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11 模擬戦 2

主人公がいよいよ模擬戦に臨みます。かなり変則的な試合ですが、どうやら自信たっぷりの様子です。試合の行方は一体どうなることでしょうか?

 トシヤは20人の魔法使いを前にして、全く気負った様子は無く相手を見つめている。彼の前に並んでいるのはAクラスの生徒を中心に、2年生が数人混ざった集団だった。彼らを敢えて魔法使いと呼んだのは、貴族の子弟らしく高価な魔法具を身に着けているためだ。学生服や演習用の動き易い服ではなくて、術式を組み込んだローブや魔力を底上げする指輪などを装備している彼らは、その外見だけは一端の魔法使いに見えるのだった。


 対してトシヤは学院から支給された演習服に、左右の手には格闘実技の試験の時と同様に、さくらから譲り受けた篭手だけというシンプルな姿だった。


「不正入学の上に、ネクロマンサーの疑いがある貴様をローレンス家の誇りに賭けて、このままのさばらせておく訳にはいかない。この場で大きな顔ができないように叩きのめしてやる!」


「ほう、お前の家の誇りはこの程度のお遊びに賭ける程度の安っぽい物だったのか! さすがは便所スリッパの家系だけのことはあるな! それにしても連れがずいぶん少ないぞ! お前は友達が少ないのか?」


 20人もの生徒を相手にして『少ない!』と言ってのけるトシヤの神経を、まずは疑って掛かった方が良いのではないだろうか? それにもしこの場にアリシアが居れば『トシヤこそ友達が少ない!』いう突っ込みが入っても、文句のつけようが無いだろう。


「貴様! 栄誉ある我が家系をバカにするとは絶対に許さないぞ! 死なない程度のこの場でなぶり者にしてくれるから覚悟しろ!」


「ああ、遣れるものなら遣ってみろ! 特にお前は最後のお楽しみで、サンドバッグ代わりにボコッてやるから待っていろ! ああ、それから魔法は好きなだけ撃ち込んで良いぞ! 俺は身体強化以外の魔法は使わないから、安心してドカドカ撃って来い!」


 フル装備といって差し支えない20人を前にして、全く余裕の態度を崩さないトシヤに、さすがに見学席でこの遣り取りを聞いているアリシアが呆れ返っている。


「やっぱりトシヤはバカなの! あれだけの人数を相手にして自分は身体強化しか使わないなんて考えられないの!」


「アリシアは知らないと思うけど、トシヤさんは格闘実技の試験で騎士学校の上級生5人を相手にして、1分掛からずに勝ちましたよ」


「ほう、それは中々面白い話だな。まあ俺なら10人を相手にしても楽勝だけどな」


 エイミーの説明にカシムが大きく頷いている。彼もトシヤと同様に獣人の森の魔物を相手にして実戦で磨かれた戦闘技術の持ち主だけに、トシヤの実力が気になっているらしい。


「それにしても20人は遣り過ぎだと思うの! トシヤの考えがわからないから心配なの!」


「安心してください、どうせトシヤさんには、考えなんてありませんから!」


 心配性のアリシアは不安を口にするが、エイミーはその隣でトシヤ同様に全く余裕の態度だ。完全にトシヤを信頼し切っていると同時に、この2週間でかなりトシヤの生態を理解してきている。





「トシヤ選手から『相手は何人でも構わない』という申し出があったので、このような変則的な人数の試合となったが、模擬戦のルールをきちんと守った上で安全に留意して試合に臨むように! 仮に殺傷性の高い攻撃や魔法を用いた場合には、試合自体がそこで没収となって、その生徒には最悪で退学の処分が下される。双方ともわかったかね?」


 審判役には平等を喫して他学年の教員が当たっている。その注意事項に両陣営が頷いた時点で、模擬戦開始の合図を待つだけとなった。


 トシヤは両のコブシをカツカツとぶつけて戦闘モードに入った精神を研ぎ澄ましている。対して貴族のボンボンたちは扇型に散開して魔法を放ちやすい隊形を整える。あまりターゲットの周囲を囲み過ぎると、魔法をかわされた場合に同士討ちを引き起こす可能性があるので、20人が大きな弧を描いてトシヤに対して等距離を保つような布陣を敷いていた。


