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魔王の師匠

「ウンコオオオオオ!」

「ズボンを下ろすなあああああああ!」


「ぬおお! 止めるなレオオオオオン! ワシは今からウンコするんじゃあ! 胸とケツが張り裂けそうなんじゃあああああ!」

「止めるに決まってるだろうが! このバカ師匠があああああ! 何が悔しいからウンコしてやる! だよおお!?」


 円形闘技場の中央でレオンは白髪のおっさんを、後ろから羽交い締めにしていた。

 今、レオンが羽交い締めにしているおっさんは、レオンの師匠であるアレクだ。


 五十歳にもなったアレクが弟子の制止を無視して暴れているのは、とある事情がある。

 暴れているアレク師匠の狙いは、レオンとアレクの目の前に落ちている分厚い辞書のような本だ。


「ワシは今からここでウンコしてなぁ! あの魔導書を破って、ケツをふくんじゃああああ!」

「止めろおおお! 新聞屋と魔導図書館の理事達が見てるんですよ!? あんた自分の取引先と商売道具にウンコぶつけるって何考えてんだああああ!?」


「構うもんかあああ! お前に負けた姿を見せてしまった時点で、ワシの恥部は全て晒した! 今更ワシのケツを見られても恥ずかしくない! これ以上ワシに失うモノは何もないんじゃあああ!」

「そんなに弟子に負けたのが悔しいのかよ!? 自分の書いた本を便所紙にしたいくらいに!?」


「悔しいんじゃああああああ! こんな弟子に負けたのがクッソ悔しいんじゃ! だから、この悔しさをクソとして吐き出すんじゃ! 胸もケツも張り裂けるんじゃあああああ!」


 五十歳の男性が大勢の人の前でウンコしようとしている。


 そんな老人の暴走をレオンは必死に食い止めていた。


 単純に師匠の失態を見られたくないのもあるが、それ以上に師匠の本が犠牲になることが嫌だった。


「そのクソを拭くにはあの出来損ないの魔導書が一番なんじゃああああ!」


 アレク師匠が破いて便所紙に使おうとしているのは、魔導書と呼ばれる本だ。

 中に書かれた物語を読み切ることで、物語に即した魔法が使えるようになる。


 魔導書とは、いわば魔法の教科書や指南書、または参考書のようなものだ。


「師匠! 本を大事にしないなんてあんたそれでも魔導士か!?」

「だまれええええ! 弟子の書いた魔導書に劣る本など、便所紙にすら劣るんじゃ! それがワシの魔導士としての矜持じゃああああ!」


「言いたくないですけど、俺はこれでも魔王ですよ!? 立場的には既に師匠より上なんです! 素直に負けを認めて下さいよ!?」

「その魔王の風格も品格も揃っていない。ただ力任せの魔法に負けたのが悔しいんじゃああああ!」


 レオンとアレクはその魔導書を執筆する魔導士と呼ばれる職業に従事している。


 魔導士のお仕事はギルドで冒険者として働く魔法使いと少し違う。


 魔導士も魔法使いも魔法を使える。だが、魔法使いに新しい魔法は作れない。

 魔導士はこの世界に新たな魔法を生み出す創作者なのだ。


「風格とか品格とか知るかよ!」

「うるさいバーカ! バーカ! お前なんてずっと威厳なんかと無縁じゃ。このバカ弟子めっ!」


「あんたはそのバカ弟子に負けたんだよ!」

「うっさい! こんなの公式記録じゃない! そもそも今日の魔導書は出版審査に回さないお遊び本じゃろうが! お前は魔王になった後から魔導書ぜんっぜん出してないじゃろ! 一冊出た本も全然売れなかったんじゃろ? この怠け者め!」


「人が一番気にしてることを言いやがったな!? 怠けてねぇよ! 新しい魔導書が書けないんだよ! 途中でペンが止まるんだ! スランプなんだよ! 何冊書きかけの本が出来たと思っていやがる! このクソ師匠!」

