未来は私の手の中にある
2013年4月6日。高校の入学式前日に、かっこいい男の子に出会う(一目惚れ、マジかっこいい。背は180以上で髪サラサラ)。
2013年4月7日。その子と偶然高校で再会。お互い運命感じちゃう。クラスも一緒で、席はお隣さん。マジ信じられない奇跡すごい。
2013年4月10日。彼のほうから告白。私はもちろんOK。クラス公認のカップルに。
2013年5月5日。ゴールデンウィークは彼の別荘にお泊り。初めて見る彼の色んな姿にドキドキ。
2013年……そこまで目を通して、私は黒歴史を綴ったノートを閉じた。
「うわ! うわ! 恥ずかしい、何これ!! 小学生の私、マジ死んで!」
部屋を掃除した時に出てきたホコリかぶったノート。それを試しに読んで、悶絶することになるとは思いもしなかったよ……。
小学生の時、無駄に高校生活に期待を寄せていた可愛らしい自分を、冷めた目で見ている高2の私がここにいる。
あ~、よく妄想したっけ。高校生になったらこうなればいいなって。いっぱいおしゃれして、いっぱい恋愛して、いっぱい楽しい思い出作るんだって……。
はあ……現実は残酷ですわ。
2014年7月現在の私、倉前涼音はどん底にいた。
期末は赤点のオンパレード。ずっ友宣言した友達は彼氏ができて、夏休みは会えないわ。母親は父親の単身赴任先へ行くので、弟の面倒を押し付けられるわ。私が所属してる女子バスケ部はインターハイ予選初戦で敗退するわ。しかも私が原因で部内は空気悪くなるわで最悪。
「あーあ。マジ最悪」
この黒歴史によれば、今頃私は、同級生の元彼と先輩の今彼の間で揺れて、さらに後輩の可愛い系男子にも強引にせまられて、修羅場らしい。
――んなわけあるかい!!
まるで天と地の差だなあ。現実と理想のギャップが凄まじい。小学生の私よ、もっと現実を見ろ!
『姉ちゃーん。めしー! 腹減った。なんか食わせろよー』
……うざいのが現れましたよ。うちの弟ときたら、野球部入ってて練習で毎日汗だくで泥だらけだから、自分の服と洗濯一緒にしたくないんだよなあ。
『聞こえねーのかよ、ババア!!』
部屋の外から聞こえてきたバカ弟の声に反応し、すぐさま私はドアを開けて言い返してやった。
「17歳の乙女にババアっていうな、クソジジイ!!」
何てレベルの低い姉弟ゲンカしてんだろ……不毛過ぎる。
「うわ。何だよそれ。しかも自分で乙女とかいうなよ、ドン引きだよ。しょうがねえあ、俺が悪かったよ。シャワー浴びるから、飯作っといてよ。まったく、こんな子供みたいな姉貴を持つと、弟の俺が大人にならなきゃいけないんだぜ。まいるよなあ」
「私はあんたのお母さんじゃないっつーの!」
風呂場に向かった弟の背中に向かってそう言い放つと、私もお腹が空いたので台所へ向かった。
んー。面倒くさいなー。よし、そうめんにしよう。適当に焼き豚でも添えとけば、あの小型肉食獣も満足するだろし。
「えー、またそうめんかよー。手抜きじゃねーの?」
シャワーを浴び終えた弟が、バスタオル一枚体に引っかけた状態で、私の手元にある鍋をのぞいてぶーぶー文句を言った。
「うっさい。いらないんなら食べなくていいんだよ」
「いらないなんて言ってねーだろ。肉はあんの?」
「冷蔵庫に焼き豚あるから、それで我慢しなさい」
「焼き豚ねえ……あ、そだ」
「何よ?」
「俺明日さ。彼女とデートだから、昼飯はいいよ」
「はあ!? ふざけんじゃないわよ!!」
「な、何怒ってんだよ。昼飯くらいいだろ」
姉の私を差し置いて、デートだあ!? なんて生意気な子なんだ、こいつは!
