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翌朝、拓也が朝食を摂っていると、スマホにメールが着信した。
武蔵ヶ原高校の生徒会長、上杉麗香からだった。
メールには、木刀で素振りをして鍛えておくようにと書かれていた。
拓也は、そのメールに「特訓します」と返信した。
――強くなりたいな……。
拓也は、いざというときに麗香を護れるよう強くなりたいと思った。
――でも、木刀を持ってウロウロしていたら、警察に職質されそうだな……。
何とかカモフラージュする方法がないものかと拓也は思案する。
――場所は、河川敷だし、釣り人に見える格好をしていればいいんじゃ?
釣り竿を入れるロッドケースに木刀を入れておけば、怪しまれることはないだろう。
休日には、高天川に釣りに来る人も多いという話は聞いたことがある。
釣り人の格好で河川敷をウロウロしていても大丈夫なのではないかと拓也は思った。
問題は、木刀を入れるためのロッドケースと釣り人らしい格好だ。
服装は、私服でいいだろうけど、ライフジャケットや帽子があれば完璧だろう。
――無駄遣いはしたくないけど……。
少し悩んだ末、拓也はそれらを買ってくることにした――。
◇ ◇ ◇
拓也は、昨日、麗香たちと寄った商店街のスポーツ用品店でロッドケースとライフジャケット、帽子を購入した。
できるだけ安いもので、釣り人に見えそうなものを選んだ。
拓也が思っていたよりも安く済んだ。それでも五千円くらい掛かったが……。
ロッドケースは、家を出る前に木刀の寸法を巻き尺で測っておいたので、十分に収まるサイズのものを買った。
ちなみに木刀の長さは、1メートルちょっとだった。
その後、スーパーに寄って今日と明日の食材を買って昼前に帰宅した。
昼食にスーパーで買ってきた惣菜弁当を食べた後、拓也は、ロッドケースに木刀を入れて背負う。ライフジャケットを着て、帽子を被っているため、どこから見ても釣り人に見える。
そして、外に出て異界の入口へ向かった――。
◇ ◇ ◇
30分ほど歩くと河川敷に出た。
堤防の道を異界のあった辺りまで移動する。
「幽世に行くつもりかぇ?」
アメノウズメが現れた。
「うん。でも、人が居るから、今入るのはまずいよね……」
自動車も時折通るし、散歩をしていると思しき通行人も居る。
「では、妾が注目されていないときを教えてやろう」
そう言って、アメノウズメは、異界の入り口があると思われる場所へ移動して立ち止まった。
拓也は、彼女の前で立ち止まる。
待ち合わせをしているかのようにスマホを取りだして操作しているフリをした。
「今じゃ!」
拓也は、アメノウズメに導かれて移動する。
そして、一緒に異界へ入った。
辺りが見る見るうちに濃い霧に包まれていく。
歩いていくと霧は薄くなっていき、どんよりと曇った天気の異界へ移動した。
拓也の体は、アメノウズメとの融合体となり力に満ちている。
拓也は、ロッドケースから木刀を取り出した。
そして、ロッドケースと帽子を地面に置いた。
「ここに置いておいたらどうなるの?」
『おそらく、時間が経てば、現世に転送されるじゃろうな……』
頭の中でアメノウズメの声がした。
「どれくらいで?」
『それは分からぬが、坊やが鮮明に憶えている間は大丈夫じゃろう』
「分かった」
ロッドケースと帽子は、それほど高くはなかったが、何度も買い直さないといけないとなると、痛い出費になる。
もし、これらを無くしてしまったら、次は、帽子もロッドケースに入れてから、肩に掛けたまま戦おうと拓也は考えた。戦闘の邪魔になるが、仕方がない。
拓也は、異界の中を走った。
移動に時間を掛けないためだ。
飛ぶように疾走する。
『坊や敵じゃ』
数分走ったところで、アメノウズメが警告を発した。
拓也が走る速度を落とすと、右前方の土手の下から小鬼――ゴブリン――の群れが上ってきた。
『木刀を強化するぞぇ』
「ありがとう」
『礼は不要じゃ。妾たちは、ここでは同一の存在なのじゃから』
拓也の持つ木刀が淡い光に包まれた。
――ガァアアアーッ!
