殺意が芽生えた日
「美月ちゃん、おはよう」
「おはよう、るる」
翌朝。登校途中でもう一人の親友、真壁るるに出会った。
るるは小さな体と病気がちなこともあって、守ってあげなきゃいけないオーラを体中から発している。
真須美と違って、この子のことは本当に親友だと思っている。素直で優しく大人しい、いい子だからだ。
私には兄弟がいないから、本当の妹みたいに可愛がっている。
「なんだか今日はごきげんだね? 何かイイコトでも、あった?」
「ん? るるには解っちゃうか。実はね、ずっと欲しかったモノを手に入れたんだ」
「そうなんだ。よかったね」
るるは私を見上げながら優しく笑った。が、余所見をしていたせいか、盛大につまづいてしまう。
「るる!?」
「だいじょうぶ、だよ」
「ほんと、るるはドジなんだから。あ、携帯落ちてるよ」
転んだ拍子に落としてしまったのか、るるのスマホが地面に落ちていた。
「けっこう使ってるよね。それ? もう2年くらい? 機種変しなよ。さすがにその型はもう古いでしょ」
私はスマホを拾うと、るるの小さな手に乗せた。
「あ、うん。でも……これ、気に入ってるから。これでいいの。るるはこれがあれば幸せになれるから」
夏の太陽よりもまぶしく笑うるる。その笑顔に私は癒される。
るるが側にいると、それだけで空気がやわらぐのだ。
同時に……優越感に浸ることが……保護者ヅラができる。それがるると一緒にいる最大の理由であった。
「ちーっす」
「あ、真須美ちゃん。おはよう」
「真須美、おはよう」
真須美が後から走ってきて、私とるるの隣に並ぶ。これで仲良し三人組がそろった。
「ねーるるぅ。今度るるの家でテスト勉強しね?」
「え? 家で……うん、いいけど……」
「やったあ! るるの家、デカイから居心地いんだよねー。美月先生。ご教授よろしくー」
「はいはい。真須美には厳しくしますからね」
決して口に出すことはなかった。けど、私は知っている。私達三人は、それぞれを見下し合っていることに。
真須美は私にルックスの面で見下し、私はるるを子供扱いして見下し、るるは真須美を貧乏人として、それぞれ見下している。
それぞれが持つコンプレックス。自分より下がいるのだと思うことで安心し、密かに優越感を得て、心の安定を図っている。
でも、真須美はそれが露骨なのだ。その上……よりにもよって――。
「よう。お前ら相変らず仲いいなー」
「あ、流星くん。お、おはよう」
真田流星くん。中学二年のときクラスが一緒だった男の子だ。
その流星くんがあくびをかみ殺しながら、私たちの横に並んだ。
「りゅーせー!」
「お!? と、朝からなんだー? 真須美。人が見てるっての」
真須美は流星くんを見るやいなや、腕に絡み付いて密着した。
「いいじゃーん。あたしら付き合ってるんだしさ」
「時間と場所考えろっての」
流星くんは、真須美の彼氏。中2のときに付き合い始めて、そろそろ2年になる。
もう、2年になるのだ。私が真須美に殺意を覚えてから。
「いこ、りゅーせー」
「て、おい? 友達はいいのかよ?」
「りゅーせーが最優先! ほらいこいこ! じゃね、美月、るる」
真須美は強引に流星くんの腕を取り、さっさと2人で行ってしまった。
「……真須美ちゃん、流星くんとうまくいってるんだね」
「そう……ね」
「るる、この前見ちゃったんだ。その、真須美ちゃんと、流星くんが……してるところ」
「え? してるって……何を?」
るるは、真っ赤になってうつむいた。
真須美への殺意がまた一段と濃くなった気がする。
私も好きだったのに。私の初恋だったのに。流星くんが……。
2年前。私は流星くんに恋をした。
そのとき真須美は真剣に、私の恋の悩みを聞いてくれたのだ。あの時は真須美が親友でよかったって、思った。
けれど、いざ告白するぞという段階に来て、流星くんは真須美に告白した。
真須美は流星くんのこと、好みじゃない。って言っていたから……てっきり断るものだとばかり思っていた。
けれども、あっさりと二人は結ばれてしまった。
最初はへこんだけど、二人を祝福してあげようと、前向きに考えていたのに……真須美は……。
『あいつ、金持ってるから付き合ってやってんの』
という、くだらない理由で彼を束縛しているのだ。
でも、許せないのは、その後……。
『飽きたら美月に譲ってあげるから!』
と、信じられないことを口走ったこと。
流星くんを弄ぶなんて。なんて恥知らずで、自分勝手な女なんだろう。
真須美を殺そうと決意したのは、その時だった。そして、今。私には手段がある。
『コントローラー』という、完全犯罪のツールが。
だが……それは結局行動に移せなかった。
良心が痛んだからでもないし、臆病風に吹かれたからでもない。
真須美が自殺したからだ。