魔王復活
二週間後、レオンは数冊の本の入った袋をぶら下げながら、ミントと一緒に魔導図書館の前に立った。
何本もの丸い円柱によって支えられた、神殿のような作りの建物が、魔導図書館の特徴だ。
この日は月に数回おこなわれる魔導書コンペの日で、魔導士が新作の魔導書を持ち寄り、魔導図書館の役員達に本を見せる。
レオン以外にも魔導書を持ち込んだ魔導士がチラホラと魔導図書館に集まり出している。
「お、おい、あれ魔王レオンじゃないか?」
「あ、本当だ。で、でも、大丈夫だ。魔王は今スランプだって聞くし。俺達だって勝てる」
「あ、あぁ、そうだな」
好き勝手に言ってくれる。でも、今は全く気にならない。
どんな雑音だろうが、笑って切り捨てられるほどの自信を取り戻した。
取り戻したはずだったんだけど――。
「ついに現れたわね! 悪の大魔王レオンッ!」
「へ?」
いきなり悪者扱いされて、レオンは思わず振り返った。
振り返ると、そこには純白の鎧を身につけて、裏地が赤いマントを翻す金髪少女がいた。
瞳の色が左右で違い、金色の瞳と赤色の瞳を宿している――ように見えるが、両方ともカラーコンタクトで、本来は琥珀色だ。
実は髪の毛だってもともと黒かった。
そして、魔導士のくせに使わない剣をぶら下げて(実は刃が鈍い張りぼて)、重い鎧(実はメチャクチャ薄くて防御効果なんてない)をつける人間を一人しかレオンは知らない。
昔話に出てくる勇者のコスプレとでも言うべき格好をしている少女の名前は――。
「久しぶりだね。ルイス」
「違う! 何度も間違えれば気が済むのだ!? 妾の名前はセイント・ブレイバー・ルイスだと言っているだろう!?」
「……長い」
「ガーン!? き、貴様ぁ! レオン! 妾の真名をバカにするか!?」
「いや、真名も何も……本名ルイス=オスタインでしょ」
「そ、それは現世の名でしかない!」
この面倒臭い少女はルイスという。
魔導士になるための学校で同級生だった。
というのがレオンの認識だったが、ルイスにとってレオンは最大のライバルだった。
常に一位をとり続けるレオンの真下、常に二位をとり続けていたルイスは、何かあればレオンとすぐに張り合いたがった。
そんなレオンが一足先に魔王のタイトルを手に入れた結果、ルイスは髪を染めて、妙なコスプレを始め、口調まで変えた。
一見すれば頭のネジでも外れたかのような大変身だったが、実力をメキメキとつけており、奇跡や治療そして光系魔法に関する魔導書を書いた魔導士達のタイトルである聖帝にノミネートされている。
変わった子だけど、実力は本物。そうレオンは認識していた。
「いや、うん、俺が言うのも何だけど、ルイスが聖帝になったら色んな意味で話題になりそうだよ」
「そう! それだ! 聖帝こそ妾に相応しい称号なのだ! 立ちはだかる悪の魔王を倒し、妾が民を苦しみから解放する!」
「俺、良い魔王していると思うけどなぁ……。街道の治安維持とか色々頑張ってるぞ? 何か不満があったら教えて欲しい」
「……別に無いわよ。というか、おかげでみんな助かってるわ。おかげで安全に旅出来てるし。冒険者全員に携帯義務が課せられた通信魔法があるおかげで、生還率が高まったって話題になってるし」
「あぁ、うん、みんな買ってくれるから助かるよ。でも、自分で言うのもあれだけど、大したことないよ。アイディアだけだから」
冒険者だけでなく一般の人でも買っていくから、何もしなくても印税がレオンのもとには沢山入ってくる。
とはいえ、これを悪の所行だと断じられるのはおかしい。
「大したこと無いよ。じゃないわよおおおお! 昔からあなたはそうなの! ずるいのよおおお! どこまで私の先に行ったら気が済むの!? 私は路傍の石か何かかコルァアアアアアア!? あなたが大したこと無かったら私はどうなるううううう!?」
ルイスがレオンの襟を掴んで前後に揺さぶる。
涙目になりながら叫ぶ自称セイント・ブレイバー。その姿が酷く惨めに見えた。
「お、落ち着いて!? 口調が崩れてるよ!?」
「はっ!? しまった。妾としたことが取り乱してしまった」
結局の所、悔しさのぶつけ方の違いでしかない。
