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堤防の歩道を歩く釣り人らしき人の姿が見える。
「釣りかぁ……いいなぁ……」
自動車の後部座席から谷川博がそう呟いた。
いつもなら、助手席に座る谷川だが、警視庁から来た徳永圭一が助手席に座ったため、飯田遼平と共に後部座席に座っていた。
今、運転しているのは、武田恭二だが、谷川も交代でハンドルを握る予定だ。
「谷川さんは、釣りをされるのですか?」
飯田が谷川にそう訊ねた。
「下手の横好きですけどね」
四人は、徳永の指示で亡くなったOLの帰宅コースを車で往復していた。
遺体が発見された場所は、帰宅コースだったと思われるルートから大きく外れていたのだ。
「今の釣り人、救命胴衣まで着ていたぞ」
「この辺りで釣りをするにしては、本格的ですね」
「高校生くらいのガキみたいだったが……」
「そうなんですか? 後ろ姿で帽子を被っていたのによく分かりましたね」
「そんなもん雰囲気で分かるだろ」
「確かに体つきから少年のようでした」
徳永がそう補足した。
「あの年頃は、何でも形から入ろうとしますからね」
四人の乗った乗用車は、堤防道路を走って行った――。
◇ ◇ ◇
「で? 徳永さん。何か分かったのかい?」
恭二が徳永に質問をした。
「いえ、今のところは何も……」
午後3時過ぎ、四人は喫茶店で休憩していた――。
恭二も殺されたOLの足取りを追うという方針には賛成だった。
しかし、彼らはこの事件が通り魔による犯行ではなく、よく分からない不可思議な事件の可能性が高いと言っているのだ。
普通ならそんな話は一蹴しているところだが、これまでに培ってきた刑事の勘が普通の事件ではないと恭二に告げていた。
実際、鑑識も匙を投げているくらい異常な事件なのだ。
「何を探しているんだ?」
「何というわけではありません。我々には何も分かっていないわけですから……。今は、被害者が通った可能性の高い場所を見て頭に入れておきたいのです」
「それよりも、現場周辺を洗ったほうがいいんじゃないですかねぇ?」
谷川がそう口を挟んだ。
恭二も谷川の意見に賛成だった。
「この事件を解く鍵は、どうして帰宅コースから大きく外れたところで遺体が発見されたのかという点だと思うのです」
「それは、通り魔に運ばれたんじゃ……?」
「いえ、その痕跡は見つかっていません。それに被害者は、途中で靴を脱ぎ捨てています」
堤防の近くに被害者のパンプスが脱ぎ捨ててあったのだ。
パンプスには、被害者以外の指紋等は付着しておらず、拭き取った後も見つかっていない。
更に不思議なのは、その周囲に被害者の足跡が全く見あたらなかったということだ。
恭二は、何らかの理由で堤防の上からパンプスを投げ捨てたのだろうと見ていた。
「被害者の遺体には、長距離を走った形跡があったな」
「つまり、被害者は追われていた。なのに、どうして民家に駆け込まなかったのでしょう? 工場が多い地区とはいえ、全く民家が無いわけではないのに……」
「でも、一件目の大学生は、逃げていませんよね?」
谷川が疑問を口にした。
「犯人と戦おうとしたからじゃねーか?」
恭二がそれに答えた。
「いくら体格のいいスポーツマンだからといっても、武器を持った通り魔と戦おうとしますかねぇ?」
「武器を隠していたのかもしれないぜ?」
「それはそうですが……」
徳永が恭二の意見に同意する。
「武田さんの言われた通り、最初の被害者は、犯人と対峙したのでしょう」
「そして、返り討ちに遭ったと……」
大学生は、鈍器のようなものでめった打ちにされていたのだ。
「しかし、現場には争った形跡が見あたらなかった……」
飯田がそう補足した。
「不思議な事件ですねぇ……」
谷川がそう呟いた――。
◇ ◇ ◇
その後、四人の刑事は、先ほどと同じようにOLの帰宅コースを車で往復する。
「んっ……?」
堤防を走っていたら、徳永がそう呟いた。
「何だ?」
「武田さん、あそこを歩いている少年は、いつから居ました?」
「あー、あれは昼過ぎに見た釣りが趣味の高校生だな」
「ええ、それでずっとあそこに居ましたか?」
「いや、気付かなかったが、堤防を上って来たんじゃねーのか?」
「……私には突然現れたように見えたのですが……。確かに堤防を上ってくる瞬間を見ていなかったのかもしれませんね。瞬きしている間に上ったのでしょう……」
話しているうちにロッドケースを背負った少年の後ろ姿を四人の乗った乗用車が追い越した。
「釣れたのかなぁ……」
後部座席で谷川がそう呟く。
「クーラーボックスも持っていませんでしたから、釣れたとしてもリリースしているんでしょうね」
飯田がそれに答える。
「外来魚はリリースして欲しくないけどね」
「特定外来生物を生きたまま運搬すると逮捕されますよ」
「うへぇ。でも、持って帰っても食べる気しないですからねぇ……料理してくれる彼女でも居ればなぁ……」
「同感です」
谷川と飯田は、歳が近いためか気が合うようだ。
背後から聞こえる二人の雑談を聞きながら、徳永は先ほど見た光景について考えていた――。
―――――――――――――――――――――――――――――
翌日の日曜日にも拓也は、釣り人の格好で異界へ出掛け、ゴブリンやホブゴブリンと戦ってきた。
不思議なことに前日にゴブリンたちを狩っていても出現数が減ったようには思えなかった。
