03
魔材飲みながらこんばんわ
普段は隠され閉ざされているその部屋を見付ければ、この地獄のようなサバイバルゲームから抜け出す事が出来る――確かに、やる気が出るような甘い蜜ではある。
そんなルールがあるのなら、例え敵に襲われる危険があったとしても血眼になってそのゴールを探すだろう。同じ場所に留まれる時間制限がある以上、安置に引き篭る事は不可能なのだから――
だが、同時に疑問も生まれる。
生存者が十名になればこの生存競争は終わるらしい。では、中央制御室とやらを見付けて勝ち抜けた人間はその生存者の数に含まれるのだろうか? もし含まれないとしたら、十人がそこに辿り着くだけで終わってしまい、その他の人間は……。
そして、わざわざ残り人数が十人になれば終わるというルールがあるのにそんなモノを用意した事も疑問だ。やる気を出させる為の甘い蜜にはなるだろうが、そもそも此処で暮らしていた人間ならば大体何処に何があるのかは熟知しているだろう。彼等が過ごしていた長い期間、ずっと隠されていたという事だろうか?
もっともそんな疑問を712番と名乗った彼女に投げかけたところで、私にも分からないと返されるだけなのでわざわざ聞いたりはしないが。
あのケルベロス達との命懸けの鬼ごっこによりどうやら相当疲れていたらしく、いつの間にか俺は眠っていたらしく、気が付けばフローリングの上で横になっていた。十数年生きてきたが、自分が睡眠に入った時の記憶が無いのは初めての体験である。
目を覚ましても殺風景な部屋が広がっているのを見て、ますますこの不思議体験がただの悪夢であると言う可能性が低くなったのを実感し、軽く絶望する。
当面は生存者の十名に入り込めるように行動し、何とか生き残らなければならないようだ。或いは話に聞いた中央制御室とやらを見付け出す必要がある。
が、それを見付けられる可能性は生存者十名に入り込むよりもキツいだろう。
はぁ、と溜め息を吐いて立ち上がる。自分のベットですやすやと眠っている712番と名乗った少女の姿が視界に入る。自分の腕を見てみると、どうやら彼女の言った通り自然に治癒するようで、包帯の巻かれている腕の輪郭はハッキリとしていて一先ずホッとする。
そう言えば、十二時間ルールがあったのだと思い出し、時計を探すべく辺りを見渡すが……俺が知る限りの時計らしき物を見付ける事は出来なかった。
まだ慌てるような時間では無い、と自分を落ち着かせながら窓の外へと目を遣る。真昼間だろうか? と思えそうな程の明るさだった。
そもそも自分がどのくらい前に意識を失ったのかすら定かでは無くて、いよいよ不味いと焦燥感に駆られる。
「仕方無いとは言っても……悪い事するなぁ」
触っても良いものか、それとも触らずに声をかけて起こすべきか……その葛藤に部屋の中をうろちょろとしていると、不審者のような行動を取っている俺をうざったく感じたのか、彼女は目を覚ましてくれた。
助かった……! そんな喜びからハイテンション気味に俺は声をかける。
「お、おはよう! 早速で悪いんだけど今何時か分かる? あ、あと昨日この家に来たのが何時なのかも……」
「誰?」
ふぁー。誰? と来たか……それはなんとも答えに困る質問だ。
「えっと、佐藤亮太です」
「サトウリョウタ? 何番?」
「過去からの参加者で何番とかそう言うのはちょっと……」
「まぁ覚えてるけどね」
ホッと安心する。このままでは確実に変態の不審者ではないかと焦って――いや違う、時間が危ない可能性が高いから焦っているのだ。
「気が付いたら寝てるんだもんビックリしたよ……えっと、今は――」
そう言って彼女は、シュンッと何やら画面のようなものをどこからともなく発現させる。
なにその未来感溢れるヤツ、すげぇじゃん俺もやりたい。
真似してみようと同じく手を振ってみるが、当然の如く何も出てこなかった。
「――七時だね。私の部屋に来たのが二時だったから……四時間くらいしか眠れてないや」
「え、七時?」
「うん」
「こんなに外明るいのに?」
「そりゃ、昼だからね」
「……は?」
季節にもよるが、七時と言えばまだ日が昇ってそんなに経っていない頃だ。日は真上からではなく斜めから差してくる。窓を開けて身を乗り出し太陽の位置を確認するが、天高い位置を陣取って眩しい程照りつけているではないか。
「六時から十八時までは昼、十八時から六時までは夜……だから、別におかしいところは無いと思うんだけど」
いくら未来の世界だからと言っても、太陽と月の移動が無くなり明確に別れるような事があるだろうか?
