時間の支配者の末路
時間が止まってどのくらいの年月が経ったのか解らない。
少なくとも、一年は経ったであろう頃、オレは退屈で退屈でしょうがなかった。
確かに可愛い女の子が目の前にいっぱいいる。けれど、彼女たちは何もしゃべらないし、何の反応もしてくれない。
一度は行為に及ぼうとしたものの、マネキンを抱いてるみたいになって、結局抱きつく以上のことはできなかった。
食事も、作ってくれる人間が誰もいないから、ずっとコンビニ弁当ばかりだ。幸い時間が停止しているので、賞味期限が永遠に来ないのは助かるが、オレの舌は化学調味料に満足できなくなった。
誰も何も言わない。
死んだように止まったままの街。
ずっと同じ姿勢、表情のままのマネキン人形みたいな人間。
季節も、天気も、ずっと同じ夏の快晴。
そうだ、この世界には変化というものがない。
時間と言う檻に囚われているのは……オレのほうだ。
さらに、数年くらいの時間が経った。
もうこの頃になると、オレは衣服の一切を着ずに街を徘徊していた。
寝る場所もどこでだっていい。虫ですら時間が停止しているので、刺される心配がないのだ。
オレは、駅前の噴水に向って立小便をした。
小便小僧の横に立って、自分のモノのほうがでかいことに満足し、発射する。
周りに若い女性も大勢入るが、それでもやめることはない。
気にする必要がないのだ。誰も、何も言わないから。
何も、言ってくれないから。
さらに……何年が過ぎただろうか。
もう数えることもなくなって久しいが、オレは今大阪にいる。
旅に出て、誰か動いている人間がいるか探して回っているのだ。
大阪がダメなら、アメリカだ。アメリカがダメなら中国だ。
とにかくオレは、生きた人間に会いたかった。
そして、世界中を旅して回って……オレは自分の生まれた家に結局戻ってきた。
恐ろしいくらい何も変わっていない。あの日連れてきた女の子達も同じ表情、同じポーズのままだ。
オレは、再びスマホを起動してみた。
こんな、こんなバカな物があるから……オレは、オレはこんなになっちまったんだ!
結局、今の今まで動いている人間には会えなかった。すべてはこいつのせいだ!
思い切り壁にむかって放り投げてやった。
ゴン! という破壊的な音がしたかと思うと、何かが動いた。
「あら? どこ、ここ?」
「何であたし……自分の部屋にいたはずなのに」
マネキン同然だった少女達が動き出していた。
「お、ぉ。ぉおおおおおお」
オレは急いで投げたスマホを拾ってみた。
……時間が動いている! ようやく……ようやく時間の檻から抜け出せた!!
彼女達には謝らなければならない。そして、オレが今までやってきたことに対して謝罪し、罰を受けなければならない。
オレは警察に出頭するつもりだった。
線路に男を突き落としたこと。原付のおばちゃんをはねたこと。
全てを謝罪して、生きている人間と再び話がしたかった。
「ぉぉぉおおおおおお!」
オレは嬉しくなって叫んだ。
まずは、まずは、母さんに会いたい。母さんに会って、可能ならば、甘えてみたい。
オレは二階の母さんの部屋へ大急ぎで向った。
ドアを開けると、そこには掃除機をかける母さんの後姿が……。
オレは、嬉しくなって母さんに抱き付いた。
「な、なに!?」
母さんが驚き振り返る。
息子が久しぶりに戻ったんだ。きっと、嬉しいはずだ。うまい料理を作ってくれるはずだ。
母さんの顔がみるみる……泣きそうになっていく。
「きゃああああああ!! 誰か、誰か助けてええええ!!」
「え?」
「出て行ってよ!」
掃除機を振り回し、オレを追い払うように威嚇する。
「お、おでだよ。む、むずこの、ようど、だど」
「家の陽くんは、あんたみたいなホームレスのジジイと違うわよ! 警察呼ぶわよ!!」
え?
なおも弁解しようとしたが、母さんは悲鳴を上げて取り付くしまもない。
仕方がない。一度下に戻るか。
洗面所で顔でも洗おうかと思って、鏡の前に立ったオレは……あることに気が付いた。
「こでが……お、おで?」
長い間しゃべらなかったせいか、うまく発声ができない。
いや、それよりも。
長く汚らしく伸びたヒゲ。
ぼろぼろの歯。
シワだらけの皮膚。
太陽よりも眩しいスキンヘッド。
服装は、ほぼ全裸といっていい。
どこからどうみても……17歳だった村上陽人の面影はなかった。
何十年、オレはさまよっていたんだろう。時間の止まった世界を。
いや、それよりもオレは……村上陽人として認められるのだろうか。
再び時間が動き出したというのに、これじゃあ……これじゃあ……あんまりだよ……。
「ああ! まだいた! 出て行きなさい! この化け物ジジイ!!」
洗面所にいたオレは、母さんに見つかって無理矢理追い出されてしまった。
仕方がなく、オレは駅前に出てどうしようかさまよっている。
「ねー、なんか臭くない?」
「うわ……何あれー? きっもー!!」
「ホームレスかな?」
嘲笑の嵐が駅前に吹き荒れる。オレは……こんな奴らを捜し求めていたのか?
「おい、ジジイ。てめえくっせーんだよ」
「うぜーんだよ、死ねや」
突然、若い男に背中を蹴られた。衝撃でめまいがしてそのまま地面に倒れてしまう。
ダメだ。反撃しようにも、体力がない。
このままじゃ殺される……。
オレは……再びストップウォッチで時間を止めた。
……これでいいんだ。これでいい。
すでにオレは動き出す時の中では生きていけない。誰も今のオレを、村上陽人と認めてはくれないだろう。
きっと村上陽人は失踪届けが出されそのうち死亡扱いになって、この世に存在しないことになる。
きっとこれが、時間をイタズラに止めた人間に与えられる罰なのだ。
だったならばオレは、この時間がストップしたままの世界で、生涯を閉じよう。
オレは、スマホを駅前の噴水に投げ入れた。
~『ストップウォッチ』 終~