その夜
夕食には、アルに豪華な料理が振る舞われ、夜となった。
二階に上がり、アルは私に一つの部屋をくれた。
その部屋には柔らかそうなベッドと、勉強するには少し大きすぎると思う木で出来た机、本棚があり、本棚には本は一冊も入っておらず、寂しそうに私を迎えた。
「ここが君の部屋だよ〜。服の方は、明日にでも買いに行こうか」
「はい」
私は素直に頷く。まさかそこまで親切にしてくれるとは思わなかった。
私が想像していたのは、奴隷みたいに家の地下とかに閉じ込められて、粗末なパンに、固く冷たい床で寝るのだと思っていた。まあ、そんな酷い状態になったと言っても、これまでよりも屋根に、壁に、そして食事があるのならばこれまでよりかはいい生活と言えよう。
アルは部屋を出ていき、私はベッドに倒れ込む。
日中太陽に干されていたのだろうか。お日様の心が落ち着くような匂いと暖かさがある。ベッドは身が沈むほど柔らかい。
ああ、幸せだ。
仰向けになり、こちらを見ている天井を見る。
窓からは、空に瞬く星空が目に入る。こんな綺麗な夜空、これまで一度も見たことないなぁ。
下から、ゴリゴリと薬草をすり潰している音が聞こえる。アルが調合でもしているのだろう。
今日の一日を思い出してみる。
きっと昨日の私なら、こんな状況になっている私を想像もできまい。いや、誰でもそうだ。誰が魔法使いの弟子になるという、フィクションのような状況になると想像できるだろうか。
これは運命なのだろうか?それともこれまでの不幸を帳消しにする程の幸福を私に、神は与えたのだろうか?
いや、これから幸せになる確証はない。もしかしたらこれからもっと厳しい生活になるかもしれない。それに私には、アルを殺さなければならないため、これから魔法を学んでいかなければならない。それがどんなに大変であろうとも、逃げ出すことは出来ない。私に生きるための力をくれる恩人に、死という望みを叶えなければならない。
それにしても、彼は死にたいと願ったのだろうか。
人は生きたいと願うものだろう。死という恐怖は、死自体が恐怖なのではない。もしかしたら永劫の無が待ち受けているのかもしれない。もしかしたら気付いたら赤子に生まれ変わっているかもしれない。もしかしたら極楽浄土にいるかもしれない。もしかしたら神のもとに召されるかもしれない。もしかしたら、もしかしたら......。
もし、その死の恐怖に打ち勝っても、まだ現世の未練、自分を待っている人がいるかもしれないという期待。
まだいろいろアルかもしれないが、きっと彼はそれを乗り越えたのだろう。いや、乗り越えてしまったのだ。
まだ私は死にたいと思ったことはなかった。何としてでも生きたい、そういつも思っていた。
私と相反する人なのだろう。アルは。
などといろいろな事を考えている内に、襲い掛かってきた睡魔にあっという間に意識は刈り取られ、私は久方ぶりのベットでの睡眠を堪能した。