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1―6

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 拓也は、慌てて木刀袋から木刀を取り出し、木刀袋を制服のポケットにねじ込んだ。


 そして、木刀を正眼に構える。

 拓也は、剣道の授業で竹刀を振ったことはあったが、その程度の経験しかない素人だった。

 とても木刀で敵を倒すことなんてできるとは思えない。


『どうれ、その木刀を妾の力で強化してやろう』


 頭の中でアメノウズメがそう言うと、拓也が持つ木刀が淡い光に包まれた。


「来たわ!」


 麗香の声に釣られて、拓也が見ると向こうの土手から子供のように小柄な人型の生き物が上ってくるのが見えた。


 ――ガァーッ!


 拓也たちを見ると何かを叫んで、こちらに向かって走ってきた。


「小鬼だ。オーガ、やれ!」


 孝男がそう言うとオーガがズシンズシンと大きな足音を立てながら前に出た。

 小鬼の身長は、小学生の子供くらいで、肌の色が人間ではありえない青みがかった色で耳が少し尖っていた。

 潰れた醜悪な顔をしていて、上半身は裸だ。腰には粗末な腰布を巻いている。

 そして、小鬼は、短い棍棒を持っていた。

 テレビゲームに出てくるゴブリンみたいだと拓也は思った。


 オーガが小鬼の先頭集団と接敵し、棍棒を振るって小鬼たちを蹴散らした。

 さすがに一度の攻撃で小鬼を倒すことはできなかったが、小鬼たちは吹き飛ばされて拓也たちのほうへ近づくことができない。


「コマイヌ!」


 麗香がそう言うとコマイヌが奥の集団へ向かって走り出した。

 小鬼たちは、コマイヌに飛びかかられ、爪や牙の餌食となった。

 オーガよりもコマイヌのほうが攻撃力が高いようで、小鬼たちは次々と消え去っていく。

 拓也が不思議に思ったのは、小鬼がコマイヌに爪で引き裂かれても何故か血が出ないということだ。傷口からは、血の代わりに黒い煙のようなものが噴出していた。


「血が出たりしないんだ……」

『我らは、人間のような血肉を持っておるわけではないからのぅ……』


 拓也の疑問にアメノウズメが答えた。

 耳に声が聞こえたわけではなく、頭の中に直接声が聞こえたように感じる。


「榊君、あなたも参加して」

「え? マジですか?」

「戦闘に慣れておいたほうがいいわ」

「分かりました……」


 拓也は、観念してそう返事をする。


「コマイヌ!」


 麗香がそう叫ぶとコマイヌが踵を返して、こちらへ戻ってきた。


 拓也は、覚悟を決めて、コマイヌと入れ替わるように奥に居る三体の小鬼に向かって走りだした。


 ――体が軽い……。


 拓也が走ってみると体に羽根が生えたように疾走することができた。

 あっという間に三体の小鬼が居るところまで辿り着く。


 小鬼は、棍棒を振りかぶって拓也に攻撃してきた。

 拓也には、その攻撃がスローモーションのように見えた。

 拓也は、戦闘経験が無いため、どうするか迷ったが、当たったら痛そうなので、後ろに跳んで避けた。

 思ったよりも後方へ大きく跳んでしまい、小鬼との間に数メートルの距離が空く。


 ――ビビリ過ぎだろ……。


 拓也は、そう自分を叱責した。


 攻撃した小鬼以外の二体が拓也のほうへ飛びかかってきた。

 跳躍中は、回避することが出来ないだろうと、最初に跳んできた小鬼を空中で迎撃するため、接近して木刀を振り下ろす。


 ――ガンッ!


 木刀にガツンとした手応えがあった。


 ――ギャーッ!


 額に木刀を受けた小鬼は、断末魔の叫び声を上げて消え去った。

 文字通り地面に倒れた後、何も残さずに掻き消えたのだ。


 もう一体の小鬼が棍棒で攻撃してきた。


 ――ガッ!


 拓也は、木刀で棍棒を受け止めた。

 小鬼が拓也を蹴ろうとするのが見えた。

 拓也は、蹴られる前に右足を振り上げて小鬼を蹴った。スニーカー越しに自動車のタイヤを蹴ったような感触があった。

 蹴られた小鬼は吹き飛んだ。


 すると、最初に拓也を攻撃してきた小鬼が接近していて、棍棒を振りかぶって拓也を攻撃した。


 ――どうする?


 どう避けるのが効率が良いか拓也は短い時間で思考する。


 ――最小限の動きで躱して木刀で攻撃できれば……。


 拓也は、棍棒を左に移動して回避することにした。

 拓也が体を左に移動すると棍棒が拓也の頭の右横を通過していく。

 そして、体を左に捻った後、木刀を片手で思いっきり横薙ぎに振って小鬼を攻撃した。


 ――ドン!


 ――ヒギャーッ!


