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1 入学試験 1日目

新しいお話を投稿いたします。肩の力を抜いて楽しめる異世界学園コメディーです。ぜひ多くの方に見ていただきたいと思っております。今日中に5話まで30分おきに投稿いたしますのでどうぞよろしくお願いします。

 ここはこの世界で最も版図の大きなマハティール帝国の首都で人々は『帝都』と呼んでいる街だ。この世界唯一の帝国の首都なので特に街の名称がついていなくても『帝都』というのはここしかない。


 帝国と聞くと何やらいかめしい国のように感じるが、ここはかつて異世界からやって来た3人の日本人の影響を受けて、政治や経済から人々の日常生活に至るまで大きく変革を遂げた国だった。正確に言うとこの国だけではなくて世界全体が改革されて、人族だけでなくて魔族や獣人族、エルフやドワーフなどの様々な種族が平和に暮らしていける社会が築かれている。


 今日はこの国にたった一つしかない魔法学院で毎年春に行われる入学試験が3日間に渡って行われる初日だった。国中から集まった魔法の才能を持つ青少年がわずか200人しかその手にできない『合格』という証を得るために何年も努力を積んできた結果を試される。帝都だけでなくて地方からも多くの受験生が集まってしのぎを削るのだ。


 試験会場となる魔法学院には朝早くから大勢の受験生が詰め掛けてその熱気と緊張感が会場を包んでいる。そんな中で遅刻ギリギリの時間に何とか学院の門を潜って校舎に向かう男女が居る。すでに殆どの受験生は受付を済ませて案内にしたがって試験会場に入っているにも拘らず、この二人は特に急ぐ訳でもなく普通に歩いている。いや、正確に言えばなにやら2人は朝から言い合いをしている様子だ。


「トシヤさん、何で起こしてくれなかったんですか! おかげで寝癖を直す暇がなくて、髪が跳ねたままですよ!」


「何回も起こしたけど、返事だけして全然起きなかったのはエイミーだろう! おまけに時間を掛けて朝飯だけは腹一杯食べていたし!」


「当たり前じゃないですか! あんな美味しいご飯を最後まで全部食べないなんてあり得ません! 言っておきますが朝ご飯に責任はないんですからね!」


「それは自分の責任を認めているのも一緒だろうが! だからエイミーはアホなんだよ!」


「私がアホとは失礼極まりませんね! 世の中には言っていいことと、より大声で言っていいことがあるんですよ!」


「言っていいことだらけじゃないか!」


「と、とにかくですね、ろくに字も読めないトシヤさんにだけは『アホ』とは言われたくないです!」


「べ、別に俺はこの国の字の読み書きが苦手だというだけで、全く読めないわけじゃないぞ!」


「よくそれで魔法学院の試験を受けようとしますよね!」


「じ、実技で頑張る!」


 男子の名前はトシヤ、髪と瞳の色はこの世界で珍しい黒で、その皮膚の色や顔の造りには日本人の面影がある。約600年前に存在した彼の12代前の先祖は実はこの世界に変革をもたらした日本人で、彼はその血を色濃く受け継いでいた。いわゆる隔世遺伝というものにあたるが、彼の場合は先祖帰りと表現した方が適切かもしれない。


 女子の方はエイミー、年齢はトシヤと同じ15歳でブロンドの髪とエメラルド色のクリクリとした瞳が特徴で、明るくて元気がいい女の子だ。彼女は特に日本人の血を受け継いでいるわけではないのだが、どうやらトシヤに打ち明けた話によると彼のご先祖様と何らかの因縁があるらしい。


 朝から仲良さげな二人だが、出会ったのは2週間前でゴブリンの群れに襲われ掛けたエイミーをトシヤが助けたのがきっかけだった。その後無一文と判明したエイミーの面倒を受験のこの日までお金に余裕があるトシヤが見てきたのだった。


