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因果応報の未来

「はあ、はあ……」


 部活の練習中ですらも、こんな全力疾走をしたことなかったかもしれない。恐怖と酸欠で心臓がどうにかなりそうだ。


「どうして、どうし、て……」


 怖い。今もまだ頭には、潰れたトマトみたいな本庄が鮮明に焼き付いている。


「本庄、本庄……ごめん、ごめんね」


 気が付くと私は、体育館から逃げ出していた。ダイアリーで描くはずだった未来では、本庄は足の骨折くらいの認識だった。なのに……。


 けれど実際、本庄は死んでしまった。頭の上に勢いよく落ちてきた照明灯に頭を大きくえぐられて……。


 死んでしまったのだ。


「う……」


 のど元に酸っぱいものが逆流してきて、私は立ち止まると地面に吐いてしまった。


「ぅ……あ、ぁぁぁぁ」


 吐いてすぐに、今度は涙がボロボロこぼれ落ちてくる。


 確かに本庄は嫌いだった。けれど、イヤな奴じゃなかった。1年と3ヶ月、一緒に練習して色んな辛いことも乗り越えてきたんだ。


 仲間だったんだ……。それを、私は……殺してしまった。


 ううん、あれはおそらく事故なんだろうけれど……そういう未来を描いてしまったのは紛れもない私。


「ごめん、なさい……ごめんなさい……」


 謝って許されるようなことじゃない。私が罪に問われることはないかもしれない。けれど、たくさんのごめんなさいが、立て続けに口から出てくる。


 これからどうしよう? 私が物理的に何かをしたわけではないのだから、このまま体育館に戻って、「パニックになって飛び出してすみません」って謝ればいいんだけど。


「無理だよ……皆の前で平気な顔なんて、できない……」


 嗚咽が止まり、ある程度落ち着いてきたところで腰を上げると、周囲がなにやら騒がしかった。


「何だろ……?」


 たくさんの人が同じ方角に向かって歩いている。芸能人でもいるのかな?


 何か気を紛らわせることができればと思い、私も同じように歩いていると、河原にたどり着いた。


「警察……?」


 河原にはお巡りさんがたくさんいて、立ち入り禁止になってる。何か事件でもあったのかも。


「死体が見つかったんだってな」


「まだ高校生の女の子なんだってねえ。かわいそうに」


「殺人事件の現場ってわけか、怖いね~」


「早く犯人捕まるといいんだけど」


 周りの人々の会話に耳をすませると、ある程度の状況は理解できた。


 ここで、殺人事件が起こって女の子の死体が見つかった……ってことか。


 また、死体。


 ……興味本位でこんな所にくるんじゃなかった!!


 私は殺人現場から逃げ出すように、逆方向へと走った。


 冗談じゃないよ! 何で、何でこんな事ばかり起こるの! せっかくダイアリーでステキな未来を描いて、男の子たちと楽しく遊べると思ってたのに!


 こんなの……嫌だよお……。


 見知らぬ公園のベンチに座ると、私はカバンを抱えてうずくまった。


 疲れた。寝たい。お腹空いた。


 色んな欲求がこみ上げてくるけど、本庄の潰れた頭をすぐに思い出して、吹き飛んでしまう。


 そうだ。ダイアリーで、記憶喪失にでもなれば忘れられるんじゃないの。今日の出来事だけすっぽり忘れるとか。


 ……いや、本庄の件があるんだし、へたなことはできない。特に自分に何か変化を持たせるのは極力避けたほうがいい。


 それよりも、私を慰めてくれる。すべてを忘れさせて癒してくれるような男の子と一緒にいたい。


 うん。ダイアリーにそう書き込もう。


 そう思ってカバンを開けてみると……。


「あ。これ、本庄のカバンだ……パニクって間違えて持ってきてたのか」


 なんとも恥ずかしい話ではある。今の今まで気が付かなかったなんて。それだけ私は必死だったわけなんだけど。


 あ。てことは、自分のスマホはまだ学校にあるのか。


「ん、これって」


 本庄の荷物に興味はない。けれど……携帯となれば話は別だ。


 他人のプライベート。とはいえ、もうすでに死んでいる。私が殺したも同然なら、知っておきたい。本庄のこと、全部。


 もし彼氏とかいるなら、ダイアリーでその人の今後の人生を明るくしてあげたい。それくらいで罪滅ぼしになるとは思えないけど。


「本庄もスマホか……」


 キャリアは違うけど、同じメーカーのスマホだ。幸いロックがかかってなかったので、すぐに動かすことができた。


 えーと、やっぱりメール。かな。メール、メール、と。


「え」


 ホーム画面をスクロールして、2番目の画面。そこにあったアプリに私の視線は釘付けになった。


「ダイアリー……?」


 どうして本庄がダイアリーを?


 背中をもぞもぞと得体の知れない何かが這いずり回るような気配がして、一瞬スマホを地面に落としそうになる。


 けれど、私は思い切って、本庄のダイアリーを起動してみた。 


 2014年4月21日。バスケの技術が向上する。先輩も同級生も追い抜いて、部で一番私がうまくなる。


 2014年5月3日。1年生の後輩たちは私を信頼するようになる。2年生の誰よりも信頼して、私以外の2年生の言うことは聞かない。


「これって……」


 2014年5月8日。彼氏ができる。可愛い系男子で、料理もうまくて家事スキルのある子希望。


 2014年6月1日。1つ年下の妹がうざいので、少し黙らせる。適当に足でも骨折してもらって一月ほど入院。


 2014年6月2日。意識不明の重体になるだなんて聞いていない。妹が死んでもらっちゃ目覚めが悪いので、奇跡的に回復することにする。


「本庄、妹になんてことをしたの……」


 嫌な気持ちになるけれど、とりあえず私は画面を下にスクロールさせて、続きを見た。


 2014年7月2日。次期女子バスケ部キャプテンに任命される。実力、人望ともに文句なしだから、これは別にダイアリーに記述するまでもないか。でも念の為。


「本庄、ダイアリーでキャプテンになったのか……あれ? こっちのって来月の出来事だ」


 2014年8月1日。ずっと思ってたことだけど、倉前が邪魔だ。どんなに練習して努力しても、私に追いついてくる。倉前には才能がある。もっと本気になれば開花するのに……もったいない。ダイアリーで才能を無理矢理開花させた私が追いつかれるのも、時間の問題だ。なので、合宿中に不慮の事故で死んでもらうことにする。


「死んで、もらうことに……する?」


 本庄は、私を殺そうとしていたの? ダイアリーを使って? 来月の合宿で?


「い、いや……!!」


 私、来月死ぬの!? でも、本庄は死んでるし、これって無効だよね!? でもでもでも!! ダイアリーの効果は私が一番よく知ってる。


 もしかすると……。


「いやああああああああああああああああ!!」


 私は無我夢中で走り出した。


 怖い。死ぬなんてイヤ! まだ死にたくないよ!!

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