 入学初日の時は、トシヤを囲んで魔法を放とうとしていたペドロの指揮振りに比べると、どうやら上級生が知恵をつけた可能性が考えられる。わざと包囲させて同士討ちを狙っていたトシヤにとっては、初手を取られたような気分だったが、そこはいくらでもある彼の戦術の初歩の一つに過ぎないので、大して気にしてはいない。


「それでは開始!」


 審判の手が振り下ろされていよいよ模擬戦が開始を告げた。貴族のボンボンたちは魔法を放つ構えを取る。こうして構えると魔法学校に入学したばかりの1年生でも、身に着けている装備が一人前なので本格的な魔法使いのように見えてくるから不思議だ。


 この世界の魔法は日本からやって来たトシヤのご先祖様の影響で、よほどの上級魔法以外は無詠唱で放つのが当たり前だった。生徒たちは利き手をトシヤに向けて各々が照準を設定する。


 魔法が無詠唱で放てるなら当然攻撃魔法を使用する者が有利なのは当たり前だが、無詠唱魔法と言えどもよほどの熟練者でなければ瞬時に放てるわけではない。術式と威力を頭の中で正確にイメージして、着弾点の座標計算を行うのが必須条件なのだ。そこを疎かにすると命中率が一気に下がってしまう。このイメージの形成と計算をいち早く行う者が魔法戦を制するといっても過言ではなかった。


 それに対してトシヤは魔法が飛んでくるのを待つといった悠長な性格をしていない。素早く魔力を巡らせて身体強化を行うと、一気に動き出す。熟練した剣士がかろうじて捉えるのが可能な速度で不規則に動き回っているトシヤのせいで、魔法を撃とうとする生徒たちの座標計算がまったく追いつかない。これこそがトシヤの『魔法殺し』の技その1だった。


「なんて早い動きだ! 全く照準が合わせられない!」


「どこに行った? 姿が見えたと思ったらすぐに消え去るぞ! 一体どうなっているんだ?!」


「一斉に魔法を放て! 動きを制限するんだ!」


 貴族の子弟たちから悲鳴に近い叫び声があがる。上級生らしくトシヤの動きに合わせて攻撃魔法の運用方法を切り替えようとする指示が飛ぶが、そのような闇雲な攻撃はトシヤにとっては怖くもなんともなかった。炎や氷の塊があさっての方向に飛んでいくだけだ。


「さて、ずいぶん混乱しているようだけど、ここからが本番だからな!」


 トシヤは速度を上げて、扇状に並んでいるその端に一気に接近していく。


「わー! いきなり目の前に近付いてきた!」


 その生徒は自分の眼前にトシヤが突然現れたように感じて何とか声を上げるのが精一杯だった。


「はい、一人目!」


 その鳩尾に意識を失う程度に勢いを殺した拳を入れていく。トシヤからの愛情の欠片もないそのプレゼントを受け取ったその生徒は『グエーー』と呻いて胃の中身をぶちまけながら床に沈んでいった。自分が吐いた物に塗れて、無残に寝転んでいる。


 扇の弧に取り付いたトシヤにとっては、あとは端から順番に転がすだけの単純な作業しか残っていなかった。魔法は使えるが、近接戦闘の訓練を受けていない魔法使いの弱点が完全に露呈した形だ。もっとも生半可な訓練では到底トシヤの攻撃をかわせるレベルには達しないだろうが。


 瞬殺の連続で7人が床に崩れ落ちた時点で、ようやくトシヤの位置を把握した上級生から全体を指揮する声が飛ぶ。


「全員距離をとれ! 右方向に旋回しつつ、同士討ちを避けながら魔法を放つんだ!」


 多少はその指揮の効果が有ったようで、扇の弧の隊形を保ったままで魔法使いたちは右側に陣形を整えようとする。だが当然その指示はトシヤにも聞こえていた。彼は右に動こうとする生徒の一番先頭側、つまり今まで叩きのめしていた連中とは反対側に瞬時に移動する。


