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知らない方が幸せなヴィーフィルド皇国の雑学

ゲテモノ注意。

【昼夜問わず、時々ご先祖様と思しき幽霊がお城を徘徊している】


「わああぁっ……し、失礼しました」

 シェランは角を曲がってすぐ鉢合わせしたその存在に、条件反射で頭を下げた。

 全身が透けていて、足はあるのかないのか微妙に怪しいその存在は、うむ、と頷いて通り過ぎる。そのまますうっと壁を通り抜けていくのを確認して、シェランは首を傾げた。

「……なんで壁の通り抜けができるのに、ちゃんと廊下を通ったりするのかしら」

 三つ子の魂、何とやら。

 ちなみに皇城に留まらず、各地の貴族の館等、築百年くらいを過ぎたあたりから出現し始めるという統計がある。しかし普通は死亡して五十年以上している幽霊の場合、神殿の神職たちが鎮魂と(真の意味で)葬送に乗り出すので、角を曲がれば幽霊と出くわすと言われるほど溢れているのは、ここ、リーヴェルレーヴ城くらいなものであった。



【国内随一の無謀……もとい、勇猛果敢な集団であるジェラルド騎士団で最も強いのは】


「俺達に逆らうヤツは、挽き肉(ミンチ)にしてやんぜ!」

「うおおおおっ! ミンチミンチミンチ!」

「ミンチミンチミンチ!」

 副団長のリコット=ベルキスは、そっと厨房の中の様子を窺っていた。砦を揺るがす大声が収まったのを確認して、足音を立てずにその場を離れる。

「……仕事開始の景気付けとはいえ、あの歓呼はどうにかならんものか」

 近隣住民の皆さんは、とっくの昔に聞こえないくらい遠くに引っ越していらっしゃる。


※何のことかわからない方は、五章十二話へ。たった六行です。



【貴族の令嬢たちが男性皇族に黄色い声を上げるとうざがられる……が】


「よくって、皆様? わたくしが『せーの』と申し上げましたら、一斉に、ですわよ」

 はい、とそこそこ広い廊下を遮って余りあるほどに集まった妙齢の少女達は真剣な顔で頷き合う。と、廊下の向こうから今一人が早足で歩いてきた。

「いらせられますわ! あちらの回廊を、外殿に向かわれておられます」

「総員、配置にお付きなさい!」

 何の軍の号令かと思うような掛け声である。

 そして、件の対象が現れた瞬間――

「せーのっ――シェラン様ー!」

「オリエ様ー!」

「マリア様ーっ!」

「エア様!」

「皇妃様ー!」

「きゃあっ、アリシア様しっかりなさって! 倒れている場合ではありませんわ、キティ様ですわよ!」

「あっ、シェラン様が手を振り返して下さったわ! シェラン様ー! あぁ……今日も何てお可愛らしい……」

「ああ、皇妃様のお傍で毎日あの方を称える詩を献上できましたら、どんなに幸せか……!」

「マリア様とエア様っていつお見上げしてもお優しく微笑んでいらして、何と言うか、もう……」

「男性にはない、温かくて柔らかな包容力を感じますわよね!」

「オリエ様の凛とした横顔も素敵! シェラン様以外は目にも入らない一途さがたまりませんわ!」

 対象が女性皇族なら、愛想よく笑顔で答えてくれたりする。そのため、実は女性貴族の間では女性皇族の方が圧倒的に人気が高いとか。



【時々、明らかに種族が違う人がいる】


 元々ヴィーフィルドは迫害された者達が身を寄せ合ってできた、いわば他民族集合型の国家である。だからこそ、何がいても不思議はないのだが。

 目の前の書記官は、顔に向けられる視線を感じたらしく、犬に似た耳をぴくんと動かした。

「皇女殿下? 私の顔に、何か?」

「いっ……いいえ。続けて下さい」

 人に動物の局所を付け加えたような見た目から、動物が立って歩いているだけに見えるような部類まで、国民の外観は多種多様である。ごく少数だが、貴族も例外ではない。

(懐が広いんだか、狭いんだか……)

 脊椎動物系はだいぶ慣れたが、変化球のように節足動物系とか軟体動物系が廊下を曲がった先に立っていたりすると、ちょっと心臓に悪い。たまに植物系も混じっていたりする。

 ちなみに脊椎動物系の中でも、魚類系と両生類系は主に呼吸器の構造の問題から、そもそも陸地で過ごすことを諦めた……らしい。



【意外と何でも食べる】


 魚類、哺乳類、鳥類――これらはシェランも良く親しんでいるから、食べることに抵抗はない。

 爬虫類、両生類――シェランは食べた経験はないが、おいしいらしいという情報は聞いたことがある。

 昆虫及びその幼生――……おいしい、らしい。食べる民族や好事家がいるのは知っている。

 だがしかし。

「ごめん、その日は予定があるの……」

 ……生のナメクジの早食い大会とか、ちょっと観覧するのは遠慮したい。もちろん、出場は謹んで辞退させて頂きたい。

 そうか、とアルトレイスは残念そうな顔をした。

「盛り上がるし、社交界以外の出会いの場の一つでもあるから、顔を出してみるくらいどうかと思ったんだが。仕方がないな」

 ……どのような出会いがあるのか、ちょっと聞きたいような、聞きたくないような。

 皇族は毒が効かないので基本的に雑食だが、貴族も国民も結構躊躇無く何でも食べるのがヴィーフィルドの食文化である。しかしさすがにナメクジだの蛆だのの、いわゆるゲテモノの類は、そもそも食品としてはあまり出回っていない。

