魔王の戦い方
魔導図書館の中にある魔法実演場。
魔王決定戦や統一闘技大会などで使うコロシアムより、遙かに小さい円形闘技場だ。
小さいと言っても、魔導士が築いた何重もの対魔法防御結界があり、よほどのことが無い限り破れることは無い。
街中で心置きなく魔法をぶっ飛ばせるところなのだ。
そんな遠慮のいらない空間で、レオンはルイスと本を片手に向き合った。
「ねぇ、ルイス。物語的にはあぁいうやりとりって、フラグだと思っているんだよ。読者をワクワクさせるためのさ」
「妾も同意しよう。突然因縁なき相手と戦っても、唐突過ぎてつまらない」
「でも、こういう審査とか選考の現実なんて全く知らない人の方が多くて、何の因縁もない相手と競い合うことの方が多い」
「何が言いたい魔王? もはや、言葉など不要。お互い戦場に立てば、力が全てを決める話であろう?」
「なんというか、運命を感じるよね。俺とルイスが一緒になるってさ」
「にゃっ!? にゃにゃにゃ、にゃに言って!?」
レオンの一言でルイスがキャラ崩壊を起こして慌てふためいた。
「でも、言葉は不要っていうルイスの言葉もその通りだと思う。もう、僕達の運命は決まったんだから、後はその結末に向けてあがくしかないよね」
「き、きなさい! レオン! 正面から叩き潰してあげるから!」
「うん、いくよ」
勝負前の挨拶を済ませ、レオンとルイスが魔導書を抱えて詠唱を始める。
魔導書の分厚さはほぼ互角。目算300ページ前後。長編の物語だ。
本の分厚さは魔法の威力と種類に影響する。
群像劇のような様々な思いや仕掛けが交錯する話は、一冊の本で様々な魔法が出せる。
英雄譚や神話は主人公の逸話に関する魔法が最も発動しやすいが、サブキャラも十分に深まっていれば魔法化することがある。
どんな魔法だろうと、対処方さえ分かってしまえば、何とでもなる。
敵を知り、己を知れば百戦危うからずという言葉が生まれるほど、敵と自分の情報を知ることは大事だ。
でも、魔導書は読むまで分からない。例えそれが一流の魔導士であっても、事前に相手の本を読まなければ、相手の魔法を事前に正しく理解することは出来ない。
一度読んだシリーズ物ですら、予想は出来ても予想を超えられる。
魔導士同士の戦いは常に未知と未知とのぶつかり合いなのだ。
「聖剣と神託の騎士団、第一巻、第1章『聖剣の騎士団』、天から授けられし、光の聖剣エリスレイド」
それが新シリーズとなれば、もう完全に出たとこ勝負だ。
ルイスはレオンに対して、その出たとこ勝負を強制した。
ルイスの手に本が独りでにページを開き、開いたページから白く輝く光の剣が顕現する。
ユラユラと剣の形が動き、実態がなかなか掴めない厄介な見た目をしている。
近接型の攻撃魔法。そう判断したレオンは何故ルイスが自分の相手に選ばれたのか、かなり納得がいった。
何故ならレオンが作ってきた魔法は――。
「辺境の守人、第一巻、最終章『抗いの結末』。流転掌」
「いきなり最終章!?」
ルイスが驚きの声をあげる。
本来なら魔導書は頭の方から順次性能をあげていく。もしくは連続攻撃に使う。
いきなり最終章を解き放ったら、それ以上の物は出てこない。
それが一般的な魔導士の常識で、レオンの行動は拙速だとみている誰もが思った。
だが、誰よりも後ろを追いかけて来たルイスには分かっていた。
レオンは無策で無謀をやる人間ではない。
必ずそこに勝機があると踏んでやってくる。
順番なんて踏まずにぶっ潰す。魔王らしく暴虐を振りまく可能性だってある。
スランプとは言え、レオンは魔王だ。
「来いよ。ルイス」
レオンの言葉と態度から表れる絶対的な自信。
怯えの欠片も気負っている様子も微塵も無い。
拳闘士のようなファイティングポーズで構えている。
勝つことが自然。そう言いたげにレオンが微笑みを浮かべていた。
