1―10
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拓也は、一心不乱に木刀を振り続けた――。
アメノウズメとの融合体は、疲れ知らずで、このままずっと動き続けることもできそうだ。
『坊や、敵が接近してくるようじゃ……』
拓也が木刀を振っていると、アメノウズメが警告を発した。
「どっち?」
『向こうじゃ』
その言葉だけで拓也には方向が分かった。
そちらに向けてダッシュする。
『近いぞ』
丁度、堤防の土手を上ってきた中鬼――ホブゴブリン――と遭遇した。
拓也は、頭髪の無い青緑色をしたホブゴブリンの頭に木刀を振り下ろした。
――ガンッ!
――ギィヤァアアアアーッ!!
凄まじい叫び声を上げて、ホブゴブリンが倒れる。
そして、消え去った。
――ガァアアアアッ!!
土手の下を見下ろすと五体のホブゴブリンが居た。
上ってきた敵から、順に木刀で頭部を攻撃する。
四体目のホブゴブリンは、棍棒を槍のように使い突いてきた。
モーションに入ったところで、相手の意図は読めたのため、左に移動しながら、体を捻って回避する。
そして、木刀をホブゴブリンの喉に突き込む。
――グギィイイイァアアアーッ!!
断末魔の叫びを上げながらホブゴブリンが斜面に倒れた。
そして消え去る。
最後の一体のホブゴブリンは、土手を上ってこなかった。
仲間がやられたのを見て不利な位置で戦わされることを悟ったのだろう。
――どうする?
拓也は、どうするか悩んだ。
ホブゴブリンが逃げれば追って背中から攻撃することもできたが、お見合い状態なので動けない。
下手にこちらから近づけば、防御しづらい下半身を攻撃されそうだった。
ゴブリンなら、恐れずに近づいていただろうが、見るからに膂力がありそうなホブゴブリンには警戒が必要だ。
昨日は、麗香に向かうホブゴブリンを横合いから不意打ちで倒したが、拓也はホブゴブリンを正面からの一対一で倒したことはないのだ。
先ほどのように有利な位置から攻撃しないと倒せない可能性もある。
――このまま膠着状態が続けば、他のモンスターがやってきてリンクするかもしれない……。
拓也は、そう考え、自分から動くことにした。
真正面から行くのは危険なので、ホブゴブリンから離れた位置で堤防を下りて、対峙することにした。
問題なのは、足場の悪い斜面で戦わないといけないからだ。
五分の条件なら負けるとは思わない。
拓也は、身を翻してホブゴブリンから距離を取りつつ、斜面を駆け下りた。
堤防の下の河川敷に下りたところで、背後を振り返る。
ホブゴブリンがこちらに向かって走ってきているのが見えた。
拓也は、木刀を正眼に構える。
走り寄ったホブゴブリンが棍棒を振り上げる。
それに合わせて、拓也も木刀を振り上げた。
そして、ホブゴブリンが棍棒を振るうよりも速く木刀を振り下ろす。
――ゴンッ!
ホブゴブリンの鎖骨の辺りに木刀が当たる。
――ギィヤァアアアアーッ!!
ホブゴブリンは、断末魔の叫び声を上げて崩れ落ちた。
そして、そのまま消え去る。
「ふぅ……」
拓也は、緊張を解いた。
――今日は、これくらいでいいかな……。
拓也は、異界の入り口へ向かって走り出した――。
◇ ◇ ◇
拓也が異界の入り口付近に置いておいたロッドケースと帽子は、まだ消えずに残っていた。
拓也は、ホッとする。ロッドケースと帽子を拾い上げて、帽子をロッドケースに入れてチャックを閉める。
そして、頭を通して背中に掛けた。
「そういえば、オレが覚えている間は消えないって話だったけど、どういうこと?」
『現世から幽世に物を持ち込むと、呪力で構成された幽世から見れば、それは異物なのじゃ。しかし、持ち込んだ本人がその異物を強く認識しておる限り、排除されないのじゃろう』
「よく分からないけど、オレがこのロッドケースや帽子を持ち込んで、ここに置いたと認識している限り大丈夫ってこと?」
『うむ。しかし、そのことを忘れ、他のことに夢中になっておると排除されてしまうやもしれん』
「異界の中で死ぬと元の世界に放り出されるというのも同じ理由なのかな?」
『そのとおりじゃ』
「じゃあ、二人の人間が異界に一緒に入って、片方が死んじゃった場合は?」
『ふむ……おそらくじゃが、生き残ったほうが幽世から出た時点で死んだほうも現世に送られるのではないかのぅ……』
「つまり、認識しているのは他人でもいいんだ」
『うむ』
――異界を使えば完全犯罪も可能だな……。
拓也は、異界にまつわるという二件の事件が誰かが意図的に起こした犯罪という可能性を考えた。
――いや、動機が無いか……。
守護者憑きなら、この堤防にある異界の門の近くへ来れば、異界に入れることに気付くだろう。
現に麗香たち三人は、異界の門の近くで出会ったらしい。
その際、守護者を案内として顕現させていれば、相手が守護者憑きということが、守護者憑き同士には分かるのだ。
拓也は、ポケットからスマホを取りだした。
起動させてみると、異界の中でも正常に起動した。
時刻は、午後3時を少し過ぎたところだった。異界に入って2時間ほど経過していることになる。
しかし、圏外なので電話やメール、インターネットなどは利用できない。
カメラを起動して、異界の風景を撮ってみた。
見たままの風景が記録されるようだ。
撮った画像を保存する。
――モンスターの画像を撮って動画投稿サイトに投稿すれば凄いアクセスがあるかも……?
