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俺が法律だ!

 法令順守の世の中だろ? なのに一体どーなってんだよ、これ。


「ギャハハハ! あーやべ、むーちゃんの話聞いてたら、俺も交尾したくなってきちゃった。俺もう、3日もヤってねーし」


 駅の階段に5、6人の大学生くらいの若い男が横一列に座っていて、階段を下りる人も上る人も迷惑そうな顔をして、隅っこを移動している。


 ――邪魔なんだよ。


 駅前にあふれるDQNの群れに、俺は心底むかついていた。けど、それだけじゃない。


「やーねー。ほんと、うちの主人も最近体臭がキツクって……ヒヒヒ! そうよねえ、家になんかいないで、毎日仕事に行ってくれればいいんだけどねえ、もう、うっとうしいったら、ないわよねえ」


 道のど真ん中で井戸端会議中のおばはん軍団の声は、騒音被害で訴えていいレベル。あと、息が殺人的に臭いのも勘弁して欲しい。旦那が体臭なら、てめーは口臭だ。歯肉腐ってんじゃねーのってくらいにやばいよそれ。歯医者に入院しろババア。

 

 ――周りの迷惑考えろよ。


「どけ、邪魔だ。学生のくせにぼーっとしやがって!」 


「いて!」


 俺は急に後ろからスーツ姿の禿げたおっさんに突き飛ばされた。


「忙しい大人の邪魔をするんじゃない! まったく、最近の若い奴は……」


 大人なら偉いのかよ。学生のクセにってなんだよ。ふざけんなよ、学生だって忙しいんだぞ!


 ――なんて自分勝手なヤツなんだ。


「くっそ野郎どもが……!」


 なんなんだよ。どいつもこいつも!


 こんなふざけた連中、野放しにしておいていいのかよ。なんか取り締まる法律とかないのかよ! 働けよ、国家権力!


 一日でここまでむかついたのは初めてだ。チクショウ。


 俺は目の前の電柱に蹴りを入れると、バイト先のコンビニを目指した。


「こんちはー」


 バイト先の休憩室に入ると、俺はバイト仲間にあいさつをして着替えを始める。


「うっす」


 俺は自分用のロッカーに荷物を直し制服を取り出すと、店内に出た。


「おっす、広岡」


 レジに入っていたバイト先の先輩が軽く手を上げて、俺に手招きしてきた。ちなみに広岡は俺の名字で、下の名前は靖之だ。広岡靖之、それが俺のフルネーム。まあどうでもいいか、俺のことなんざ。


