07
他人の金で焼き肉食べたい
〈学校エリア〉
まだ調べていない箇所を探索しようという事で、再び学校エリアへとやってきた。時刻は既に夜になっており、夜の学校独特の不気味な雰囲気を醸し出していた。
意気揚々と中学生らしく元気に歩いている四人――ナナ、ゴミ、姉妹ちゃんの後を俺は力なく追いかけていた。
「どうしたよ番外、そんな疲れきったような顔しちゃってさぁ」
「そうだよリョータ、寝たりないって気持ちは分かるけどやる事はやらなきゃ」
俺が疲れている理由には、結局寝る事が出来なかったと言うのもある。だがそうではないのだ。
「だからって……なんで十二時間ギリギリ目一杯休むんですかねぇ?」
俺の疲れは精神の疲れによるモノだ。焦り、困惑。十二時間ギリギリまで休まれて命の危機を肌で感じた俺の疲労感はフルマラソン全力疾走したソレに近いだろう。
休むどころか疲れては折角の休息も意味が無い。
「いやぁ、眠くて」
てへ、とでも言いそうな勢いのナナを無性に殴りたくなったので、ゴミの顔面にコークスクリューブローを御見舞する。
「ふぅ、スッとしたぜ」
「なんで俺を殴った!? 何でだ!」
「右の拳だけど?」
「なにで? じゃねぇよなんでだ、だよ! 理由を聞いてんの!」
「お前女の子殴れって? 最低だな」
「そーだそーだ」
当たり前だろ? と言いたそうに乗っかってきたナナの頭部に拳骨を御見舞する。
「何で殴ったの!?」
「右の拳だけど?」
「それはもういいよ!」
さて、と気を取り直す。最年長である以上どうでも良い事でぶすくれているワケにもいかない。
「じゃあまだ探してない場所を教えてくれ、ナナちゃん」
やはり頼れるのはナナだろう。ゴミやすぐにおふざけが入る姉妹ちゃんでは話にならない。
思えば彼女には頼り切りだな、と苦笑してしまう。
そんな俺を不思議そうに見ながらナナは答える。
「扉があるのは体育館とスポーツ設備だね。体育館は三つ、スポーツ設備は各自二つずつだね。扉の数は多くないけど、それぞれの距離が離れてるから移動に時間がかかるかな」
分かりやすく情報をまとめてくれるあたりやはり彼女は有能だ。もう全部ナナ一人でいいんじゃないかな?
「……まぁ、時間をかけたくないなら人員を三分割すべきだな。五人を三分割って割り切れないじゃんってなるけどね」
「あんまり人の事言えないんだけどさ、それは良くないと思うぞ」
珍しくゴミが頭を使ったような発言をする。珍しくと言ってもゴミとの付き合いはせいぜい数時間もない程度なのだが。
そう言えばここに来てまだそんなに時間が経ってないな、と思いながら聞き返す。
「なんで?」
「過激派がいるからだよ……簡単に言えば、生存人数十名でこの生存競争が終わるなら、殺しちゃえば早いじゃん? って輩」
お前は人の事言えねーじゃん、と言おうと思ったが、なんとゴミは先にあんまり人の事言えないんだけどさと言っていたのだ。
どうしてこういう時は賢いのだろうか。もしかしたらそれなりに頭が良い方なのか……?
「そいつらがここで網はってるってか?」
「いや、流石にそんな事はしないだろうけど……ハイエナよろしく生存者探し求めて這い回ってるだろうから、確率でエンカウントするぞって事」
「うっわマジかよ、ケルベロスよりタチわりぃな」
最悪とは常に想定しておくものだ。つまりエンカウントする前提で考える必要がある……そうなると、あまり人員を割かない方が良いだろう。
「普通に考えればナナと俺、ゴミと双子ちゃんで二つに分けるべきなんだろうけど……まずスポーツ設備から調べるとしよう。さっき言った通りの二手に別れて調べ回ればかかる時間は半減する」
ゴミと双子ちゃんのスリーマンセルなら攻防一体で、一人が相手ならば恐らく負ける事は無いだろう。勝てる可能性が高いだけだが。
俺という足でまといがいようが、ナナならば恐らく負けないだろう。絶対の信頼は危険だが、信頼に足る人物である事は確かだ。
守ってもらわないといけない恥ずかしさに苦笑いしながら俺は聞く。
「お荷物背負ってくれる?」
「いいよ」
スポーツ設備と簡単に呼んではいたが、実際にはその数は莫大な量になる。
敷地の無駄遣いとしか言えない広大な土地に作られた野球場サッカー場テニスコートエトセトラ。思い付くスポーツの専用設備を全て、二つずつ。どうしてこんなに設備充実させちゃったの? と疑問に思わずにはいられない。
一つ一つの広さがイカれている設備が大量にあり……例え二手に別れていたとしてもその移動距離は馬鹿にならなくて、やはりと言うべきか、調べ終わった頃にはナナはバテていた。そんなナナを引き連れて集合地点へと向かえばそこには同じく疲れ果てた三人組が待っていた。
幸いにも、誰も過激派の連中には会わなかったらしい。不幸にもどっちもケルベロスに襲われたらしいが。一瞬でケルベロスを灰に変えてしまったナナとは違い、ゴミと双子ちゃんはそれなりに時間をかけて処理したのだろう。
そんなこんなで残すは体育館となり、三手に別れて――具体的に言えば、ゴミと双子ちゃんのトリオ、俺、ナナという分け方で――調べる事になった。
相手がケルベロスで無ければ走って逃げられる俺、相手が誰であろうとも魔術の発動が圧倒的に早いナナならば一人でも問題は無いという判断だ。もっと言えば、ゴミと双子ちゃんを分けたらあいつらバランス崩れて死にそうなので三手に別けるにはこうするしか無かった。
かくして俺は高校用の体育館へとやってきたワケだが、残念な事に俺は失念していたのだ――自分がいかに不運なのかを。
体育館自体には何も見付ける事は出来なかった。まぁ当然だよなと言う気持ちとケルベロスに出会わなくて良かったと言う安心感、それらを抱いて体育館から出た俺は――その光景を呆然と見つめる事しか出来なかった。
こちらへと必死に逃げてくる十数名の人々。それぞれが両足を深く切られており、歩く事も走る事も出来ずに両腕と身体を使い、必死に這って逃げて来ていた。
それを、楽しそうに眺めながら追いかける男が一人。オシャレな金髪でスラリとした長身、ジャニーズ事務所に所属してますと言われれば簡単に信じられるようなイケメンだ。その爽やかな笑顔は世の女性を虜にしてしまうだろう。
そんな、吐き気を催すようなイケメンが、とてもとても愉快な娯楽を楽しんでいた。
――狩りごっこ、とでも言うつもりだろうか? そんな風に思いながらただその光景を眺めていると、イケメンと目が合った……合ってしまった。
次の瞬間、雷鳴が走った。逃げ惑っていた人々はその一瞬にして何処にもいなくなっており、代わりに空中に散っていくデータの残骸だけがそこにはあった。
……死んだ、のか?
