死にたい理由
食事を終え、食後のコーヒーを飲んでいるアル。私は苦いのはあまり駄目なので、ミルクティーを飲んでいる。
「あの、ここまで話してあれなのですが、こんなところで話してもいいのですか?」
「本当に今されだね。まあ話している時は声が周りに聞こえないよう、ここの空間を弄っているから心配しなくていいよ」
といい、またコーヒーを口に含む。
「それじゃあ話を続けようか。今度は僕が死にたいと思った理由ね」
目を覚ますと、ベッドの隣にはクラリスが居た。
だが、これまで視ていた世界と変わっており、周りの色は鮮やかであり、メガネを掛けないと殆ど見えていなかったのがはっきり見えている。
クラリスが親切に渡してくれたガラスのコップの中には水が入っており、その水面には若いときの僕の姿があった。一瞬驚くが、不思議な事ではない。生きるのにとても適した年齢まで若返ったのだろう。窓から入ってくる太陽の光はとても爽やかな気持ちになるのだが、吸血鬼になったためかとても不快な気持ちになった。
「おお、起きたようだな。我が眷属よ」
と相変わらずの口調で話し続ける。
「これでお前はクラリス・シルヴァキルリア・シルザートの眷属となるのだが、これから貴様は私のもとで働いて貰うことになる」
「え、眷属になるだけじゃなかったのですか?」
「そんな美味い話ある訳無いだろう。貴様にやってもらいたい仕事があるから吸血鬼にしただけだ」
嘘と信じたかった。優れた魔法使いだから吸血鬼にしてあげるという話だと思っていたからね。
そこから魔法使いを統括する魔法管理団体ヴァルハラにつれてかれた。どう行ったかって?もちろんクラリスが背中からコウモリのような黒い翼を生やし、僕を腕で持って飛んでいったよ。
ヴァルハラ、戦死者の館とまで言われる北欧神話オーディンの宮殿と同じ名前の宮殿。イングランドを西に向かった大西洋に浮かぶ宮殿。どうやら結界によって衛星だったり周りの人には見えないようだ。
海にポツリと浮かぶ孤島。その大半を宮殿が占める。
その南側にある大きな広場にクラリスは降り立ち、背中の翼を体内に仕舞う。
「入ってくれ」と大きな門を召使に開けさせ、中に入らせる。中には魔法使いが忙しそうにせっせと働いている。これまでは魔法を使うまで魔法使いかどうかを見分けることができなかったのだが、今となっては妖映眼になっているためか、その人から溢れる魔力によって判断することが出来る。
「ここは何をしているのでしょう?」
「魔法使いの管理だな。貴様はただ魔法を探求しているだけで無害だったが、世の中には人を殺したり、富を得るために魔法を使っている輩もいる。それを排除したり、また悪い魔力の溜まり場、我は妖かし溜まりと読んでいるのだが、それをを解消していくことも仕事の一つだな」
「そうなのですか」
廊下を歩いて行く。人が多い中、人々はクラリスを避けていったり、軽く会釈をして行く。
「この宮殿にいる人は全て吸血鬼なのですか?」
「いや、ここには魔法使いの人間がほとんどだ。今ここにいる吸血鬼は我と貴様だけだ」
「他の眷属を作ろうと思わなかったのですか?」
「ふん、下手なやつにこの力を与えてしまうと変な方向に走りかねないからな。貴様なら魔法のために人生の殆どを使ったのだから変な方向に走らないと見込んでしてやったのだ」
だいぶ宮殿の奥に来た。ここまでくると入ったときに忙しそうにしていた人々は居らず、ただこちらを誘導するように照らしている蝋燭があるだけだ。
「ここだ」
とうとう長かった廊下が終わった。そのドアはとても古いもののようで、周りの金属部に錆が視られる。開けるときにもギイという油が足りてない音がなった。
クラリスの指示通り部屋のに入る。そこには、古臭い本がばら撒かれた床に、書類が盛られた机、奥には暖炉があり中には長い間使われていないのか煤で汚れていた。
