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それから、拓也と麗香と孝男は、三人で学校を出た――。
拓也と孝男が教室に荷物を取りに戻った後、昇降口で待ち合わせて、三人揃って校門を出たのだ。
3年生の二人が並んで前を歩き、拓也は居心地が悪そうに二人についていく。
ちなみに、武蔵ヶ原高校の制服は、男子が黒の学生服で、女子は濃紺のブレザーだった。
そして、途中にある商店街の武道具店に寄り、麗香が木刀とそれを入れるための木刀袋を買った。
この武道具店は、拓也たちが通う武蔵ヶ原高校にも道具を卸しているそうだ。
武蔵ヶ原高校は、教育方針として剣道に力を入れている。
大きな剣道場があり、体育の授業にも剣道があるくらいだ。
剣道部も県内では強豪だった。
「はい、これ」
武道具店を出た後、麗香に木刀を渡された。
「あ、ありがとうございます……」
あまり嬉しくは無かったが、拓也は、礼を言って木刀袋に入れられた木刀を受け取った。
「この娘。なかなか、鬼じゃのぅ」
「ちょっ、アメノウズメ!」
「ふふっ、榊君には期待しているのですよ」
「あの、本当に守護者を出したままでいいのですか?」
拓也たち三人は、麗香の指示で生徒会室からずっと守護者を顕現させたままだったのだ。
「誰にも見えないわ。もし、見える人が居たら、あたしたちに協力してもらうつもりよ」
「守護者を持たない人には、見えないのですか?」
「ええ、そうよ」
「その人が善人とは限らないのでは?」
「そのときは、倒せばいいわ」
「どうやって……?」
「異界では、守護者たちが実体化するから、倒すことができるのよ」
「守護者を倒された人は、どうなるのでしょう?」
「守護者が消えるだけだと思うわよ」
「つまり、取り憑かれる前の状態に戻ると?」
「ええ、そうなると思うわ」
「異界って、何処にでもあるのですか?」
「ええ、この世界に重なるように存在していると考えられるわ。でも異界への門が開くのには、何かしらの原因があるはずよ。あなたの場合は、アメノウズメ様があなたを呼んだから、あなたは異界に入ることができたのよ」
「その通りじゃ。妾が坊やを幽世に招き入れたのじゃ」
そして、拓也たち三人は、今朝事件があったという高天町へ向けて歩いていく。
「あの、会長? 家に荷物を置いてきてもいいですか?」
「近いの?」
「はい」
「じゃあ、あたしたちの荷物も置かせてもらおうかしら?」
「そうだな」
「構いませんよ」
そう言って、拓也は二人を家に案内した――。
◇ ◇ ◇
「大きなお家ね」
「そんな……上杉先輩のお宅のほうがずっと大きいのでは?」
「そんなことないわよ。よく誤解されるのだけれど、あたしは社長令嬢とかじゃないわよ?」
「そうなんですか?」
「ええ、岡田君の家のほうがずっとお金持ちよ。夏休みに家族でフランスに旅行するくらいなんだから」
「それは、確かに……」
「別にそんな金持ちじゃねーよ」
イメージとしては、麗香は何処か大きな企業の社長令嬢という印象なので、大男の孝男よりも家が裕福なように感じる。
だが、実際には孝男のほうが金持ちのボンボンだったようだ。
『高天学園の生徒をボンボン呼ばわりしていたのは何だったんだよ……』
拓也は、そう心の中で突っ込みを入れた。
「どうぞ……」
玄関の鍵を開けて、二人を中へ招き入れた。
「じゃあ、ここに置かせてもらうわね」
そう言って、麗香が廊下に荷物を下ろした。
孝男もその隣に荷物を置く。
拓也も少し奥へ荷物を置いた。
「行くぞ」
孝男がそう言って、玄関から外へ出て行く。
「ええ」
麗香がそれに続いた。
拓也は、木刀の入った木刀袋だけを持って外に出る。
そして、玄関に施錠した。
三人は、再び高天町へ向かって歩き出した――。
◇ ◇ ◇
「ふむ。確かに幽世への入り口が近いのぅ」
「分かるの?」
「勿論じゃ」
「あたしたちも守護者に案内されて異界へ入ったのよ」
「その……コマイヌとは、対話ができるのですか?」
「ええ、簡単な意思疎通は可能よ」
「オーガもだ」
そんなことを話ながら、歩いていると、向こうにブレザーの制服を着た高校生が居るのが見えた。
その高校生は、拓也たちを見て手を振った。
「ケッ!」
孝男が悪態を吐く。
どうやら、彼がもう一人の守護者憑きのようだ。
そして、孝男とは仲が悪そうだと拓也は思った。
「綾瀬君」
「嫌だな、麗香。僕のことは、鏡也と呼んでくれよ。僕たちの仲じゃないか」
「榊君、彼がもう一人の守護者憑き。高天学園3年の綾瀬鏡也君よ」
「初めまして」
拓也はそう言って頭を下げた。