この世界における人間の死と言うモノを俺は未だに見てはいないのでどうなるのかを知らない。だがソレが、ソレだけが、あの人達の成れの果てなのか……?
「初めましてかな? 俺は1番……せいぜい頑張って逃げてくれな!」
気が付けば全速力で俺は逃げ出していた。何かを考えていたワケでもなく、身体が勝手に動いていたのだがあの場にいれば確実に殺されていた事だろう――だが、逃げ出したからと言って逃げられたワケではないのだ。
「――ッ!!」
この未来世界とやらに来てからもう何度目かになる激痛に顔を歪める。どうやら俺の両足の――丁度アキレス腱を切られたようだ。走る事どころか歩く事すらままならず俺は盛大に転がってしまう。
一体何で、どうやって……背を向け逃げ出した俺には何一つとして分からなかった。が、先程の『狩りごっこ』を見る限り、相手がすぐに俺を殺さない可能性は高い。
逃げなきゃ……!
手をついて膝をつき立ち上がり足を前に――
「あれ、なんで足使えるの?」
おうイケメン気が合うな、丁度俺も疑問に思ってたところだ。
どうせイケメンの狙いが浅かったのだろうと疑問を払い俺は走って中学棟の体育館へと向かう。小中高の順に並んでおり、それぞれに体育館があるので距離が離れている。中学の体育館を担当したのはゴミと双子ちゃんの三人組なので頼りないが、それでもアレを一人で相手にする事は不可能だ。
「まぁいいか、次はその足ちぎってあげるよ!」
マジかよ、と驚かずにはいられない。全速力で再び逃げ出した俺をイケメンもまた走って追いかけてきたのだが、その速度は全然引き離せない程――つまり俺と同レベルの速さだ。怪我をしている筈の足は通常時と同じように動いているので、それは間違い無い。
ゴミや双子ちゃん、そしてナナの体力の無さを見て、どうせ走っても大した事は無いのだろうとタカを括っていた。思えば彼女達の走る姿も見ていない……こんな事なら走らせてみれば良かったと今更後悔をする。
最悪とは常に想定しておくものだ……なんて格好つけて言っていた自分が恥ずかしい。だが失敗をしたのなら、そこから学習しなければならない。
であれば、イケメンの体力があの四人のようにゴミだと楽観するワケにはいかないだろう。
「さーて、よけられるかなぁ?」
俺の後ろをピッタリと着けてくるイケメンは、全速力で走りながらキーボードを出現させ、目で追えない速さでコードを打ち出す。
――思い返せば俺は悪運が強かったらしい。今までの人生で死にかけた事が二回、この未来世界に来てから三回に増えたが。そして今、丁度四回目を迎えた。
簡単に言えば足がもつれた。足がもつれて地面に顔面から倒れてしまう。倒れた直後に自分の真上でヒュンと何かが空を切る音が聞こえてきた。
助かった……と安心しかけるが、絶体絶命の大ピンチである事に変わりはない。何か打開策を見付けなければ――
「あれ、もう終わり?」
心底つまらそうに、イケメンは俺を見下しながらそう言った。
この状況を打破する方法? あるなら是非とも教えて欲しいものだ。相手はコードを――恐らくナナと同等かそれ以上の速さで打ち込める。逃げていた人間達を消したあの雷も恐らく魔術なのだろうが、キーボードを出す行動すら見えなかった。つまり、動けばその瞬間にやられる。
かと言ってこのまま倒れていても単なる的でしかなく、いたぶられるか遊ばれるかは分からないが対抗など出来ない。
動けばやられ、動かずともやられる。砂で目潰しをするにしても、俺が砂を掴んだ時には魔術でやられかねない。
詰みです。
「じゃあな」
抵抗手段を無くした俺をつまらなそうに見つめながらイケメンはそう告げ、一瞬とも言える速度で何かのコードを打ち込んだ。
不味い! そう思い転がるように駆け出そうとした俺の背後から白い光が迫り――俺の意識はそこで途切れた。
5000兆円とは言わないから5000万円欲しい




