僕は裏庭の小池で哀しみを裏返す
僕は裏庭の小池で哀しみを裏返す。
とても治安の悪い路地裏で腕組みして考えた。
どうして退屈は窮屈なんだろうって。
ここに何もかもあることが、大切なものなんて彼らは一つも持っていないことの証明になるんだ。
姿を晒してよ。ありのままで。それは醜いことなんかじゃない。裸の君の指先から稲妻。
病に「それはそう」って頷かれたんだ。それはいくつもの色だった。
勝手に踏み込んでおいて骨が折れたとほざく×××どもは魔女のように焼かれてしまえばいい。
紙屑を抱いて眠る夜には、決まって君の夢を見るんだ。
長い長い梯子の上と下に僕たちはいる。その梯子は時々回転して僕たちの価値観を変える。
止まってくれることはない。振り落とされないように必死になっているうちに、僕は君を見失う。
ここはよく雨が降る。暗く冷たい雨が降る。
僕たちは原子にキスをしているんだ。
それは柔らかい君の唇だったり、うんざりするような黒板の落書きだったり。
視えなかった時代が羨ましいよ。今はなんだって明け透けさ。全部が硝子の中に浮かんでいる。ただし触れることはできない。なあこんな滑稽なことがあるかい?
すごく昔、僕らは叱られないように服を着た。歯を磨いた。嫌いな野菜を食べた。注射の痛みに耐えた。トイレに夜一人で行った。ママとパパの言うことはなんでも聞いた。
でもそうじゃない誰かがいる。またそうしなくてもよくなった僕たちがいる。それがたまらなく、つらい。お腹いっぱいのときに差し出されるきらめくプディングのように。
また一つ、できることが増えた。
また一つ、してないことが減った。
また一つ、したい気持ちが消えた。
ねえ、始まりはどこにあった?
僕たちのでもいいし、彼らのでもいい。
ねえ、終わりはどこに行った?
僕たちのでもいいし、世界のでもいい。
ああ、手を伸ばせば届く。立ち上がって、扉を開けて、靴を履いて歩いていけば、簡単に手に入るんだよ。どうしちゃったんだよ。どこに隠れているんだよ。あの時あんなに泣いていた君は。
繋がっていられることが嬉しくて、繋がっていられないことが悲しかった。僕らは意思をもったジグソーパズルのピースたちだった。
ここはとても乾いている。誰かあのうるさいエアコンを止めてくれ。
そろそろ麻酔が切れたかい?
なんてことはないよ、悪いところはすべて取り除いた。今の君には良いところしかない。最高じゃないか。
けれどモノクロの記憶が喋るんです、先生。
超音波には気を付けろって。
だからジェットコースターのようにゆっくり、もったいつけて、登っていく。
アクリルも、ベクレルも、テフロンも、ニフラムも、カムパネルラだってきっと。
どこまで行ったかなんて覚えてない。でも何があったかは覚えている。僕たちはその電子の流れを時間と呼ぶ。
一緒に回ってくれますか?
君に会えるなら携帯電話なんて要らない。
その銃で撃ってくれますか?
そうか二度と夜に扉が開くことはないから家の鍵は閉めなきゃいけないんだ。
近くて。遠いよ。とても。
どこにもいないよ。誰も。
キシリトールガムを銀色の包み紙の上に吐き出してみた。まるで夏祭りで掬った金魚の死体みたいに濡れていた。
外はアジサイの季節。雪が降っていて、砂混じりの強い風が吹き、稲穂が揺れる。川の向こうにアブラヤシ。隣にはキンモクセイ。君の部屋にはアネモネ。
初めてお酒を飲んだとき、僕は浜辺にいた。なんでもできる気がした。今も時々、そんな気になる。酔っていても、いなくても。
地質学者たちは言った。黙っていてくれて構わないと。嘘をつかれるのが一番困ると。真実はこちらで見つけると。
木漏れ日たちは言った。そこにいてくれて構わないと。本を読まれるのが一番困ると。物語はこちらで用意すると。
「お利口さんだね。えらいね。よく頑張ったね。いい子にしてたね。ちゃんとできたね。約束を守れたね。一生懸命やったんだね。弱音を吐かなかったね。すごいね。かっこいいね。優しいね。ありがとうね。花まるだね。金賞だね。一番だね。最後までやり遂げたんだね。よくやったね。えらいね。それじゃあご褒美になにが欲しい?」
「なにもいらないよ」
「そうなの?」
「なにもいらない」
「どうして?」
「そういうことじゃないからだよ」
「じゃあどういうことなの?」
「わからないんだ。
わからないんだよ。
わかってよ。
わかって。
わかって。
わかって」
「わかった。
わかったよ。
わかった」
「そっか。
そっか」
「うん」
「よかった」
(そして黒いカーソルは規則正しく明滅を繰り返した)




