友と妹
「お兄ちゃん、起きて。もう朝だよ!」
「う、うう……ん?」
お腹の当たりが暖かくて、少し重い。何かが乗っている? 何だろう。それに、いい匂いがする。
「お兄ちゃんてば!!」
「う、うわ!? き、君は……」
目を開けて前を見ると、中学生くらいの見知らぬ少女がいた。それも、寝ている僕のお腹にまたがっている。
「えへへ。大好きだよ、お兄ちゃん!」
「へ?」
誰だ、この子。こんな子、僕は知らない。
「もー。お兄ちゃんが起きてくれないと、華菜がお母さんに怒られちゃうんだからー。こうなったら、最終手段だー!」
戸惑っていると、女の子は僕のお腹の上から降りて……え? ふ、布団の中に潜り込んできた!?
「え? ちょ、ちょっと!?」
「ほら~、起きるの!」
もぞもぞと布団の中から華菜が顔を出してきた。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「あ、ああ。おはよう……」
そうだ。寝ぼけていたけど、思い出した。この子は僕の妹だ。
間島華菜。僕がマーケットで購入した妹。弟を出品したポイントで購入した妹。
華菜は僕が完全に目を覚ましたことを確認すると、ぴょこんとベッドから抜け出た。
「ご飯、そこに置いておくね」
「あ、ああ。ありがとうね、華菜ちゃん」
華菜は元気いっぱいな中学2年生で、サイドテールの可愛い女の子だった。弟とは天と地の差もある。素直で、従順で、可憐で、可愛くて、僕が思い描く理想の妹像そのものだ。
「お兄ちゃん。ずっと言おうと思っていたんだけど……」
「ん?」
ドアを背にして華菜は僕を見る。
「もしお兄ちゃんが、このままずっと引きこもりでいるなら……」
「え?」
華菜の目が鋭くなって真剣になる。もしかして、僕。妹に説教される?
「華菜がお嫁さんになって、養ってあげるね!」
「あ、ああ。ありが……とう?」
さらに華菜は顔を真っ赤にしてうつむくと、可愛らしくもじもじして言った。
「それでね。赤ちゃん、いっぱいいっぱい作ろうね!」
……いや、これはさすがに狙いすぎだろ。と、思ったが……アリだな。ていうか、血の繋がりはないんだし。いや、この子の中では血の繋がった兄妹っていう設定なのか。
「じゃあね! 愛してるよ、お兄ちゃん!」
ドアを元気よく締め、華菜は去って行った。
「……妹っていいな」
床に置いてあったトレイに手を伸ばし、コーヒーに口を付ける。
弟が消えて3日経ち、妹ができて3日が経つ。
父も母も、まるで最初から弟なんていなかったようにふるまい、突然現れた妹を我が子のように可愛がっている。
僕も最初こそ戸惑ったが、こんな可愛い妹がじゃれついてきて、嫌がる男なんかいない。
「このオムレツ、おいしいな。華菜が作ってくれたのか……」
華菜は、料理のスキルも高く家事も率先してこなしている。
弟ならこうはいかない。あいつはひたすら僕をバカにして、蔑んだ目で僕を見下すんだ。だから、出品して正解だった。
こんな素晴らしいアプリがあるなら、もっと早く使えばよかったよ。まったく。
「ふう。おいしかった。こんなにおいしい朝ご飯は初めてだ」
朝食を片付けると、僕はスマホでメールをチェックした。青山くんからのメールが、楽しみでしょうがない。
「あれ、まだ返信、ないのか」
メールが来ないだけで、気分が落ち込んでしまう。僕は、青山くんに嫌われてしまったのだろうか……。
気落ちしてると、突然スマホが震えた。
「あ、青山くんから、で、で電話だ」
『おはよー、良人ー!』
「お、おはははは、よう!」
『かみすぎかみすぎ! まったく、朝から面白いなー良人はー』
「ご、ごめん」
やっぱり、電話で人と話すのって緊張するな。チャットならスラスラ話せるのに。
『今これから暇?』
「う、うん」
『じゃあさー。カラオケ行かね?』
「え? 僕……外は……それに、この前ゲーム買って今お金ないし……」
『大丈夫大丈夫ーおごるよ。アニソンメドレーしようぜ! ジェムプロとか歌って、熱くなろうぜ!』
カラオケで、アニソン……いいな。お金も青山くんが出してくれるなんて……でも……。
「で、でも……僕、やっぱり、外は……」
『怖いの?』
「うん……」
『心配するなって。俺がついてるよ。良人は俺が守ってやる』
「へ?」
ちょっとそのセリフは、BL臭がするんだけど……なんて、言えないな。
『うわー! 野郎相手に言うセリフじゃなかった!! 今の忘れて! 俺、ガチホモじゃねーから!』
冗談とはいえ、なんか頼もしい奴だ……それに、友達とカラオケでアニソン……歌ってみたい。
「は、はは。わかってるよ。う、うん。行くよ。僕……」
『お、マジ!? じゃあ、10時に駅前な!!』
「う、うん。それじゃ」
そして僕は、外に出ることを決心した。
深夜にコンビニへ行く程度なら外には出ているけど……日中に出歩くのはかなり久しぶりだ。
準備を整えて、いざ外へ出ると一歩一歩が怖かった。
すれ違う人々が、僕をバカにしたような目で見ている……気がする。実際はそうじゃないかもしれないけど。
それでも僕は頑張って、友達のところへ行こうと歩みを進めた。
「少し……早かったかな」
時刻はまだ9時48分。約束の時間まで10分以上だ。さて、どう時間をつぶそうかな。
そう考えた矢先のことだ。
「ちょ、マジうける! 何あのきもい奴!」
――え?
「うわー。マジオタクって感じ。くらそー。てか、きもっ!」
声のしたほうを見ると……二人の高校生くらいの女がいた。見るからにDQNだ。髪も金髪でケバい。
そいつらは、僕を見ている。僕を……バカにしている。
「……!!」
「うわー、こっち見た! きも!」
だから、嫌なんだ。外に出るのは……こんなことなら、やっぱりやめておけばよかった。
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。でも、僕にはどうすることもできない。初めから負けているような気がして、足が動かなかった。
「鏡見てみろよ、お前ら」
「え?」
ふと気が付けば、青山くんが僕の隣にいて……DQN女に一人で向かっていった。
「見知らぬ人間に、きもいって言うんじゃねえよ! お前らに良人の何が解るんだ!!」
「あ、青山くん……」
僕の怒りを代弁するように、青山くんは肩を怒らせ、DQNどもを睨み付けている。
DQNどもは完全にすくみあがり、どうやってこの場を逃げ出そうかきょろきょろと周りをみていた。
「きもいなんて、ひどいことを平気で言える心の持ち主のお前らのほうが、きもいよ」
それだけ言って、青山くんは僕の隣に戻ってくると、DQNどもは小さな声で「ごめんなさい」と言って、去って行った。
「あ、青山くん。ありが、とう……」
「何言ってんだよ、良人。友達を守るのは当然だろ。それに俺、ああいうの許せないんだ。自分より弱い立場の人間を平気で傷付けることができる奴……」
青山くんは、険しい表情を崩し爽やかな笑みを浮かべると僕の背中を押した。
「おら、行くぜ! 嫌なことは歌って忘れるぞ! 一発目はラブラブライブの第1期OP曲な! センターはもちろんお前な?」
「え、ええ?」
僕は、いい友達を持った。本当に心の底からそう思った。