掃除は隅々まで行き届いていない。本の上には埃が溜まっている。だが不思議とこの部屋は汚く思えなかった。そうだ、ここは魔法使いが住んでいる部屋と言われればしっくりくる。絵本あたりに出てきそうな魔法使いの部屋だった。
クラリスは椅子に座ると、近くから葉巻を取り、先端を手刀で切り落とし、フィンガースナップで小さな炎を出し炙るように火を付けた。紫煙を深く吸い、吐き出す。お前もどうだ?と葉巻を差し出されるが、断った。健康主義なのだ。まあ、吸血鬼になったのだから健康もクソもないのだろうけれど。
「貴様は我の眷属となった。つまり主人である我の命令は絶対だ」
「はあ」
「だからこれからは私の命令によって働いてもらう」
「働くってさっき言った通りに?」
「そうだ。殺人に、妖かし溜まりの解消」
「殺人だなんて出来ませんよ!」
殺人だなんて絶対にしたくはなかった。魔法という神秘を極めるために僕は生きていたのに、その魔法で人を殺すなんて考えられなかった。
「ほう、つまり魔法によって殺されていく人々を皆殺しにしていくというわけか」
つまらなそうに葉巻を吸いながらクラリスは言う。
「そ、そんなわけないじゃないですか!別に僕じゃなく他の人を向かわせればいいじゃないですか!」
「ふ、そして向かわされた人がもし死んだ時は、そいつの力不足だと自分に言い聞かせるか」
「ならば貴女が行けばいいじゃないか!」
それを聞くと、退屈そうにしていたクラリスが高らかに笑いだした。まるで僕を莫迦にするみたいに。いや、実際に莫迦にしていたのかもしれないね。
「そんなもの、500年前からしているさ」
「は?」
信じられなかった。冗談かと思ったが、僕が吸血鬼になる時に永遠の命といっていたのを思い出すと、それは真実だということがすぐにわかった。
「しかし最近急激に増え始めたんだ。魔法を使った殺人が」
「......」
それで増えてきた殺人をなくすために眷属を増やしたというわけか。
「それでどうだ?これでも皆殺しにしていくつもりか」
「......わかりました。やります」
「うむ、いい返事だ」
こうして、僕はクラリスの命令されるがままに仕事をするようになったんだ。まあひどい仕事だったよ。数えれないほど不幸にあった人々を見ることになったし、その分人も殺してきた。妖かし溜まりにいけばそこに住み着いた悪霊によって死んでしまった人も見た。
それは戦争が始まるまで続いたね。毎日とは行かなかったけれど、最低1ヶ月に1人、多いときには1日に3人殺した事もあったっけ?
戦争が始まると、人々は戦争によって殺しが正当なものになって、戦場でその殺したいという欲望は満たされていった。なかには一般市民の恐怖の顔が見たいという奴も居たため戦争になっても仕事は続いた。それでも確実に数は減っていた。
そして、あるときに思ったんだ。僕は人を殺すのに慣れすぎた。始めは殺した日は吐き気が止まらなかったし、寝れなかった。それなのにだんだん殺したとしてもこいつは殺されても当たり前の存在なんだって思い始めた。
自分が背負っている罪の重さに気付いた。次第に自分の存在が恐ろしくなった。
この時から僕は少しずつ死にたいと思い始めたんだ。片っ端から吸血鬼が死ぬ条件を試してみた。銀の銃弾に十字架、太陽の光ににんにくなど。それはただ苦しくなるだけで死にはしない。もう克服してしまっているようだ。
そして今に至るんだ。今は魔法学校なんて出来ていろいろ対策をされて数は減ってきたのだけれどね。
これで話は終わりというように、コーヒーをソーサーの上に置く。
どうだっだかな?と私に尋ねてくるアルだが、私はアルがしてきたことは正しいと思えた。思えたのだが、正しさと、それを行うために人を殺してきたという罪ならば、きっとその罪のほうが重たいと思った。
「アルは吸血鬼になったのを後悔しているのですか?」
「どうだろうね」
なんて小さく微笑んでごまかす。
いつもは明るいその笑顔も、この時はとても悲しそうに思えた。