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アレクのプロット

 建物から出たレオンは、近くの広場にある噴水の縁に腰掛けた。

 噴水の中央には初代魔王をかたどった石像が建っている。


 誰もが認めたという初代魔王。レオンと同じく頂点に立った魔導士で、数多くの魔法を残した偉大な人物だ。


 そんな人と同じ立場になったのに、偉大さはついてこなかった。


「品格ってなんだろうなぁ……」


 ぽつりと呟いたレオンは広場に向かって長いため息を吐いた。


 噴水から見える広場は大理石を敷き詰めて真っ白な地面が広がる。何も書かれていない綺麗な紙のようだ。


 そんな場所で、レオンはガッカリした気持ちと、勝てて嬉しかった気持ちと、スランプになっていることを打ち明けてしまった後悔で気持ちをぐるぐるさせていた。


 ハッキリ言って気分は最悪だった。この場に腰を落ち着けるまでの記憶が抜けているぐらいだ。

 レオンはそんな気分を落ち着かせようと、目を瞑った。


「うげぇ……師匠の小便の音を思い出す……。服にかからなくて良かった」


 いつもなら癒される水の音が、今は師匠のおしっこを想像させて頭を抱える。


「レオン、災難だったわね」

「アイリス?」


 聞き覚えのある声にレオンが頭を上げると、目の前に赤い瞳の少女が立っていた。

 目と唇以外に色はほとんどない。


 腰まで伸びる髪も肌も白い。服まで白い。とにかく全身真っ白で、儚げながらも美しい少女、名前はアイリスだ。

 レオンの幼なじみで、一年遅れてアレクに弟子入りした魔導士の卵だ。


 いわゆるレオンの妹弟子にあたる。


「アレク師匠との勝負に勝ったみたいね。さすがレオン」

「勝った気が全然しないんだけどな……。弟子に負けてウンコとおしっこで駄々をこねる師匠を見るって、何か逆に敗北感あるんだけど」


 とはいえ、レオンも師匠が駄々をこねた気持ちは分かる。


 魔導書とは物語だ。


 その物語を読み解き、物語に秘められた想いや力に憧れ、共感すると、魔導書が読者に力をくれる。


 英雄の物語は戦う力を。聖者の物語は奇跡を起こす力を読者に与える。


 魔導士が物語を面白くしようと努力したほど魔導書は力を増す。そして、込められた想いによって魔法の種類が変わる。

 だからこそ、魔導士にとって魔導書とは飯の種であるだけではない。自分の誇りそのものなのだ。


 時間と体力と魔力をかけて最高の物語を作り上げる。


 書き上げた瞬間は、この物語がこの先の世界を変えると思うほどの傑作だ、と思うし、世界で一番面白い物語だと思う。


 そして、その物語を読むことで新たな魔法が生まれる瞬間は、何物にも代えがたい喜びが待っている。


 俺が世界最強の魔法を作り上げた。

 そう思う瞬間が魔導士になら誰でもやってくる。


 だからこそ、他人の書いた魔導書の魔法に打ち負けるのは悔しい。その瞬間に自分の物語は相手に負けてしまっているからだ。

 その悔しさで、負けた瞬間に本を破り捨ててしまうような魔導士すらいる。


 そんな勝負の世界で、レオンの師匠であるアレクは――。


「負けて悔しいのは分かるんだけど、自分の書いた本にうんことおしっこは無いだろ……」

「五百ページ」


「え?」

「師匠があの魔導書に使ったページ。通知があってから二週間で書き上げた。文字数だと三十万文字くらい」


「はぁっ!?」


 アイリスの告げた言葉で、レオンは驚いて立ち上がった。

 二週間で二百ページも書けたら十分に筆が速いとされる。


 その倍の速度でアレクは本を仕上げた。


 五十歳を超えるアレクは最近、文字を書く速度が落ちたと嘆いていた。直近だと二百ページほどの魔導書を書き上げるのに二ヶ月くらいかかっていたはずだ。


 そんな状態の身体で五百ページの本を二週間で書き上げたということは、相当な無理をしているに違いない。

 それこそ、自分の身体を壊す覚悟で書かないと、そんな筆の速度は出ない。


