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秩序の崩壊

「お兄ちゃん、おはようございます」


「うん、おはよう」


 朝の住宅街で、中学生くらいのかわいい女の子が俺にあいさつをしてきた。


「お兄ちゃん、おはよう!」


 今度は小学生くらいの女の子が、小さな体で元気いっぱいのあいさつ。


「おはよう」


 どっちも知らない子だ。当然、俺の妹じゃない。てゆか、そもそも一人っ子だしな俺。


「おはようございます、お兄ちゃん」


「ああ」


 普段から疑問だったんだ。父の日や母の日はあるってのに何で、兄の日はないのかって。


『今日、1月20日は兄の日です。年上の男性を感謝し敬う日。ご覧ください。街中の女性が皆一様に、男性をお兄ちゃんと呼ぶ姿が、多数見受けられます』


 スマホのワンセグでニュース番組を見ると、どこかの街中の中継が映し出されていた。


 そう。俺が新たに制定した4つ目の法律。それは、年上の男性を敬いお兄ちゃんと呼ぶなければいけない『兄の日』だ。


 さすがにスク水感謝の日の二の舞はごめんだからな。お兄ちゃんと呼ぶのは年上の男性。すなわち。そこらのばあさんに『お兄ちゃん』だなんて呼ばれて、背筋が凍るような思いはしなくて済む。というわけだ。


 しかし、これで4つ目のテキストボックスも埋まっちまった。すでに5つ目も作ってあるんだけど、よくよく考えてみれば、なんてもったいのないことをしたんだろう、と後悔してしまう。


「残りの人生を考えれば、もうこれ以上安易に法律は作れないな」


 すでに作ってしまったツインテール記念日を消そうと思っても、テキストボックスを編集できない。つまり、残りは1つだけ。


「とりあえず、しばらくは大人しくしてるか」


 兄の日は祝日という設定にしてあるので、今日学校は休みだ。街中からDQNの姿もなくなった今、まさにTHE平和。である。


「リア充確認! 爆破を許可する!」


 ところがTHE平和は、突然現れた武装警官たちの足音で吹っ飛んだ。


「な、なんなんですか!! あなた達は!?」


 バス停でいちゃついていたバカップルが、数人の警官に銃口を向けられ青い顔している。


「カップル解消までの猶予を与える!! 爆破装置起動まで、あと10!」


 警官隊の隊長らしき人が、タイマーの付いた白い物体をバカップルの前に突き出し、秒読みを始めた。


「9! 8! 7! 6!」


 カウントダウンが進むにつれ、バカップルは互いの体を抱き合う力を強めていく。


「5! 4! 3! 2! 1!!」


 0。と言いかけた警官の声を遮ったのは、女が男の顔面を平手打ちした音だ。


「あんたなんか大嫌い!! 殺されるくらいなら、別れたほうがマシよ!!」


 男は何が起こったのかわからない様子で、口を大きくあけてぽかんとしている。


 女は涙を流しながら、男から逃げるように走り去った。


「カップル解消確認! 爆破取りやめ! 撤収!!」


 警官たちはその様子を見届けると、足早にその場を去っていき再び静寂が訪れる。


 これが俺の制定した5つ目の法律。リア充爆破の刑。


 公共の場でいちゃつくリア充はプラスチック爆弾で爆破してもよし、という法律だ。爆破までのカウントダウンの間に別れれば、刑を免れることができる。


「いい世の中だぜ、ハハ」


 俺はバス停のベンチに腰掛けると、シックスコードを起動した。


 最後の法律、か。俺の頭の中に候補はいくつかある。その中でも有力なのが、広岡性の人間は一生遊んで暮らせる金額を国から支給される。っていうやつだ。


 こいつを6つ目にすれば、とりあえず俺は一生金に困らずに生きていける。


「最近、変な法律が多いですね。ツインテール記念日とか、スク水感謝の日とか、兄の日とか」


「は?」


 見知らぬ女子高生が俺の隣に腰掛け、そう言った。見た目はかわいいんだけど、なんだか暗い感じの子だ。


「昨日施行された、不良を死刑にするだなんて法律も、狂気の沙汰としか思えないです。いったい、誰がこんなめちゃくちゃな法律を作ったんでしょう?」


 彼女は俺の目を見るでもなく、発着するバスを見ながらまるでひとりごとのようにそう言った。


「さあ? 俺にもわからないよ。政治家の考えていることなんて」


「ですよね。ごめんなさい。何だか最近、おかしなことばかり起こるから……」


 彼女はしゅんと落ち込むと次の瞬間、意を決したように俺の目を見た。


「その制服……あの、お兄ちゃん。あなたの学校の2年生に田村っていう男子がいるんですけど、知っていますか? その、ちょっと怖い感じの」


 今日は祝日で休みなんだけど、いつもの習慣で制服を着て学校に向かっている。学校にいけば一年生の女の子にお兄ちゃんと呼んでもらえると期待していたからだ。


「え? ああ……同じクラスだよ」


 俺をお兄ちゃんと呼ぶことから、彼女は年下なのだろう。ていうか、田村ってあの田村か?