――どうやらここは、ただの未来の世界というワケでは無いらしい。
「なるほど……いやね、目が覚めたら明るいもんだからやべぇって思って。ほら、同じ場所に十二時間留まると失格なんでしょ?」
大きな欠伸をしてから彼女はそうだねと頷いた。
「まぁ四時間も寝れれば十分だよ。そもそも睡眠なんて娯楽でしかないしね……それで、リョウタはどうする?」
睡眠が娯楽? と聞き返したいような事をさらりと言ってのけるが、質問をされれば答えるしかない。
「どうするって?」
質問で返してしまいましたね。
「言った通りだよ。これからどうするの? どうしたい? 日中だって攻撃プログラムは出てくるし、エリアも居住エリアだけじゃないし」
ああ、と理解する。確かにどうする? だ。意思の疎通は面倒だなと感想を抱きつつ自らの意思を伝える。
「その中央制御室? を探すの手伝っても良い?」
「勿論、断る理由は無いよ」
良かったと安心する。右も左も分かっていない場所でそれを探すのは無理がある。それこそ余程の幸運でも無ければ見付けられないだろう。ましてや俺は、何億何十億といる人間の中から選ばれてしまう程の不運の持ち主だ。まぁ無理だろう。
そんな確率を引き当てられるのなら行けるのでは? と思われるかもしれないが、人間には二種類いるのだと理解して欲しい。良い方の運を引き当てられる人間と、悪い方の運を引き当ててしまう人間だ。引き当てられない人間含めたら二種類じゃねーじゃんと言ったクレームは受け付けない。
ともかく、俺は雨の日傘をさして外出していたら雷に当たってしまうタイプの幸運の持ち主であるのだ。
「先に謝っておくけど、攻撃プログラムとか出たら足引っ張るわごめん」
分かりきっている事とは言え、戦う手段を持っていない俺は単にお荷物でしかない。のだが、彼女は笑って大丈夫と答えた。
「それに、敵は攻撃プログラムだけじゃないから戦えても関係ないしね」
〈学校エリア〉
どこでもドアは実現していたのだな、と素直に感動した。
俺がケルベロス達との臨死体験鬼ごっこを繰り広げていた住宅団地である居住エリアの端まで行くと、何やら円柱型の機械が置いてあり、恐る恐る中へ足を踏み入れると気が付けば別エリアだ。確かに驚きはしたが、ソレよりも純粋な感動が勝っていた。
どちらかと言えばワープ装置ではあるが、そんな事は関係無い。
それに、九割方の人間が死ぬと言った欠陥も無いらしい。そもそも此処がアルファコンプレックスだったらそんな装置は乗らないのだが。
「ちょ、歩くの速いって」
ケルベロスが出てきたらほぼ確実に頼ることになるであろう712番は、ぜぇぜぇと息を切らしながら俺の少し後ろを歩いていた。
「いや……え?」
別段歩くスピードが速いワケでも無ければ移動距離が長かったワケでも無いのに息を切らし、付いてこれてすらいない彼女を見て俺は疑問に思う事すらなく、単純に理解が出来なかった。
体力無さすぎるだろ、とか、どんだけ持久力無いんだよ、と言ったツッコミくらい入れたいのだが、息を切らしながら懇願しているその様子は紛れもないガチのモノであり――
「まぁ待つけど……マジで言ってんの?」
「なに、リョウタは体力お化けなの?」
見ているのも辛いようなレベルで息を切らしている彼女はようやく俺に追いついてそんな事を言った。
「どちらかと言えば体力無い方だぞ?」
「ははははご冗談を……これで体力無い方って過去の人達どんだけタフネスなのって話で」
原因は分からないが、その言い分から察するにこの時代の人達は総じて体力が無いらしい。彼女の体力がある方なのか無い方なのかは分からないが、俺で体力お化けと言うからには体力がある人でも俺よりは無いという事になる。
「頼むよ712番さんよ……ケルベロス出てきたら俺には何も出来ないんだから」
