部長と怜子先輩と私
「部長ですか……?」
朝ご飯を並べな終えた怜子先輩は一番キッチンから近い椅子に腰を掛けると、つけていたエプロンをほどいて、すこしため息をつくと、春の日差しが残る窓に目を向けて、とても遠い日を語るように、深々と積もるように語り始めした。
「みんなが起きてくるまで、話しましょう。私はね、中崎さん、私は浩子さんに憧れて藤花高校に入ったの。結構、うちの将棋部は名門でね、浩子さんもそこに入るって聞いて。私は浩子さんを目標にしていた。あの人と最初に会ったのは小学校の4年生の時。私は初めて小学生の全国大会に出て、浩子さんと対局した。結果は私の負け。二勝すれば勝ちの勝負でストレート負け。私はすごく落ち込んだ。でも、でもそれ以上に浩子さんの指す将棋はカッコよかった。男子がヒーローとかに憧れる理由がなんとなくわかった。
あの日の対局、序中盤は互角だった。でも終盤の入り口、浩子さんはそこで残していた時間を使った。そして始まった終盤戦はあっけなく終わった。私はその時、その速さに私は圧倒された。そして何より、何かが来る、そんな雰囲気が小学生の私にもわかった。そして、それは憧れに変わった。あんな将棋を私も指したい!勝ちが見えた時、容赦なくとどめをさすカッコいい将棋、将棋を指す誰もがカッコいいと思える、あんな将棋が。私の憧れだった。」
そこまで言って階段の軋む音がした。怜子先輩は前置き通りそこからは何も語らず、ダイニングに現れたあゆむさんにコーヒーの好みを聞いて、キッチンに戻っていった。あゆむさんは私に気付くと、すこし微笑みを浮かべて、すこしあたりをキョロキョロ見渡すと私に顔を近づけて言いました。
「怜子ちゃんね。本当に浩子さんのことが好きなの。私たちみんなそうだけども、怜子ちゃんは特別。僕の知る限り、怜子ちゃんが一番、浩子さんの真似をしてたなぁ。」
「あゆむさん、何を中崎さんに言っているのかしら。」
その涼やかな声に、あゆむさんは身を縮ませました。そして振り返ると、怜子先輩の眼をかわすように、
「はは、何も言ってないよ怜子ちゃん、ただ僕は中崎さんと怜子ちゃんの所属する将棋部について話し合ってただけだよ。とくに浩子さんについて。」
それを聞くと怜子先輩はすこしムッとしてあゆむさんのまえにコーヒーを置いてダイニングに座りました。あゆむさんは上手くやったのに満足し、「いたただきます」と朝食を食べ始めました。
それから、他の先輩たちも階段をおりて怜子先輩に「おはよう」と声をかけ、そして先輩特製の朝食を食べました。
怜子先輩はそれを眺めると、一人、和室のほうへ行くのでした。
そういえば、私は入部してから部長を部室で見かけたことが無いのです。怜子先輩が憧れた、部長さんが気になり市先輩に尋ねました。
「市先輩、あの、部長は今回の合宿呼ばなかったんでしょうか。」
市先輩はその問いに答えるのを明らかにためらっていました。しかし、すこしの咳払いのあと、市先輩はいつもの安心させるような声で囁きました。
「浩子さんはいつも一人で研究しているの。だから怜子も呼ばなかったんじゃないかしら。」
そういうと、すぐに朝ご飯を流し込み、私と促して、和室へ向かいました。
私はすくなくとも、将棋は個人の戦いだと思っています。学生将棋の団体戦でも、目の前の相手を、しっかりと倒せば、チームとしても勝てる。唯一、負けた場合はチームとして、負けた人に責任がある。あくまで個人の世界。だから、部長さんを無理にこの合宿に呼ぶこともない。
だけど、ならなんで怜子先輩は部長に憧れ、藤花高校に来たのでしょうか。
憧れを超えるなら、他の高校へ行き、全国の、また地区の大会であたればいいじゃないですか。
つまり、怜子先輩は憧れを超える気が無いということです。憧れをそばで見たい。私が怜子先輩に抱いている気持ちと同じものを持っているのです。
でも、それを受け取る側は?部長は、怜子先輩のことをどう思っているのでしょう。あれだけ強い怜子先輩です。部長は小学生のときから一つ下の怜子先輩と全国一の座を争っていた、部長からすれば、蹴落とさなきゃいけない相手に違いありません。市先輩の話と一緒に考えれば、中学時代だって同じだったはず。
だったら、部長が一人で将棋を研究する理由は、多分、一人が好きなんじゃなくて、そう、怜子先輩を遠ざけたい、自分のライバルになりうる存在から遠ざかりたいのでしょう。
そして、怜子先輩だって気付いている。だから、あんなに悲しそうに、目を濁らせて私に話したんでしょう。
将棋は個人の戦いです。しかし、私たち藤花高校女子将棋部のチームはとても危うかったのです。
どうも、たけさんです。
第八話、いかがでしたでしょうか?
高校生の将棋大会というのは、団体戦というものがあります。大体は三人から五人という人数で、
それぞれの勝ち数で勝敗が決まります。
プロの世界には無い、学生いならではの世界です。
これから、この学生大会の世界で文香たちは奮闘しますので応援をよろしくお願いします。
それでは、読んでくれた皆さんに感謝をこめて、また次回っ!!