しかし、同時にリスクもある。
異界のことを公表されると困る組織などが存在するかもしれない。
政府のような情報が集まるところでは、異界について認識している可能性がある。
守護者という言葉も誰がいつ何処で使い出したのか分からないのだ。
異界の住人であったアメノウズメがその言葉を知っていたのも謎だ。
――今度、先輩に聞いてみようかな……。
拓也は、メールで質問したいと思ったが、それは麗香に禁止されていた。
「ねぇ? アメノウズメ。オレ、強くなったかな?」
『あの程度の者を倒しただけでは、目に見えて強くはならんじゃろう』
「レベルアップするのは、そんなに大変なの?」
『そうじゃな。少しは呪力を吸収して、今までよりは強くなっておるはず。つまりは、目に見えぬほどの積み重ねにより、少しずつ強くなって行くのじゃ』
「はぁーっ……面倒くさいね。もっと、こう簡単に必殺技みたいなものは覚えられないの?」
『そのうち、妾の本来の力が使えるようになるじゃろうて……』
「先は、長そうだな……」
『精進あるのみじゃ』
それから、拓也は今日の戦闘を思い出しながら木刀を振って過ごした――。
◇ ◇ ◇
ホブゴブリンとの戦闘をイメージしながら、1時間ほど木刀を振ってトレーニングした。
アメノウズメによれば、素振りをしても強くはならないそうだが、剣道の素人と達人では強さが違うようにイメージトレーニングと体の動かしかたを覚えることは無駄ではないと拓也は考えていた。
イメージトレーニングによりホブゴブリンとの戦闘については、だいぶ自信が付いたので、拓也は帰ることにした。
ロッドケースに木刀を仕舞い、帽子を被って、異界の出口へ向かう。
すると、辺りにみるみる霧が立ちこめてきた。
そのまま進むと堤防の土手に出た。
拓也は、直接家に帰らず、商店街に向かった。
そして、本屋に入る。
スポーツ関連の実用書が置いてあるところへ向かい、剣道と空手の入門書を一冊ずつ購入して帰った。
帰宅した拓也は、夕飯の準備を始める。
今日は、昼に買っておいた材料でカレーを作るつもりだったのだ。
拓也は、玉ねぎを取り出し、皮を剥いて、まな板の上で刻み始めた――。
◇ ◇ ◇
カレーを煮込んでいる間、拓也は買ってきた剣道と空手の入門書をパラパラと読んでいた。
――どちらかと言えば、空手のほうが役に立ちそうだな……。
剣道は、有効打突がどうとかルールに関する記述が多く、実戦にはあまり関係がないように感じてしまうのだ。
我流の技で実際に敵を倒したという慢心も剣道の入門書の記述を斜めに見てしまう理由の一つかもしれない。
ただ、空手の入門書に書いてある技も実際に多数の敵を前に使えるかどうか疑問だった。
例えば、側方に蹴りを放つ横蹴りなど、一対一なら有効かもしれないが、敵が多いと一体の敵を蹴った後に隙ができてしまい、他の敵から攻撃を受けてしまうだろう。
結局のところ、格闘技の技よりも体捌きのような足の運びを学んだほうが有効だと拓也は感じた。
「楽しそうじゃな」
アメノウズメがテーブルの上に現れた。
「そう……かな……?」
「そう感じるぞぇ」
アメノウズメには、拓也の感情が分かるのだろう。
拓也は、確かにここ数日、久しぶりに生きているという実感をしていると思った。
異界の怪物を倒して強くなりたい、そのために格闘技の本を買って読んでいる。
それら全てを楽しいと感じているのだ。
――明日も異界に行ってモンスターを退治しよう。
拓也は、そう考えた――。
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