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暴走少女

 アイリスは何も言わないが、何も言わないでついてきているからこそ、ミントの件については納得して受け入れてくれたと、レオンは判断した。


「ところでアイリス」

「なにかしら?」


「アイリスも師匠に憧れたの?」

「あの爺、殺してきて良いかしら?」


「落ち着いて!?」

「落ち着いてるわ。極めて冷静よ。その誤解を断ち切るための最良の行動が爺の抹殺ってだけよ」


「分かった。俺が悪かった。アイリスの憧れている人は別にいる! そうだね!?」


 落ち着いているというか目が据わっている。

 マジで人殺しをしかねない目にレオンは慌てて彼女を引き留めた。


「レオン、時折思うことがあるわ」

「な、なんでしょう?」


「死ぬならレオンと一緒に死にたい」

「可愛い顔で、どんだけ物騒なお願いしてるんですか……」


 顔赤くしたり、もじもじしたり、恥ずかしがっている姿はとても可愛いけれど、言っていることが狂気染みている。


 思わずレオンが敬語になるほど、どん引きした。


 物語ではよくある台詞だが、一緒に死にたいと現実で言われると、ときめくのは難しい。

 ならばとレオンは返事を考える。


 一緒に死にたいと言われて、返すべき言葉は何が良いだろう? 出来れば希望に満ちあふれている言葉が良い。


「俺はアイリスと一緒にずっと生きていたいな。お互いが爺さんと婆さんになってもさ」

「――――っ!?」


 もじもじしていたアイリスがピーンと背筋を張り、目を大きく見開いて、口をぱくぱくさせている。


 人間ってこんなにも急激に姿勢を変えられるんだと、レオンも少し驚いた。


「私……今なら死んでも良いかも……」

「そこは生きてよ。せっかくの台詞が台無しになる」


 情緒不安定なアイリスにレオンは呆れて笑うしかなかった。

 もとから二人は幼なじみで、アレクに弟子入りする前から兄妹のように接していた。


 アイリスは小さい時から無意識に魔法を発動させてしまう特異体質で、今以上に酷い人見知りな性格であったため、子供達は誰一人近づけなかった。


 そんな中、レオンだけはアイリスの魔法に耐えられる盾魔法を産みだし、彼女の発する魔法を受け止めて近づけた。

 そこから始まった付き合いを一方的に終わらせられるのは嫌だ、と思った。


「アイリスと一緒に本について感想言い合うの好きなんだから、いなくなったら寂しいよ」

「あ……ありがとう……。私ちゃんと生きるね! それでお婆ちゃんになっても一緒にレオンといるね!」


 アイリスがようやく前向きになったと思ったら、何故か勝ち誇った顔をミントに向けていた。


「ふふ、これが格の違いかしら。分かった? おちびちゃん」

「ぶー! 私だって師匠と小さい頃から出会ってます!」


「……へぇ?」

「師匠の最初の本を師匠から直接買いました! サイン入りです!」


「えぇ、知ってるわ。さっき聞いたもの。何の驚きもない。大体、ただ買っただけじゃない?」

「いいえ、師匠は言ってくれました。私が、このミントが買ったからこそ、諦めずに本を書くことが出来たって。だから、私と師匠だって出会った時からお互いを大切に思う仲なんです! 両思いなんですー!」


 ご機嫌かに見えたアイリスの表情が曇りだし、ミントもムキになってアイリスを威嚇している。


 お互い無言の火花を散らして――。というか、本当にアイリスの雷が散って、ミントの魔法の盾が受け止めてバチバチ言っている。


 これから図書室で本を読もうと言うのに、一触即発の状態に陥った二人をレオンが止めに入った。


「二人とも落ち着いて――」


「そうなのレオン!?」

「ですよね! 師匠!?」


「えぇ!? こっちに振るの!?」


 興奮状態の二人に詰め寄られて、両腕を掴まれたレオンは慌てて一歩下がろうとした。


 すると、二人に掴まれているせいでレオンは足を滑らせ、二人を抱きかかえるような形になって派手に転んだ。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 短い悲鳴が重なり、どすんと床に落ちる音がする。


「いてて――っ!?」


 レオンの両頬にアイリスとミントの頬が触れている。


 そして、胸と両腕にも二人の少女の胸が押しつけられていた。

 柔らかい。ふわふわのマシュマロのような感触にレオンの頭は混乱した。


 ……そうか。これがおっぱいか。そして、これがちっぱいの感触……。みんな夢中になる訳だ……。くっ、俺は脚フェチだったはずだ……。太ももから足先までの曲線美こそ至高。胸は甘え。そう思っていた俺の認識が間違っていたというのか!? 違う。俺のささいな嗜好でさえ受け入れる。おっぱいとは他の物の存在を許し、全てを抱きしめる母なる大地だとでも言うのか!? ならば、他の性的嗜好とはなんだ!? 大地を彩る草花や木々でしかないと言うのかっ!? そんなっ! そんなバカなっ!?