「ああ君たち、急ぎなさい! あと10分で試験開始だよ! あそこで受付を済ませたら大急ぎで会場に向かうんだ」


 校内に立って受験生の案内をしていた係りの教員だろうか、あまりにのんきに歩いている二人を見かねて声を掛けてきた。親切そうな壮年の男性だ。隣接している騎士学校には鬼が泣きながら逃げ出す程の教官ばかりが在籍しているが、どうやら魔法学院には温厚な人物が教員として配属されているのだろう。


「どうもありがとうございます。急いで向かいます」


 エイミーが丁寧に頭を下げて答える。トシヤに対応を任せるととんでもないトラブルを引き起こしかねないというのが、彼女がこの2週間で学んだ成果だった。


 とにかく彼は人との関わりがこれまであまりにも少なかったために、社会性が乏しかった。これはトシヤが引きこもり生活を送っていたためではなくて、むしろ逆だった。彼は年齢制限ギリギリの10歳から冒険者登録をしてたまに家に帰るくらいで、ひたすら魔物狩りに打ち込んでいたのだった。そのために特に同世代の仲間との生活経験が乏しくて、荒々しい辺境の冒険者と付き合ったせいでとにかく口が悪い。だが、なぜかエイミーにだけは15歳の普通の男の子らしい面を見せるのだった。


 受付を済ませた二人は第3演習場に向かう。そこでは魔力量と属性の測定が行われるのだった。この日集まった受験生は約2000人で、この最初の関門で基準に達しない3分の2の生徒が振るい落とされる。


「それではこれから魔力量と属性の測定を行います。番号を呼ばれた受験生は装置の前に来て係りの指示に従ってください」


 演習室全体に一斉に緊張が走る。ここが魔法使いの卵として学院に通う夢が叶うかどうかの第1関門だからそれは当然だろう。エイミーは他の生徒の迷惑にならないように小声でトシヤに話しかけた。


「トシヤさん、なんだか緊張してきました」


「何で緊張するんだ? 俺が見たところこの部屋には大して大きな魔力を持っているヤツは居ないぞ」


 せっかくエイミーが気を遣ったのを無駄にするようなトシヤの馬鹿でかい声が響き渡った。周囲からは『なんだ、こいつは?』という視線が注がれるが、トシヤは全くの平常運転だ。逆にエイミーの方がオロオロしている。口にしたセリフで理解できるようにトシヤにはある程度魔力の大きさや相手の力量が長年の冒険者生活でわかるようになっていたのだ。


「おいおい、平民が言ってくれるじゃないか! 数々の大魔法使いを生み出したローレンス家の期待を一身に集めたこの僕を前にして平民風情が聞き捨てならないな」


 ちょうどトシヤの真後ろで待っていたいかにも高位の貴族と思しき受験生がトシヤに噛み付いてきた。見るからにいけ好かない気位だけが高そうな貴族の馬鹿息子というイメージでその受験生はトシヤの目に映っている。トシヤの目が一瞬で狂犬のごとくに変化した。売られた喧嘩は最後までキッチリお買い上げして、売られていない喧嘩でも無理やり買い取るのが彼の流儀だ。


「ああ、誰に向かって口をきいているんだ、この便所スリッパ野郎! お前の家が有名な魔法使いを出していてもそれはお前の手柄じゃないだろうが! そもそもその大魔法使いっていうのは大魔王とどっちが強いんだ?!」


 いきなりキレたトシヤにエイミーはその隣で頭を抱えている。喧嘩っ早い江戸っ子も真っ青で逃げ出すくらいの勢いで、トシヤの口からマシンガン並みの罵詈雑言が炸裂していた。止める暇などあるはずもない。ちなみにトシヤの口から出てきた『大魔王』とは彼のご先祖様の第1夫人で、かつては街一つを指1本動かしただけで滅ぼしたという伝説の存在だ。


「貴様、貴族に向かって何たる無礼な口のきき方だ!」


 トシヤが放った暴言の数々は言い方は悪いが内容は一応正論だった。それについて言い返せないその受験生は『貴族に対する態度がなっていない』と論点をすり替えて反論するしかなかった。


