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契約

 ゆらり、白い朧気な湯気が私の吐息によって揺れる。

 浴槽は大人が足を伸ばしても十分余裕があるほどの広さがあり、ここも掃除が隅々まで行き渡っている。しかし残念ながら私の身体を洗ったことによって、所々に黒ずんだ汚れが付いてしまった。本当に申し訳ないことをしたと思う。

 

 イギリスでは水という資源を大切にしているためか、浴槽に湯を張ることは珍しい。それに、大抵の人がシャワーで済ますという。それにトイレも一緒に置いてあるものだがここには無く、そしてシャワーも浴室の中で使うのではないようで浴槽の隣に設置されてある。

 風呂を見た時に不思議に思い、魔法使いに聞いてみたのだが、日本式というものらしい。日本、聞いたことがあるが知っているのはサムライとニンジャだけだ。


 シャワーは私が家を、家族を失う前までは毎日浴びていたが、それ以来はボロ布を濡らして身体を拭くようなことしかしていなかったため、こうして暖かいお湯に浸かるのは何年ぶりのことだろうか。


 何故私が今風呂なんかに入っているのかというと、あのあと魔法使いの男は、まず汚れている身体を洗うように私に言ったからだ。

 「君も汚れた身体のままでは、気持ちが悪いだろう?」

 なんて言われたら、遠回しに臭うと言われたような気がして、臭くて悪かったね!と脛に蹴りを入れたくなるような少しばかし捻くれた少女の私だが、汚れていて気持ちが悪いのも確かだ。

 

 長い間湯船に浸かっていたからだろう、身体が火照ってきた。逆上せてきたかな?なんてぼーと霧がかかったような頭で思う。久しぶりだからって長く入りすぎたな。


 湯船から上がって、用意されていた衣服を着る。

 乾いた髪は、これまでずっと切るっことがなかったため、爆発にあったキャラクターのようにぼさぼさになっていた。

 服はYシャツに、ダボダボな黒いズボン。

 きっと魔法使いが幼少期に着ていたと思われる服で男物だったのだが、思ったより普通に着れてしまった。

 

 

 ドアを開け、調合室に出る。

 先程にここを通った時には大きな机には、調合道具とかにいろいろ乗っていたが、今は紅茶や、クッキーなどいい香りが部屋を満たしていた。

 魔法使いは、もう椅子に腰を下ろし、ぼーとスマホを弄っていた。きっと私が風呂から出てくるのを待っていたのだろう。それにしても魔法使いというのに、現代社会の科学の恩恵と言えるスマホを使っているのは、職業的(?)にアウトなのではないか。

 私に気付くと、魔法使いはスマホの電源を消し、反対側の椅子に座るように指示した。


 「じゃあ、お話をしようか」

 「はい」

 「僕はアルフレッド・ウィシャート。アルって読んでね」

 「えっと、私はステラと申します」

 「ステラ、星という意味か。これはいい。星は魔法とは魔術ではよく使われるから、ぴったしな名前だね」

 「ありがとうございます」

 「それじゃステラちゃん、君には僕の魔法使いの弟子になってもらおうと思っているのだけれど、僕から君にお願いがあるんだ」

 「なんでしょう?」

 「僕は君に生きていけるように魔法と魔術とかいろいろ教える。その代わり......」

 アルが一呼吸空ける。そして言った。

 「僕を殺してほしい」

 「え!?」

 どういうこと?教える代わりに殺してほしい?何を言っているんだ?

 

 「あの......どういうことか教えていただけませんか?」

 「ああ。いいけれど、少し長くなるからお茶とかお菓子とか食べながら聞いてね」

 「あ、はい」

 こうして、アルは話し始めた。


 「僕はね、吸血鬼に血を吸われて、その眷属になっちゃって死ねないんだ」

 「え?」

 吸血鬼?この人は私の事を誂っているのだろうか?

 「吸血鬼ってあの物語に出てくるあの?」

 「うん」

 「本当にいるのですか?」

 「うん。吸血鬼だけじゃなく、幽霊も、妖精もいるよ。君ももう少したったら見えてくると思うよ」

 「本当ですか?」

 「僕が見るに一ヶ月ぐらいかな。君には魔法使いの適正があるようだし、僕の魔力がきっと君の才能の引き金になると思う」

 「はあ」


 「っと話がそれてしまったね。眷属になったきっかけとかはともかく、それから数え切れないほど生きてきた。もちろん死にたくなって自殺も試みたのだけれど、死ねなくって。呪いなのか痛みだけが続いて、どんなに血を流しても、どんな毒を飲んでも、どんな身体がばらばらになっても、死ねなかった。だから、君に呪いを解けるほどの魔法使いになってもらって僕を殺してほしい。これが望みだ」

 「......」


 そのある目の奥からは、深い深い闇のようなものが見える気がする。

 死にたくても死ねない。死のうとすれば、最後には楽ではなく、さらなる苦が待っている。

 どこまでいっても結果は必ず「生」という結果が待ち受ける。

 どれほど彼が死にたいと思い、それでも死ねなかったのかは私は知らない。それでも、今の彼の口調、目、表情、纏っている雰囲気、全てが私にどれほど絶望しているのか、それを感じさせた。

 それは、私と逆だ。

 生きたくて必死だったのが私で、死にたくて必死だったのが彼。

 生きるために魔法を教えてくれるのならば、私は教えてくれた魔法で彼に死を与えないといけない。

 

 「分かりました。必ず、貴方を殺してみせます」

 「頼もしいね。それじゃ、これからよろしく。ステラ」 

 「はい、こちらこそよろしくお願いします。アル」

 

 こうして、私は魔法使いアルと、生を与える代わりに、死を与えるというあまりに契約として変な契約を結び、新しい家族となった。

 こうして、私は生きる喜びを知り、彼は死が近づく喜びを知っていくのだ。

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