「何すか?」


「お前、タイミング悪いときに来たなー。また来てるぜ、例のハムカツババア」


「うわあ」


 たぶんこれはコンビニに限らない話だろうと思うけど、お客さんの中には特定の時間に来て、特定の商品を買っていく人がいる。


 そしてその中には、あまり相手にしたくない奴らもいる。


 臭いおっさんしかり、無駄に話かけてくるじーさんばーさんしかり、面倒な注文ばかり付けてくるクレーマーしかり。


 で、今来てるハムカツババアというのは、ハムカツと幕の内弁当を毎日17時に買いにくるおばさんだ。


「マジやべーよ。もうハムカツ切らしてるよ。あー、やばいぞーこれは」


 先輩がおろおろして、どうしようかさまよっている。から揚げとかの揚げ物を入れておくケースを見ると、ハムカツの棚だけからっぽだ。


「げ、こっち来た。おれ、休憩入るから後頼むわ。それじゃ!」


「ちょ、先輩!」


 先輩が逃げるように奥の休憩室へ消えて行って、俺はレジに一人取り残される。


 逃げやがった、あいつ。


「いらっしゃいませー」


 むわっと異臭がレジまで漂ってきて、正直吐きそうになる。正直なとこ、風呂入れよババアと叫びたくなるがここは我慢だ。


「ハムカツ」


 おばさんはカウンターの上に幕の内弁当を乱暴に乗せると、無愛想な声でそう言った。


「すみません。ただいま切らしておりまして……」


「はあ!? ふざけんじゃないよ! わざわざ買いに来たってのに、無いだって!?」


「すみません」


 クソババアが。


「店長出してよ! あんたなんかクビだよ、クビ!!」


 お前なんかにそんな権限ねーだろ、と心の中で叫びながら頭を深く下げる。大丈夫だ。こいつはとりあえず頭さげときゃやり過ごせる。今までもそうだったし。


「頭下げりゃなんとかなるとでも思ってんのか、お前? いいわ。お客様相談室に電話してやるから」


 けれど、頭上から降り注いだ声はいつも以上に怒気を含んでいて、今にも爆発しそうな雰囲気だ。


「え? あの……」


 頭を上げて見ると、おばさんは携帯を取り出して、ボタンをプッシュしながら俺をゴミみたいに汚い物を見る目で見下ろしてきた。


「お客様は神様なんだよ。わかるか、クソガキ? あたしの目の前で土下座しろよ、ほら!!」


「土下座って……そんな」


 いくらなんでも、それはやりすぎだろ。


「なんだよ、その反抗的な目は!?」


 お客様は神様だと? てめえはどっからどう見ても疫病神じゃねえか。ふざけんなよ。店側にだって、客を選ぶ権利くらいあっていいはずだ。


「いくらなんでも、それは言いすぎじゃないですかね?」 


「ああ?」


 駅を出てからのこともあって、俺の中で許容できる怒りの範囲はとっくにオーバーしていた。 


 なんなんだよ、この世の中は! 何でこんな理不尽なことばっかり起こるんだ!


「ちょっとハムカツないからって、吠えてんじゃねえよ! ババア!! ぶっ殺すぞ!!」


 一瞬目の前が真っ白になって、俺の中で何かが弾けた。


「だいたいてめえ、臭いんだよ! 豚みたいに太りやがって、そんなお前がハムカツなんか食ったら共食いだろうが!」


「な、な、な、何だって?」


 だめだ、止まらない。


 おばさんは怒りのあまり顔を真っ赤にして絶句している。


「お前みたいなクレーマーは死刑だ、死刑!!」


 ああ、だめだ。楽しい。


「お、おい。やめろって広岡。お客さんに謝れって!」


 さっき逃げていった先輩が、俺の頭を無理矢理下げさせようとしてきた。


「お、覚えてろよ。お前。広岡だな? こんなことして、絶対にただじゃ済ませないからな!!」


 おばさんは顔を真っ赤にすると、なんとも死亡フラグビンビンなモブのセリフをはき捨てて逃げていった。


 ……いや、死亡フラグが立ってるのは俺か。これはクビかな? ま、いいかどうせバイトだし。


「広岡。お前ちょっとこっち来い。俺は今のこと、店長に連絡するから」


「……はい」


 俺は間違ってなんかいない。間違っているのは、こんな理不尽を許す世の中なんだ。こんな世の中を取り締まっている法律だ。


 そうだよ。この国の法律がおかしいんだよ!


 なんとかならないのかよ! 法律を変えることとか!


