オレは選ばれし者
セーブポイント。このアプリを使えば、何でもし放題だった。
最初の頃はイタズラ程度のカワイイもんだったが、次第にオレの中の何かが弾け、行動はエスカレートしていった。
気に入らないヤツがいたらその場でセーブし、気が済むまで殴り続け、終わったらロードして何事もなくすごす。
これはすごくストレス解消になる。前から気に入らなかった奴らは、一通り半殺しにしてやった。
いつも調子こいてる村上陽人の奴には、顔面に一撃繰り出してやったし、担任にもケンカ売ってみた。
女の子にもイタズラし放題。
クラスのお姫様、相良天音の胸を触った。
普通の人間ならできないことを、オレなら平然とやってのける。いや、オレだからこそ。
まあ、こういうのも次第に飽きてきて、今度はギャンブルに手を出してみた。
競馬の結果も、株価の動きも、すべて記憶し、前日のセーブデータをロードすれば、オレは億万長者だ。
だが不思議なことに、このアプリを知っているのはオレだけらしく、その上、アプリは何度検索しても二度とダウンロードすることができなかった。
そうか。と、そこで気が付く。
オレは選ばれたのだ。この世界でたった一人。オレだけが未来を知ることができる。
オレは預言者。
そして、数十年後。巨万の富を築いたオレは、豪邸をかまえ数人の愛人を作り、毎日をだらしなく過ごしていた。
そんなある日。地球に巨大な隕石が接近していることを知る。
直撃確実。地球が死の星に。災厄の日がやってくる。新聞の見出しはそんな単語のオンパレードだ。
オレは正直焦った。こればかりはいくら金を積んでも、時間をまき戻しても回避しようがない。
いや? 時間をまき戻して、金を積めば……例えば、一年前に戻って地下に強固なシェルターを作り、食糧を充分に備蓄しておけば……生き延びることができるのではないか?
シェルターがダメなら宇宙に脱出する方法もある。オレとオレの家族だけでも……せめて、子供だけでも。
オレの子供や孫たちは、人生のセーブもロードもできないんだ。
よし……まずは、ぎりぎりまで地球最後の日を迎え、隕石の爆心地を見極める。そして、爆心地から一番遠く離れた場所を割り出し、一年前に戻り脱出計画を練る。
そう思い立つと、オレは老いた体にムチを打ち、震える手で杖を突き、地上に出た。
地上に出ると、異変が一瞬で察知できる。すでに死を運ぶ隕石は、頭上にまで迫っていた。
早くしなければ。早く、早くしなければオレの愛した女が、息子が、娘が、孫達が死んでしまう。
隕石を観測している研究機関とのコネクションはすでに確立してある。ネットワーク経由で情報を得ることもできたのだが、今は人類最後の日。
まともに機能するはずもない。しかたがないので、直接出向き情報を得るしかない。
やがて研究所で正確なデータを得ると、オレはスマホを操作した。
今や骨董品同然の代物だが、こいつにしかセーブポイントが入っていない。長い人生の間、開発者を探して回ったが、ついには見つけることができなかった。
まあ、いい。さあ、一年前に戻ろう。
オレは震える手でスマホをタップしようとして――。
「しまった……」
間違えて、セーブしてしまったのだ……!
なんということか! なんということか!!
これでもう、望みはなくなった! もう、終わりだ!!
オレは研究所の外に出て、頭上に迫る忌々しい石ころを睨みつけた。
そして……全人類平等に、死が訪れた。
「……あれ?」
目が覚めると、そこはオレの……十代の頃済んでいた家の、自分の部屋だった。
「ロード、できたのか?」
時刻を確認すると、深夜二時を過ぎたところだ。日付も、あの日セーブポイントをダウンロードした日。
「……よかった」
よかった? いや、よくはない。遠い未来、地球は滅ぶ。それは間違いのない事実。
今のオレに出来ることは、何だ? オレの家族だけが助かるのを考えることか?
――違う。オレだけが唯一、未来を知ることができる。
きっと、自分のことしか考えていないバチが当たったんだ。今度こそ、あの日の先を、生きてやる……!
スマホを確認すると、そこにはセーブポイントのアプリはなかった。
夢だったのかもしれない。そう思いたい。だが、確かにオレはあの日、地球が滅ぶ様を見た。老若男女例外なく、死んでいった。
あれを夢とは思えない。思わない。
ならオレがやるべきことは一つ。
「父さん。オレ、科学者になりたいんだけど」
「はあ? お前。今、七月だぞ? エイプリルフールは四月だろうが、そんなことも忘れたのか、このバカ!」
「バカでもいい! オレは、どうしてもやらなきゃならないんだ!」
誰も信じてくれない。でも、それでいい。暗い未来を知り、絶望と戦っていくのはオレだけでいい。きっとオレは、選ばれし者なんだろう。
そして、オレは――。
あの日の先を、生きている。
地球に接近する隕石を破壊するプロジェクトを立ち上げ、無事に成功した。
この五十年は、無駄じゃなかったらしい。
オレは、地球へ帰還する宇宙船の中で、安堵した。
すでに体はいうことを聞かない。死もすぐそこに迫っている。
けれども。
自分の真下に広がる青い水の星を見て、満足だった。
今日も、今も、オレの子供たちはあの場所で生きていることだろう。
~『セーブポイント』 終~