「そんなスランプになった弟子の書いた魔導書にワシの魔法が負けるとか、ワシの魔導書はクソ以下なんじゃああああ!」


 もはや子供の口喧嘩になりはてた師弟の言い争いに、師弟戦を開いた新聞屋と役員達はため息をつきながら退場し、観客は一人も残っていなかった。


「だから、こんなお遊びに使った本は始末するんじゃああああ!」

「だからってここでウンコすんな! ちゃんとトイレでやれよお! 歴代魔王を決める闘技場だぞ!? しかもそこに新聞屋いるんだぞ!? 明日の朝刊の見出しを魔王クソまみれにでもするつもりか!?」


 魔王が何かすると新聞屋や情報屋が寄ってくる。

 それも史上最年少の魔王となれば話題性にもことかかないので、魔王レオンが関係するイベントには大概数人の新聞屋がいた。


 この師弟対決を持ちかけたのも新聞屋達だ。


 その結果がこの師匠アレクによるウンコのバカ騒ぎである。

 このままでは新聞の見出しはきっと、魔王クソまみれ。になる。


 本当なら現役魔王、師から魔王就任を祝われる。現役魔王、強烈な魔法を師に放ち圧倒する。師をこえて恩返しに成功、と言った微笑ましいニュースになるはずだった。


 それぐらいレオンはこの師弟対決を楽しみにしていた。


 師匠であるアレクが今クソまみれにしようとしている本も、魔王就任を祝って師匠がレオンにプレゼントしようとしてくれた新しい魔導書だと、騒ぎの直前まで思っていたくらいだ。


 よくここまで辿り着いた。ワシの全てを賭けて記した魔導書をおぬしに託す。

そんな熱い言葉を待っていたのに、現実はクソまみれだ。


 頭が痛くなるような現実を終わらせるため、レオンは最後の手段に出ようとした。


 もう師匠に言葉は通じない。

 ならば、同じ魔導士として師匠に引導を渡すのみ。

 そう思ってレオンが魔法の詠唱を始めようとした時、師匠の動きが急に止まった。


「……すまんかったなぁ。ワシがもっと早く気付いてやれば」

「師匠?」


「ワシがお前に風格や気品を教えられなかったばかりに……おぬしを苦しめることになった……ワシはあくまでタイトル挑戦者。タイトルホルダーではないから……おぬしの苦しみを分かってやれん」

「師匠……」


 何だかんだ言って、アレクはレオンの師匠なのだ。

 師匠として弟子を思って悔やんでくれている。


 タイトル。

 魔王をはじめとする魔法使いの頂点になった人物に与えられる称号のことだ。


 回復や治癒魔法の頂点に立つ聖帝、あらゆる魔導書をバランス良く生み出す大賢者と言った様々な称号がある。

 レオンの師匠であるアレクは残念ながらそのようなビッグタイトルを手に入れていない。


 それでもタイトル候補者選抜には毎回名前があがり、最後まで残る強者だ。実力は間違い無く高い人なのだ。


 そんな師匠であるアレクをレオンは魔王というタイトルと、今回の魔法戦で完全に追い抜いた。


 弟子に追い抜かされた悔しさが一時爆発したものの、アレクが落ち着いて、いつもの師匠として指導者の顔をみせたように見えた。

 そうアレクは基本的に弟子想いの好々爺である。あくまで基本的には、だが。


「そうじゃ。もっと早く気付けば良かったんじゃ……」

「違います師匠。単に俺が――」


「ハハハハ! 油断しおったなこのバカ弟子めぇええええ! おしっこならここからでも本に届くんじゃあああああ!」

「気付いたのはそっちかよおおおおおおお!? 俺の感動を返せえええええ!」


「届けワシのおしっこおおおおおおおおおおおお!」


 黄色い液体が勢いよく弧を描き、円形闘技場の土を湿らせる。

 汚水に巻き込まれた本に黄色い染みがつく。


 レオンですら触る気すら起きない本をアレクは最後に燃やして灰に変えた。


 そして、自らも灰のように真っ白になったアレクはその場にうなだれると、駆けつけた衛兵に連れて行かれた。


 レオンは明日の新聞に何が書かれるか考える事を放棄して、逃げるようにその場を立ち去った。

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