「君たち、静かにできないならば退席してもらうよ」


 そこに騒ぎを聞きつけた会場係りの教員がやって来てエキサイトする二人を止める。頭に血が登り掛けたトシヤはすんなりと引いて、貴族の受験生も取り巻きに『行くぞ』と声を掛けてその場を立ち去った。これで一件落着と思いきや、今度はエイミーがトシヤに詰め寄ってくる。


「もう、トシヤさんはもう少し我慢を覚えないとダメです!」


「いきなり殴らなかっただけ俺も我慢したつもりだぞ」


「とにかくトシヤさんは非常識なんですから、試験会場の中だけでも大人しくしていてください」


「俺が非常識とは失礼だな! 生意気なことを言うのはこの口か!」


 トシヤはエイミーの頬を軽く引っ張った。だがエイミーも負けてはいない。


「誰が生意気ですか! そんなに引っ張ったらホッペが伸びてしまいます!」


 エイミーは左手の伸ばしてトシヤの耳を千切れても構わないくらい思いっきり引っ張った。


「いてててて! すみません、我慢しますから許してください!」


 耳を強く引っ張られると人はその痛みのために中々抵抗できなくなる。もちろんトシヤが力任せにエイミーを振りほどこうとすれば可能だが、彼女に怪我をさせる恐れがあるので抵抗を諦めて素直に従うほかなかった。それにしても他の人間には簡単にキレるトシヤが一体何故エイミーにだけは逆らえないのだろうか?




 そんな騒動からしばらくしてから・・・・・・


「1438番の人」


「あっ、俺の番だ!」


 トシヤは番号を呼ばれて魔力測定装置の前の椅子に腰を下ろす。


「この石板の上に手を置いて魔力を流してください」


 トシヤの前の机に置かれているのはいくつかの魔石が埋め込まれている石でできた板状の装置だった。これに魔力を流すと相性の良い属性の魔石が光ると同時に、接続された魔力モニターに魔力の量と適性のある属性が表示される仕組みで、この学院に特別講師として一時期籍を置いた大魔王が600年前鼻歌交じりに作り上げた魔法具だった。


「わかりました」


 トシヤは右手を置いて魔力を流し始めるが、装置は一反応を見せない。


「おいおい、あいつはあんなでかい口を叩いて置きながら、魔力が無いのかよ!」


「無様以外の何者でもないな!」


 先ほど揉め事を起こした貴族のボンボン連中がその光景を見て大笑いをしている。トシヤからすれば大きなお世話だ。だがその様子を後ろから見守っているエイミーは心配で気が気ではなかった。このままでは不合格になりかねない事態が発生して、大丈夫なのだろうかという表情でトシヤを見守っている。


「おかしいですね? どんな微量の魔力でも感知する装置なんですが、全く動かないというのは有り得ません」


 測定係りの教員も首を捻っている。この世界の人間は種族的に魔力が少ない獣人でもわずかな魔力を持っている。実用にならない程度の少ない魔力でも確実に読み取るはずなのだ。





 ちょうどトシヤが測定を行っている頃、その様子を学院長室で魔力モニター越しに見ている人物が居る。一人はこの学院の学院長で、もう一人は見掛けは17歳くらいにしか見えない少女だった。ただしどう見ても学院長の方が少女を敬うような態度をとっている。


「馬鹿だねー、トシヤの魔力があんなチャチな装置で測定できる訳が無いでしょう! もっと性能が良い装置はないの?」


「さくら様、あの装置でも魔力量3000までは測定できますが」


「それじゃあ無理だよ! トシヤの魔力はそんなものじゃないからね」


 この世界の一般の人間が持っている魔力の量は100前後、駆け出しの魔法使いが300、熟練者が1000くらいといわれている。Aランクの冒険者パーティーに所属できる魔法使いなら2000~3000といったところだろう。普通の受験生ならこの装置で十分なはずだった。


