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 第一章 ―守護者―


―――――――――――――――――――――――――――――


1―1


「ちょっと、男子! もっとキビキビと歩きなさいよ!」


 相田志保あいだしほが同じ班の男子生徒二名に声を荒げた。

 ショートカットの髪型で身長は155センチメートル、スレンダーな体型で勝ち気な性格の女生徒だ。

 生徒会では、書記をしていて、武蔵ヶ原高校2年2組のクラス委員でもあった。


「ヘイヘイ……」


 彼女と同じ班の佐々木(ささき)典明(のりあき)がうんざりとした調子でそれに答える。


「ホント、委員長は小うるさいよな。あれで、もうちょっと胸でもあればまだ許せるんだけど……レイカ様を見倣ってほしいものだぜ。なぁ? タク?」

「生徒会長って、そんな胸あったっけ?」


 榊拓也さかきたくやが典明にそう返事をした。


「あれは、着痩せしてると見た! 脱いだらきっと凄いんだぜ!?」

「そうかねぇ?」

「そうだぜ!」


 典明がビシッと親指を立てて断言した。


 武蔵ヶ原高校2年の拓也たちは、修学旅行で京都に来ていた。

 今日は、修学旅行の二日目で、今は班ごとに分かれて行う自由行動の時間だ。


「それにしても、他校よそは、海外とか行ってるのに、何でうちの学校は京都なんだよ!? 中学校かっつーの!」

「オレは、国内で良かったけどな。海外とか面倒じゃん」

「はーっ、お前は、若さがねーな。ハワイでビキニのねーちゃんと遊びたくないのかよ?」

「そうは言っても、現実には、そんなことあり得ないんだろ?」

「……夢を壊すなよ。そうやって冷めてるのは、家庭環境のせいかね……?」

「そうかもな……」


 拓也の母親は、拓也が6歳のときに病気で亡くなった。

 父親は、商社マンで仕事一筋だったため、小中学生の頃は、家政婦に食事などの面倒を見てもらっていたのだ。

 そのうち、父親は愛人の家に入り浸るようになり、家には帰って来なくなった。

 中学を卒業して、高校生になってからは、家政婦を断ったので、事実上の一人暮らしをしている。


 拓也は、別に父親を恨んでいるわけではないが、疎外感は感じていた。

 父親が愛人と再婚しないのは、自分が障害になっているのだろうと予想していたからだ。


 拓也にとって、生活費だけ振り込んで干渉しない父親は、他人に近い存在だった。

 仮に突然、死んだと聞かされても、それほど強い感情を抱くことは無いだろう。


「佐々木! あんたが、ここに来たいというから、コースに入れたのよ!? もっと、真面目にやりなさい!」

「ああっ!? そうだった! ここって巫女さんの総本山なんだろ?」

「違うわよ! あんた何言ってんの?」

「あれ? 違ったっけ……?」

「まぁ、ここの境内社けいだいしゃまつられている神様が巫女に関係があるといえばあるけどね……」

「じゃあ、そこに行こうぜ!」

「あのねぇ!? あたしたちは、学生なんだから、まずは、本殿に祀られている学業の神様にお参りするべきなの!」


 拓也たちの通う武蔵ヶ原高校は、4年前まで女子校だったため、男子生徒の数が少ない。

 生徒会長や生徒会の役員が女生徒ばかりなのもその名残なのだ。


 拓也のクラス、2年2組も30人中20人が女生徒だった。

 この班も拓也と典明以外の4人は女生徒だ。


 クラス委員で気が強いタイプの志保以外の3人の女生徒は、拓也たち男子生徒に話し掛けてくることはなかった。

 他の班は大丈夫なのだろうかと他人事ながら拓也はそう心配をする。

 修学旅行の班分けを決める時、男子だけで班を作るという案もあったのだが、こんなことでもないと男女が交流する機会がないだろうと担任の鈴木先生が鶴の一声で男女混成に決めてしまったのだ。


