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美容室

 その絶望に溺れた眼差しを私の瞳は写す。

 行く場もなかった私に、居所をくれた優しい男の人と思っていたのだったが、それは違った。

 

 ただ、自分を殺してくれる素質を持っている人を探していたのだった。


 アルはこの息が詰まりそうな静寂に気まずく思ったのか、コーヒーカップに手を伸ばすが、カップの中に黒い液体が入っていないことに気がつき、ソーサーに戻した。


 「すまないね、こんな暗い雰囲気にしてしまって」

 アルは誤魔化すように頬を掻きながら言う。

 

 「いえ、私が聞きたいって言ったのですから。大丈夫です......」

 

 「そうかい。まあ、ご飯も食べ終わったし、次のところへ行こうか」

 

 「はい......」


 私は短く返事をすると、席を立ち上がった。


 

 街は昼を過ぎたため、レストランに入るより人がごった返していた。

 アルはあまり外を出歩かないようで、この人混みを嫌そうに掻き分けながら進む。しかし、その方向は家とは真逆出会った。


 「アル、方向逆ですよ」

 「ああ、少し用事があってね。ちょっと付き合ってくれるかな?」

 「はい」

 逆らえるわけがない。それに逆らう理由もない。


 私は黙ってアルが掻き分けてできた道を進んでいく。

 春で少しづつ暖かくなってきていたが、この人混みの中じゃあ人の汗や、朝方の寒さによって湿った地面などからの水分が蒸発し、蒸し暑くなる。

 私は少し額に汗を滲ませながら歩いた。


 私たちが向かったのは都市部だった。

 これまでこちらの方向に来たことがなかったため、あたり一面に広がる都市の光景は輝いて見えた。

 綺麗なガラスのショウウィンドウの中に並ぶ色彩様々な宝石たち、街を歩く人たちの服装はおしゃれであり私とは住んでいる世界が違うのだと思い知らされる。

 街自体も異なっていた。辺りにはゴミは落ちておらず、深夜に酔っ払った人間の吐瀉物も広がっていない。


 一体こんなところでアルは何を買おうというのだろうか?

 一度バスの中で聞いてみたのだが、アルは唇に人差し指を押し付けて「秘密」と微笑むだけだった。

 秘密にしなくてはならないことなら、なぜ私をつれて来たのだろうか。

 


 アルが入ったのは、大型のデパートではなく、注意しなければ見逃してしまいそうな地味なお店だった。

 「キュレイ、来たよ〜」

 なんて陽気にドアを開けたアルを待っていたのは、呆れ顔でアルを見つめる女性だった。

 長い黒髪をカールさせたヘアスタイルに、こちらを睨みつける細く鋭い目。身長はそこまで高くなく、年齢は20歳後半とまだ若さがあった。


 「あんた朝こっちに来るって言って用意させていたのに、今何時よ」

 「そうだね〜。朝の二時半だね」

 自分の左腕につけた時計を確認しながらアルは言う。

 「何が朝だ!お昼じゃない!あんたのせいで朝のお客さん全部断ったじゃない!」

 「ごめんよ、ごめんよ〜」

 「くそっ!こうなったら料金二倍だからね!」

 

 溜めていた鬱憤を全て吐き捨て終わったのか、は〜スッキリしたと呟くと、私の方を先ほどでは考えられない晴れやかな笑顔で見た。


 「貴女がアルのお弟子さんね。お名前は?」

 「ステラ」

 「ステラ大変でしょう?アルってこんな人間だから」

 吸血鬼だよ〜と近くの椅子に座ってスマホをいじっているアルが言った。


 (そんな簡単にバラしていいものなのかな?)

 そんな疑問が湧いて来るが、そんなことアルにキュレイを呼ばれた女性は、私の手を引きながら椅子に座らせた。目の前には私の姿を映す鏡が。


 どうやらここは美容室だった。

 「アル、どういうことでしょう?」

 キュレイに椅子に座らされた後、テキパキと手際よく私の髪を切る準備を続けていく。

 「君の髪は少し長すぎると思って」

 「そこまでしてくださらなくっていいですのに......」

 

 住まわして、そして美味しい食事をさせてくださるだけでありがたいのに、それに身の回りのことまでしてもらうとなると、ステラの心は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 「でも必要でしょ?女の子なんだから。それにボサボサの髪の毛のまま店番してもらってたら僕が虐待しているようにも思われるし」

 こちらの気持ちを察してか、少し茶化したようにアルは言った。



 


 ちょきちょきちょき。

 ハサミは、軽快なリズムに合わせて私の髪の毛を切っている。

 しかし、私はキュレイさんと話すことはなく、ただ静かに黙っているだけ。

 キュレイさんは、髪の毛を切るのに集中しているせいか、鏡ごしに見る姿は少し怒っているようにも見て取れた。


 時間が過ぎるのを待つのは昔から得意だった。

 空を見て、通り過ぎる人を見て、漂うお腹を空かせる料理の匂いを嗅いで、ただ1日が過ぎるのを待った。 

 だが、得意だったのは時間が過ぎるのを待つのではなかった。

 出来るだけ、意識を無くし、欲を無くし、心を無くす。

 それは人間でなく、中身が空である人形のように生きていただけであった。

 

 今では私はそれをすることができない。

 出来なくなってしまった。

 それはきっとアルのおかげだろう。たった数日、ここにいるだけだったが。

 少し、だが確実に少しずつ私の空の中身に何かが注がれている気がした。


 この髪を切る時間、久しぶりにステラは浮かれた心を落ち着け、一人になった。

 目を閉じ、今椅子に座っている私を俯瞰する。まるで自分を第三者を見るかのように。

 私はどこにいる?私はどこにある?

 屍が自分の魂を求めるかのように、ステラは心を求めた。

 目を閉じ、一切の光が届かない暗闇の中で、ステラは光を求めた。


 


 「ステラ、終わったよ」

 という優しい声でステラは目を覚ました。

 短い時間だったが久しぶりにステラの目を叩いた光はとても眩しく、そして眠ってしまうまで考えていたことは跡形もなく吹き飛んで行ってしまった。


 鏡ごしに移ったステラの髪の毛は、これまで切ることができなかったため伸び切って目すら隠してしまうほどの長い髪の毛は、眉までになっており、腰まであった様々な方向へ跳ねていた髪の毛は綺麗に整っていた。


 少しの間、鏡に写っている女の子が誰だかと理解するのに時間がかかった。

 鏡に写る女の子はどうやら私の真似をするらしい。

 なんて初めて鏡を見た赤子のような感想を抱いていると、アルは、綺麗になったねと微笑むと、深くため息をしてまだかまだかと待ち構えるキュレイにお金を渡すと、「今度からは気をつけるよ」と言った。


 「さあ、行こう。次はそうだな〜。それじゃあ服を買いに行こうか」

 私はアルに手を取られながら外へ出た。

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