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最後のコマンド入力

 真須美の葬式を終えて、私は式場の外で空を見上げていた。


「真須美……死んじゃったんだ……」


 まだ実感がわかない。背中を強く叩いてくるあの鬱陶しい笑顔が、もう見る事ができないなんて……。


「でも、どうして西の奴。自殺なんかしたんだろうな……葉山さ、ほんとに知らねーの?」


「うん……私が聞きたいぐらいだよ……」


 空を見上げていた私に、クラスメイトの花岡充くんが語りかけてきた。花岡くんは、真須美と仲がよかったから、自殺の理由が気になっているのか。


「悪い。嫌なこと聞いちまったかな? オレ……もう行くよ」


「うん。さよなら」


 花岡くんは背中を見せ、去って行った。


「自殺の理由、か」


 真須美が自殺したというのは、間違いないらしい。警察が調べたところ、遺書の筆跡鑑定は真須美本人のものらしいし、自殺現場である真須美の部屋も、別段不自然なところはなかったという。


 正直なところ、どうしていいのか解らない。今まで溜め込んでいた怒りと憎しみのベクトルは、行き場を失って私の中で消えつつあった。


「美月ちゃん」


「るる? どうしたの?」


 るるが私の側にやってくると、抱きついてきた。


「やだよ……真須美ちゃん……もう会えないなんて……やだぁ……」


「るる……」


 るるは式場でずっと堪えていたのか、私の胸の中でダムが決壊したように泣き出した。


「う……ぁ……うう……」


 るるは、純粋に真須美のことを親友として慕っていた。私とは違う。


 私は……涙さえ出ないでいる。私にとって真須美は、その程度の存在だったのだろう。


 でも。


 真須美がいなければ、今の私はなかったかもしれない。私は真須美を憎むことで、そのエネルギーを勉強する原動力に変えてきた。


 何を今更……けれど……すべてがマイナスの思い出ばかりというわけでもなく、本当に少ないけど、表も裏も、打算も駆け引きもなく、本気で笑い合った時期もあった……。


 私は、本当は……真須美を許したかったのかも、しれない。


 ただ唯一の不幸は、同じ人を好きになってしまったことだろう。そこから全てが狂いだした。


 ごめん、真須美。


 あんたがいなくなって、ようやく気付けた気がする。


「……やめておけば……よかった……」


 るるに未だ泣きやむ気配はない。


「るる。私はずっと、るるの親友だから、ね?」


「うん。美月ちゃん……ありがとう」


 気が付くと、空も泣いていた。大粒の雨が私とるるに降りかかる。


 そのとき、私の頬を滴が伝いそれが唇を濡らした。


 ほんの少し、しょっぱい。


 けれどもそれはすぐに雨粒と混ざり、地面に吸い込まれて行った。


「行こう、るる。風邪引いちゃう」


「うん……あ!?」


 るるが転んでしまった。その拍子に、るるの携帯が地面を転がっていく。


「るるの、るるの携帯!!」


 るるはまるで別人のように、すさまじい形相で携帯を追いかけた。だが、運の悪いことに、携帯はドブに落ちてしまい完全に使い物にならなくなっていた。


「ちょうどよかったんじゃない? ほら、これを機会に機種変したら――」


「何バカなこといってるの!?」


「――え?」


 それは、るるが私に初めて見せた怒りの感情だった。


「あ……ご、ごめんなさい。いきなり大きな声出しちゃって……」


「う、ううん」


 だが、すぐいつも通り気弱なるるに戻ると、携帯を抱きしめてうつむいた。


「この携帯には……真須美ちゃんの思い出が詰まってるの……だから、手放したくないの。思い出は、もうここにしか、ないから……」


「そっか……。とにかくさ、中に戻ろう。風邪ひいちゃうし、ね?」


「うん」


 そして、真須美がこの世を去って一月が経った頃。


 私は流星くんの彼女になっていた。真須美には悪いと思ったけど……打ちひしがれた彼を放っておくことができなかった。


 慰めているうちに……そういう関係になってしまったのだ。


 流星くんにとっては、悲しみをまぎらわせるだけの存在かもしれないけど……私はそれでもいい。


 流星くんと一緒にいられるだけで、幸せだから。


 その日も、私は流星くんを慰めてあげた。……色んな方法で。


 学校から帰ると、ママが私の小学校の頃のアルバムを眺めていて、涙を流していた。


 ママにとっても、真須美は特別な存在だったのだろうか。


「真須美ちゃんが亡くなって、もう一ヶ月が経つのね……時間が流れるのって、本当早いわよね」


「うん、そうだね」


「小学校の頃は、あなた達二人、とっても仲が良かったわね。仲良し二人組みで」


「もう、ママ。るるを忘れてる。私と真須美、るるを入れて仲良し三人組でしょ?」


 そのとき、ママは小首を傾げた。


「るるちゃんって……そんな子、いたかしら?」


「え?」


 何を言ってるの?


「ほら、小学校のとき同じクラスで――」


「どこにもそんな子、いないわよ」


「貸して!」


 ママはボケてるのだろうか? 多少イラつきながらアルバムをめくるが、どこにも……どこにもるるの姿がない。


「遊園地にも一緒にいったはずなのに……映画にも行ったし、真須美に連れられて、三人で渋谷にも行った……なのに、どうして……るるが……いないの?」


 おかしい。おかしい。おかしい。


 私は不安になって家を出ると、自転車にまたがってるるの自宅へ向った。


 真須美だけじゃなく、るるまでいなくなったら……私は一人になる。孤独は……嫌だ!