 って、俺は一体何を考えているんだ!?


 思考が暴走するのも無理は無かった。レオンは絶対的に女性経験が足りないのだ。

 というのも、アレクに弟子入りしたせいで魔導書を第一に生きてきた。


 気心しれた女の子もアイリスぐらいしかいない。おかげで、こういう事態に慣れていなかった。


 抗いがたい快楽と崩れゆく理性の中、レオンはなんとか言葉を出すことに成功した。


「ごめん……二人とも離れて欲しい」


 祈るようなレオンの声だったが、その願いは雷神アイリス天使ミントに聞き届けられなかった。


 代わりに二人の少女からの密着具合が上がった。ただレオンにのっかているだけではなく、明らかにレオンの身体を抱きしている。


「アイリス、ミント……。その……当たってる……」


 何がとは言わない。直接言うにはデリカシーが足りない気がしたからだ。

 せっかくの気遣いも、アイリスとミントは動く気配がない。


 どっちかだけでも離れればレオンは動ける。逆に言えば二人がくっついていたらレオンは動けない。

 二人はまるで示し合わせているかのように、レオンを強く抱きしめ続けた。


「い、色んな意味でヤバイんだけど……」


 物語ではいくらでも書いたし、読んだ。


 愛情を確かめて互いに身体を重ねるシーンも、ギャグみたいな事故で互いの大事な場所に触れあっちゃうようなシーンも沢山知っている。


 それなのにレオンは酷く慌てていた。

 予習とは言わないけど、全く効果が無かったな……。


「あの……。マジで……。理性が……」


「いいよ。来て」

「初めてなので……恥ずかしいですけど……師匠になら……」


 アイリスもミントも迷い無く言い切った。


 何を言ってるんだこの子達は!?


 師匠宅の廊下、それも何の前触れも無く事故みたいな感じで密着してしまっただけだ。ムードも何もあったものではない。


 レオンはこういう体験はもっと甘い空気から始まるものだと思っていた。


 というか、そんな甘い雰囲気の中から始めたかった。


 でも、自分を受け入れようとしてくれる女の子がいてくれる。それだけで最低限の雰囲気は出来ている。

 手を出したって、きっと良い思いに出になる。そう思った途端、手を出したくなる。


「お前ら何しとるんじゃ……」

「し、師匠!?」


 助かった。

 反射的にそう思った。


 さすがにアレクがいる中ではやれない。

 そう判断してくれたのか、アイリスとミントはレオンを放すと、ゆらりと起き上がった。


「ちょっと派手に転んだだけです。でも、助かりました。色々な意味で……」


 アレクの登場は最低限のムードすら破壊してくれたのだ。


 一瞬、アレクは何を感謝されたのか分からないといった表情を浮かべたが、すぐに何かを悟ったようで、「あー……」と何かに納得した。


「レオン、早速恩返しをしてくれんかな?」

「へ?」


「わし。殺されそう。逃げる!」


 アレクがそう言った時にはもう遅かった。


「キシャアアア!」

「フシャアアア!」


 アイリスとミントが同時にアレクに飛びかかったのだ。

 もはや人の言葉というよりは獣の叫びに近いような声を発している。


「後は任せるぞレオン! 魔王であるお前ならこの魔物達を静められる!」


 アイリスとミントが着地した瞬間、床がめくれて、石の破片が飛び散った。


「師匠おおおおお!?」


 幸いなことに血や肉片は混じっていない。アレクは直前に逃げていた。


 そんな脱兎の如く逃げ出した師匠を、アイリスとミントは一歩一歩ゆっくりと歩を進めながら追おうとしている。


 速度はない。だが、地の果てまでも追いかけてやろうというような怨念を感じる。


 目が完全に据わり、瞳孔の開ききった瞳が魔力を帯びて、妖しげな光を放っている。

 そして、口から吐き出した息は、魔物かと思うような白いモヤがかかっていた。


「殺す……。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 絶対に殺す!」


 師匠を完全に抹殺しようとしているのはアイリス。


「見られちゃった。消さなきゃ……。消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ! 絶対に消さなきゃ!」