 脇腹に木刀を受けた小鬼は、断末魔の叫び声を上げて消え去った。


 ――残り一体……。


 最後の一体を見ると、小鬼は背中を向けて逃げ出していた。


 ――パチパチパチパチパチパチ……


 振り返るとコマイヌを従えた麗香が拍手をしていた。


「凄いじゃない! 上出来よ!」

「ああ、やるじゃねーか!」

「フン! タクヤだったか……あまり調子に乗らないことだ……」

「オメーは、戦力が増えたことを素直に喜べねぇのか? この役立たずが!」

「なんだと!?」

「二人とも喧嘩はしないで」


 リャナンシーが拓也の前に移動してきた。


「な、何ですか?」

「ふふっ、可愛いわ……」


 そう言って、拓也の顔を指で持ち上げた。


「オイ、リャナンシー!」


 鏡也が声を荒げるとリャナンシーは、鏡也の隣へ移動する。


「鏡也、嫉妬した?」

「な、なにを……」

「綾瀬君。前にも言ったけれど、リャナンシーには、あまり気を許しちゃ駄目よ」

「ああ、僕の寿命が縮むという話だったね……でも、本当なのかい?」

「リャナンシーが伝承の通りの存在なら、そうなるわ」

「しかし、その伝承が正しいとは限らないだろう?」

「ええ、でも人間がそう思い描いた存在が守護者なのよ。だから、リャナンシーには、そういう特徴がある可能性が高いわ」

「フッ、僕が早死にしたら麗香が悲しむからな……」

「リャナンシーには、どんな能力があるのですか?」

「伝承では、取り憑いた相手に才能を与えるそうよ」

「へぇ……じゃあ、綾瀬先輩にも何か才能が?」

「僕のように才能に溢れた人間だと、どのような才能が与えられたか確認するのが難しくてね……」

「歌が上手になるみたいね」

「プッ! 歌なんか上手くなっても戦えねぇじゃねーか」


 孝男が馬鹿にしたようにそう言った。


「でも、歌手になれば凄く人気が出るかもしれませんよ」

「そうね……」

「フッ……その時は、サインをやろう」

「いらねーよ!」


『坊や、何かがやって来るぞぇ』


 ――グルルルルルル……


 コマイヌが唸り声を上げた。


「また、敵か!?」

「ええ、気をつけて!」


 先ほど小鬼たちが出てきた土手を見ると小鬼が一匹堤防に上ってきたのが見える。

 小鬼は、そこで立ち止まり、向こう見るように振り返った。


「何をしてるのかしら……?」

「何かを待っているみたいですね」

「さっきの奴が助っ人を呼びに行ったんじゃないのか?」

「まさか、あの下等な怪物にそんな知恵があるとは思えないわ」

「そうだよ。小鬼ごときに警戒しすぎだよ。孝男は」


 見ると再び小鬼は、こちらへ向かって走ってきた。

 その背後の土手から、一回り大きな人型モンスターが堤防に上ってくる。


「なんだアイツは……!?」

「岡田先輩が言っていたように助っ人を呼びに行ったみたいですね」

「そんな……!?」


 大型の人型モンスターは、次々と現れ、十体以上が堤防に上ってきた。


 ――ガァアアアーッ!


 そして、叫び声を上げながら、拓也たちにめがけて走ってくる。


「コマイヌ!」

「オーガ!」


 麗香と孝男が慌てて守護者に指示を出す。

 しかし、かなり接近されてしまっていた。


 オーガとコマイヌの脇を抜けて、三体のモンスターが四人の前に近づいてくる。

 モンスターは、背丈は拓也と同じくらいだが、体に厚みがあり、拓也よりもずっと力が強そうだった。

 肌の色は、小鬼と同じ青みがかった色で耳が少し尖っている。

 潰れたような醜悪な顔をしていて、粗末な腰布と棍棒を持っているのも小鬼と同じだ。


「うわぁーっ、くっ、来るな!」


 鏡也が叫び声を上げた。


「まずいわ!」

「チッ!」


 ――どうする!?


 三体のモンスターは、一体が鏡也のほうへ向かい、二体は麗香のほうへ向かっている。

 拓也は、麗香を襲いかかろうとしている、ニ体のうちの一体に木刀で攻撃をした。


 ――ガンッ!


 小鬼を殴ったときよりも手応えがあり、一体のモンスターは消え去った。


「コマイヌ!」


 麗香がコマイヌを呼び戻そうとした。


 もう一体のモンスターが麗香に棍棒を振りかざす。

 麗香は、拓也のほうへと移動していたが、間に合いそうにない。


 ――間に合え!


 拓也は、麗香のほうへ跳躍した。


 ――ドンッ!


 モンスターが振り下ろした棍棒が拓也の左腕に当たった。

 拓也の左腕に激痛が走る。


 ――い、痛いっ!


 拓也は、地面に倒れた。


「榊くんっ!!」


 ――ガウルルルル……


 戻ってきたコマイヌがモンスターに飛びかかった。


 背後から首筋に食いつかれたモンスターは、音もなく消え去った――。


 ◇ ◇ ◇


 一方、鏡也に向かったモンスターは、鏡也を攻撃するため棍棒を振り上げた。


「ヒィッ!」


 鏡也が後ろに倒れ込む。


 ――ドンッ!


