表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/52

私の思い描いた未来

「倉前、おはよう」


「ひえ!?」


 朝起きて、リビングのドアを開けたらエプロン姿の美少年がいた。一瞬家を間違えたのか、それとも最近そんなサービスがあるのかなんて、思考停止しちゃったけど、この子は同じクラスの明智くん。昨日の夜、家に転がり込んできた居候だ。


「ごめんね、つい習慣でご飯作っちゃって……倉前の口に合えばいいんだけど」


「あ、ううん。いいよ、むしろありがとうって感じだし!」


 明智くん、エプロン姿似合うなあ……これで競泳水着穿いてたら、サイコ―なんだけど、そこまでハードな注文はしませんぜ、私は。


「うわあ、何だかすごいね。それじゃ、いただきまーす!」


 テーブルの上には3人分の朝食が並んでいた。白米、みそ汁、鮭の塩焼き、漬物……純和風なメニューだ。どれもおいしそう!


「倉前って、可愛いよね」


「ほあ!?」


 え、何。朝からいきなり何これ。


 困惑する私をよそに、明智くんはエプロン姿のまま近づいてくる。そして、急に頭をなでてきた。


「倉前。ずっと言おうと思っていたんだけど……やっぱり、我慢できない。言うよ?」


 これって、告白ですか!? 朝からいきなりナイスなイベントきた!


「動かないで」


「え、あの? ええ!? わ、私。心の準備がまだ――」


「寝癖、付いてるよ」


「え?」


 そう言って、明智くんは私の頭を優しくポンポンと叩いた。


「お茶目だね、倉前。早く顔洗っておいでよ。弟くんが起きてきたら、みんなでご飯いただこう、ね?」


 うおああああああああ!? 明智くんがいるの忘れて、寝起きのままじゃん私!! 穴があったら入りたい。マジで。


 私は顔からファイアーボールでも発射しそうなくらい真っ赤になって、ダッシュでリビングを飛び出した。


 2014年7月29日7時00分。明智くんが朝ご飯を作ってくれる。そして可愛いといわれて告白される。


 アプリ『ダイアリー』を起動すると、朝一にそんなイベントが起こるように記述されていた。


「告白は告白だけどさ……でも、本当に何でも思い通りの未来が作れちゃうんだね、これ。すごいなあ……」


 これさえあれば私、ヒロインになれる! 色んなことが思い通りじゃん! 明智くんだけじゃ物足りないよ……逆ハーだって作れるんじゃないの、これ。


「ありがとう、ダイアリー!」


 私はにやける顔を洗って、もろもろ支度を終えるとリビングに戻リ、明智くんと楽しくごはんを食べた。


 さて、と。この後はどうしようかな。


 今日はバスケ部の練習があるんだよなー。明智くんといろいろしたいけど……3年生が引退して初めての練習だし、休むわけにはいかないんだよなあ。それに、明智くん以外にも、気になる男子はいるんだよね。


 おし、明智くんはいずれ攻略するとして、家に置いてキープしよう。


「行ってきまーす」


 私は学校へ向かうことにした。ちなみに明智くんはどこか出かける所があるらしく、夕方に帰ってくるみたい。バイトかな? ずっと居てくれてもいいのに。とにかくま、学校行きましょか。


「あっつー、しんどー。部活やめて~」


 夏休みだってのに、何で学校行くんだろなーと思う。せっかく高2の夏休みなのに。


 けどま、部活好きだからいいんだけどね。うちのバスケ部、女子は弱小もいいとこだけど、みんな楽しく青春してるって感じだし。


 それに……バスケ以外にも楽しみがある。


 8時20分。練習は9時からなのに、体育館からボールが跳ねる音がした。


「今日も頑張ってるんだ……あいつ」


 そっと気配を殺して窓からのぞきこんでみると、1人の男子生徒がひたすらスリーポイントシュートの練習をしている。


「インターハイだもんね……気合入ってるな」


 彼は男子バスケ部のエース。私は1年の時からずっと彼を見ていた。キレイなシュートフォームと、ひたむきに練習する姿を。


 爽やかに流れる汗と、ほどよく付いた筋肉……決して才能じゃなく、努力の賜物であるシュート率は私の憧れだ。


「安藤、やっぱかっこいいなあ」


 安藤俊輔。彼のシュート姿はキレイで力強くて、女子のファンも多い。


 うちの男子バスケ部は全国でも強豪で、毎年インターハイに顔を出している常連校。安藤は男子バスケ部のエースだ。


「よう、倉前。どしたの? 自主練?」


「う、ううん。偶然通りかかって」


 2014年7月29日8時21分。安藤と偶然出会う。


「倉前、俺さ……今度のインターハイで、日本一になるよ」


「うん、がんばって! 安藤ならやれるよ!」


「ああ。そんでさ……日本一になったら、俺の話聞いてくれないかな?」


「え」


「大事な話なんだ、それじゃ!」


「ちょ、ちょっと~安藤ってば!」


 2014年7月29日8時22分。安藤は私のことを好きになる。けれど、その場で告白するのをためらって、インターハイで優勝してからもう一度話す、といって去ってしまう。


