そのあとのこと
そのあとのことを少しだけ語ろう。
ミナカは相変わらず。何事もなかったようにベジタリアンを演じている。執事のサマトリートにはバレているかもしれないと言っていたが、あいつは余計なことを口にするヤツじゃないから大丈夫だろう。誰だって秘密の一つや二つはある。ミナカの場合、それが極端に取り返しのつかないものだってだけだ。でも、それだって、サジンがあいつの傍にいる限り、道端に咲く花くらいの脅威しかない。つまり、泣けるくらいに平和ってこと。
サジンは一向に目覚める気配がない。ベジタリアンと植物人間なんて、どうにも趣味の悪い組み合わせだとは思うけれど、これは他ならぬサジンが望んだことだから、俺やミナカに文句を言われても困る。
サジンはミナカが好きだった。たぶん、俺よりもずっと。世界中の誰よりもミナカが好きな俺よりも、サジンはミナカのことが好きだった。過去形になってしまったことについては、今でも、違うやり方があったんじゃないかって俺は思う。ミナカも、言わないだけで、そう思っている。だから俺たちは小翠石を海に捨てた。俺たちにとって何より大事なことは、誰かを愛することより、世界を救うことより、生きることより死ぬことより、フェアであることだから。
そう、フェアだ。俺も、ミナカも、サジンも、現在進行形でフェアだ。
それだけは、断言しておく。
モミがどうなったのか、俺は知らない。ミナカは何かを聞いたらしいが、その情報はネットの外国語翻訳機能を通したみたいに掴みどころのない断片ばかりで、ほとんど知らないも同然だと本人が言っていた。あとは、ミナカが最終的にモミをどうしたいのか次第ってとこだろう。このまま自然消滅、ってのが俺の予想。まあ、モミに関しては俺の能力の適用外だから、アテにならん予想ではあるけども。
意外だったのはチッチだ。郊外でパーキィ屋を始めたって。そこ、笑うとこじゃねえって。本人は大真面目だ。リーリー叔父さんの知り合いにパーキィの職人さんがいて、そこに弟子入りしたんだそうだ。いつか自分の店を持つのが夢らしい。店の名前はもちろん『R・D・T』。ただし、翅のついてないほうの、な。
あと忘れちゃいけないのが、シウだな。シウは、まだ帰ってこない。生きてはいる。存在は途切れていない。ただ帰ってこないだけだ。元々シャイなやつではあったが、そろそろ、声を聞かせてほしい。気化するエタノールみたいな、あの澄んだ笑い声を。本当に。一年に一回のペースで構わないからさ。頼むぜ、シウ。
最後に、俺。
俺は、もしかすると、六人の中で一番変わったかもしれない。
病的にフェアなのはそのままだけど。あとは、ほとんど原型を残していない。
今ならミナカの嘘を見抜けるし、サジンの強がりに気付ける。モミのデタラメを信じられる。チッチの冗談で笑える。シウの告白を……いや、これは、今でも断るか。と、まあ、それくらいに。
素直になった。それは、愚直になった、とも言える。でも、それでもいいって思える。ちょっと前の俺じゃ考えられなかったことだ。
悪くはないぜ。もちろん。そうでなきゃ地上になんか帰ってこなかった。シウと一緒にどこまでも潜ってた。それでもフェアでいることはできた。
なのに、そうしなかったのは、どうしてだろうな。
実は今でもよくわかってない。
まあ、もはや急ぐ理由もないわけだし、ゆっくり考えようと思ってる。結論は出ても出なくても、どっちでもいい。要は自己満足の範疇だ。
能力は嘘のように(こんな巫山戯た言い回しができるのも今でこそだ)落ち着いている。たぶん、このまま少しずつ、消えていくんだと思う。パイプラインの上でミナカに殺されかけたときに理解した。何事も平衡。能力も、野菜の栽培も、人と人との関係も。
だが、もし。
もしもだぜ?
万が一、もう一度能力に喰われるようなことが起きたら、俺はどうするか。
決まってる。
『金髪はいい。ニーハイもいい。でも、八重歯の女だけは、絶対にやめとけ』
これをミナカに出会う前の俺に伝えるね。
ああいや大丈夫ダイジョーブわかってるよ。
それでも、俺は、ミナカを選ぶ。
ミナカ以外ありえない。
本当のフェアってのは、そういうことだ。