 同じく大師匠を消そうとしているのがミント。

 どちらに捕まっても殺されそうだ。


 霊獣ですらびびりそうな二人の様子に、魔王であるレオンもどん引きしてしまった。


 こんなの静めるのは魔王の仕事じゃないだろうと、全力でつっこみたいところだが、暴走を引き起こしたアレクはこの場にいない。


 怒りを収めるための供物はもうこの場に無いのだ。


「やれやれ仕方無い……。やるか」


 レオンは息を思いっきり吐いて気を落ち着けさせると、魔法の呪文を詠唱し始めた。


「魔導書、厭世の鍛冶士、第三巻、第三章守人の足掻き。具現しろ。災厄から街を守る衛兵に与えた魂守たまもりの霊鎧れいがい。マクシミリアン!」


 詠唱破棄をせずに、本のタイトルから徐々に情報を明確化していき、魔導書に記された物語から、力を引用する。

 魔導書の力を最大限に引き出す魔法の使い方だ。


 詠唱の結果、レオンの全身が白いモヤに包まれる。

 そのモヤを纏いながらレオンは足を一歩進めるごとに床を陥没させる二人の少女をまとめて抱きしめた。


「二人ともストップ!」


「止めないでレオン! 殺すしか無いのよ! 私とレオンの時間を奪った罪は万死に値するわ!」

「止めないで下さい師匠! 師匠以外にはしたない姿を見せるなんて耐えられません。せめて記憶を消さないと!」


 二人を抱きしめると、魔法で現れた白い光の鎧に紫電が走り、青い炎が表面を駆け抜けた。


 紫電はアイリスで、青い炎はミントだ。


 マクシミリアンと名のついた魔法の鎧で二人の魔法を受け流しているため、レオンは熱さも痛みも感じていない。

 とはいえ、レオンの作った魔法がなければ、全身が黒焦げになっていただろう。


 人に使うには過剰すぎる火力だ。


「二人とも落ち着け! 俺は師匠が止めてくれて良かったと思ってるから!」


「なんで!? レオンは私のこと嫌いなの!?」

「師匠! 私、勇気出したんですよ!?」


「流されてじゃなくて、もっと良い雰囲気で初めてはしたいっていうか……。って何言わせてんだ!? 二人とも座りなさいっ! お座りっ!」


「「は、はいっ!」」


 恥ずかしさを誤魔化そうと思わずレオンが声を荒げると、アイリスとミントは魔法を引っ込めてその場に正座した。


 なんとか二人を正気に戻したレオンは彼女達の背後を見てため息をつく。

 戦闘でもあったのかと言わんばかりに、石で出来た壁と床が砕けていた。


「二人とも後ろを見なさい……」

「あら? こんなに風通しの良い廊下だったかしら?」

「ひ、酷いです。師匠、一体誰がこんなことを……」


「君達だよ!?」


 一体何をこの化け物達は言っているのだろうか。


 存在自体が天災と呼ばれるアイリス、それに加えてミントまでその資質を持っていたことに、レオンは嘆息しか出来なかった。


 一部の人は彼女達のような存在を悪魔憑き、もしくは天使憑きと呼ぶ。

 人間では御し得ないような魔力を身に宿した魔法使いの天才、と言えば良い印象を与えられる。しかし、残念ながら実態は先ほどのように暴走した魔法で、危害を与えることから要注意人物として扱われていた。


 そして、その中でも天災扱いされるアイリスは、神憑きと呼ばれる存在だ。


 神の取り付いた少女が、内なる神を暴走させた。


 その危険を察知して、一目散に逃げ出したアレクはさすがの判断力としか言いようが無かった。


「はぁー……この家の壁に絵が描かれない理由が良く分かった気がする」

「なんで?」


「アイリスが壊すからだと思うよ……」

「あ、なるほど。師匠賢い。でも、レオンが何とかしてくれるんでしょ?」


 それで納得してしまうアイリスにレオンはもう一度やれやれとため息をついた。

 そう。存在するだけで天災と言われようが、あるく暴走神様と言われようが、レオンだって魔王だ。

 神様の一人や二人相手に出来なくては、魔王は務まらない。


「建築用の魔導書が待合室にあったっけ。この廃墟を直すぞ……」

「「はーい」」


 何故か少女達の声音は嬉しそうだった。

 そして、一冊の本を取り出したレオンは宣言通り、家をあっという間に修復した。


「さすがレオンね」

「師匠すごいです!」


「大したこと無いよ。……でも、褒められているのに何か納得出来ないのは何でだろう」


 若干の不満を抱いてレオンは苦笑いした。


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