その笑みを見て一瞬、勝てない、という言葉がルイスの中に浮かんだ。
その心の弱さに気付いた瞬間、ルイスは歯を食いしばり、剣を握る手に力を込めて叫んだ。
「聖剣と神託の騎士団、第一巻、最終章――」
ルイスも最初から最終章を開示したことで、審査員や見物していた魔導士達がざわめいた。
そのざわめきはルイスの耳には届いていない。
ルイスは自分の全てをレオンにぶつけるつもりで、極限まで集中力を高めていたせいだ。
レオンに勝つために腕を磨いてきた。
出し惜しみして負けることだけはあってならない。最終章まで使えなかったから負けたなんて言い訳は自分が苦しむだけだ。
今出せる自分の全力で負けたら、後悔は無い。
スッキリした気持ちでまた追いかけられる。
レオンはいつだって自分より強いのだから、仕方無い。追いかける立場なのだから、仕方無い。
――などという後ろ向きの発想は最終章を口にした途端に全て吹き飛んだ。
今ルイスが抱く気持ちはただ一つ。たった一つのシンプルな感情。
レオンに勝ちたい。
その思いを込めて、ルイスは天に掲げた剣を振り下ろした。
「『奇跡の輝き』、破魔の極光! セイクリッド・レイ!」
光が会場の全てを飲み込む。
神の奇跡を模した巨大な光の剣が突き刺さったかのような衝撃と熱が吹き荒れる。
対魔法の防御壁が音を立てて崩壊し、建物を管理する魔導図書館の魔導士達が慌てて防御結界を張り直すが、それ以上の速度で防御壁が崩れていく。
「108の結界のうち99まで崩壊!?」
「修復間に合いません!」
「見物中の全魔導士に応援要請! 対魔法結界の修復に参加せよ! 消し飛ばされるぞ!」
選抜に残った魔導士すらも駆りだして、その場にいた全ての魔導士で防御壁を再構成する。
それでも押さえきれなかった。
「107番の結界まで破壊……なんて威力だ。修復をかけていたことを考えると実質120枚か。先代魔王と同じ最高記録だな」
「今最も聖帝に近いと言われる魔導士ですが……まさかこれほどとは」
「修復をしなければ間違い無く一帯が消し飛んでいたな……」
「そ、そういえば魔王様は!? 防御結界無しで直撃したんですよ!?」
その言外には消し炭になったのではないか、という言葉が隠れていた。
さすがの魔王と言えど、耐えきれない。それほど強力な魔法だった。
床は完全にえぐれて、地盤が見えている。
大地ですら耐えられない一撃に、人間が耐えられる訳がない。
そう誰もが思うようなルイスの魔法だった。
魔導書としての試験は間違い無く合格だ。
ルイスだけの試験なら、これで終わりだった。
「うわー、すごいことになったなぁ。相殺してこの威力か。直撃したら死んでるかな」
レオンの審査がまだ終わっていない。
「なっ!? あの魔法を食らって無傷!?」
「何をしたんだ!? 同じ威力の魔法をぶつけたとでも言うのか!?」
見物人達はレオンの本を知らないため、全く見当違いの言葉で驚いている。
レオンは攻撃などしていない。
何故なら今回の魔導書は攻撃用ではなく、防御魔法集なのだ。
「私の魔法を奪って、ぶつけてきたのね?」
「さすがルイス。良く分かったね。その通りだよ」
ざわめく会場の中で一人だけレオンのしたことを見抜いたルイスが震える声で尋ねると、レオンは微笑みを浮かべて頷いた。
「流転掌。左手で魔法から魔力を吸い取って、右手で打ち返すスキル。相手の攻撃をそのまま打ち返す防御技だよ。これなら相手がどれだけ強い魔法を撃とうが、その魔法そのもので相殺出来る」
レオンは自分の攻撃をぶつけた訳ではない。ルイスのセイクリッド・レイを受け止めて、向きを変えてルイスにぶつけただけだ。
ルイスは自分の魔法に自分の魔法をぶつけていただけに過ぎない。そのレオンによる受け流しが無ければ、威力の新記録を打ち立てただろう。
「第2章! ピアッシング・レイ!」
