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魔王心に火をつける

 無事家の修復を終えたレオン達は図書室の扉を開けた。

 中は吹き抜けになった二階建ての構造で、無数の本棚が並んでいる。


「ふぁー!? すごいです! 本だらけです! 師匠! これ何冊あるんですか?」


 ミントが感激のあまりピョンピョン跳ねている。

 純粋さに思わずレオンもニッコリだ。


「十万冊ちょいって言ってたかな。師匠が引退すると本は全て引き継ぐから、どんどん増えていくみたい」

「すごいですねー。師匠はもう全部読んだんですか?」


「無理無理、さすがに全部は読めないよ。俺達が読む速度より早く本が増えてくからさ」


 レオンは笑いながら首を横に振った。

 だから、取捨選択が大事で、本は用途によってしまわれる場所が決まっていた。


 棚を見れば攻撃・防御・補助・回復・建築・医療などジャンル毎に分けられているのが分かる。


「必要な物を必要な時に、後は面白そうと思った物を読んでる。あー、後はみんなが面白いとか便利っていう魔導書は目を通しているかな」

「師匠! 質問があります!」


 ミントがパッと手を上げて質問してくる。本を前に興奮しているのか元気いっぱいだ。


「はいどうぞ」

「何でそんなにいっぱい読むんですか?」


 魔導士も小説家と同じくらい本を読まないとなれない職業だと言われている。

 もちろん、才能のある人間は例外的に最初から書けるし、すぐ上達する。


 でも、平凡な人間が魔導士になるには、本から学ぶしかないのだ。


「知るためだよ」

「知るため?」


「うん、知るためだ。自分自身がどんな物語を好きなのか、好きなのは何故なのか、面白いと思ったのは何故なのか、そういった何故を本から学んで、自分の答えを出すんだよ。そして、その想いが物語と魔法に変わる」

「私もまだ間に合いますか?」


「早い方が有利なのは間違い無い。魔法言語である日本語を学ぶ必要もあるしね。でも、大丈夫。ミントならやれるよ。読めない文字とか分からない単語があっても、俺が一緒にいる」