そりゃまあ、弟は野球部でエースだし、ピッチャーだし、女子に人気あるのは知ってるけど……。
な~んか、やってられないなあ。
それから私は適当にそうめんを胃に流し込んで、自分の部屋に戻った。
「2014年7月。彼氏と海外旅行に行く……か。ありえねーっつの」
再び黒歴史を開いて、過去の自分が思い描いていた未来と、どうしようもない現在を比較してみる。
「未来が、自分の思い描い通りに訪れれば……今頃私は超絶リア充じゃん」
小学生のころの理想を思い出すたび、だんだんみじめになっていく。……あーあ。この日記。本当になれば……なんてね。
そんな妄想を払うように、スマホでメールでもしようとロックを外したときだった。
「あれ? このアプリ……何? えっと、ダイアリー?」
あなたの思い描く未来が現実になる! 夢は叶えるもの! 見るだけじゃつまらない! 未来はあなたの思うがまま! さあ、このダイアリーであなたもステキなヒロインになっちゃおう☆
「はは、ステキなヒロイン、ね……」
これって、要するに単なるスケジュール帳でしょ? 未来が思った通りの結果になるなら、どんだけすごいのよ。
もしそれが現実になるとしたら……古典的だけど、かっこいい男にぶつかって、お互い一目惚れとか……してみたいな。
でもま、それはただの妄想だし。
……でも、これがもしホンモノだったら?
まさか。でも……試してみたい。そうだ。軽く試してみよう。
私はダイアリーを起動し、今日のスケジュールを書き込んだ。
んー。そうだな。例えば今日。2014年7月28日。20時。親友のゆっこが彼氏にふられたと、私に電話してくる。とか。
……なんてね、まさか、本当に……。
その時だった。
「え? ゆっこ? 何でこんな時間に……」
『もしもし、涼音?』
「もしもし、ゆっこ? どしたの」
『う……ひ……あぁ……うぐ……ひっく……』
「ゆっこ?」
『私ね、私……彼氏に……ふられちゃったの……』
「へ?」
『あいつ、他にも女がいたの。いけないと思ってたけど……あいつの携帯、シャワー浴びてる間にチェックしちゃって……そしたら……そしたら……』
ゆっこは二股をかけられていたらしい。それで、それを知ったゆっこは証拠のメールを彼氏に突き付けたところ……。
……マジでダイアリーに書いたことがおこってる。
でも、これは偶然かな? ゆっこには悪いけど、彼とは釣り合わないと思ってたし。遊んでるっぽい雰囲気の男だったしなあ。
「ゆっこ。元気だしなよ。あんなのより、もっといい男いるって!」
『……うん』
とりあえずゆっこを3時間かけて励まして電話を切ると、もう一つ実験してみることにした。
「んー。もっとあり得ないことが起これば信じるんだけどな……たとえば、何か事件が起こるとか」
たとえば、私が大金持ちの家のお嬢様になるとか。そう、日本でも有数の金持ち、北条寺グループの家の子の隠し子だった~とか。それか、13人の美男子兄弟と同居しちゃうとか!?
いやいや、ここは美少年が家に転がり込んで居候になるって話はどうだろうか? 一つ屋根の下で寝食を共にするうちに……男と女の関係になっちゃったり……!
「これだ!」
さっそくダイアリーで、今日の23時に起こる出来事を書き込んでみる。
2014年7月28日。23時。美少年が我が家に転がり込んできて……成り行きで同棲することになる……と。
美少年……これじゃちょっと曖昧かな? そうだな、一年のとき同じクラスでちょっと気になってた青山大樹くんとか……いやいや! ここは同じクラスの女子人気ナンバーワン。男のくせにやたら料理がうまくて、裁縫道具いつも持ち歩いてる女子力高いお嫁さんにしたい男子、明智雪広。あの子しかいない!
2014年7月28日。23時。同じクラスの明智雪広が我が家に転がり込んできて、成り行きで同棲する。と。
書き込み完了を押してすぐのことだった。
窓の外からざあざあと、激しい雨の音が聞こえてくる。
「うわ。降ってきた」
窓の外を確認しようとしたとき、唐突にインターホンが鳴った。
……もしかして?
期待を胸にゆっくりと玄関を目指す。本当に? 本当に、明智くんなの?
「あの、どちら様ですか?」
ゆっくりと玄関のドアを開けると、そこ立っていたのは、ずぶ濡れの明智くんだった。
「倉前……一日でいいんだ……オレを、オレを……ここに置いてくれない、か?」
「な、何があったの?」
「ごめん……言えない……。でも、信じられるの倉前しかいなくて……」
「わかった。いいよ。早く入って。風邪ひいちゃうし」
「え? いいの、か」
「うん」
だってこれは私が望んだ未来だからね。なんてことは、言えない。
「ありがとう、倉前。ありがとう……」
明智君は涙と雨で濡れた顔で、愛らしく笑った。