「ふーん、彼も守護者憑きなんだ。これは、可愛い守護者だね……」
鏡也は、身長が172センチメートルの拓也よりも少し背が高いキザっぽい優男だった。
孝男がボンボンと表現したように、いかにも金持ちのボンボンという印象で言動が鼻につく。
「この子は、うちの学校の2年の榊拓也君よ」
「タクヤね。うん、覚えた」
「綾瀬君、あなたの守護者を見せてあげて」
「いいだろう。出でよ! リャナンシー!」
鏡也は、キメ顔でポーズを取りながらそう言った。
「はぁ……馬鹿か……」
孝男がそう呟く。
すると、黒っぽいワンピースを着た妖艶な女性が現れた。
物凄い美人だ。
「何じゃ? 坊やは、こういうおなごが好みかぇ?」
「え? い、いや……。でも、凄い美人ですね」
「そうだろう。彼女とは、ブルー・ナ・ボーニャで出会ったのさ」
「は? ぶるーなぼ……?」
「ブルー・ナ・ボーニャ。アイルランドにある遺跡群よ」
「異界で出会われたのですか?」
「いや、ニューグレンジで声を聞いた後、ホテルで寝ていたら夢の中に彼女が出てきたのさ」
「岡田先輩と同じパターンですね」
「一緒にするな」
「海外旅行中にホテルで取り憑かれたのだから、同じじゃない」
「くっ……」
「やれやれ、孝男は相変わらずだな」
「お前は、馴れ馴れしいんだよ」
「じゃあ、行くわよ」
「はい」
麗香がそう言って、歩き出した。
言い争っていた二人もその後に続く。
拓也も最後尾を歩いていった。
河川敷の道路に出る。
三人の高校生が歩道を歩いていく。
この辺りは、いくつかの工場や不燃ゴミや粗大ゴミの集積場がある地域で、高校生が近づくような場所ではなかった。
武蔵ヶ原市は、人口が20万人弱の地方都市で、大都市や首都圏からもアクセスが悪いため、ここ数十年の人口推移は、横ばいのようだ。
先頭のコマイヌが舗装された歩道を外れて土手の上を歩いていく。
「坊や、幽世が近いぞぇ」
アメノウズメがそう言った途端に前方を歩く麗香たちの姿が掻き消えた。
拓也が土手を進むと周囲に霧が出てきて、見る見るうちに濃霧に包まれて周囲が見えなくなる。
そのまま、歩いていくと霧は薄くなっていき、どんよりとした曇りの日のような薄暗い河川敷に出た。自動車や人が全く存在しない悪い夢でも見ているような光景だった。
拓也は、体が妙に軽くなったのを感じた。
力が湧いてくるようだ。
「ここが、異界……」
「ええ、異界の中では、疲労するからあまり長くは入っていられないわ」
リャナンシーが鏡也の腕にしがみついた。
「オイオイ、人前でよしてくれ」
「ふふっ……」
「ケッ!」
それを横目で見た孝男が悪態を吐く。
守護者たちは実体化しているのだ。
「アメノウズメ?」
拓也が周囲を見渡してもアメノウズメの姿が見あたらない。
『何じゃ?』
「え? どこ?」
『妾と坊やは融合したと言っておるじゃろう』
麗香が立ち止まって振り返った。
「榊君? どうしたの?」
「いや、それがアメノウズメが消えてしまって……」
「どういうこと?」
「その、オレと融合しているからとか……」
「まさか……!?」
「え?」
「そう……そういう意味だったのね……」
「ん? どうしたんだ?」
「榊君は、異界で取り憑かれた。そして、四日掛けてアメノウズメ様と融合したのよ。守護者が実体化する異界では、あなたの体は、アメノウズメ様との融合体ということ」
「そう言えば、体が軽い気がします」
「おそらく、運動能力も上がっているはずよ。アメノウズメ様があなたを強化することができると言っていたのは、こういうことだったのね」
「じゃあ、こいつは、生身で戦えるってことか?」
「そうよ。神話級の神様との融合体なんだから、かなりの戦力になると思うわ」
――期待されても困るんだけど……。
拓也は、全く自信が無かった。
これまで、誰かと戦ったことなどないのだ。
喧嘩とは訳が違う、武器を持って殴り合う生死を賭けた戦闘など、拓也にはできると思えなかった――。
◇ ◇ ◇
それから拓也たちは、30分くらい堤防の歩道を歩いた――。
異界の中は、薄暗く他に人が居ないという点を除けば、外の世界と酷似していた。
空を見上げると、どんよりとした分厚い雲が全体にかかっている。
もしかすると、異界の入り口に立ちこめているような霧が上空を覆っているのかもしれない。
『何か来るぞぇ』
――グルルルルルル……
コマイヌが唸り声を上げた。
「敵か!?」
「みんな、気をつけて!」
麗香がそう警告を発した――。
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