最高の友達
「いやー、良人。お前思ったより声出てるじゃん! 俺、びっくりしたよ。もしかして、練習してたの?」
「う、うん。家で……カラオケソフトがあるから……こっそりヒトカラしてた」
カラオケを終えて、僕と青山くんは外に出た。たった二時間だけど……すごく、楽しかった。
「あ、青山くんこそ、80年代のロボットアニメなんて、しぶいね」
想像以上に青山くんは歌がうまく、選曲も通好みで、彼が次に何を歌うのか楽しみだった。
「ロボットアニメは80年代だろ! そりゃ勇者シリーズも熱いけど、まず俺はザルブングルで喉あっためるって決めてんの。良人もやたら濃い選曲だったなー。アルジェントシーマとか、マジで震えたよ」
「へ、へへ……」
「おっと、もう12時か。どうする? 飯でもいく? バーガーくらいなら良人の分、出せるけど」
「ぼ、ぼくはもう……帰るよ。これ以上青山くんに迷惑、かけたくないし」
スマホで時刻を確認すると、12時を少し過ぎたところだった。
青山くんはお昼もおごってくれるというけれど、そこまで甘えるわけにはいかない。なにより、嬉しすぎて楽しすぎて、食欲がわかないんだ。
「わかった。じゃあ、今日はこれで解散な。また、連絡するわ」
「う、うん」
「じゃあな、良人!」
「ばいばい、青山くん……」
駅前で別れると、僕は久しぶりに見た昼間の景色に目を細めた。
そうだ。今日は土曜。普通の人にとっては、休日。
……まぶしい。太陽の光がじゃなくて、ここにいる人々が、まぶしい。
昼休みのサラリーマンも、部活帰りの学生も、親子連れも……みんな、日の当たる道を歩いている。けれどそれは、彼らにしてみれば当たり前の日々なんだ。
僕は学校に行ってないし、ただの引きこもりだ。これから帰って何をするでもなく、だらだらと深夜まで起きてアニメを見て、いつの間にか寝ている……日陰の日々だ。友達ができたとはいえ、それは変わらない。
僕は……僕も……あんな風に……日の当たる道を当たり前に……生きたい。
「あ、そうか。買えばいいんだ」
僕は、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
「マーケットで、買っちゃおう。普通の人生……いや、輝かしい人生」
スマホを取り出して、マーケットを起動。あなたの欲しい物を選ぶ。
「あった。輝かしい人生……」
正直な話、買えるものだなんて思ってないけど、僕はマーケットを信じている。仲のいい友達も、可愛い妹も手に入れることができたんだ。輝かしい人生だって、きっと。
タップして購入ポイントを見ると、僕は間抜けな声を出しそうになった。
「ひゃ、100万、ポイント……」
弟を出品したときに得たのは、たったの1000ポイント。一体、何を出品すればこれだけのポイントを得られるっていうんだ。
母さんと、父さん……あと、家……それでも、100万に届くとは思えない。
頭を抱え込んで地面を見る。すると、スマホの画面端にヒントが表示されていた。
『あなたにとって大切なモノほど、出品したときに得られるポイントは大きくなります』と、赤文字でおどろおどろしく書かれている。まるで、悪魔のささやきのように。
今の僕にとって、大切なモノ……。
ふとそう考えたとき、僕のスマホが震えた。
『もしもし良人ー。まだ近くにいる? さっき偶然、この前言ってたラブラブライブの限定アイテム手に入れたんだけどさー』
「うん。いるよ。実は僕もちょうど青山くんに連絡しようと思ってたんだ」
『おお、マジかー! じゃあ、すぐにそっち行くわ!』
「えっと、そうだね。じゃあ、さっき話してたハンバーガー屋とか、どうかな?」
『オッケー! 待ってろよ!』
それだけ言って、青山くんは電話を切ってしまった。
「青山くんは僕にとって、大事な友達、だ。大事な友達なら……100万は、いくはず」
そうだ。青山くんを出品してしまおう。輝かしい人生さえ手に入れば、友達の一人や二人、すぐにできる。
青山くんだって、友達の僕が幸せになれるんなら、喜んでその身をささげてくれるだろうさ。
