少女はうつ伏せに街道のレンガの上に押し倒されてしまった。


「キャーーーーー! やめて!」


 必死に叫ぶ声も相手がゴブリンではまったく効果が無い。次々に少女に覆い被さって手足を押さえたり服を剥ぎ取りにかかる。耳障りな『ギャーギャー』という声だけが森に挟まれた狭い街道に響いていく。


(誰か・・・・・・ お願い、助けて……)


 体の上を隈なくゴブリンに埋め尽くされて声も出せない少女は心の中で呟きながらされるがままに為るしかなかった。悔しさと恐怖で固く閉じた瞳から一筋の涙が零れ落ちる。


 だが次の瞬間、彼女が再び開いたその瞳は神が宿っているかのような銀眼に輝き、その体内には想像を絶するような大量の魔力が沸きあがった。


「ギギギ?」


 人の言葉を理解しないゴブリンたちでも目の前で発生している異変に敏感な反応を見せる。少女を襲っていた手を止めて、間近な場所から発せられる膨大な魔力に対応する方法も思いつかなくて互いに顔を見合わせるばかりだった。






(助けてやりたいが間に合うか?)


 その少年はゴブリンに襲われる少女から300メートルほど後方を全力疾走している。彼の耳は確かに先程付近に響き渡る悲鳴を聞きつけていた。人が出せる速度の限界を遥かに超えて、身体強化を施したその体は魔力をまといながら声があった方向を目指してひた走る。


 ゴーーー!


 実際に音が響いたわけではないが、少年は膨大な魔力が近くから噴き出している感覚を捉えていた。


(なんだこの魔力は?! ドラゴンでも現れたのか?)


 彼は進む方向から突如沸き起こった桁違いの魔力に思わずその足を止めた。もしこんな大量の魔力による術式が発動したらこんな至近距離に居るのはあまりに危険過ぎる。だが付近一帯5キロ四方を吹き飛ばしそうな膨大な魔力は、どんなに急いで逃げたところで間違いなく自分を巻き込むだろう。


(止めるしかない!)


 そう判断した少年は再びその魔力の中心に向かって突き進む決心をした。あと何秒か何十秒後にこの一帯に引き起こされる地獄のような惨劇を食い止めるには躊躇している時間はなかった。


(あれか!)


 少年の目にゴブリンが一塊になって集まっている光景が飛び込んでくる。彼は足を止めずにマジックバッグから小石を取り出して手首のスナップだけでゴブリン目掛けて放っていく。それも1発ではなくて立て続けに5発の小石が空気を切り裂く『ヒュン』という音を立ててゴブリンに向かって飛んでいった。


「ギャー!」


 突然少女に覆い被さっていた一番上のゴブリンが悲鳴を上げて街道の上を転がりまわる。粗末な腰巻を突き破ってその汚い尻に尖った石が突き刺さっていた。自分の尻を抑えて喚き回るゴブリン、だがその1体に続いて次々に見えない速度で飛んで来る石に当たってある者は鼻を潰され、またある者は額をカチ割られて街道を転がり回る羽目となった。


 沸き起こる膨大な魔力に続いて、仲間が次々に遣られるという異変に全く対応できないゴブリンの前に、一人の体格の良い少年が姿を現す。まだその表情に若干の幼さを残す少年は年頃で言うと少女と同じくらいだろうか。彼は石に当たってその場を転がり回る連中には目もくれずに、その視線はまだ数体のゴブリンに覆い被さられている少女の姿に釘付けとなっている。彼の感覚は『彼女こそがこの膨大な魔力の発生源だと』正確に捉えていた。なんとしてでもその魔力を止めないことには自分を巻き込んで恐ろしい規模の魔法が発動してしまうのだ。


「邪魔だ、そこを退け!」


 彼は躊躇うことなく少女に近づいて右手を伸ばして1体のゴブリンの首根っこを掴むと、そのまま近くの木に向かって無造作に投げ付けた。


「ギャー!」


 悲鳴を上げながら頭から木にぶつかったゴブリンはそのまま地面に落ちて動かなくなる。少年は抵抗する間も与えずに残りのゴブリンを同じように処分して、街道を転がり回る連中の首や頭を踏み潰してからその体を森の中に蹴り捨てた。


 ようやく邪魔者を排除した少年は倒れている少女に駆け寄る。ゴブリンの危機が去ったと教えて魔力を引っ込めてもらわないことには本物の危険が去ったわけではないからだ。


「もう大丈夫だ、安心しろ! まずはその危ない魔力を何とかしてくれ!」


 うつ伏せになって倒れている少女の体を抱えて自分の膝の上に抱き起こす少年、その言葉が聞こえたのか目を開いているのも辛い程の量だった付近に溢れ返っていた魔力が『スー』という音が聞こえるような勢いで少女の体内に戻っていく。



 こうして一先ずはこの最大の危機を何とか回避する少年だった。

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