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危ない出会い

 浮かれ気分でレオンが身支度をしていると、何か忘れかけていることに気がついた。

 大事な約束を誰かとしたはずだった。


「なんだっけ? 確か手帳にメモをしたはず」

「師匠! 大変です! 服が勝手になくなっちゃいました! お願いします! 服を貸して下さい!」


「あー、妖精さんが洗濯に持って行ったんだよ。いいよー。って、うおっ!?」


 ミントの声に振り返ると、彼女が一糸まとわぬ姿でそこに立っていた。


 身体付きは子供から大人の身体に変化し始めといったところだが、ご飯をあまり食べていなかったというだけあって、少しやせ気味だ。


 と、冷静に分析している場合では無いと、レオンは頭を振って棚に向かって走り出した。


 だが、すぐにその足を止める。今、ここで最も聞こえてはならない声が聞こえたからだ。


「レオンいるー?」

「へ? あああああ!? アイリス!?」


 アイリスの声でレオンの忘れかけていた記憶が一気に蘇った。


 新しい魔導書を見てくれと言われて、見ると答えてしまったんだ。

 そして、約束した通りにアイリスがやってきた。


 霊獣達もアイリスが来ることを知っていたし、顔なじみだからわざわざレオンに来訪を告げず、部屋まで通したのだろう。


「お邪魔するわね」

「うおおおお! 待って! 待ってえええ!」


 ドアノブが回る音がした瞬間、レオンは光の速度でドアノブに手をかけた。


「レオン、どうしたの?」

「ごめん。今入られると困る」


「なんで?」

「えっと……そのー……」


 裸の女の子と部屋の中で二人きりだからさ。服を着るまで待って欲しいな!


 なんて言える訳がない。


 どれだけ爽やかに言おうと、やることをやったと思われる。


 そして、何故かアイリスに聞かれると本能的にヤバイ気がした。


 ミントと殺し合いが始まるだけではない。レオンにも牙を剥いて、最終的に自殺でも測るんじゃないかと妙な想像が頭をよぎった。


「床が濡れてるけど、お風呂上がりだった?」

「そ、そうなんだよ。昨日の夜ちょっと本に夢中になっちゃって。お風呂入るの忘れてて」


「昔からレオンは夢中になると、本以外のこと忘れちゃうもんね」

「うん、だから、着替えが終わるまで応接間で待って貰って良い?」


 お風呂に入ったのは本当だし、誰の着替えかは言っていないから、嘘はついていない。


 いわゆる叙述トリックというやつだ。それに加えて真実を混ぜることで、隠し事を隠蔽した。


 物語を書く時にも使う技法で、読者を騙して驚かす方法だ。

 魔法になると、途中で形や性質が変化するドッキリ系魔法になる。


「いいよ。ここで待ってる。私のことは気にしないでゆっくり身支度して」


 普段なら笑って分かったで済むのに、今のレオンは全身から汗が噴き出そうなほど焦っている。


 何故なら――。


「師匠? 誰が来たんですか?」


 ミントがアイリスに気がつき扉の付近に近づいて来たからだ。


「ん? レオン、誰かいるの? お城の妖精さん?」


 確かに見た目は妖精とか天使みたいな子だけど。


「えっと……」

「女の人ですか? どんな関係なんですか!? 私気になります!」


「うわあっ!? 早く服を着て! あそこの棚にあるから!」

「ちょっとレオン! 今の女の声は何!? 服を着てって何!?」


「うわあああああ!?」


 ミントとアイリスの二人に同時にばれた。


 ドンドンドンドンドン!


