降ってきたお手軽完全犯罪
「美月ー。数学の宿題見せてよー」
「え。真須美……また?」
登校してすぐのことだった。私、葉山美月は机の上に鞄を置くと、小学校からの友達……西真須美に背中を強く叩かれた。
真須美は校則違反が制服を着ているような子で、茶に染めた長い髪と、同性の私が見ても、明らかに短すぎるスカートをはいている。
「あたしら、親友っしょ? いいじゃん。それぐらいー」
親友。私と真須美、それにもう一人真壁るるという子を加えた三人は、小学校からずっと一緒の仲良し三人組。
私は笑顔で数学のノートを真須美に差し出した。親友なのだから、当然だ。
「ほんと、真須美はしょうがないね」
いつも思う。
「ありがと美月! 美月ももうちょいオシャレしなよー。そんなダサイかっこしてないでさー。キャハハ!」
真須美がうざい。軽すぎる頭に、脳ミソがちゃんと入ってるのか謎だ。
「あ、そだ! 英語もやってなかった! やばやば! ねえ、美月?」
祈るように可愛らしくおねだりする真須美。バカな男はこれで落ちる。真須美が持つ得意技の一つだった。
「真須美ったら……はい」
いつも思う。
「そっこーで写すから! あーほんと助かったー。美月が勉強できてー。美月は勉強しか取り得ないもんねー。キャハハ!」
真須美を殺したい。もっとも残忍かつ、完璧な方法で。
「勉強以外にも取り得ならあるもん。真須美、意地悪だね。もうノート見せてあげないよ?」
だが、私は笑顔のまま続ける。殺意は常に笑顔の下に隠し、本心は見せない。
「わー! ごめん! 冗談! 美月許して! あたし、美月に見放されたら生きていけない~」
涙目になる真須美だが、これはウソ泣きだ。
「冗談だよ。そんなことで怒ったりしないもん。私達、親友だもんね」
真須美はいつか、私が殺してやる。その為の計画をずっと前から錬っていた。
けれど、完全犯罪というのは中々難しい。
そんな時偶然手に入れたのが、スマートフォンアプリ『コントローラー』だった。
簡単に説明すると、人間を操作できるアプリだ。しゃべらせたいセリフがあれば、文字を入力してしゃべらせることができるし、感情もコントロールできる。記憶すらも、だ。
試しに私は、ママをコントロールしてみた。
アプリを起動して、ママをカメラで撮影する。これでコントロールが可能となる。
次にコマンドを入力。『トレード』を入力してみた。さらにセリフで、『美月ちゃんお小遣いよ』と、入力。
「美月ちゃんお小遣いよ」
コントロール成功。ママは何がなんだか解らない様子で、財布を手にして私に近付いた。
最後にトレードの金額を入力。そうだな……とりあえず、1万円もらっておこうかな。欲しい参考書あったし。
「え? ママ、1万円も、いいの?」
「ち、違うのよ。なんだか解らないけど、体が勝手に――」
そこですかさずセリフを入力。『可愛い美月ちゃんのためなら、いくらでもあげちょうわよ。ママ、太っ腹なの。お腹もこんなに出ちゃってるの。すっかりメタボね』。
「可愛い美月ちゃんのためなら、いくらでもあげちょうわよ。ママ、太っ腹なの。お腹もこんなに出ちゃってるの。すっかりメタボね」
ママはそう言って、お腹を出して笑った。
「や、やだ。何これ!? 私ったら、なんでこんなこと!」
「どうしたの、ママ!? 大丈夫? 今日はもう休んだら? 晩ご飯なら、カップラーメンかコンビニのお弁当でもいいから」
「そ、そう? ごめんね美月ちゃん……ママ、今日はもう寝るわね……」
ママは心配する私を愛しそうになでると、寝室に消えた。
まあ、そうコントロールしたのは私なんだけどね。
「1万円ありがとう、ママ」
私は戦利品の1万円札をスカートのポケットにねじ込むと、飛び跳ねそうなくらい笑い転げた。
「あははは! これ最高! これがあれば……すべてが思い通りになる!」
検証終了。使えるわ……これ。
これなら真須美を殺せる。コマンドで『自殺』を入力してやればあら簡単、完全犯罪のできあがり。
カップラーメン並みのお手軽犯罪だ。
でも、そんな簡単に真須美を殺してやらない。恐怖と苦痛を与えた上で、真須美の大事な物を目の前で奪って、殺してやるの。