私の思い描いた未来
「倉前、おはよう」
「ひえ!?」
朝起きて、リビングのドアを開けたらエプロン姿の美少年がいた。一瞬家を間違えたのか、それとも最近そんなサービスがあるのかなんて、思考停止しちゃったけど、この子は同じクラスの明智くん。昨日の夜、家に転がり込んできた居候だ。
「ごめんね、つい習慣でご飯作っちゃって……倉前の口に合えばいいんだけど」
「あ、ううん。いいよ、むしろありがとうって感じだし!」
明智くん、エプロン姿似合うなあ……これで競泳水着穿いてたら、サイコ―なんだけど、そこまでハードな注文はしませんぜ、私は。
「うわあ、何だかすごいね。それじゃ、いただきまーす!」
テーブルの上には3人分の朝食が並んでいた。白米、みそ汁、鮭の塩焼き、漬物……純和風なメニューだ。どれもおいしそう!
「倉前って、可愛いよね」
「ほあ!?」
え、何。朝からいきなり何これ。
困惑する私をよそに、明智くんはエプロン姿のまま近づいてくる。そして、急に頭をなでてきた。
「倉前。ずっと言おうと思っていたんだけど……やっぱり、我慢できない。言うよ?」
これって、告白ですか!? 朝からいきなりナイスなイベントきた!
「動かないで」
「え、あの? ええ!? わ、私。心の準備がまだ――」
「寝癖、付いてるよ」
「え?」
そう言って、明智くんは私の頭を優しくポンポンと叩いた。
「お茶目だね、倉前。早く顔洗っておいでよ。弟くんが起きてきたら、みんなでご飯いただこう、ね?」
うおああああああああ!? 明智くんがいるの忘れて、寝起きのままじゃん私!! 穴があったら入りたい。マジで。
私は顔からファイアーボールでも発射しそうなくらい真っ赤になって、ダッシュでリビングを飛び出した。
2014年7月29日7時00分。明智くんが朝ご飯を作ってくれる。そして可愛いといわれて告白される。
アプリ『ダイアリー』を起動すると、朝一にそんなイベントが起こるように記述されていた。
「告白は告白だけどさ……でも、本当に何でも思い通りの未来が作れちゃうんだね、これ。すごいなあ……」
これさえあれば私、ヒロインになれる! 色んなことが思い通りじゃん! 明智くんだけじゃ物足りないよ……逆ハーだって作れるんじゃないの、これ。
「ありがとう、ダイアリー!」
私はにやける顔を洗って、もろもろ支度を終えるとリビングに戻リ、明智くんと楽しくごはんを食べた。
さて、と。この後はどうしようかな。
今日はバスケ部の練習があるんだよなー。明智くんといろいろしたいけど……3年生が引退して初めての練習だし、休むわけにはいかないんだよなあ。それに、明智くん以外にも、気になる男子はいるんだよね。
おし、明智くんはいずれ攻略するとして、家に置いてキープしよう。
「行ってきまーす」
私は学校へ向かうことにした。ちなみに明智くんはどこか出かける所があるらしく、夕方に帰ってくるみたい。バイトかな? ずっと居てくれてもいいのに。とにかくま、学校行きましょか。
「あっつー、しんどー。部活やめて~」
夏休みだってのに、何で学校行くんだろなーと思う。せっかく高2の夏休みなのに。
けどま、部活好きだからいいんだけどね。うちのバスケ部、女子は弱小もいいとこだけど、みんな楽しく青春してるって感じだし。
それに……バスケ以外にも楽しみがある。
8時20分。練習は9時からなのに、体育館からボールが跳ねる音がした。
「今日も頑張ってるんだ……あいつ」
そっと気配を殺して窓からのぞきこんでみると、1人の男子生徒がひたすらスリーポイントシュートの練習をしている。
「インターハイだもんね……気合入ってるな」
彼は男子バスケ部のエース。私は1年の時からずっと彼を見ていた。キレイなシュートフォームと、ひたむきに練習する姿を。
爽やかに流れる汗と、ほどよく付いた筋肉……決して才能じゃなく、努力の賜物であるシュート率は私の憧れだ。
「安藤、やっぱかっこいいなあ」
安藤俊輔。彼のシュート姿はキレイで力強くて、女子のファンも多い。
うちの男子バスケ部は全国でも強豪で、毎年インターハイに顔を出している常連校。安藤は男子バスケ部のエースだ。
「よう、倉前。どしたの? 自主練?」
「う、ううん。偶然通りかかって」
2014年7月29日8時21分。安藤と偶然出会う。
「倉前、俺さ……今度のインターハイで、日本一になるよ」
「うん、がんばって! 安藤ならやれるよ!」
「ああ。そんでさ……日本一になったら、俺の話聞いてくれないかな?」
「え」
「大事な話なんだ、それじゃ!」
「ちょ、ちょっと~安藤ってば!」