「へ、へへへへへ!」
なんて素晴らしいアイデアなんだ。僕は、自分で自分をほめてやりたくなった。
さあ。約束の場所に行こう。
「おい、ちょっと待てよ。そこのキモオタ」
「へ?」
振り返ってみると、さっき逃げて行ったDQNの女が、これまたDQNな男を連れてこっちを見ていた。
「あー、こいつこいつ! さっきはよくも恥かかせてくれたよねー。ちょーちゃん、ちょっと社会勉強させてやってよ!」
「そのつもりだよ」
「え、え、え、え?」
僕はいきなりDQN男に肩を抱かれ、人通りの少ない裏路地に連れていかれた。
何だよ、何なん、だよ。
「俺の女に恥かかせてくれたってな? ちょっと僕ちゃん、おいたがすぎるんじゃないでしゅか~?」
男はそういうなり、僕を地面に投げつけた。
「うわ?!」
ものすごい勢いで地面が迫ってくる。僕は止まることができずに、そのままコンクリートに顔を激突させてしまう。
「おら、お前みてーなゴミは、地面にキスでもしてろ。あ、もしかして~ファーストキスの相手が地面だったか? ひゃはははは!」
……痛い、痛いよ……何で僕がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!
頭上でギャハハハと、下品で汚らしくて知性のかけらもないような笑い声が聞こえてくる。
「……殺してやる」
「あ?」
顔をゆっくりあげて、スマホを取り出す。
こいつらを殺せる武器でも何でもいい。マーケットで、購入して……。
「良人!」
「あん? 何だてめーは」
「あ、青山くん……!」
青山くんが、裏路地にいた。肩で息をしつつも、瞳に怒りを宿している。
「良人に、何してやがんだああああああ!!」
「な、なんだこいつ。このキモオタの仲間か?」
青山くんは怒りで顔を真っ赤にして、DQN男に殴りかかった。
「う、うお。この、てめえ!!」
DQNも反撃しようとするが、青山くんの掌底を顔面に受けて、一撃で気絶してしまった。
……強い。
「ちょ、ちょーちゃん!? お、覚えてなさいよね!」
DQN女は捨て台詞を残し、DQN男をその場に残して1人で走り去った。
「大丈夫か、良人。立てる?」
「う、うん」
そっと手を差し伸べてくる青山くんに、僕は深く感謝した。
「ありがとう、青山くん」
「ん? 友達だから当然だろ!」
「やっぱり、青山くんは僕にとって一番大切なモノだ」
「おいおい、やめろよ。なんか照れるだろ?」
ありがとう青山くん。さようなら青山くん。
マーケットを起動。そして、カメラを彼に向ける。これで100万ポイントが手に入る。輝かしい人生が、すぐそこにある。
「俺、昔さ。いじめられて不登校になったことがあるんだ」
「え」
「もう3年くらい前、中学生の時の話な。んで、そんときさ。偶然ネトゲで気の合う友達ができたんだ。そいつがさ。すっごくいい奴でさ。ゲームの中の話なんだけど、すぐに助けにきてくれたり、アイテムいっぱいくれたり、ギルドに入れてくれたりさ。俺、人間なんてみんなクズばかりだと思ってた。けど、中にはすげーいい奴もいるんだってこと、知ったんだよ。少し、自信が持てたんだ。今でもそいつに感謝してる」
何を言ってるんだ。
「そいつは俺と同い年で、隣の市に住んでて、YOSITOっていう名前のプレイヤーだった。けど、それ以上のことは教えてくれなかった。でもいつか、会ってみたい。そんで、恩を返すんだ。そう、ずっと心に決めてた」
何を言ってるんだ。
「まだまだお前には、いっぱい恩を返さなきゃな! この3年間、ずっとずっとこの時を待ってたんだ」
何を言ってるんだ。
「さ、行こうぜ良人。これからも友達として、いっぱい遊ぼうな!」
何を……言ってるんだよ。そんなこと言われたら……そんなことがあったって知ったら……僕は……僕は……。
確かに3年前、気まぐれで助けてやったプレイヤーがいたよ。初心者相手に背伸びがしたかっただけなのに。何で、そんな……お前はいい奴なんだよ。
僕は、僕は、僕は、僕は!!