「本当ですか!? あの、その……教えてほしいんです。学校でどんな感じだったのか。好きな人はいたのか」


「別にいいけど、君。田村の何?」


 まさか、田村の彼女とかじゃないだろうな。あの野郎、こんなかわいい子と付き合ってやがったのか。


「田村かりん……妹です。昨日、兄が学校で射殺されたって聞いて……最初は信じられなかったんだけど、でも……変わり果てた兄の姿を見て……」


「君が、田村の妹?」


 知らなかった。田村にこんなかわいい妹がいたなんて。


「絶対おかしいですよ! こんな法律!! そりゃ、お世辞にも兄はいい人じゃありませんでした。見栄っ張りで、バカで、いつも私のこといじめるし。でも……血の繋がった、兄なんです」


 かりんの瞳は赤く充血しており、大きな瞳から涙が溢れ出る。


「そうか……」


「友達も、ツインテール記念日にポニーテールだったからって、射殺されました。近所のお姉さんも、結婚間近だったのに爆破されて……。昨日は雪が積もるほど降ってたのに、スク水感謝の日でみんな風邪ひいちゃったし……」


「……そ、うか」


 何だよ、俺のせい。だってのか?


「私、こんな法律を作った国が許せない! 絶対に間違ってる!」


 俺のやったことが、許せない? いやいや! 住みやすくなったはずなんだ。この世界から理不尽と不条理は消えたはず……なんだ。


 なのに、何なんだよ。


「う……ひっく……どうして」


 何でこんな、胸の奥が痛いんだよ。田村はクズだ。あいつがこの世から消えて喜んでる奴だっているはずだ。スク水感謝の日だって、男たちはみんな喜んでたじゃないか!


「……お兄ちゃん……もう一度、会いたかったよ……」


 けれど、同時に……悲しんでる奴もいるのか。俺にとって田村はクズでも、かりんにとってはたった一人の兄貴だったってことだ。……俺は、間違っていたのか?


「かりんちゃん、だっけ? 大丈夫だよ。もう変な法律はなくなって、元の住みやすい国に戻ると思うから」


 偽善者なのかもしれない、俺は。いや、お調子者の単細胞なのかもな。


「え?」


 かわいい女の子が目の前で泣いてるってだけで、俺は簡単に心を入れ替えちまう。いやもちろん、下心ありまくりだ。けど案外、人間ってそんなもんか?


 自分に関わりがない他人と、自分にとって好意を向けた存在。特別かそうじゃないかってだけで。


「もう泣くなよ。俺が全部終わりにしてやるから」


 俺はスマホを取り出すと、画面に映る6つ目のテキストボックスを見た。


 削除はできない。なら、上書きすれば……すべてなかったことにすれば、これ以上の悲劇は起こらないだろう。とはいっても、死んだ田村が戻ってくるわけではないが。それでも……これ以上の被害は出ないはず。


「全ての法律を、なかったことにすれば……また元通りだ」


 俺は6つ目のテキストボックスに、全ての法律を無効化する。と、書き込んだ。


 その刹那――。


「いやああああああああああ!!」


「え?」


 街角でホームレスらしきじいさんが若い女を地面に押し倒し、スカートをめくりあげようとしていた。


「な、何やってんだあのじいさん。おい、誰か止めろよ!」


 ところが、だ。周りにいる人間は誰も止めようとしない。それどころか、中年のおばさんがその女が持っていたバッグを奪い去って行った。


『緊急速報です。政府は、たった今から全ての法律を無効化することを発表しました! 繰り返します! 政府は、全ての法律を無効化することを発表しました!』


 誰のかわからないが、ワンセグかラジオか何から消えてくるニュース速報に、俺は一瞬我が耳を疑った。


「え?」


『これにより、何をしても罪に問われません! 刑務所に服役中の犯罪者達が次々と釈放されたとのことです! また、ちまたでは強盗事件や傷害事件が連続で発生しており――』


「まさか? いや、でも……俺か? 全ての法律を無効化するって……」


 しまった。そうか、俺の頭の中じゃ、シックスコードで制定した法律だけのつもりだったけど……どうやら、元から存在する日本の法律そのものを……俺は無効化しちまった。ってことか?

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