レオンの説明の途中でルイスが突きを放つと、レオンに向かって光の槍が放たれた。
その槍をレオンの手が掴み、くるりと一回転してからルイスに向かって投げ返す。
「相殺する暇もない魔法を掴んで投げ返す。っていう実は本来受け流し系の技なんだよね」
ルイスの側を飛んで行った槍は、修復された魔法障壁を突き破り、壁に大きな穴を残した。
「うん、やっぱり、これが俺のやり方に一番合ってるみたいだよ」
魔王レオンは決して攻撃が得意な魔導士ではない。
攻撃力に関して言えば、最強だった先代魔王に大きく劣り、歴代最弱とも言えるほどの攻撃魔法しか使えない。
それで魔王になれたのは、レオンが歴代で最も強い防御系の魔法を操るためだった。
レオンと戦ったことがある人間は、誰もが最初、レオンをなめてかかった。
大した魔法は使わない。これぐらいの相手なら俺でも勝てる。
そう思って、意地の悪い笑顔を浮かべていた人間が、レオンと対峙すると表情を絶望に変える。
どんなに強い魔法を撃っても傷一つつかず、笑みを浮かべながらゆっくり一歩一歩近づいてくるレオンの姿は、まさに絶望の化身だった。
そうして、絶望の壁とも呼ばれるようになったレオンの戦い方は、ただ強力な魔法で圧倒する歴代魔王とは正反対な物だった。
「さて、ルイス。これで終わりかい?」
「ひっ!?」
「俺は君の攻撃を全て受け止めて、証明しないといけないんだよね」
レオンが一歩近づく度に、ルイスが足を一歩下げる。
こうなってしまえば、レオンに挑む者がすることは三つしかなかった。
そのまま諦めて逃げ出す者、その場に崩れ落ちて敗北を認める者、そして、レオンにムダだと知りながら立ち向かう者。
その三つの中で、ルイスは立ち向かうことを選んだらしく、レオンに向けて跳躍した。
「近接戦なら魔法を受け止めて返すことなんて出来ないはず!」
ルイスの言葉にレオンは少しハッとさせられた。
四つ目があったのか。
僅かな勝機に賭けて、自分の勝利を信じて戦うっていう選択肢もあるんだな。
そんな新鮮な反応にレオンはお礼の言葉を小さな声で口にした。
「ありがとう。ルイス。第1章『護国の盾』、イージス」
レオンの腕に霞の盾が現れ、ルイスの振り下ろした魔法の刃を受け止める。
極めて普通の防御魔法。ただ受け止めるだけにしか見えない魔法が、何よりも硬く、人の心を折ってきた。
攻撃魔法を書いたのなら、レオンの防御魔法を貫けるかどうかを試せ。
そう言われるほどに、レオンの防御は研究されている。
ルイスもその言葉に従って、数ヶ月前のレオンなら貫ける魔法を作ったはずだった。
ただ、その数ヶ月前よりレオンは進化していた。
「今度また重なったら、今日みたいに本気で相手を頼めるかな?」
レオンはそういって、ルイスの手から魔導書を抜き取った。
空間ごと破壊する魔法も、一瞬に威力を込めた魔法も、近接戦闘までもが封じられたルイスに、もう次の手は無かった。
「あああああ! もおおおおお! また負けたあああああああ! 私が勝てるまでやるに決まってるでしょうがあああああああ!」
ルイスが地団駄を踏み本気で悔しがっている。
そうして逃げ出さないことが嬉しくて、レオンはさらに追い打ちをかけた。
「この本も読ませてもらっていい? かなり強い魔法だったし、ルイスの物語は面白いんだよねー」
「イヤミかあああ!? イヤミなのかああああ!?」
「ほ、本気だよ!?」
「うわああああん! 次は容赦しないんだからあああああ!」
次期聖帝は泣き声をあげると、合否も聞かずにその場を立ち去っていった。
「勝敗じゃなくて、魔法の出来で販売登録するかされないか決まるのになぁ」
そんなちょっとだけずれた感想を口にして、レオンも試験場を後にした。
そして、久しぶりの、数ヶ月ぶりの出版権をレオンは手に入れた。




