ハロウィン村のパーティー
ここはとある世界の片隅の村。人口数十人の寂れた村。ここでは毎年10月31日にある催しが開かれていた。
その名も“大ハロウィーン祭”
概要は簡単。空想上の生物になりきり、一日を過ごすだけ。名前すらもその日のみ普段とは違う名前で呼び、普段の名前を呼んだら敗けだ。毎年行われ、その度に村は活気づく。
これはただの余興。目玉イベントは菓子争奪戦だ。“トリックオアトリート!”という合言葉のもとジャンケンをし、あらかじめ配られたお菓子を勝った方が負けた方から奪うものだ。また、普段の名前を呼んでしまったものは、呼ばれた方に呼んだ方が菓子を渡す。この勝負には大人も子供も家族も仲間も関係ない。皆真剣だ。
昨年度の優勝者は、家から……否、部屋から出てこなかったニート君だ。おっと、これは本名だ。
日の光に弱いバンパイア、ダークフォース君だ。ちなみに、年は14だ。
今回は開始早々に母親、父親、妹から散々毟られていた。家族とはいえ容赦ないのだ。
開始時刻である日の出から数時間が過ぎた。今年は一人辺り二十個のお菓子が配られている。
そんなお祭りムード一色な村を魔女に扮した少女アイリスが歩いていた。金髪碧眼の15歳程度の困ったような微笑みをたたえて歩いている。
「ここは珍しい風習なのですね」
アイリスは旅人。一週間前にこの村へ来た。面白い風習があると聞いたので他の村より長く滞在している。
「私はアイリス。だ、大丈夫! 間違えたりしません……多分……」
最後は自信なさげに呟くアイリス。アイリスは演技が壊滅的に下手だ。一言で言うと嘘の吐けないタイプ。
「にゃあーぉ。大丈夫よアイリス。貴女は元々魔女なのだから、堂々としてなさ~い」
ペットの黒猫が空を飛びアイリスに尻尾を叩きつける。
「痛っ! リサ酷い」
アイリスはリサの言うとおり元々魔女だ。いや、召喚術者と呼んだ方が正確かもしれないが、この際どうでもいい。そう、翼もない黒猫がどうして飛んでいるのかだとか、何故喋るのかだとかはどうでもいいのだ。敢えて言うのだとしたら、そう言うものなのだと諦めてほしいとだけ言おう。
アイリスは村の中心部へと歩く。一週間もここに滞在しているとは言え、この村の人達をよく知っているわけでもない。辺りを見渡せば色んな人が居た。
「お姉さん綺麗だね。トリックオアトリート」
「あらぁ。でも、私の名を呼んでほしいなぁ」
「サリアン」
「違うわよぉ……ね、私の本当のな・ま・え」
「でも、それは……」
「ダメなのぉ?」
「くぅ……シスアーネ」
黒い尻尾を生やし、羽根をつけた露出の多い扇情的な悪魔の仮装をしている女とそれに言い寄った結果、名前を呼ばされてお菓子を渡すことになったミイラの仮装だろう包帯を巻いた男。挙げ句の果てにはジャンケンにも負けて散々な結果だったようだ。
「すごい。大人の女の人って感じがする」
胸に手を当てて、そのするりと肌を服の上からとは言え、するりと滑る感触にしょんぼりとしつつも、アイリスは他の人を見る。
「満月の日こそ俺は真なる力に目覚めるのだ!」
「満月じゃないにゃ」
「うるさい! だからといって負けてやんねぇかんな! トリックオアトリート!」
「にゃは。私の勝ちにゃ!」
「ぬぁ! なんでた! 次こそ勝つ! もう一回だ!」
薄水色のふさふさとしたファーの付いたコートを来て、頭に同じ色の犬のような耳を生やした狼男の少年に、語尾ににゃをつける、猫耳のカチューシャと尻尾を着けたメイド服の少女。猫娘、でいいのだろうか? 狼男の少年は何度も勝負を挑み、その度に負けている。勝てぬと悟ったのか少年は泣きながら走り去っていった。
「にゃあーぉ。キャラが被ってるのね」
「そんなことないと思うなぁ」
何故か少女に対抗心を燃やすリサを苦笑しながら宥める。
「あんた、見ないかおにゃ。名前を言うにゃ」
件の少女がアイリスに気づいて話しかけてくる。
「おーっほっほ、私はアイリス。えらーい魔女なのよ」
「棒読みで言われても困るにゃ」
精一杯魔女らしく頑張ったがダメだったようだ。諦めて普通に話すことにした。
「勝負しますか?」
「意外と好戦的にゃ。とりあえず名乗るにゃ。にゃたしはナズーニャンにゃ」
「どこまでが名前?」
「ナズーニャン、で切るにゃ。という訳でアイリス、トリックオアトリートなのにゃ」
ジャンケンの結果アイリスが勝った。ナズーニャンはお菓子を渡して、どこかへ行ってしまった。次こそは魔女らしく振る舞おうとぶつぶつと呟いている。
「やー君。アイリスって言うんだってね? トリックオアトリート」
先程のミイラ男がアイリスに勝負を挑んだ。
「名前の人、さっきは御愁傷様です」
「見てたのかい……他の皆には秘密だよ? さあ、勝負だ」
またもやアイリスが勝った。2連勝だ。もしかしたら優勝も夢じゃないのかもしれない。
「修羅場を簡単につくって挙げ句の果てには愛した彼女に振られそうなタイプねぇ……」