「はいっ! がんばりますっ!」


 本の山を前にミントは前向きに振る舞っていて、頼もしさすらも感じられた。

 一番弟子、マジ天使。そんなフレーズが思わず頭に浮かぶほど、ミントの笑顔は眩しい。


 先ほどのことを考えれば、ここでアイリスのことを警戒すべきだが、アイリスは既に本を選びに本棚へと消えた。


 本の前では歩く天災こと、神憑きも一人の読書好きな少女だ。


「それじゃ、とりあえず、まずは防御の魔導書から学んでいこう」

「防御ですか?」


「うん。魔法の盾や鎧なんかを生む魔法だね。魔導士の勉強は常に危険な魔法と隣り合わせ。まずは身を守る方法から学ぶんだ」

「はい! 師匠!」


「良い返事だけど、図書室では静かにね」

「あっ……。ごめんなさい」


 アレク邸の図書室に司書さんはいないけれど、外の図書館は基本私語厳禁で司書さんに注意される。


 そこのマナーが分かっていない子とは思っていないけれど、これも師匠の役割と思って、レオンは心を鬼にした。笑顔を浮かべるやけにフレンドリーな鬼だった。


「さてと、それじゃ、本を持ったらあっち」


 レオンが小声で囁きながら指さした先には、ゆったりとくつろげそうな大きなソファがあった。

 家は質素だけど本を読む環境だけは最高の物を用意している。

 この図書室でレオンは多くの本を読み、魔法を学び、自分の本を書いては置いて貰った。


そのおかげで、一角の本棚には――。


「あ、師匠の書いた厭世の鍛冶士シリーズ。あれ? こっちは精霊戦記。これ全部師匠の本です」

「あぁ、そこは俺の棚。左隣はアレク師匠の棚、右隣はアイリスの棚だね」


 師弟関係を結んだ者達の書いた本が置かれている。


 残念ながら魔導図書館に弾かれて、世には出なかった本もある。それでも、自分達で保存する分には何の問題も無い。


 歳の差がある分、アレク師匠の書いた本の方が多い。だが、書いた年齢で区切るとレオンの方が多かった。


 そこは師匠に勝っていて、ちょっとニヤニヤしつつ、追い抜かれないように頑張っている場所だ。


「……師匠の本も読んで良いですか? 未出版のやつは買えないので」


 ミントが身体をもじもじさせながら、恥ずかしそうに顔を本で隠している。

 自分の本にこんな憧れてくれる子がいたら、魔導士はみんな心を撃ち抜かれる。自分の書いた本が面白い・使えると褒めてくれるだけで、家中どころか街中くらい駆け回れる。


 それがこんな美少女におねだりされたら断る訳にはいかない。


 ミントちゃん、マジ天使。


 そんな言葉を押し殺して、レオンは努めて平静を装った。


「も、ももも、もちろん良いよ。た、ただし、防御魔法を覚えてからね」

「師匠なんか声が震えていますけど、大丈夫ですか?」


「な、なんでもない。ただ、早くその初めての防御魔法とゴブリンにも出来る防御魔法を読み終えて欲しいなーって。べ、別に俺の本を読んで欲しい訳じゃ無くて、学院の入学試験で必要になるから早い内にマスターして欲しいだけだ」


 と言いつつ、レオンは内心めちゃくちゃソワソワしていた。


 レオンにとって一番嬉しいのが面白い、すごい魔法だったと言ってくれることなら、一番緊張するのは本を手に取った人が読んでいる間かもしれない。


 面白いと思うからこそ、そうでない感想が来る時が怖い。良いと言う人がいれば、駄目と言う人がいる。


 物語も魔法も万人受けするものは少ない。必ずアンチが現れる。


 そう頭の中で分かっていても、つまらない・使えないと言われるのはショックなものはショックだ。それも、自分の弟子で天使なんじゃないかと思う子の感想なら、尚更危険だ。死にたくなるほどのダメージを受けるだろう。


 そして、同時にどこか恥ずかしい。


 最新作では無く、昔の自分が書いた世に出なかった作品を見られているのだが、これが意外と気恥ずかしいのだ。


 概して魔導士は書けば書くほど、読めば読むほど魔導書作りが上手くなる。


 自分の書いた本を懐かしんで読んでみたら、修正点や恥ずかしい勘違いなど山ほど出てきて、穴にでも埋まりたい気分になる。


 とはいえ、最初から気持ちで負けたら話しにならない。


 こういう時でも、落ち着いて妹弟子の本を読むクールな師匠を演出しなければ! そして、さも当然かのようにアドバイスする姿を見せるんだ。


 おかしいな肩に力が入っているせいか、上手く読めないぞ?