「なんだと! いきなり前に ブヘッ!」


「どうして前に進まないんだ! ゴワッ!」


 今度は向かおうとする進行方向にトシヤが出現して、一撃必殺で生徒たちを仕留めていく。その光景は草食動物の群れに飛び込んだ凶暴な肉食獣のようだった。


「あれがトシヤの実力なの! 凄いの!」


「だから言ったじゃないですか! トシヤさんなら心配は要らないんですよ!」


 アリシアとエイミーが歓声を上げている横でカシムは食い入るようにしてトシヤの戦いぶりを見つめている。そしてその戦いが終局に近づいた頃にようやく彼は口を開いた。


「アリシア、何であのハゲ野郎は『モトハシ流』の技をあんな完璧に使えるんだ? あの技が伝えられているのは獣人の王国だけのはずだろう!」


「それは私も気になっていたの! トシヤは獣人の師範よりも鮮やかな小手捻りを見せたの! あれは絶対にマグレなんかではないの!」


 獣人の2人は首を捻っているが、エイミーには全く何のことかわかっていない。そもそも『モトハシ流』という武術は獣人の王様が暇な時に戦闘部隊の鍛錬で伝えた日本の古武術で、当て身から関節技まで何でも有りの実戦武術だった。トシヤはご先祖様の妹であり600年の長きに渡って獣人の王を務めるさくら本人から直々に手解きを受けて鍛えられているので、その直伝の技を如何なくこの場で発揮しているだけだ。


 だが同じモトハシ流でもトシヤの技の数々と獣人たちが身に付けている技術には若干の違いが生じている。喩えるなら柔道が世界に広がって『JUDO』になった結果、ロシアのサンボのようなその地域の格闘技と融合したり、欧米人の体格やパワーを生かして本家とは違う方向に発展する例がある。獣人に伝えられたモトハシ流もその例に漏れずに、彼らの有り余る体力や瞬発力を生かした方向に現在は変化を遂げているのだった。


 オリジナルのモトハシ流の遣い手であるトシヤと、獣人に広まったモトハシ流の遣い手のカシム、おそらく将来必ずや実現するだろう2人の激突というのも中々楽しみだ。


 演習場のフィールドでは旋風のように動き回るトシヤの独り舞台が続いて、ついに残っているのはペドロただ一人になっていた。この時点で見学者の全員がトシヤの圧倒的な勝利を疑わない。どこから見ても両者には埋め難い実力差というものが存在していた。


 だがたった一人ペドロだけはこの期に及んでも自らの勝利を疑わなかった。元々の性格がプライドが服を着たような人間だったので、素直に負けを認められない彼のある意味捻じ曲がった人間性がもたらした不幸でもあった。


「生意気な平民が好き放題暴れてくれたな! まあいい、貴様は今から私の前にひれ伏すのだ!」


「誰が生意気な平民だって?! そもそも便所スリッパの分際で人間の言葉をしゃべる方が間違っているぞ! 大人しく便所に戻って人様に踏み付けられて来やがれ!」


 ペドロの表情が憎悪によって醜く歪む。その原因の大半はトシヤの毒舌がもたらしたものだろう。なにしろ最初から彼はペドロのことを『便所スリッパ』扱いで、貴族どころか満足に人間として認めていなかったのだから。辺境の冒険者との交流で磨き抜かれたトシヤ毒舌は大人の冒険者すら『アイツの口はドラゴンでも止められない』と匙を投げるレベルだった。その点からいけば、彼と互角に渡り合っているカシムは大したものだろう。


 その上トシヤの座右の銘は『話が通じない時には殴り付ければだいたいOK!』というジャ○アン気質なものだけに、いくら名門貴族の嫡男のペドロでも喧嘩を吹っ掛けた相手が悪過ぎたと言えよう。


「さて、便所スリッパではどこまで俺の攻撃に耐えられるか少々頼りない気がするが、頑張っていい悲鳴を上げろよ!」


 やや距離をとって右腕をグルグル回しながら、トシヤはペドロを睨み付けている。対するペドロは何か秘策でもあるようでニヤリとした笑みを浮かべながらトシヤの出方を待っている。相対する距離は約15メートル、トシヤの拳とペドロの魔法のどちらが有利ともいえない距離だ。


「行くぞ!」


 一気にその距離をつめるべく、ペドロ目指して直線的にダッシュを開始するトシヤだった。




ついにたった一人残ったペドロとの一騎打ちが次回のお話になります。このまますんなりと終わるのでしょうか? はたまた・・・・・・


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