 ロッカーの扉を思い切り蹴ると、その拍子に胸ポケットからスマホが零れ落ちた。


「次のバイト、探すか……ん。なんだこれ?」


 ブラウザを立ち上げようと画面のロックを解除すると、見慣れないアプリがインストールされていた。


「シックスコード?」


 辞典のグラフィックをしたそいつをなんとなく立ち上げてみると、説明文が表示される。


 この世の中には正しい法律が必要です。あなたの周りの理不尽や迷惑を取り締まる、絶対遵守の6のルール。


 やり方は簡単! 6つのテキストボックスにあなただけの法律を作ってしまいましょう。また、この法律を破った場合の罰則を設定することができますよ。


「俺だけの、ルール? 理不尽や迷惑を取り締まる……」


 面白いな、このアプリ。あくまでジョークアプリとしては、だけど。


 説明文をざっと読んだ感じ、自分だけの法律を作ってそれを他人にも適用させる。ってとこか。罰則も自由に設定できるみたいだが……。


「せっかくだし、一回くらい付き合ってやるか」


 熱くなった頭を冷やすには、ちょうどいいかもしれない。1つ目のテキストボックスに何か適当に書き込んでやろう。


「そうだな……じゃあ、今日を何かの記念日にでもしてやるか。うーん。そうだなあ」


 なんとなく室内を見渡すと、少年漫画のコミックスが机の上にあった。誰かの私物だろうか。そのコミックスの表紙はツインテールの美少女のパンチラだった。


「じゃあ、こういうのはどうだ」


 1月18日はツインテール記念日。外出時は全員ツインテールにしなければならない。これを破った者は死刑。


「はは。んなわけあるかよ」


「広岡! お前、少しは頭冷えたか?」


「はい、って。え? あの、どうしたんすか、その頭……?」


「あ? おれの頭がどうしたよ?」


「いや、だって。それ……」


 俺の様子を見に来た先輩の頭がおかしかった。というか、気持ち悪い。どっからか持ってきたのかわからないけれど、頭にウィッグを乗せている。それも、金髪ツインテールの。


「それよりお前。今日はツインテール記念日だぞ!? なんでお前こそ、ツインテールしてないんだ! こんなの警察に見つかったら殺されるぞ!」


「は、はあ?」


 なんだこいつ。頭おかしくなったのか?


「いやいや。何いってんすか? 警察に殺されるって? 日本の警察がそんなことするわけないでしょ」


 と、俺が言ったのと同時だった。外でいくつもの爆竹が破裂したような音が響いたのだ。まるで機関銃か何かをぶっぱなしたみたいな音が。


「な、何だよ?」


 そうっと裏口の扉を開けて外の様子をうかがうと、さっきのハムカツババアが地面に横たわっていた。さらにその周りには武装した数人の警官が銃口をババアに向けている。


「目標の射殺完了。引き続き違反者の取締りを行う。A班は駅前を。B班は私と一緒に付近を捜索。いいか? ツインテールでない者をみかけたら即刻射殺せよ。なぜならば、今日はツインテール記念日だ!!」


「はい!!」


 な、なんだこれ!?


 警官たちは機関銃を担ぎながら、散っていった。……頭のツインテールを揺らしながら。


「お前も気を付けろよ? このあたりでも何人か処刑されたっぽいぞ。ほら、谷口のやつのオヤジさんの話覚えてるだろ? 去年の1月18日。ツインテールのウィッグ忘れたからって、モップのさきっちょを頭の左右にくくりつけてたけど、結局ダメってことで射殺されたって話。出かけるときにはツインテール着用。これ忘れたら、殺されても文句言えないぞ?」


 バカなのか!?


 なんだなんだ。ドッキリなのか!?


 まさか本当に、シックスコードのアプリは本物で、あれで俺の思い通りの法律が作れるのか!?


「いやー、参るよな。表の死体とか、ちゃんと処分してくれんのかなあ。つーか、こんな日に客なんて来ないでほしいよな」


「そう、ですね」


 俺は裏口から外に出ると、ゆっくりハムカツババアに近づいた。


 最初はそれを現実的な物として認識できなかったからか、直視してもなんともなかった。


 けれど、鉄の臭いと赤一面の地面と、何よりも……体中穴だらけになったおばさんの体を見て、ようやく認識することができた。


 死んでいる。


 機関銃で文字通り、蜂の巣ってやつだ。


 俺はこみ上げてくる吐き気をガマンしながら店の中に戻ると、スマホの画面を見つめてニヤリと笑った。


「はは……今日から。今日から俺が法律だ!! ハハハハハハ!!」

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