ゴブリンたちは、叫び声を上げながら接近してきた。
先頭には、三体のゴブリンが並んでいる。
拓也は、向かって左のゴブリンに狙いを定めた。
三体が2メートルほどの距離まで接近したとき、拓也は、左斜め前に走りながら、木刀を右手に持ち、左から右へ横薙ぎに振った。
――ガンッ!
木刀を持つ右手に手ごたえを感じた。
――ギィヤァーッ!!
木刀で殴られたゴブリンは、断末魔の悲鳴を上げて倒れる。
そして、そのまま消え去った。
三体のゴブリンの後方から来ていた五体のゴブリンは、針路を変更して拓也を包囲しようと動き出した。
拓也は、その五体のゴブリンの向かって一番左のゴブリンに走り寄り、同じようにすれ違い様に横薙ぎに攻撃を放つ。
――ガンッ!
――グギャァーッ!!
ニ体目のゴブリンを倒した。
見るとゴブリンたちはバラけていた。
拓也は、バラけているゴブリンに襲いかかった。
一対一なら動きも遅く力も弱いゴブリンなど、今の拓也の敵ではないのだ。
残りニ体になったところで、ゴブリンたちは逃げ出した。
昨日のように助っ人を呼ばれると厄介なので、逃げるゴブリンに追いすがって背中から攻撃してニ体とも倒した。
「ふぅ……」
『見事じゃったぞ』
「ありがと。でも、ゴブリンじゃね……」
『侮るでない。あやつらは、普通の人間では勝つことはできぬのじゃぞ』
「そうなの? 小柄だし力も弱いと思うけど……」
『今の坊やから見ればそうじゃが、普通の人間よりも力はあるぞぇ』
「岡田先輩より?」
『あやつのような大男と比べれば、同じくらいの力やもしれぬが……』
アメノウズメの話によれば、ゴブリンは見た目以上に力があるようだ。
考えてみれば、野生生物の多くは、見た目以上に力がある。
つまり、ゴブリンは、同じサイズの人間の子供の筋力ではなく、同じサイズの猿と同等の筋力があるということかもしれない。
呪力なるもので構成されているそうなので、筋肉があるわけではないと思われるが……。
「ゴブリンでそうなら、ホブゴブリンは、相当に危険な怪物ということになりますね」
『うむ。もし、昨日、坊やが妾と融合しておらなんだら、あの一撃で死んでおったよ』
ホブゴブリンの一撃を受けて骨折程度で済んだのは、アメノウズメとの融合体だったからなのだ。
――ゾクッ……。
拓也の背筋に悪寒が走った。
『その恐れを克服するには、戦って強くなるしかないじゃろう……』
「うん……」
拓也は、木刀を構えて素振りをした。
――もっと、真剣に剣道の授業を受けておくべきだったな……。
目を閉じ、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
木刀を振り下ろす時の体重移動がスムーズになったのを感じる。
やはり、現世の体よりもこの融合体のほうが、感覚が鋭いようだ。
そして、先ほどの戦闘を回想する。
自分では、上手くやったと自己評価をしていたが、こちらは相手の動きをスローモーションに見ることができ、動きも圧倒的に速いのだ。
考えてみると勝って当たり前の戦闘だった。
もっと鋭く、的確に攻撃し、隙を作らず離脱しなければいけない。
拓也は、目を開け、先ほどの戦闘をイメージしながら、木刀を振りながら、前後左右へステップを踏んだ。
空を飛べるわけではないので、跳躍を巧く使わないといけないのだが、跳びすぎてしまうことが多かった。
空中では、無防備になるため、あまり跳ねるのは良くないだろう。
そのまま拓也は、一人で木刀を振り回して稽古を続けた――。
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