ライバルに勝つために
「でも、市の弟子ということは、棋風はわかるね。」
そう言ったのは怜子先輩でした。確かに......。
「それってアンフェアじゃない?それに怜子は対局の経験があるでしょう。」
反論する市先輩。しかし、部長が口をはさみました。
「私は阿多瀬さんとの対局が無かったですし、中崎さんもないでしょう。だから市ちゃんから教えてもらいたいんだけども、ダメかしら?」
それを聞いて、うーん、と可愛く唸っていた市先輩でしたが、ついに折れて、話始めました。
「昔の私の棋風通りなんですけどね。麻季ちゃんには居飛車穴熊を教えていたんです。それで、今もよく指してるとは聞いています。空ちゃんは攻めるよりも受けるほうが好きだった気がしますね。いろんな手筋の本を読んでいましたから。」
そう聞いた怜子先輩はやっと中学の頃を思い出しました。
「そういえば、あの決勝は私が中飛車で右に穴熊で囲ったんだったね。」
「そうよ、怜子が珍しく振り飛車なんてやってたから見てた私はドキドキだったわ。」
市先輩は、やっと思い出したか、という感じで数年前を懐かしんでいました。
「確か、結局、私が一方的に彼女の穴熊を崩して終わった気がするな、うん、思い出してきた。」
どうやら、圧勝だったようです。
「本当に、怜子は完勝した対局は忘れるわよね。」
「だって、面白くないでしょ。どっちかが完勝した将棋なんて。いつだってギリギリで斬り合っている将棋が私はすきなの。」
なんとも素晴らしい勝負観でしょう。私はすこし「かっこいいなぁ」なんて思いながら聞いていると、市先輩はいつものことなのかため息をついていました。
「でも、今回は違うかもよ。だって麻季ちゃんは去年の中学生覇者なんだから。今度は完勝とはいかないかもね。」
「いいことじゃない。それは楽しみだわ。」
怜子先輩はどうやら本当に将棋の世界が好きなようです。
私たちは市先輩からの情報を基に研究を始めました。
特に私に向けてなのですが。
将棋の歴史上、私の使う「四間飛車」は昭和に「居飛車穴熊」によって滅亡の危機に瀕していました。
しかし、平成に入り「藤井システム」という画期的、どのくらいかというと、
「将棋の戦法研究を30年分早めた」
ぐらい画期的な戦法が誕生して、「居飛車穴熊」相手にも「四間飛車」が指せるようになったのです。
実は、私は一度、この戦法を生で見て、真似たことがありました。ゴールデンウイークの合宿のとき、同じく「四間飛車」を主に使っているあーちゃんさんこと藤本愛生さんがどの先輩方相手にも使っているのを見て、実は真似をしてみたのですが、
これが相当に難しいのです。
王様を基本囲わなくて、そのまま攻め切るという、振り飛車らしからぬ指し方は、一つ間違えれば、自分の王様に攻撃がすべてヒットするという惨事が起こって、私はあえなく完敗してしまったのでした。
しかし、今回は違います。相手の得意戦法に合致した攻め。
私はその秘伝ともいうべき戦法を習得するためにまた先輩たち相手に三桁の負けを喫する覚悟をしました。
「まあ、そう焦らなくても。文香ちゃんは覚えるの早いから。」
そういって、市先輩は私をなだめるのでした。
皆さん、こんにちわ、たけさんです。
第12話まで来ました。
ここまで来て、現実の将棋界は加藤一二三九段の引退や、相変わらずの藤井聡太四段への注目でいっぱいです。
私自身、この将棋界のニュースを聞く限り、時の流れがはやいなあ、なんて思っていますが、
趣味で書いているこのお話はゆっくりと書き続けようと思っています。
もしかしたら、完結するころには、藤井聡太四段がタイトルをもっていたりして(汗)
というわけで、文香たちの物語はそんなのんびりと続きます。
読んでくださる皆さんには感謝しかありません。
それではこの辺で、また次回!