「お腹壊すよ? セイ……」

「大丈夫ですよ、(かび)が生えてるだけですから。この生え具合がイイ感じの風味が出て、酒によく合うんです!」

「あ、そう……」



【なぜファンタジーの王道である竜騎士がいないか】


「は? 竜を騎獣に?」

 そう、とシェランは熱を込めて頷いた。

「だって、うちの紋章は竜でしょ。でもうちの国に竜はいないじゃない」

「……姫、紋章の由来は国内にいるいないの問題ではないのですが」

「知ってるけど、でも、カッコいいじゃない」

 アルトレイスは熱弁する従妹姫に、あのなあ、と指を折りながら説き始めた。

「食餌をするやつは食費だけでものすごい量になる。それに食餌をするなら排泄物が出るだろう? その処理をするとなると、新たにその流通路を作らないといけない。肉食獣の糞なんてどこの農家も引き取らないぞ」

 引き継いだのはソルディースである。

「人に変化できる連中はやたらと気位が高くて扱い辛いし……やれ人の子の住処は狭いだの何だのと、一箇所に集めたら問題しか起きないのに、一個師団を維持する群れをまとめて飼うなんて面倒くさくてやってられない」

「竜舎の建設費用と維持費なんて、考えるだけで頭痛くなってくるな。それくらいなら近衛騎士団の水準を上げる方が簡単だ」

「そこまでして竜騎士団を作ったところで、空中戦では小回り利かないし、大きいから場所も取るし、目立つから隠密の斥候にも使えないし。唯一の利点は口から火を吐けることですが、正直そんなところだけできたって乗り手の負担は変わりませんし」

「そもそも個体だけで飛翔するようにできてる生物が余分なものを乗せて飛んだら、本来の性能が落ちるでしょうが。竜が出せる最高速度で飛んだら、鞍に座ってるだけの人間なんてあっという間に振り落とされます。振り落とされなかったとしても、空気抵抗や旋回の衝撃に何度も耐えられません」

「まあ空気抵抗やら衝撃やらは術で何とかできますが、そこまでしたって相当上手いこと意思の疎通が出来ない限り自由な飛翔はできませんよ。あの巨体ですと、手綱だけでは無理ですね。思い通りに動かそうと思うと術で意識を支配するか、根気強く信頼関係を築くかの二択です」

「はっきり言って、そんな手間暇かけるくらいなら、自力で飛んだ方が遥かに効率的」

 完膚なきまでに反論を封じられたシェランであった。



【皇都の『裏』】


「ねえねえ、知ってる? 皇都にはね、選ばれた人しか入れない『裏』っていう場所があるんだって!」

 どこかから仕入れてきた情報らしい。

「魔女がくつくつ薬を煮てて、すっごく不味いけどすっごく効くんだって!」

 何が楽しいのか瞳を輝かせる従妹に、アルトレイスは何度目かわからないため息をついた。

「……シェラン。その程度の存在、俺達が認知していないはずが無いだろう」

「え?」

「そもそも我々は、諸神の中でも首座にあたる『時間の運行を司り、空間を支える』時空神の末裔ですよ。たとえ亜空間といえども、入れない場所などほとんどありません。あるとしたら、それは神が御自ら線引きなさった空間です」

「『裏』とかいう亜空間に巣食ってる連中は全て把握済みだ。皇王陛下の膝元で一時的に亜空間を形成するだけならまだ見逃してやったが、そこで無断で生活しているとなると話は別だ。税金も取り立てているし、戸籍にも登録させている」

「偉そうに世を見下ろしてるくせに、世俗とは離れたくないようですよ。賢者なんてよく自称しますよねえ。深淵の賢者なら賢者らしく、竜の背骨山脈の前人未踏なところで生活してはどうだと訊いたら、揃って首を横に振るんだから。連中が使う薬草は、山脈の中に住んでる方が簡単に採取できるのに」

「単なる情報屋で便利屋だ。それも予知に関しては神殿に神託を下ろさせた方が早いぞ」

「……。で、でも各国の主要都市にもあるって! でも見つけられないって!」

 関係のない内容の反論は、微笑でいなされる。

「ああ、只人には無理でしょうね」

 ふん、とアルトレイスが鼻を鳴らした。

「そんなもの、摘発どころか見つけられない方が間抜けなんだ。神秘でも何でもない。神を卸せるわけでもなく、精霊王の一体も従わせられない、あんな愚鈍な連中に誰が頼るか。目障り以外の何物でもないが、あんなのを掃除しているほどこっちは暇じゃない」

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