「師匠は間違い無く楽しみにしてた。ご飯を食べるのも忘れて、楽しそうに書き続けてた。何度か徹夜もしてた」

「そういえば、真っ白に燃え尽きてたな……。そっか。眠ってなかったせいで気が狂ってたのか」


 深夜テンション所ではない。アレクは限界の来た肉体を無理矢理動かすために、精神を無理矢理ハイテンションに持っていったんだ。


 その結果が脱糞と放尿だった訳だけど。


 そんな師匠の覚悟に思わずレオンは息を飲んだ。


 そして、それだけの覚悟で書いた本なのに、レオンが勝ってしまったせいで、アレクは自分の本に放尿した上で灰にした。

 一体どれだけの悔しさが師匠の身を焼いたのだろうか。


「レオンは悪くない。勝負は勝負。レオンは強いから、いつかこうなった」

「アイリス?」


「アレク師匠はレオンに才能を見出して、魔導士の弟子にした。師匠は最初からいつかレオンと私が師匠を超えられるように指導してくれた。だから、恩返しになった」

「そっか。だよな」


 そう言って貰えると幾分か気が楽になる。

 同じ師匠に習った立場として、師匠を超えることが礼儀だと言って貰えると超えて良かったと思えた。


「本気でぶつかったから悔しがった。師匠があそこまで悔しがったのはタイトル戦くらい。良かったねレオン。レオンは既に一流の魔導士として師匠に認められた」


 アイリスの言う通り、どうでも良い相手なら負けたところであそこまで悔しがらないだろう。

 戦った相手がレオンだからこそ、アレクは全身全霊を以て挑んできた。そして、負けて悔しがってくれた。


 あの駄々は師匠なりの愛情表現だったのかもしれない。

 お前は俺が本気で戦う相手に相応しかった、と。


「そっか」

「そう。だから、レオンは胸を張って」


「うん」

「そもそも素直じゃないアレク師匠が悪い」


「うん」


 その通りだとレオンは思った。

 アレクがもっと素直に負けを認めてくれて、事情を話してくれればちゃんと感謝の言葉だって言えたはずだ。


「私の大切な人を突然奪い去った。その罰が当たったんだ」

「うん?」


 思わず肯定したけど、何か私怨が混ざりだした気がする。


「次は私が師匠を殺して、奪い取る番よ! 私も早く一人前になってこの気持ちを――」

「アイリス何の話!? というか、魔法が漏れてる!? 殺気が魔法に変わってる!? 広場がぶっ飛ぶから落ちついて!」


 バリバリと青白い電流がアイリスの周りを走っている。

 青白い電気が地面に触れる度に鳥の鳴いたような声とともに、白い煙が噴き上がった。


 白き雷帝の異名がつけられたアイリスが魔法を顕現させたことで、さすがのレオンも焦った。

 強大な魔物ですら一撃で葬り去る威力を持つアイリスの魔法は、人に当たれば簡単に殺せるし、建物に当たれば一撃で倒壊させる。

 まだ魔導士にはなれていないアイリスだが、魔法使いの状態でも存在自体が天災といっても差し支えない力を持っている。


「俺はアイリスを受け止めてやれるけど、他の人は受け止められないから落ち着いて!」

「レオンは私を受け入れてくれるの?」


「そりゃ魔王だし、小さい頃からの付き合いだからな。アイリスの魔法なら受け止め慣れてる」

「……嬉しい。小さい頃からレオンはずっと私を見てくれた。だから、待ってて、必ずあの爺を倒してレオンを取り戻すわ」


 顔をポッと赤くしたアイリスが、恥ずかしそうに顔を隠して大人しくなった。

 猛獣を沈静化することで、ひとまず街の危機を救ったレオンはホッとしてため息をついた。


 幼なじみであるレオンにとっては日常茶飯事ではあるけれど、街の人にとってみれば猛獣が鎖無しで歩いているようなモノに見えるだろう。


「やっぱり俺よりもアイリスの方が魔王に向いてるかもな」


 白き雷帝なんて異名がつけられるほど強いアイリスだが、その異常な強さは幼少期から見られた。


 アイリスがレオンの後を追ってアレクに弟子入りしたのは六歳のころだった。

 その時におこなわれた入門試験は、未だに魔導士達の間で語りぐさになっている。

 