「はは、ははは……道理であれだけの攻撃プログラムに囲まれても生き延びられたワケだよ。魔術無しに良く生き残れたなーとは思ってたけど、まさかそんだけ無尽蔵の体力を持ってるなんて……」
絶賛させているが大して体力がある方ではない。それこそ授業であった三キロマラソンなんて道中歩いていたくらいなのだ。
まぁいいかと思考を切り替え、改めて学校エリアを眺めてみる。
三つの棟と三つの校庭と三つの体育館、野球場やサッカー場のようなスポーツ専用の設備が二つずつとあり、広さは相当なモノだった。今現在は全体を一望出来る高台にいるが、見た限り攻撃プログラムとやらも人間もいなかった。
「……こんだけ広い所探すの?」
「入口は扉らしいから、隈無く探せってワケじゃ無いよ」
入口は扉……なるほど。とは言え、これだけの広さにこれ程の設備があるのなら、扉も相当な量になるだろう。
「普段は見かけないような扉って事になるんだろうけど……私は中学棟に通ってるから他二つはどんな構造なのかすら知らないし、部活なんかもやってないからそっちも知らないんだよね」
「あーね、じゃあ中学棟をバーって見てから他を探すって事になるか」
攻撃プログラムが出てきたら中学生に頼らないといけないのか、と気分が重くなる。
「ちょっと、休憩を、して行きませんか?」
どうして急に敬語になったのだろうか、と疑問には思うが息が切れて体力が尽きた彼女的には休息が必要なのだろう。
「ダメ、はよ行こう」
彼女の健康のタメにも、ここで甘やかすワケには行かない。
「そんなぁぁぁ……」
この世の全てに絶望したような悲鳴を聞いて、俺は仕方なく足を止めた。そして712番の少女を――その方向を見て、俺は彼女に申し訳ないと思いながら告げる。
「すまないがソイツを処理してくれないか? いやね、本当は休憩させてあげようかなって思ったんだけどね? ソイツいるんだもん……」
俺の言葉を聞き後ろを振り返った彼女は「ああ……」と納得したようだ。もしくは絶望の声だったのだろうか?
空気を読まずに現れたのは攻撃プログラムと呼ばれているケルベロスのような何かだ。
疲れて動けないから逃げよう、と提案してくるのであれば彼女を担いで走って逃げるつもりだった。あれと戦って勝てるのは彼女だけであり、俺が何かしようとしても自殺行為にしかならない。その彼女が疲れにより動けないのなら、取れる選択肢は逃げの一手だった。
だが、彼女は逃げの提案などしなかった。
むしろ、状況を理解してからの行動は鮮やかな程手際が良く、疲れは何処に行ったのだろうかと疑問に思ってしまう程だった。
素早く手元にキーボードを出現させ、一秒にも満たない時間で何かを打ち込み、現実を歪めて現象を起こす――
何が起こったのかを理解した時には既にケルベロスは焼かれていた。まだ襲ってきておらず、こちらを警戒をしつつジリジリと距離を縮めていたケルベロスの足元から火柱が上がった。何の抵抗も許さずに、圧倒的な火力で焼いたのだ。
「あー、念のために言っておくけど……魔術は発動するのに現実を歪めるんだよね。何処に現れるのかは、じっくり観察してれば分かると思うよ」
「何でそんな事を教えてくれるのかは分からないんだけど安心してくれ、速過ぎて何も見えなかったから」
火柱が無くなると、先程までいたケルベロスは跡形も無くなっていた。何かをする事すら許さない力の差を目の当たりにして、彼女と行動を共に出来た幸運に感謝をする。
「ところで、その……リョータさん?」
「何、どうかした?」
実は何か怪我をしていたり、魔術を行使するのには制約があったりしたのだろうか……そう不安になって聞いたのだが、彼女はそんなモノを吹き飛ばしてしまうような満面の笑みを見せる。
「じゃあ休もうか!」
そんなに元気なら休まなくても良いのでは?
そう思いながら、俺は命の危機を何事もなかったように処理してくれた功労者をねぎらうように頷いてみせる。
めっちゃ眠いです