 ドアはレオンが押さえていても、アイリスが力尽くで開けようとするせいで、ガタガタと揺れている。

 もうドアはもたない。破られるのは時間の問題だ。


 それならば裸のミントを見られる前に毛布で包んで、裸の少女と二人きりだったという状況を変えてしまう方が良いのかも知れない。


 一か八か。


 レオンはドアノブから手を放すと、裸のミントをベッドの上に倒した。


「レ……レオン……あなた……一体……何をしてるの?」

「あ……」


 ちょうど毛布でミントを隠そうとした瞬間を見られた。


 だが、レオンにとっては隠そうとしている動きでも、端から見ればレオンが少女を押し倒して、今からことに及ぼうとしているように見えるだろう。

 間違い無く誤解される。


「メモリイレイス!」


 レオンが咄嗟に魔法を口にすると、アイリスは頭を押さえてその場にうずくまった。


 レオンが魔導書に記された一時的な記憶消去の魔法を、詠唱破棄で発動させたのだ。


 並の魔導士ならば本のタイトル、巻数、関わる物語のシーンを口にしなければならないのだが、レオンはそんな詠唱を使わずに魔法を使えるほど物語を理解していた。


 アイリスの意識を混濁させて、前後の記憶を曖昧にする魔法が効いている間に、レオンは自分の服をミントに着させる。


 シャツと上着を着せて何とか身体の露出は防げた。

 サイズがあってないからブカブカで、服の裾の位置がミニスカートみたいになっているけど、裸よりマシだ。


「師匠……パンツ持ってないですか? スースーします」

「持ってないよ……」


 女物の下着を持っていた方が危ない目で見られる。

 さすがに男物の下着を貸すわけにもいかないと悩んでいると、肩をポンと叩かれた。


「レーオーンー、私の貸してあげましょうか?」

「あ……アイリス……いつから記憶が残ってる?」


「部屋に入る時の記憶がボンヤリしてるけど、これを見たら大体何か分かるかなー?」


 アイリスはニッコリ笑っているのに、背中が凍り付きそうになるよなオーラを発している。


「俺の説明……聞いてくれるかな?」

「説明してくれるかしら? 私はいつだってレオンを信じているかな?」


「う……うん? 信じていいのかな?」

「私は信じているかな?」


 レオンは若干の疑問を感じながらミントについて説明をし始めた。


 やましいことは一切無くて、弟子にしてくれと押しかけてきたから保護しただけだ、と。

 それで一緒に本を読み出したら、夢中になってしまって、お風呂を貸すのを忘れていただけなのだ、と。


「そう、二人きりの熱い夜を過ごしたと」

「一緒に本を読んでいただけだよ!?」


「本だけじゃ満足出来ず、青い果実に夢中になったと。裸にひんむいて味わい尽くしたと」

「だから、才能がすごいって話しだよ!?」


「レオン……」

「な、なんでしょうか?」


「一緒にギルドに出頭しよ? 一緒に牢屋に入ってあげる。牢屋から出る頃にはこんな小娘のことなんて忘れさせてあげるから」

「やめて!? 魔王を犯罪者にしないで!?」


「私ともっと良いことしましょ? お子様が知らないこといっぱい知ってるよ? してあげられるよ?」


 レオンのシャツのボタンにアイリスが指をかけて、ゆっくり一つずつ外していく。

 何かのスイッチが入っているようで、アイリスの目がとろんとしていた。

 このままだと色々な意味で危ない。そうレオンが思った時だった。


「さ、させません! 師匠を悪い道に誘う人は私が倒します!」


 トランス状態になったアイリスをミントが体当たりで弾き飛ばし、両手を広げてレオンを守るポーズをとっている。

 ぶかぶかな服装も相まって、虎VSムササビのような構図になっている。


「ちっ……小娘が……」

「こ、小娘じゃありません! ミントって名前があります! 今年で十二歳になるんです! け、結婚だって出来る年なんですよ!」


「……へぇ? で? 誰と結婚するのかな? まさかとは思うけど、レオンって言ったら――」


 ピチュン! と鳥の鳴くような音がした。


 アイリスの放つ殺気が雷撃となって、石の壁に触れた音だ。

 龍すらも射殺せそうな圧倒的な威圧感に押されながらも、ミントは逃げ出すこと無く向かい合っている。


 その度胸だけは一人前だが、勇敢と蛮勇は別だ。


 レオンはやれやれとため息をつくと、ミントの肩に手を置いて彼女を下がらせた。


 そして、空いた手をアイリスの頭の上に置く。

 その手に雷が集まり、何千匹もの鳥が一斉に鳴いたかのような音がした。

 雷針・千鳥。一瞬に千発以上の電撃をぶつけるアイリスの持つ魔法の一つが発動したのだ。


「アイリス落ち着いて」


 並の人間なら手が消し炭になっている魔法なのに、レオンは顔色一つ変えずにアイリスの頭を撫でた。


「あ……。レオンの手だ……」


 レオンの言葉で電撃の音が消えると、アイリスは真っ赤な顔で俯いた。

 さっきまでの虎のような猛々しさは消えて、借りてきた猫のように丸くなっている。


「昔から機嫌が悪くなると魔力が暴走しちゃうから、みんなアイリスの優しさに気付いてくれないんだよ?」

「だってー……」


「とりあえず、師匠のところに連れて行って相談するからアイリスにもついてきて欲しいな。まだ何も決まってないし、分かんないことだらけだから」

「……分かった。レオンのいうことを信じる」


 だだっ子をあやすようにレオンが落ち着いた声音で語りかけると、アイリスは渋々と言った様子だったが納得してくれたようだった。


 レオンはアイリスのことをちょっと人見知りが激しくて、不器用なだけの女の子だと思っている。

 心を開いてくれている自分にだけは色々話をしてくれるし、アルバイトでやっている冒険者では長い期間同じメンバーでパーティを組んでしっかりやれている。


 その人達との冒険譚も楽しそうに話しているから、ちょっと仲良くなるのに時間がかかるだけなのだ。と思っている。


「ぶー! 師匠! 私も頭なでてください!」

「へ!?」


「だめよ。レオンはあげない」

「ちょっ!? アイリス苦しい! 腕が首に入ってる!? 痛いっ!? ミント腕引っ張るのやめて!?」


 まるで玩具を力尽くで引っ張る子供の喧嘩だ。一見微笑ましい光景だけど、玩具側にされたレオンはたまったものではない。


 二人の少女による魔王争奪戦が終わらせたのは、レオンによる魔法だった。


「二人ともいい加減にしろっ」


 二人のおでこにデコピンくらいの衝撃波をぶつけて、尻餅をつかせたのだ。

 そして、当初責められていたはずのレオンとアイリスの立場が入れ替わり、アイリスとミントが正座して床に座っている。


「アイリス、君は昔から初対面の人が苦手だって知ってるけど、落ち着け」

「……はい」


「ミント。アイリスは悪い人じゃなくて、俺の同門。君の姉弟子になるかもしれないんだから、失礼な態度を取ったことを謝りなさい」

「……はい。ごめんなさい」


 二人ともしょんぼりして、今にでも泣き出しそうな顔をしている。

 そんな怯えられると、逆に困るし、申し訳なくなってしまう。


 やれやれとレオンはため息をつくと、二人の頭を同時に撫でた。


「二人の好意はとても嬉しいよ。でも、もうちょっと俺のことを大事にしてほしいかなぁ」

「「はい……」」

「うん、分かってくれれば良いよ。それじゃ二人とも、アレク師匠のところに行こうか」


 レオンは何とか二人の笑顔を取り戻すと、二人を引き連れて城を出た。


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