 アイリスめ、いつのまにこんな解読が難しい魔導書を書いたんだ、と思っていると、アイリスに肩をちょんちょんとつつかれた。


「レオン、新しい読書法?」

「へ?」


「上下逆さま」

「……ホントだ」


「いいよ。落ち着いてからで」


 アイリスがくすりと笑って、可愛らしい微笑みを浮かべながら本に目を戻した。

 ミントの方はというと恐ろしい集中力で本を読んでいるため、ばれていないようだ。良かった。


 レオンは申し訳無さでアイリスの本を閉じると、かわりに自分が昔に書いた本を広げた。


 忘れていると思っても広げてみると、一気に色々な記憶が蘇る。


 懐かしいな。そう思いながら読んで見ると、それはもう穴だらけだった。


 伏線は雑、雰囲気作りも雑、設定も雑、ツッコミ所満載で、つっこまずに済むところがない。

 話の展開だって全然上手くない。

 読み進める度に顔から火でも出そうなくらい拙い。


 でも、それでも――。


 面白かった。


 自分の書きたい物が詰め込まれていた。


 笑えるくらい下手なのに、黙り込むくらい面白かった。


「私は好きだよ。ツッコミ所は多いから魔導図書館の選抜員だったら落とすけどね」


 アイリスが本に目を落としたままポツリと呟く。

 その言葉を聞いて、レオンの中で漂っていた霧が薄れたような気がした。


「師匠、私も読んで良いですか?」

「あ、うん、もちろん」


 いつの間にか恐怖や恥ずかしさは消えている。

 長らく忘れていた何かに火が点いたような、そんな感覚が胸を満たしていた。


 この気持ちが何なのか、後一歩で思い出せそうな気がする。

 いつの間にか忘れてしまって、さび付いた大事な感情だ。


 手を動かせ。紙に書け。楽しく魔法を書いていた時期のことを思い出せ!


「師匠、これいつ書いたんですか?」

「ミントに本を渡す前だから九才くらいだったと思うけど」


「師匠は本を書くのが本当に好きなんですね。すごく楽しさが伝わってきます」

「そうだね。すごく楽しかった。ご飯を食べるのを忘れるぐらい夢中になってた」


 それこそ、レオンにとって大事なものは空気>執筆>三度の食事くらいの順位付けになるほどだ。


「師匠は誰かの笑顔を見るのが好きなんですね」


 ミントの天使のような笑顔と言葉で、レオンの胸が何かに貫かれたような衝撃が走った。


 一度消えたはずのアレクの放った槍が、遅れてようやく胸に刺さったようなそんな感覚だった。


 アレクの伝えたかった初志貫徹。


 アイリスとミントの言った拙いけれど、好きで楽しいという感想。


 ミントと出会った時に、似たような人を知っていた感覚。あれはレオン自身だった。


 みんなも自分ですらも自分に向かって言っていたんだ。


 レオンの原点にあったものを思い出せ、と。


「アイリス。ごめん。アイリスの魔導書、読むの遅れる」


 レオンは深々とアイリスに頭を下げた。


 火の点いた心を止められる物はいない。

 見失った自分を取り戻したのなら、手放す前に物語へと変える。今は書きたくて仕方無い。その気持ちが抑えきれなかった。


 本を読む時間は恐らく作れない。だから、謝った。


「いいよ。単純なアドバイスよりも、もっと面白そうな物見せてくれそうな目をしてる」


 レオンの謝罪にアイリスは微笑むと、レオンの古い本を手に取った。


「楽しみにしてるね。レオンの新作」

「あぁ、新作は常に最高傑作だ」


 少なくとも、そういう意気込みで書いている。


「ミント……。ごめん」

「いいんです! でも、お願いします。一緒にいさせてください!」


「多分、そんなに相手は出来ないよ? 公務もあるし」

「大丈夫です。私は師匠の本と背中から学びますから」


 ミントの言う通り住み込みの弟子入りだから、師匠の仕事に打ち込んでいる様子もまた勉強の対象だ。


 それを分かっているレオンですら、ミントと一緒に本を読んだり、教えたいと思っているのだから、弟子入りを頼んだミントの方はそれ以上に望んでいるはずだ。


 その望みを飲み込んで、笑顔を浮かべるミントの心の強さにレオンはお礼をした。


「ありがとう」


 頭の上にポンと手を置いて、くしゃくしゃとなで回す。

 くすぐったそうに笑うミントを見て、レオンは大きく息を吸った。


「アイリス。師匠にはごめんって言っておいてくれ。後、いくつかミントのために本を借りていくって」

「うん、出来たら見せてね」


 レオンは椅子からスッと立ち上がると、流れるように本を選び取り、袋に包んだ。


 そして、最後にもう一度アイリスにお礼を言ってから、ミントを連れてアレク邸を立ち去る。


 一人残されたアイリスは幸せそうな微笑みを浮かべて、一人で本を読み続けていた。


「久しぶりに私に使ってくれる物語を書いて貰えるといいな」

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