アレクが脱糞と放尿で悔しさをぶつけてきた。それと同じで、ルイスは魔王の対となる存在になって、レオンの前に立って振り向きたいだけなのだ。
後ろにいたら背中しか見えない。顔を見るためには振り返らせるか、前に行って自分から振り返るしかない。
レオンはそう簡単に振り返らない。魔法に関しては前しか向いていない魔導書バカだ。だからこそ、レオンが悔しがるような立場に立つしかない。
現状、ルイスの変わりっぷりにレオンが思わず振り向いているため、ある意味、ルイスは目的を達しているのだが、何か違うことは彼女も理解している。
欲しいのは驚きではなく、真っ直ぐ向かい合ってくれる目なのだ。
「いいこと魔王レオン。貴様を倒すのはこの妾、セイント・ブレイバー・ルイスしかいない!」
「う、うん、もしも、実戦テストで相手になったら全力で勝負するよ」
「その言葉、しかと聞き届けた! その首! よく洗っておくがよい!」
そう言ってルイスはマントを格好良く翻すと、魔導士の群衆を真っ二つに割り、レオンより先に魔導図書館の中へと消えた。
「師匠、あの人、すごいです。無言で人ゴミを真っ二つに切り裂きました……」
「いや、単にみんな関わり合いたくないだけ……」
避けた人達は明らかにヤバイ人を見る目付きしている。
実力はあるけど、やっぱり痛い人には変わりない。
「師匠……」
「うん?」
「師匠の周りには変な女の人ばかり集まりますね」
「ミントが言う!?」
確かに変な人が集まっている気がするし、否定は出来ない。
でも、ミントだって急に弟子入りするような、ちょっとぶっ飛んだ子だ。
「私が一番師匠のこと大好きですよ?」
「それとこれとは関係無くないか?」
「大ありです」
「そ、そっか」
天使の笑顔でそう言われると、関係ありそうな気がしてきた。
大好きですと言われて、嬉しくない訳がない。
でも、相手はまだ十二才で、弟子だ。色々な意味で手を出すには危険だ。
「えへへ、師匠♡」
理性まで蕩けそうな甘い笑い声で、ミントがピタッとレオンの腕に抱きついた。
おかしいな。確かにこうなるとミントが一番まともに思えるぞ。
アレクを襲った素質を見る限り、十分頭がおかしい子のはずなのに。
「と、とにかく俺達も行こう」
何か妙な寒気を感じたレオンは逃げの一手を打つことにした。
何か大事な物が奪われる。そんな恐怖を感じた。
「あー! 師匠待って下さい!」
魔導図書館で受付を済ませたレオンは、自著を魔導図書員に渡して待合室で時間が過ぎるのを待っていた。
魔王には他の魔導士と違って、本もゆったりと読める個室に通される。
ミントは弟子兼荷物持ちという名目で連れて入った。
「一次審査の時間は一時間から二時間くらい。俺は本を読んでるから、ミントも勉強で分からない事があったら聞いて」
一次審査でふるいに落とされれば、魔法を実践して見せることも出来ない。
最初の審査で約二割程度にふるい落とされるため、最も緊張する時間だと言われている。
普通の魔導士ならソワソワして貧乏揺すりくらいしているところを、レオンは静かに本を読んでいた。
「師匠は落ち着いていますね?」
「そりゃ、落ちる気がしないからな」
「師匠はすごいですね。書いていない私でもちょっと緊張しています」
「大したこと無いよ。ただ、ちょっとだけいつもより自信があるだけ」
本気でそう思っているおかげか、手元に持ったアイリスの本は逆さまにせずにちゃんと読めていた。いつもよりスルスルと内容が頭に入ってくる。
そして、すぐにレオンはアイリスの本を理解した。
「師匠? 何か嬉しそうです」
ミントに指摘されてレオンは自分が笑っていたことに気がついた。
「あぁ、うん、ちょっとね」
アイリスの本は未完成なんかじゃなかった。
立派に完成していた。アドバイスなんていらない。
いや、レオンだけはアドバイスが出来ない。
「ちょっと?」
「うん、アイリスの言葉をもっとちゃんと聞いてあげれば良かったなってさ」
「ま、まさか師匠、その本の中身って……」
「好きって言ってくれた言葉を、もっと前から受け止めておけば良かった。大事な物はいつだって身近にある。本当に目が眩んでたな」
「ま、ま、ままままさか!?」
「今度ちゃんと向かい合って言わないとね」