 それから、拓也たちは、参道の突き当たりにある本殿でお参りをした後、典明の強い希望で芸能神社という境内社――神社の敷地内にある他の神社――でお参りをした。

 派手な赤いやしろで名前からして、芸能人もよくお参りに来るという話だった。


「悪い、ちょっとトイレ行ってくる」

「腹壊したのか?」

「バーカ、小便だよ。入り口で待っていてくれ」


 典明にそう言付けて、拓也は、駐車場のほうへと向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 拓也が用を足してトイレから入り口のほうへ向かって歩いていると、いつの間にか周囲に霧が立ちこめてきた。

 みるみるうちに周りが見えないくらいの濃い霧に包まれてしまう。


「何だ、突然……?」

「……こっちじゃ……」


 小さな声だったが、拓也の耳にはっきりと人の声が聞こえた。

 声は、右の方向から聞こえたようだ。


 ――入り口と逆方向だし、この霧では下手に動くのは危険かもしれない……。


 数メートル先も見えないのだ。


「……早う来い……」


 女性の声だ。声は若いが年寄りのような話し方だと拓也は思った。


 ――どうする?


 拓也は、声のするほうへ向かうかどうか迷ったが、好奇心が抑えきれず、慎重に歩き始める。

 移動するのは危険だと思いつつ、声が聞こえた方向へ歩いていくと、少しずつ霧が薄れていった。


 拓也の歩みが早くなる。


 右手に先ほどお参りをした芸能神社が見えた。

 しかし、周囲に人が全く見当たらない。


 ――この濃霧で避難したのだろうか?