「こら、そんなこと言わないの。リサ。否定はしないけど」
ある女の人のもとに走り去っていったミイラ男。不憫。いや、日頃の行いかもしれないが。
「青いマントは空の色! そこの貴女、トリックオアトリートですわ」
後ろから声をかけられて振り向けばマントを被った骸骨がいた。
「……見えてます?」
「見えてません!」
当たり前だ。頭からマントを被っているのだ。むしろ、どうして転けずに歩いているのか気になる。
「トリックオアトリートですわ」
「ジャンケンポン」
不思議だ。あいこが十回も続いた。この人とは考えが似ているのだろうか。なんか嫌だな。アイリスはそう思った。しかし、勝負は呆気なくついた。アイリスの勝ちだ。
「サラダバー!」
そう叫んで走っていった。数メートル先で転けていたが、何事も無かったように走り去った。やっぱりあんな人と考えが似ていたりするのは嫌だと思ったアイリスなのである。
「お姉ちゃん強いんだなっ」
「なあなあ俺達と」
「トリックオアトリート」
カボチャの格好をした五才くらいの男の子三人組がかかってきた。大人げないと考えつつも、手加減はせずに、ジャンケンをした。
勿論、アイリスが勝ちました。
「くそー覚えてろー」
「次は勝つ!」
「また来年」
いつも、最後に言う子がせっかちに話を進めている。無自覚なのだろうか。三人は怒濤の如くどこかへ走り去っていった。
そして、遂に着いた村の中心部。そこでは、初老を迎えたばかりの男性がステージの上から多くの人とジャンケンをしている。ここは言わばボーナスステージ。村長VS村人達と言うところか。
負ければ三個お菓子を失うが、勝てば十個も手に入る。あい子はプラスマイナス0だ。だが、村長は激強だ。今まで十数回しか負けてない。二十年近く続くこのお祭りでだ。
「次いくぞ~! ほれ、参加者は一列に並べ! でもって、皆でトリックオアトリート!」
「「「トリックオアトリート!」」」
今回はアイリスを含めて五人の挑戦だ。
「僕達は双子だからね! 二人の息のあったプレーを見せつけるよ!」
「私達だって! お兄ちゃん達には負けないくらい相性バッチリなんだから!」
「ジャンケンに双子は関係ないような……」
白いてるてる坊主のような格好をした女の子二人に、黒いてるてる坊主の格好をした男の子が二人。四人ともそっくりだ。双子が二組の家族なのだろうか。
「ワシはグーじゃぞ?」
「僕たちはチョキ……」
「私達も……」
落ち込む双子達。そんなところまでそっくりだ。
「あ、私パーだ……」
いつの間にか周りを囲んでいた観衆達がざわめく。
「うおおぉぉぉ! 三十年ぶりに村長が負けたぞ!」
「あら、二十年近くの間で十数回負けてるんじゃなくて?」
「それは言わないお約束なんじゃないかな……」
そして、終了時刻である夕刻鐘の時間をすぎ、ステージの上にて結果発表が行われる。
「さあ、三位から発表していきましょう25個! サキュバスのサリアン!」
「ふふ。三位ね……」
ミイラ男からお菓子を奪っていった大人なお姉さんが三位。
「二位は! な! な、なんとー! 朝は1個だったのに、いつの間にか三十個、バンパイアのダークフォース君だ!」
「ふっ、我が眠れる真の力を少し解き放ったていどだ……」
黒いマントをはためかせ、白銀の髪を長く靡かせて気障な笑みを浮かべた。
「そして! 優勝は! 二位と6つ差! 36個流離いの旅人。もとい、魔女っ娘アイリスぅ~」
「優勝ですか? わーい!」
万歳のように両手を挙げて喜ぶアイリス。負けて悔しそうな顔をしている人もいるが、皆晴れやかな顔をしている。
秋の風が頬を撫で、帽子を飛ばす。高く舞い上がった帽子には皆手が届かない。リサは飛べるが、帽子を掴めるほど器用じゃない。絶対破く。
「……誰か、箒を持ってませんか?」
家に立て掛けてあった箒を優しげな狐の尻尾と耳を生やした浴衣を着た少女が渡してくれた。
「今日だけの、特別大サービスなんですよ」
受け取った箒に跨がり大地を蹴った。そして、そのまま飛び立つ。リサもそれに追随する。
「さあ、良い魔女からの取って置きのプレゼント。遠慮なく受け取ってね」
帽子を掴みとって頭に被る。そのまま村の上を何周も回る。穂先から紫の光る粒子が舞い落ちる。人々がその光に手を伸ばせばそれはお菓子に、建物に当たれば、その建物が色づき、錆びた所が綺麗になる。子供がが笑顔で駆け出せば親だって知らずに笑顔になる。
アイリスはこの村の人々に魔法をかけた。皆を笑顔にする魔法を。
◇
翌日の皆が寝静まった頃。アイリス、いや、イリス・アフロディーテは箒を返しに来ていた。
「でも、イリスだからアイリスなんて単純過ぎよ」
「だって……私アイリスの花好きだよ」
アイリスの花言葉の一つ〝希望〟それは笑顔に溢れたあの村で輝く笑顔を表すようで。
「さあ、次の町へ! 行こう。リサ」
そうして二人は……正確に言うと一人と一匹は新たな町に旅立った。