「……その、アイリスさんと付き合っちゃうんですか?」
「そうだね。今度はちゃんと付き合うつもり」
「……そう……ですか。でも師匠がそう言うのなら仕方無いですよね……」
ミントがガックリと肩を落としてうなだれた。
「ど、どうしたのミント?」
「いえ、何でもありません……。どうかお幸せに……」
「へ? 今度はちゃんとアイリスの本の話しに付き合わないとなって話しなんだけど……」
「へ?」
お互いきょとんとした顔で見つめ合って、レオンはようやくミントが勘違いした内容を悟った。
「ち、ち、ち、違うぞ!? アイリスが言ってくれたのは俺の本が好きって話しで、魔王だからとか、威厳が、評価とかそういうのに振り回されず、真っ直ぐ書いていた俺の本が好きって言ってるだけで」
「そ、そ、そそそそ、そうなんですか!?」
「アイリスはずっと俺の本が好きって言ってくれていた。その言葉をもっと早く素直に聞いておけば良かったって話しだよ!」
「そ、そうでしたか……。よかったぁ……。だって、どう見てもアイリスさん師匠に――って、なんでもありません」
「そ、そうだよ。本の中身も何でも願い事を叶える聖杯を手に入れた男の物語だったんだ。願い事を叶えても男は不幸になるだけで、いつしか自分の望みを忘れていた。人は力を持つと周りの環境が変わる。環境が変われば自分が変えられてしまう。しかも、昔の自分を忘れて、あの時の自分は弱かったとか無価値だとかって下に見てしまう。魔王になった俺と同じだったんだ」
言い訳染みていたが、それはレオンの本心だった。
レオンは魔王になってからスランプに陥った。
魔王レオンという他人が作った偶像を、自分だと勘違いして自分を見失った。
アイリスは魔王レオンでは無く、レオンの書いた物語が好きだと言ってくれ続けていたのにだ。
そのことについての不満が、それはもう物語に詰まっていた。
だから、アイリスはレオンが忙しくなって読めないと断った時、嬉しそうに笑ってくれたのだろう。
レオンが帰ってきたと知って。
「全部見抜かれていたのに、全く気がつかない自分がおかしくて、ずっと言ってくれたことが嬉しくて、笑っちゃったんだ」
「師匠、魔王になるとそんなに変わるんですか?」
「そうだね。力を手に入れると色々な物が変わるみたいだ。大切な物まで忘れちゃうくらいに。師匠としては情けないことを言うけれど、ミントも何か大切な気持ちがあって魔導士になるのなら、その気持ちを忘れないでね」
今のミントにはきっと不要なアドバイスだろうけど、いつか同じ目にあった時に思い出せるようにレオンはその言葉を口にした。
「ミント、今の生活はまだまだ小さな変化だ。所詮、俺の家で寝泊まりしながら自習しているだけ。これから先、学校に入ったらもっと変わるし、魔導士になれば全然世界が違ってくる」
変わることが悪とは言わない。変わって良いことだっていっぱいある。
変わることを成長というし、変わらないことを停滞という。
大事なのは変えて良い部分と変えてはいけない部分を自覚すること、そして、人に言われた時に素直に受け止めること。
レオンはこの時、ようやくその言葉の意味を知った。
だから、師匠として、弟子に大事な一言を早速プレゼントすることにした。
「俺はミントの笑顔が好きだよ。何度も救われた」
「師匠……」
「もし、誰かに笑顔について変化があったって聞かされたら、素直に聞いてあげるといいかもな」
「はい! 師匠、ちゃんと私のこと見ててくださいね?」
「うん、もちろんだ。俺は師匠だからな」
まだまだ学ぶことがいっぱいある。だからこそ、一緒に学んでいけばいい。
そうレオンが満足したところで、個室の扉が開いた。
「魔王様、おめでとうございます」
「通ったんですね?」
「はい。つきましては二次選考にて実践試験です。相手はルイスさんがつとめます」
「相手にとって不足無し。全力でやれそうだ」
「では、十分後に試験会場にて」
「分かりました」
相手が何だろうが絶対に勝つ。
魔王としての矜持ではなく、レオン個人の目標のために。
取り戻した自分が最強であることを証明するために。
「見せてやる。魔王レオン復活の魔導書だ」