 失ってみて、本当に価値が解るもの……か。


 真須美もるるも、私にとってかけがえのない存在だった。


 信じられないくらいペダルを繰り出して、私は真壁家の前に着た。


 息を整える間もなく呼び鈴を鳴らす。


『はい、真壁でございます』


 おばさんの声だ。


「あ、あの。るるちゃんのお友達の美月です。るるちゃん、いますか?」


『るる? うちには息子しかおりませんが……』


「え? いるでしょう! 私、何度もるるちゃんとお宅で遊んだんですよ!」


『そもそもあなた、どちら様? いたずらなら、警察呼びますよ!』


「ちょ、ちょっと――」


 プツリ、と音声は途絶えてしまった。


「何なの? どうして誰もるるのことを覚えてないの!」


 私は憤慨して、真壁家の門を蹴り付けようとした。


「当然だよ。だって、真壁るるなんて子はいないんだもん」


「え?」


 後から声がして振り向く。そこには、るるがいた。


「るる!? もう、どうしたのよ! 心配したんだよ!」


 私はるるに近付こうとしたが、一歩を踏み出して、それ以上進めなくなった。


 明らかな違和感。そこにいるのはるるのはずなのに……何か別の存在のように思えた。


「……まだ気付かないの?」


「え? るる……あなた、何を言ってるの……」


「私は真壁るるなんかじゃない。そう言ってるの」


 るるは、今まで見せたことのない大人びた笑顔で、私を見ていた。


「るるは、るるでしょ?」


「ま、記憶も含めて色々コントロールしてたから、無理もないのかな?」


「コントロールって、何を言って――」


 るるはまるで印籠のように、スマホを私の鼻先に突き出した。


 ところどころ汚れているが、それはこの前、ドブに落としてしまったるるの携帯だ。


「二年間。短い間だったけど、友達ごっこができて楽しかったよ、美月ちゃん」


「え? え?」


「コントローラー。私があのアプリをダウンロードしたのは、今から二年前。あの日以来、私は孤独じゃなくなった」


「な、何を言ってるの?」


「あなたもコレを、ダウンロードしたんでしょ? 私は、二年前にダウンロードして……真壁家の人と、その周りの人をずっとコントロールしてきた」


「え」


「楽しかった。本当に。あなたの友達になれて、よかった」


「るる、ウソでしょ? そのアプリで、ずっと……ずっと……私をコントロールしてきたっていうの!?」


「本当なの。でも、もうおしまい。私が真須美ちゃんを殺してしまったから……『自殺』コマンドを入力して」


「そ、そんな……」


 るるは、真顔で……いつまでたっても真顔で、いつもの可愛らしい小動物みたいな笑顔を見せてくれなかった。


「どうして、真須美を?」


「私もね……好きだったんだ、流星くんのこと。だから、真須美ちゃんさえいなくなれば、流星くんは私の事、好きになってくれるんじゃないかって、思った」


 真顔だったるるの顔が、だんだんと生気をなくしていって……震えだしたかと思うと、その場にうずくまって泣き始めた。


「でも! 私は間違ってた! 真須美ちゃんを殺して、初めて友達を失うことの怖さを、自分の犯した罪に気付いたの! だから……もう全部終わりにするの」


「何をいってるの、るる!」


「コントローラーで、私に自殺コマンドを入力して。私、美月ちゃんに殺されるのなら、構わない。天国に行って、真須美ちゃんに謝ってくるね」


「バカ言わないで! るるのやったことは到底許されることじゃないよ! でも、でも、親友を殺すのなんて、私にはできないよ……。だって、私達仲良し三人組でしょ?」


「美月ちゃん……」


 私はるるに駆け寄ると、るるの頭をそっとなでた。


「それは、ウソの記憶なんだよ? 私がコントロールした記憶……なんだよ?」


「それでも! それでもるると一緒に過ごした時間は本物だったよ? るるのことを妹みたいに可愛がっていた私の気持は絶対にニセモノなんかじゃない」


「み、美月ちゃん……。ダメ! 私は死ぬべきなの! だから、殺してよ! 殺してくれないなら、私が自分で……!」


「るる……わかった。そこまでいうなら、もう……」


 私とるるは同じなのだ。ただ、踏み出してはならない一歩を踏み出してしまっただけ。


 るるは、その罪を受け入れなければならない。


 私は、ポケットからスマホを取り出すと、コントローラーを起動し、るるをカメラに収めた。そして、コマンドを入力した。


「るるは、裁かれるべきなんだよ。だから――」


 たった一つのコマンド。『生きる』を。


「生きて欲しい。私も真須美を殺そうと思っていた。私もるると同じなの……一緒に、罪を背負って、生きよう? 私達、親友なんだから。半分ずつだよ。辛いことも、楽しいことも、罪も、罰も」


「美月ちゃん……ありが……とう」


 るるは、久しぶりに小動物のような笑顔を見せて、泣いた。


 ~『コントローラー』 終~

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