 孝男が横合いから、鏡也へ攻撃しようとしているモンスターに体当たりをした。

 モンスターは、少しよろけて鏡也への攻撃を中止したが、大男の孝男が体当たりをしたのに倒れたりもしなかった。


「リャナンシー!」


 鏡也が地面に尻餅をついた状態で、リャナンシーを呼んだ。


「ふふっ、任せて……」


 リャナンシーがモンスターに手をかざした。

 すると、モンスターの腕がだらりと下がり、棒立ちの状態になった。


「リャナンシー……?」

「鏡也、この子は、ワタシの奴隷になったわ」

「す、凄いじゃないか!?」


 鏡也が歓喜の声を上げた――。


 ◇ ◇ ◇


「榊君、大丈夫!?」


 麗香が地面に膝をついて、拓也を抱き起こした。

 麗香は、背後から拓也の学生服を脱がせる。


「いっ、痛いです。上杉先輩……」


 そして、拓也の左腕に触れた。


「腕が腫れてる……これは、折れてるわね……」


『無茶しおって……待っておれ、今治療してやる』


 頭の中にアメノウズメの声が聞こえた。

 次の瞬間、拓也の左腕から痛みが消えた。


「あっ、痛みが取れました……」

「え……?」

「アメノウズメが治療してくれたみたいです」

「ホントに?」


 麗香は、もう一度、拓也の左腕に触れた。


「そんな……腫れが引いてる……!?」

「ふぅ、助かった……。泣きそうなくらい痛かったですから……」


 孝男と鏡也は、守護者に指示を出す。


「やれ! オーガ!」

「リャナンシー!」

「ええ……」


 オーガとリャナンシーが従えたモンスターが残りのモンスターたちに襲いかかった。


「コマイヌ」


 それを見た麗香は、コマイヌを参戦させた。


 五体のモンスターと一体の小鬼は、瞬く間に殲滅された。


 孝男が二人の元へ近づいてきた。

 背後にオーガが続いている。


「敵は、全部片付けたぜ。後は、アイツが連れてる奴だけだな」


 拓也は立ち上がって制服の上着を着た。


「どうするんですか?」


 リャナンシーが連れているモンスターを見て拓也が質問をした。


「どうするもなにもるしかねぇだろ?」

「孝男は、野蛮だなぁ……役に立ってくれたのだから、そこまでするのは可哀想だろう?」

「こいつらは敵だぞ」

「それより、どうなっているのかしら?」

「魅了……ですかね?」


 拓也がテレビゲームで覚えた単語を口にする。


「かもな。だったら、いつ効果が切れるかわかったもんじゃねーぞ?」


 麗香と孝男と鏡也がモンスターから距離を取る。


「リャナンシー、その怪物はどういう状態なのだ?」

「ワタシの虜よ」

「やっぱり、魅了しているみたいね。その効果は、いつまで続くの?」

「ワタシが手放すまでよ」

「リャナンシー、あなたは、モンスターを何体まで魅了できるの?」

「ワタシの虜になるのは、ひとりだけ……」


 つまり、リャナンシーには、一体だけ敵を魅了して使役することができるようだ。


「その能力って、オレたちにも効くの?」


 拓也が心配になって質問した。


「いいえ、あなたたちのような守護者憑きは、虜にできないわ……残念……」

「ひと安心ね」

「全くだぜ」

「では、この怪物はどうするのだい?」


 鏡也が質問した。


「持って帰ってペットにでもすればいいじゃねーか?」

「馬鹿なことを言うのは、止めたまえ」

「可哀想だけど、殺るしかないわね……」

「魅了は解除できるのですか?」

「ええ……」

「リャナンシー、怪物を解放しろ!」


 鏡也がキメ顔でそう命じた。


「分かったわ」


 その瞬間、モンスターが頭を振った。

 そして、リャナンシーに襲いかかる。


 拓也は、跳躍して木刀をモンスターに振り下ろした。


 ――ガッ!


 ――グァアアアーッ!


 断末魔の悲鳴を上げてモンスターが消え去った。


「ありがとう」


 リャナンシーが拓也に礼を言った。


「い、いえ……」


 守護者と分かっていても凄い美人に礼を言われて、拓也はドギマギしてしまう。


「どうする? まだ、先へ進むか?」

「いいえ、今日はここまでにしておきましょう」


 麗香がそう言った。


「しかし、放置すれば、また犠牲者が出るかもしれんぞ?」

「でも、これ以上は危険だわ。今日は、榊君との顔合わせのつもりだったのだから、もう十分でしょう」

「この辺りを通行禁止にすることはできないのでしょうか?」

「難しいわね。警察に言っても誰も信じないと思うわ」

「そうですね……」

「じゃあ、帰るか」

「ええ……」


 拓也たちは、異界を後にした――。


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