そして、月曜日の放課後、拓也は、学校で典明と一緒に昼食を摂っていた。
「で、どうだったんだよ?」
「何が?」
「レイカ様のことに決まってるだろ!」
「ああ、やっぱり修学旅行で失踪した件についてだったよ」
「それで、レイカ様と至近距離で話しをしたんだろ? どうだったんだよ?」
「どうと言われても緊張して……」
「まぁ、タクならそんなもんだろうな。オレとしては、着痩せしてるかどうかチェックして欲しかったんだけどよ」
「知りたかったら自分でしろ」
「お、それは、オレがレイカ様と結ばれるって意味か?」
「何でそうなる……」
――♪ピロリン……
拓也の制服の内ポケットに入れられたスマホがメールの着信音を鳴らした。
「珍しいな。タクにメールが来るとは」
「オレにもたまにはメールする相手くらい居るよ。つか、今日は、たまたま電源を切って無かっただけだ……」
話ながら拓也がスマホを起動してメールを確認すると、麗香からのメールだった。
内容は、次の土日のどちらか空いていないかというものだ。
拓也は、スマホをマナーモードにして内ポケットに戻す。
すぐに返事をしないといけないような内容でもないので、帰宅してからでいいだろうと思ったのだ。
――ガラッ
教室の扉が開いて、相田志保が教室に入ってきた。
拓也の席に向かって来る。
「ちょっと、榊君!? 金曜日は、何だったの!?」
「へ?」
「とぼけないで! あの後、上杉先輩と何してたのよ!?」
志保は、麗香に対して「会長」と呼んでいたが、第三者との会話では「上杉先輩」と呼ぶようだ。
「なっ、タク! てめぇ! レイカ様に何かしたのか!?」
典明が声を荒げてそう言った。
「佐々木! うるさい! 黙れ!」
志保が典明を黙らせた。
「いや、岡田先輩も居たし……」
「そうよ。三人で何してたの!?」
「単に修学旅行で何があったのか聞かれただけだよ……。オレより生徒会長に聞けばいいじゃないか」
「なぬ!? やっぱりレイカ様と岡田先輩は……?」
典明がショックを受けたようにそう言った。
「プライベートなことと言われて聞けるわけないでしょ」
「だったら、オレからもそれ以上は言えないよ」
「なっ!? やっぱり何かあったのね?」
「いや、だから、さっきも言った通り……」
「三人で一緒に帰るところを見た人が居るのよ?」
「それは……一緒に帰ろうと誘われて……」
「タク、てめぇ! レイカ様と一緒に帰ったのかよ!?」
典明が口を挟んだ。
「佐々木! うるさい! 黙れ!」
再び、志保が典明を黙らせた。
「断るのも悪いから、途中まで一緒に帰っただけだよ。だいたい、オレは二人の後をついて行っただけで……」
「確かにそういう話ね。あの二人、付き合ってるの?」
「さぁ、そういう感じではなさそうだったけど……」
「榊君の見立てじゃねぇ……? でも、一緒に帰るのを断らなくて正解だったわ」
「何で? もし、二人が付き合ってるのなら、お邪魔しちゃったことになるんだけど……?」
「上杉先輩が岡田先輩と二人きりで下校したことが校内に知れ渡ったらどうなると思うの?」
「そりゃ、噂になるだろうね。でも、それが?」
「はぁ……鈍いわね。もうすぐ、生徒会役員選挙なのよ」
「でも、上杉先輩は、引退でしょ?」
「そうよ。でも、次の生徒会役員の人選に凄く影響力があるのよ」
「でも、生徒会役員なんて、やりたい人はあまり居ないんじゃ……?」
学校の生徒は、全員が生徒会の一員という建前ではあるが、拓也にはその自覚が全く無かった。他の生徒たちも多くがそうだろう。
その上で面倒な生徒会役員になりたいという奇特な生徒は少ないだろうと拓也は考えていた。生徒会役員は、内申書が気になる優等生の役職だと穿った見方をしているのだ。
「それでも、この時期に悪評が立つのは良くないの!」
「岡田先輩と付き合うと悪評なの?」
「どんな内容でもスキャンダルは良くないのよ。政治家でもそうでしょ?」
「ふーん、よく分からないけど……」
「あなたは、もっといろいろなことに興味を持つべきよ」
志保は、拓也に説教を始めた。
「委員長、メシ食わなくてもいいのか?」
典明が口を挟んだ。
『グッジョブ!』
拓也は、典明のツッコミに対し、志保から見えない位置で親指を立てた。
「あっ、そうね……」
そう言って、志保は教室から出て行った――。
◇ ◇ ◇
学校から帰宅した拓也は、麗香のメールに返信することにした。
基本的に拓也は、暇なので土日はどちらでもOKと返信しておく。
平日は、一人暮らしなので気を遣って遊びに誘われることはあまりないし、土日もたまに典明が遊びに来るくらいだった。二人で何をしているかと言えば、拓也の家でテレビゲームをしたり、街のゲーセンに行ったり、ファミレスで食事をする程度のことだ。
そして、私服に着替え、釣り人スタイルで異界に出掛けた――。
比較的近くに出現するゴブリンとホブゴブリンの集団を倒してから、入り口付近に戻って、今日の戦闘の反省を兼ねたイメージトレーニングを行い帰宅する。
拓也は、あまり奥へは行かなかった。
一人なので、無理をするのは危険だと思ったのと、アメノウズメの能力が上がらないため成長したという実感が持てなかったためだ。
そして、月曜日が過ぎ去った――。
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