 六歳の少女と上位魔導士アレクが入門試験で殺し合いを演じた。


 この噂は誇張でもなんでもなく、アイリスの放つあまりの殺気と鋭い魔力に、ベテラン魔導士として活躍していたアレクが怯えたのだ。


 そして、お互いに当たれば手足が軽く吹き飛ぶような魔法をぶつけ合い、殺しあいのような入門試験の末、アイリスはアレクの弟子になった。


 殺るつもりで殺らなければ、俺が殺られるところだったと、アレクは後で語ったほどの戦いだ。


 殺気という一点に限れば、アイリスはレオン以上に魔王の素養を持っていた。

 風格や品格はなくとも、圧倒的な畏怖をその身に宿している。


「そんなことない。レオンは魔王に相応しい。私の知る限りレオンは一番強い人」

「でもなぁ……。魔王らしい魔法の物語は作れないし……」


「魔王らしいより、レオンらしい魔法が見たい。レオンの物語はレオンしか作れないから。私はレオンの物語と魔法が好き。その魔法でレオンは魔王になった」

「魔導図書館が受け入れてくれないんだよなぁ」


「レオン……」


 レオンがしまったと思った時には遅かった。

 口がまた勝手に弱音を吐いてしまっていた。


 魔導士が書いた魔導書を預かり、冒険者達に売る本屋を魔導図書館と呼んでいる。

 魔導図書館は魔導士達の書いた魔導書を受け取ると、魔法の効果、実戦での使い勝手などの要素を考え、商品にするかどうかを決める。


 魔導図書館は魔導書の複写機を独占的に所持しており、多数の冒険者に本を売りたい場合はここを通すしかないのだ。


 つまり、どんな本を売るかは魔導図書館のさじ加減で決まるということだ。


 レオンは魔王になってからいくつかの本を提出したが、ほとんど商品にはならなかった。


 唯一なった本もほとんど売れずに、埃を被っている。

 その現実にぶちあたって以降、レオンはスランプが続いていた。


「ごめん。俺達は魔導士だし、ただ、新しい物を書くしかないよな。売り上げがいっぱいあがるような便利な魔導書をさ」


 レオンは無理矢理笑顔を作って何とも無い振りをした。

 魔導士と魔法使いの頂点である魔王になった人間が、弱音を吐くわけにはいかない。そんな脅迫概念に近い言葉でレオンは自分の気持ちを制した。


 そんなレオンにアイリスは寂しそうに笑うと、鞄から紙束を取り出した。


「レオン。これ、あげる。師匠の新作は駄目になったけど、こっちは残ってるから」

「これは……師匠のプロット?」


 渡された紙をめくってみると、そこには新作のタイトル案や、どのような魔法を生むかという狙いと、その魔法が生まれる物語のコンセプトが描かれていた。


 物語の設計図であるプロットにすら妥協は無い。


 キャラクターの設定、物語に伏線を仕込むタイミング、仕込んだ伏線を解放するタイミングなど事細かに書かれている。


 そして、全ての要素をつなぎ合わせるテーマとコンセプトが『己の意思を貫くこと』。


 アレクはレオンとの魔法戦で、この物語から生まれた魔法を確かに使った。

 魔導書から巨大な白く輝く槍を産みだし、レオンに向けて発射したのだ。


 何の小細工も施されていない真っ直ぐで純粋な魔法だった。


 それに対してレオンは空間全てを飲み込む炎を生み出して、アレクを圧倒した。


 アレクの槍は惜しくもレオンに届く前に決着がついたため消されたが、レオンの魔法を貫いて進む力強さが確かにあった。


 魔導書を書く魔導士は時に本と魔法を通じて著者と会話を交わす。


 その魔法と物語に込められた意味を理解して、本を通じて著者と会話するのだ。

