私がこの合宿にいる理由ってなんででしょう?
3日間の合宿2日目、私は怜子先輩のライバルの方とも一局づつ対局をしました。
結果は全敗です。
市先輩との対局では勝て始めていたのに、私は、まだ彼女たちとは距離があるのだと痛感しました。
しかし、怜子先輩は私の対局をすべて眺めて、終わるたびに頷いて、市先輩のところに行っては耳打ちをしていました。私はなにを話していたのか市先輩に問いても、「ひみつよ。」と答えてくれませんでした。
私はもどかしくって、少しいらだっていました。これはダメです。私は何かを上手くなるためには、こういう苛立ちを抑えることが大切だと知っていました。しかし、どうしてもこのもどかしさだけは、どうしようもできないのです。
私は合宿の最終日、直接怜子先輩に聞こうと決心しました。
朝に、怜子先輩は一番に起きてきます。私は待ち伏せました。怜子先輩が起きてきます。先輩はエプロン姿で降りてきました。先輩は私を見ると、一言「おはよう。」といって7人分の朝ご飯を作り始めました。
私は今だと、思いました。
「怜子先輩、私はどうしたらいいんですか?直接、私に話してください!」
淡々と準備をする先輩はその姿を変えずに私の言葉にすこし困った顔をしました。
そしてすこし微笑を浮かべると、私のほうを向いて答えました。
「今の市との練習を続けて。私はこれでも市を信頼しているの。彼女は将棋が強いだけじゃない。彼女なら、人を強くさせることができる。そしてそれは私にはできない。」
そう言いながら持っていたサラダボウルを置くと、こう続けました。
「将棋の面白さってね、駒の動かし方と少しの戦法を覚えてしまえば、あとは良い指導者にあって強くなってしまうんだ。よくプロ棋士の人は祖父母からルールと駒の動かし方だけ教わって、そこからはただ道場で対局を重ねて強くなっていった人が多いの。私もそうだった。でも市は違う。市のおじい様は道場の師範で教えるのが上手い人だったわ。だからって、その孫が上手いわけって、思っていたけれど、市は上手かった、教えることのほうが、道場にいた一つ下の子たちなんて、市のほうをお姉さんとして慕っていた。私はそれを近くで見ていた。だからその手腕には私も信頼しているよ。だから、中崎さん。市にすべてを任せて。私も気になったことがあったら市に言うから。そのほうが、中崎さんは強くなれる。」
そう締めくくると、今度は棚からパンを取り出して、トースターに入れながら言いました。
「それに、中崎さんは強くなっているよ。私は読みには自信があるの。このままいけば、私は予選の突破も、全国大会の優勝も、私には見えている。」
トースターの焼ける音が私を怜子先輩の世界から引きずりだしました。
その澄み渡った声は私をその気にさせてしまいそうになりました。
……全国大会の優勝……
それを読んでいる怜子先輩の眼には何が映っているのでしょうか。私はまだ弱い、それが私にはわかっていることで、それを補っている要素は、どう考えても市先輩なのです。それだけ信頼しているのだと。
その玲瓏、澄み切った目には曇りなく見えているのです。私が強くなる未来が。
そして、全国大会を優勝する未来が。
私は怜子先輩が最後にコーヒーを淹れている姿を見ました。この先輩はやっぱり綺麗で美しさを絵に描いたようで。しかし、私のその視線に気づいた先輩はすこし暗くなりました。
「でも、優勝というのは、どうしても、浩子さん次第なの。中崎さん。」
私はその部長を呼ぶ怜子先輩の声に、一抹の不安が陰ったのです。
どうも、たけさんです。
第七話も読んでいただきありがとうございました。
ようやく、話は浩子先輩、部長の話を書きます。
まだ大会は始まりません。
私は将棋に出会って一番面白いと思うのは、何十年と同じ相手と勝負を繰り返すことです。
そして、何十年やっても、絶対に勝てる方法がない、ということです。
だから、何十年も同じ相手と対局しても、そこには違う物語があるのでしょう。
それでは、皆さんに感謝の意を表して、これで。