沈黙は金になる
上層部からの呼び出しに、若干のいや不安しかないものだが、それでも呼び出されたのならば、呼び出しには、応じなければいけない。
国会議員として、まだまだ新米と呼ばれているし、地道に地味な活動しかしていない僕よりも、僕と同じ時期に国会議員となり、華々しく活動し、テレビ番組などでもよく見かける野党の最も期待される美人の女性美鈴議員も、その綺麗だとマスコミがこぞって報道したことのある顔を緊張で、顔がこわばっている様に感じる。
それはそうだろう、僕達二人の前に座っている人々は、ベテラン議員の方々や影の実力者とも囁かれる方、そして、ときの総理と各党の野党代表までも揃い踏みだ。
これは一体何事かと言わざるをえないし、このような会議室など一分とて本当ならばいたくない。
「さて、今日来てもらったのは、君達に与野党協議した新しく導入する施策を実際に経験して貰おうと思ってね」
総理大臣が直々に今日の趣旨を説明してくれたのだが、経験とはなんだろうか。
それに与野党協議して、何かにつけて意見が合わないような方々が一同にかいし、空々しい夫婦のように上辺の仲の良さも気になる。
「与党と野党が合意ですか」
「その通りだよ、美鈴君」
「いまや新しい財源確保は必要だ、しかし国民にその負担を求めすぎて今は実行することができない」
「我々野党も財源確保の必要性は表立っては言えないが、認識しているし、新たな財源確保が出来れば、それで必要な所へ回せるという配慮も出来る」
「はぁそれでどんな政策なのですか?」
「言葉売却法だよ」
良くわからないという顔を美鈴議員とお互い見せ合う程に、良くわからない。
「言葉を発する権利や書く権利等を売る、若しくは買うという法案だ、売った言葉は当然発した場合、罰金がでるし、必要な言葉はその都度買うことで、自由に発して貰っても構わない、売買リストはあとで渡そう」
「言論の自由や表現の自由に完璧に抵触します」
「その法が適用させるのは今回は国会議員のみとするし、強制させるのは、試験的運用の君達だけだよ、まぁ次回の選挙迄での4年間でいい」
「私は、これが財源確保になるとは到底思えません」
先程までの緊張していた、美鈴議員はキツイ口調で責めたてている。
「そうだろうか、ゆくゆくは国民にも国会議員程ではないにしろ、この制度を利用して貰おうと考えているよ、貧富に関係無く皆平等にお金が稼げる、例えば結婚しようとの言葉は3万円で売ることができるとすれば、使わない方は何もしないで3万円もらえる。
急な怪我や事故で入院している時に仕事関係の言葉等を売れば、当面の生活費になる。」
3厘ぐらい納得仕掛けたものの、やっぱり導入にはどうにも納得出来ない。
美鈴議員も納得出来ていないのか、各党代表や果ては、総理すら睨み殺さん勢いではあるが、歴戦の議員達は肩をすくめ、総理は、まるで物分りの悪い学生を諭す先生のように言う。
「昨今の政治家特に君達のような若い世代は、言葉を軽く見ていると思う、平気でテレビやネットに思慮の足りない言葉を撒き散らして、その度に国民の税金で行われている国会を無意味なものにし、多くの無駄なお金が失われているんだよ、これは議員が言葉を軽く見ていると思う、言葉には価値があるのだ、それを無価値と財源にすらならないと安易に斬り捨てるのは、美鈴議員が言葉を軽んじている事に他ならない」
「議員として何も言うなと言う事ですか」
「言って貰っても構わないよ、大金を払って発言するんだから実に価値があるものを期待しているよ、二人とも」
これ以上言っても無駄なような気がして、なし崩し的に了承するはめになってしまった。
野党は美鈴議員の最も期待されている議員を危なっかしく不用意な発言で、失いたくないのであろう。
与党は使えない新米議員の僕を生贄に美鈴議員からの追求から逃げたいのであろう。
決して隣を唇を悔しそうに震わせながら、何も言わない美鈴議員が不謹慎ながら綺麗に見えた僕のように、黙っていれば美人の美鈴議員を見たくてこの法案を与野党協議で一致させたのかもしれないと言う事ではないだろう。
しかし、与野党の偉い方々は分かっているのだろうか、国民にまでこの制度を導入するのであれば、少子化に拍車がかかると言う事を。
思いは伝えなければいけない。
言葉は使えなければ価値も重みも生じない。
好きですと伝えて結婚しようというのを簡単に言えないだけでも、日本にとってマイナスになるだろう。
まぁもうその事を進言するのにもお金がないので、僕には伝えることができのだけれど。
それでも差し当たって、愛の告白の言葉の権利だけでは取り戻そう。