 それにしても学院長室のソファーに腰を下ろしてモニターを見ている『さくら様』と呼ばれた少女は一体何者かという話になる。実は彼女は約600年前にこの世界にやって来て大暴れした日本人の一人で、トシヤのご先祖様の妹に当たる人物だった。小さな頃のトシヤの体術の師匠でもあり、現在は獣人の王として日本とこの世界を往ったり来たりしている。7体のドラゴンを使役して『獣神』の称号まで得たれっきとしたこの世界の神様だった。神様の称号を得た時点で年を取ることも無くなり、時間だけは無限にあるのでこうして暇潰しに魔法学院の入学試験の様子を見に来ていたのだった。


「それでは別室にあります装置で測定を行いましょう。おーい、誰かあの受験生を例の部屋に案内してくれ!」


 学院長の一言で秘書が席を立って、トシヤは一般の受験生とは切り離されて完全に隔離された状態で試験の続きを再開する運びとなった。


 不安そうなエイミーには『宿屋で待っていてくれ』と告げて、彼は案内に従って特別演習室にやって来る。ここは600年前に大魔王が自ら魔法の改良や新たな術式の構築に用いた特別な部屋で、滅多なことがない限り立ち入り禁止の外部には一切公開されていない学院のトップシークレットエリアだった。


 

「ではこの石板に手を置いてください」


 それは先程の装置よりももっと大掛かりで精密な測定装置だった。それもそのはず大魔王が自らの魔力を測定するために開発して代物で、魔力量500万まで測定可能だ。


 トシヤが同じように魔力を流し始めると装置は問題なく作動して正確な数値を弾き出す。


「ま、魔力量8967だと・・・・・・」


 担当教員の目が点になっている。これだけの数値を叩き出したのは彼の母親が受験して以来の出来事で、およそ20年ぶりの大事件だったし、その母親にしてもトシヤの半分程度だった。


「それから適性のある属性は全種類で、しかもこの一番大きなグレーの色をした属性は一体なんだ?」


 教官が首を捻っているのも無理はない。それは長年この学校で教員をしている魔法を熟知した彼でも目にした記憶がないこの世界には有り得ない魔法属性で、日本の魔法技術が50年の時間を掛けて開発に成功したAI属性と呼ばれているものに他ならなかった。


 トシヤはこの世界の魔法書の類を一切見たことがなかった。仮に目にしても文字が読めないので、何が書いてあるのか理解できない。では彼はいつどこで必要な魔法知識を得たかというと、それはさくらから手渡された日本製の魔法書だった。その本の著者は『神建 橘』・・・・・・ 日本に戻った例の大魔王様本人だった。


 つまり彼は日本式の魔法理論で全ての術式を構築しており、そこにあったAI属性を彼なりに理解して自らの適正属性にしていたのだ。というよりも、あまり器用ではないトシヤは魔法能力の大半をこの属性に振り向けており、その他の『火』『水』『風』といった一般的な属性の魔法は初級レベルしか使用できなかった。



「さくら様、それにしてもこれは数十年ぶりの逸材ですな! あの年で魔力が数千に及ぶなどというのは、この目で実際に見てもまだ信じられません」


「そりゃーそうでしょう! あの子は魔物狩りが好きで経験値をいっぱい稼いでいるからレベルも高いしね!」


「ほう、それは頼もしい限りですな。ところであの見たことがない属性の正体は教えてもらえますかな?」


「うーん、私が説明するよりも実際に見た方が良いんじゃないの? どうせ実技試験になればわかるでしょう!」


「そうですな、ぜひ楽しみにしておきます」


 学院長室ではこのような会話がなされていた。この時点で学院長はトシヤの合格を決定しているが、後からもしかしたら間違った判断だったかもしれないと後悔するのだった。

 

次の投稿は30分後になります。『エイミーさんがちょっと可愛いかな?』と思ってくださった方は評価やブックマークをお願いします。

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