 拓也はそんな疑問を抱いた。


 とりあえず、芸能神社へ近づいてみると、先ほどお参りをした神社と少し様子が違っていた。

 奉納者の名前が玉垣たまがきにずらりと書かれていたのに、それが無くなっているのだ。看板等も消えていた。


 拓也は、いぶかしみながら、境内へと足を踏み入れた。


「ほぅ……これは、かわいい坊やじゃ……」


 拓也の目の前に突然、巫女装束を着た女の子が現れた。


「うわっ!?」


 驚いた拓也は、後ろに倒れ、尻餅をついた。


「ほほっ……わらわが恐ろしいのかぇ?」


 女の子は、小学生の高学年から中学生くらいに見えた。年齢では、十二、三歳ぐらいか。

 これまでに見たことがないくらい整った顔立ちをしている。

 将来は、凄い美人になりそうだと拓也は思った。


 彼女は、巫女装束のような服を着ているが、胸元が大きく開いていて、ほとんど膨らんでいない乳房が全て見えそうだった。ギリギリ乳首が隠れているという感じだ。


「ふふっ……。どうやら、妾の乳房に興味があるようじゃの?」


 胸元を凝視していたからか、少女がそう言った。


「いや、子供にそれはないから……君は、この神社で働いているの? それにその喋り方はキャラ作り? もしかして、中学二年生?」

「妾が人間に見えるのかぇ?」

「え……?」


 拓也は、思い出す。


 ――そういえば、いきなり目の前に現れたよな……。


「ま、まさか、幽霊!?」


 拓也は、幽霊の存在など信じてはいなかったが、実際に何もないところから突然現れたところを見せられて、常識が揺らいでしまったのだ。


「妾を魑魅魍魎ちみもうりょうの類と一緒にするでない!」

「じゃあ、何なの?」

「女神じゃ」

「……ひょっとして、ギャグで言ってる?」

「本当じゃ!」

「神様とか居るわけないでしょ」

「ふむ。確かにそなたの言うことも正しい」


 女神を名乗る少女は、一呼吸置いてから話を続ける。


「妾は、女神じゃが、人間に作られた存在でもあるのじゃ」

「どういうこと?」

「そなたたち人間の強い願望が我らをこの幽世かくりよ顕現けんげんさせておるのじゃ」

「かくりよ?」

「そなたたちが現世うつしよではない我らの世界じゃ」

「……オレ、戻れるんだよね?」


 拓也は、急に心配になってきた。

 これは、拓也が見る夢のようなもので、現実の拓也は死にかけているのかもしれないのだ。


「そなたを此処へ呼んだのは妾じゃ」

「どうして?」

「妾がそなたの守護者になるためじゃ」

「守護者?」

「ごく稀にじゃが、人間の中には、我らと同調しやすい者がる。我らは、そんな者たちに気まぐれに取り憑くことがあるのじゃ」

「取り憑くって……」


 拓也は、悪霊に取り憑かれるホラー映画を彷彿した。


「心配は要らぬよ。確かに下等な獣のような者に取り憑かれると発狂したようになることもあるが、妾のような高位の存在なら、坊やにとっては良いことのほうが多いぞぇ?」

「例えば?」

「守護者とは、その名の通り取り憑いた者を護ってくれる存在なのじゃ。最も守護者という言葉は人間が我らのような存在に名付けたものじゃからな。実際には、守護するのに向いて居らぬ者も多いのじゃ」

「あなたは向いているのですか?」

「正直に言えば、争い事は苦手じゃ」

「じゃあ、駄目じゃん」

「なんじゃと!?」

「えっと、取り憑くのは本人の意志に関係なくできるのですよね?」

「まぁ、そうじゃが……。妾は、本人の意志に逆らってまで、取り憑いたりはせぬよ」


 ――流石は、女神というところか……。


 拓也は、女神を名乗る少女を見直した。


「もう少し、お話を伺ってもいいですか?」

「うむ。何が知りたいのじゃ?」

「あなたは、女神だそうですが、どうしてそんなに幼い姿なのですか?」

「それは、貴様たち人間がそうあれと願ったからじゃ」


 ――ロリコン多すぎだろ……。


 拓也は、日本の将来が心配になった。


「いつ頃、生まれたのですか?」

「遥か昔じゃ」


 ――古代の日本人がロリコンだったのか……。


「あなたに取り憑かれたら、オレの体はどうなるのでしょう?」

「妾も初めてなので、詳しくは分からぬが、肉体的には、そう変わらぬはずじゃよ」

「精神的に変わると?」

「妾と同化するわけじゃからな」

「え……? それってオレが女っぽくなってしまうとかですか?」

「いや、人格は別れておるからそれはないじゃろう」


 ――じゃろうじゃ困るわけだが……。


「人格が別れているってことは、頭の中であなたとオレの思考が入り乱れるということですか?」

「多少、そういう面もあるやもしれんな。じゃが、他の人間には見えぬように顕現してから、このように対話してやろう」

「つまり、四六時中一緒ってことですよね?」

「その通りじゃ」


 ――プライベートが無くなってしまうということじゃ……?


「フフフ……心配せずともそなたが女を抱く時にしゃしゃり出たりはせぬ」

「そ、それはないと思いますが……」


 ――ひとりでするときが……。


 拓也は顔を赤らめた。


「ふふっ、初奴じゃのぅ……」


 女神を名乗る少女は、拓也に近づき頭を撫でた。

 拓也は、尻もちをついてからずっとその姿勢で座ったままだったのだ。

 驚きの連続で立つタイミングを逸していた。


「実体がある……」


 少女は幽霊のように半透明ではなかったが、突然現れたことや想像上の存在という話から、ホログラムのようなものだと思っていたのだ。


「幽世では、実体を持てるのじゃ。現世では、貴様にしか見えぬじゃろうがな」

「…………」


 ――どうする?


 拓也は、目を閉じて少し考えた――。


 ◇ ◇ ◇


 暫く考えた末に拓也は目を開けた。


「分かりました。オレに取り憑いてください」

「うむ。よくぞ決断した」

「どうすればいいですか?」

「そのまま、座っておればよい。目を閉じて妾を受け入れるのじゃ……」


 拓也は、言われた通り目を閉じた。


 ――チュッ……


 少女が拓也にキスをした。


 その瞬間、拓也の意識は暗闇に包まれた――。


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