 ダイアリーにはそう書き込まれていた。そう、またも未来は私の思い通りに訪れたのだ。


「ふふ。ここまでは予定通り、っと。どうせなら、インターハイ優勝校のエースって肩書を手に入れてから、私の彼氏になってもらいたいしね。今は我慢我慢、と」


 このダイアリーを使えば、うちの高校の男子バスケ部をインターハイで優勝させることもできる。少し時間がかかるけど、それまでは明智くんで我慢しよ。


 うわ、マジで楽しい。未来が私の手の中にある。もう嫌なことは何も起こらないし、起こさせない。


「倉前、こんなところで何してるの?」


「なんだ、本庄か。おはよ」


 体育館の入り口でにやけていると、同級生の本庄阿佐美が私の肩を叩いてきた。うざいな。


「今日から、私らの代だよ! 来年はさ、男子に負けないように、うちらもインターハイ出場、目指そうよ!」


「ん、うん……」


 本庄は私よりもバスケがうまい。先輩後輩にも好かれている。そういう背景があって、現女子バスケ部のキャプテンだ。


 けれど、私はこいつが大嫌いだった。理由はたった一つ。こいつとポジションが同じだってこと。そんで、私よりもバスケがうまいから、必然的にこいつが試合に出るようになる。


 あーあ、才能って嫌だナー。努力でひっくり返せるのは、熱血少年漫画くらいなもんで、現実は残酷だ。


 いっぱい練習しても、本庄との差は縮まるどころかどんどん開いていって……あー、やだやだ考えたくない。私にもバスケの才能、あったらなあ。


 ――そうだ。ダイアリーで書いちゃおう。急にバスケがうまくなるって。


「倉前、ナイシュ!」


 練習が始まってすぐのことだ。


「倉前、すごいじゃない。シュート連続で5本も入ったよ! ドリブルもいつの間にそんなうまくなったの?」


「いやあ、影で努力してたんだよ、私だって」


 今までに感じたことのない高揚感。体中に力が溢れてくる。


 すごい。


 絶対にはずさないシュート。5人抜きするドライブ。鉄壁のディフェンス。


 すごい! 


 それまでの自分がウソだったみたいに、私のバスケスキルは急にレベルアップした。本庄なんか、虫けらみたいに圧倒しちゃってる。これが、才能なんだ。


 すごい!!


 今の私が試合に出ていれば、インターハイ出場はおろか、優勝だってできたはず。


 これなら、私がキャプテンにふさわしい。もう本庄なんかに大きな顔はさせない。恋もスポーツもすべて、私の思い描いた未来通りになるんだから!


「本庄先輩、ナイスパスです!」


「本庄先輩、ナイシュ!」


 けれど、いくらバスケがうまくなったとはいっても、部員たちからの信頼はすぐに得ることはできない。


「本庄先輩、シュート教えてください!」


「あ、それなら私が――」


「本庄先輩、合宿の件で相談が」


「合宿のことなら、私が担当だから――」


「本庄先輩!」


「本庄先輩!」


「本庄先輩!」


 何よ。どいつもこいつも本庄本庄って……今のシュート見たでしょう!? 私のほうが断然こいつよりもうまいんだから!


 合宿のことだって、私が担当なのに本庄に話振るなよ。


 ムカつく。ムカつく。ムカつく!!


「合宿のことなら、倉前に聞いてね。そんなに詰め寄られたら私、パンクしちゃうよ、もう」


 本庄はバスケがうまいだけじゃない。皆に好かれるナニかを持ってるんだ。私にはそのナニかはない。


 本庄……本庄が邪魔だ。


 私の描く未来に、本庄は必要ない。恋もスポーツもすべて、私の思い描いた未来通りにならなければいけない。


 そうだ。本庄には部活を退部してもらおう。


 私は部員たちの輪から遠ざかると、スマホをカバンから取り出して、ダイアリーを起動した。


 2014年7月29日13時42分。本庄はケガをして、バスケ部を退部する。


 これでいい。本庄がケガでバスケから離れれば……私の天下だ。


 書き込み完了を押して、すぐのことだった。


 ガシャン、と音がして、悲鳴の大合唱が体育館にこだましたのは。


「いやあああああああああああああああああ!!」


「本庄先輩!」


 体育館の床が真っ赤に染まっている。


「先輩! 先輩!!」


 え? あれ? これって、かなり大事じゃない?


「ね、ねえ。何が起こったの?」


 部員の1人を押しのけて、本庄の様子を見に行くと……。


「急に、急に……先輩の頭の上に天井のライトが落ちてきて……」


 本庄は、つぶれたトマトのような頭になって……死んでいた。


 うそ。どうして……ケガをするって書いただけなのに! 軽く捻挫とか、重くても骨折くらいだと思ってたのに!!


 どうしよう。どうしよう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