「よし、ゆっくり立てよ。足に負担かけたらダメだぞ?」
僕は、青山くんの手を取った。
そして同時にポケットにスマホをしまいこんだ。もう、こんな物は必要ない。こんな最高の友達がいれば、輝かしい人生を得たのと同じじゃないか。
そうだよ。僕は――。
「良人。危ない!!」
「え?」
目の前にいきなり真っ赤な花が咲いた。
「きへへへへへ!! 死ね! 死ね!!」
「う、ぁ……あああ!?」
いつの間にか青山くんは倒れていて、その周りに赤色のペンキが溢れている。
そしてなぜかDQN男がナイフを片手に笑っていた。
なんだ、これ?
「逃げろ、良人……」
「え?」
「だ、誰かあああ! 人が、人が刺されたぞ!」
急に現れた中年男性が、青い顔をして叫んだ。その叫び声につられ、1人、また1人と人が増えていく。
「誰かそいつを取り押さえろ!」
「救急車だ!!」
赤いペンキは強欲にもその領土を広げ続け、僕の足元にまで来ていた。
「よ、良人……」
「え、え、え?」
青山くんは、真っ青な顔で……赤いペンキの……いや、血の海の中で僕の名前を呼んだ。
「無事、か?」
「いや、僕は大丈夫! 僕なんかより、青山くんこそ!」
「俺、もう、ダメかも……はは。ああ、そういや、ネトゲでもこんなことあったな。俺が初心者のころ突っ込み過ぎて死んで、良人が蘇生してくれたんだっけ」
「そんな話、今はいいよ!」
「こんな最後だったけど、ありがとう良人」
「え?」
「俺の友達になってくれて……」
「え。え? おい、青山くん!?」
青山くんは……目を閉じた。動かない。まるで、死んだように……。
嫌だ。嫌だ……! せっかく手に入れた友達! 大切な友達なんだ! 誰か助けてくれよ!
……そうか。そうだよ! こんな時こそ、僕の願いをかなえてくれよ、マーケット!
スマホを取り出し、マーケットを起動する。
あなたの欲しい物をタップすると、『友達の命』がリストにあがっていた。
僕は迷いなく、それをタップし購入しようとした。だが、やはり購入ポイントが必要で購入できない。しかも、そのポイントというのが……。
「いち、おく……」
一億。一億っていうと、100万の100倍だ。何をどうすればこんなポイントを得れるっていうんだ。
その時、興奮して僕の心臓は一段大きく波打った。そうか、と。そこで確信する。
……一つだけある。一番大切なモノ。僕にとって、友達よりも大切なモノ。
それは……僕の命。
僕の命を出品すれば、青山くんは助かる。でも、僕は死ぬ。
でも、それでも……。
僕はそっと目を閉じた。
この三日間を思い出す。青山くんがきて、友達ができて僕の世界は変わった。それまでの僕は、生きているけど死んでいるようなものだった。
そんな僕が、夢みたいに楽しい時間を過ごせたんだ。全部、青山くんのおかげだ。
確かに最後、彼を出品しようと考えてしまったけど、僕は愚かだった。
そんな愚かな僕でも、友達の役に立てる。最初で最後の、友達へのプレゼントだ……。
「決めたよ、僕」
ありがとう青山くん。さようなら青山くん。
カメラを自分に向けて、僕は1人心の中でそうつぶやいた。
って、そういえば同じことを数分前にも呟いていたな。まったく、おかしなものだ。
僕は自嘲気味に笑うと、カメラのシャッターを押した。
「ありがとう。僕の最高の友達」
~『マーケット』 終~