2014年7月29日8時22分。安藤は私のことを好きになる。けれど、その場で告白するのをためらって、インターハイで優勝してからもう一度話す、といって去ってしまう。
ダイアリーにはそう書き込まれていた。そう、またも未来は私の思い通りに訪れたのだ。
「ふふ。ここまでは予定通り、っと。どうせなら、インターハイ優勝校のエースって肩書を手に入れてから、私の彼氏になってもらいたいしね。今は我慢我慢、と」
このダイアリーを使えば、うちの高校の男子バスケ部をインターハイで優勝させることもできる。少し時間がかかるけど、それまでは明智くんで我慢しよ。
うわ、マジで楽しい。未来が私の手の中にある。もう嫌なことは何も起こらないし、起こさせない。
「倉前、こんなところで何してるの?」
「なんだ、本庄か。おはよ」
体育館の入り口でにやけていると、同級生の本庄阿佐美が私の肩を叩いてきた。うざいな。
「今日から、私らの代だよ! 来年はさ、男子に負けないように、うちらもインターハイ出場、目指そうよ!」
「ん、うん……」
本庄は私よりもバスケがうまい。先輩後輩にも好かれている。そういう背景があって、現女子バスケ部のキャプテンだ。
けれど、私はこいつが大嫌いだった。理由はたった一つ。こいつとポジションが同じだってこと。そんで、私よりもバスケがうまいから、必然的にこいつが試合に出るようになる。
あーあ、才能って嫌だナー。努力でひっくり返せるのは、熱血少年漫画くらいなもんで、現実は残酷だ。
いっぱい練習しても、本庄との差は縮まるどころかどんどん開いていって……あー、やだやだ考えたくない。私にもバスケの才能、あったらなあ。
――そうだ。ダイアリーで書いちゃおう。急にバスケがうまくなるって。
「倉前、ナイシュ!」
練習が始まってすぐのことだ。
「倉前、すごいじゃない。シュート連続で5本も入ったよ! ドリブルもいつの間にそんなうまくなったの?」
「いやあ、影で努力してたんだよ、私だって」
今までに感じたことのない高揚感。体中に力が溢れてくる。
すごい。
絶対にはずさないシュート。5人抜きするドライブ。鉄壁のディフェンス。
すごい!
それまでの自分がウソだったみたいに、私のバスケスキルは急にレベルアップした。本庄なんか、虫けらみたいに圧倒しちゃってる。これが、才能なんだ。
すごい!!
今の私が試合に出ていれば、インターハイ出場はおろか、優勝だってできたはず。
これなら、私がキャプテンにふさわしい。もう本庄なんかに大きな顔はさせない。恋もスポーツもすべて、私の思い描いた未来通りになるんだから!
「本庄先輩、ナイスパスです!」
「本庄先輩、ナイシュ!」
けれど、いくらバスケがうまくなったとはいっても、部員たちからの信頼はすぐに得ることはできない。
「本庄先輩、シュート教えてください!」
「あ、それなら私が――」
「本庄先輩、合宿の件で相談が」
「合宿のことなら、私が担当だから――」
「本庄先輩!」
「本庄先輩!」
「本庄先輩!」
何よ。どいつもこいつも本庄本庄って……今のシュート見たでしょう!? 私のほうが断然こいつよりもうまいんだから!
合宿のことだって、私が担当なのに本庄に話振るなよ。
ムカつく。ムカつく。ムカつく!!
「合宿のことなら、倉前に聞いてね。そんなに詰め寄られたら私、パンクしちゃうよ、もう」
本庄はバスケがうまいだけじゃない。皆に好かれるナニかを持ってるんだ。私にはそのナニかはない。
本庄……本庄が邪魔だ。
私の描く未来に、本庄は必要ない。恋もスポーツもすべて、私の思い描いた未来通りにならなければいけない。
そうだ。本庄には部活を退部してもらおう。
私は部員たちの輪から遠ざかると、スマホをカバンから取り出して、ダイアリーを起動した。
2014年7月29日13時42分。本庄はケガをして、バスケ部を退部する。
これでいい。本庄がケガでバスケから離れれば……私の天下だ。
書き込み完了を押して、すぐのことだった。
ガシャン、と音がして、悲鳴の大合唱が体育館にこだましたのは。
「いやあああああああああああああああああ!!」
「本庄先輩!」
体育館の床が真っ赤に染まっている。
「先輩! 先輩!!」
え? あれ? これって、かなり大事じゃない?
「ね、ねえ。何が起こったの?」
部員の1人を押しのけて、本庄の様子を見に行くと……。
「急に、急に……先輩の頭の上に天井のライトが落ちてきて……」
本庄は、つぶれたトマトのような頭になって……死んでいた。
うそ。どうして……ケガをするって書いただけなのに! 軽く捻挫とか、重くても骨折くらいだと思ってたのに!!
どうしよう。どうしよう……。