 そして、今回アレクが放った真っ直ぐな魔法とプロットから聞こえてきた師匠の言葉は、 初心忘れるべからず。といったところだろうか。


「師匠に勝った記念にもらってあげてそのゴミく――こほん」

「ゴミ屑って言った!? 師匠渾身のプロットをゴミ屑って言った!?」


「ゴミ……ゴ……。あっ! ゴミゴミしてるよね。このプロット」

「あっ! ってなんだ!? 思いっきり誤魔化しただろ!?」


「誤魔化してないよ。だって、コーヒーの染みとかついて汚いし、後書き込みが多すぎるのは本当のこと」


 確かにコップの縁っぽい丸い染みとかついている。

 それに文字もびっしり書いてあるし、書き直した所は二重線を引いて新しく書いているので、ゴミゴミしているのも否定出来ない。


「言われてみれば……」

「でしょ? だから、ゴミ屑――じゃなかったゴミゴミしてるって言ったんだよ」


「……アイリスって師匠のこと嫌いだったりするの?」

「えぇ、勝てる実力がついたのなら今すぐに倒したいくらいに」


 あっさりと言ってのけたアイリスにレオンは苦笑いした。


「ハハハ……。アレク師匠も大変だ」


 一番弟子に実績で上を行かれて、本気で戦ったら負けてしまって、自分の書き上げた本をこの世から抹消したくなるほどの悔しくなる。


 別の弟子からはちょっとした殺意を向けられるほど憎まれている。


 アレクはこんな弟子達をとって良いことはあったのだろうか?


 今日の恩返しがいつか良い思い出に変わって、師匠と弟子では無く、対等な立場になって笑って語り合える日が来るのだろうか?

 初心忘れるべからずというテーマの物語の通り、弟子になった時の気持ちはまだ消えていないだろうか?

 自分はまだ物語を読むことも、書くことも好きなままなのだろうか?


 そんなことを思いながら、レオンは改めてアレクのプロットに目を通した。


 原本は小便まみれになって燃やさてしまったけど、読みたかったな。という気持ちがふつふつと湧いてくる。そんな物語だった。


「ねぇ、レオン。明日、暇?」

「え? あー、うん、確か魔王の公務も休みだったから、本でも読もうかと思ってたところだよ」


「なら、私の書きかけの魔導書を読んでもらって良い? ちょっと詰まっちゃって、アドバイスが欲しい」

「別に良いけど、俺よりも師匠の方がいいんじゃないか? 俺、今スランプ中だし、ちゃんとアドバイス出来るか分からないぞ?」


「レオンが良い。というかレオンに見て欲しい」


 そこまで言われたら断る理由もない。

 それに、レオンはアイリスの書く物語が好きだった。


 儚くも熱い恋の物語。届きそうで届かない恋心から生まれるもどかしさは、途中で登場人物達を応援する熱へと変わり、大団円を迎える頃には熱く強い魔法へと自分の中で生まれ変わっている。


 あなたが好きです。という一言を言うだけなのに、言えないもどかしさと、言えた時の嬉しさや喜びをよく描ける魔導士だった。


 もしかしたら、何か新しい刺激や発見があるかもしれない。


 そう思って、レオンはアイリスのお願いを受けることにした。


「分かった。良いよ」

「ありがとう。それじゃ、これからまた魔法科の授業があるから、また明日ね」


「うん、また明日」


 レオンは学校に戻るアイリスの背中を見送ると、パンと自分の頬を叩いて気合いを入れ直した。

 アイリスよりも一年先に学校を卒業した先輩として、格好悪いところは見せられない。


「よし、がんばろう」


 そして、若干軽くなった足取りで、魔王に与えられる居城、魔王城に戻るのであった。

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