ゲームは1日11時間まで!
「ん……」
頭がズキズキする。それに辺り一面真っ暗だ。おまけにカビ臭くて汗臭いし。
あれ? ていうか何であたし、こんなところで寝てんだろ。確かさっきまで、片山さんの運転するリムジンで屋敷に帰る途中で……。
どーなってんの?
体を動かそうとしてみたけれど、自由に動かない。ていうか、手足縛られてる!?
「ん! んんん! んんん!?」
声を出そうにもガムテ―プかなんかで塞がれてて、完全に行動不能。
「ようやくお目覚めか。まったく、たいしたお姫様だぜ。この状況でスヤスヤ寝てるんだからな」
急に目の前が光に満ちて……一瞬視界が0になる。照明がつけられたみたい。
「ん?」
ここがどこなのか確認しようと頭を上げたあたしは、いきなりの出来事に絶句した。
「少しでも長生きしたかったら、おしとやかにしてるんだ、いいかいお嬢ちゃん?」
目の前に無慈悲な光を放つ刃――コンバットナイフ!!
あたしの中でコンバットナイフといえば、ゾンビがわらわら出てくるゲームの印象が強い。お父さんはナイフだけでクリアしたけど、あたしは無理だった。
そのコンバットナイフを使って、黒服の男があたしの首筋にぺちぺちと、柔らかく叩いてきた。
ゾンビはナイフの一撃くらいでは死なないけど、あたしは人間だ。
「んんんんん~!!」
めっちゃくちゃ怖い。刃の冷たい感触で首筋が震える。
「へへへへへ」
男は震え上がったあたしのリアクションに満足したのか、バカにしたように笑った。
「もっと気持ちのいい悲鳴聞かせてくれよ、お嬢様よお」
べりっとガムテを引っ張られ、口が自由になる。うう、めっちゃ痛い!
「な、なんなのあんた! あたしなんかさらって、どうするつもり!?」
「北条寺グループ総帥の孫娘ともなれば、金になる。ま、一言でいえば誘拐だ。オレらには必要なんだよ。傾いた組織を再興するためにはな」
誘拐。そっか、あたしお嬢様なんだっけ。それに今のジャンルはサスペンス……この事態はアプリ『ゲーム』のせいだ。だったら、きっと片山さんが助けてくれるはず。
落ち着かないと……そうだ! 少しでも情報を引き出さなきゃ。そんで、時間を稼ぐ!
「そ、組織って何? 冥土の土産に教えなさいよ! 聞いてやるから!」
「ふん。いいだろう、教えてやる。どうせお前は金さえ受けとりゃ、殺す予定だしな」
男はあたしに背中を見せると語りだした。
「一年前のことだ。オレたちの組織、エフラムは一夜で壊滅した。本部は原因不明の爆発で木端微塵。ボスは行方不明。上司は何者かと戦闘して敗北……踏んだり蹴ったりだよ。だから、組織再興のために金が要るのさ。お嬢様には悪いが、しばらく付き合ってもらうぜ」
ククク。と、男は悪者っぽい笑い声を出しながら、あたしの頬をなでてきた。
「にしても。なかなかイイじゃねえか、お前」
「え? ちょっと、何? やめて」
男の手があたしの頬から下にスライドされる。胸の上をはうように移動させ、制服のボタンに手をかけた。
きもい。悪寒で背筋が震える。
視線を部屋中に巡らせ、なんとか逃げれないかと模索する。窓が1つある……あそこから出れない!?
「オトナの世界を教えてやるよ。大丈夫、すぐによくなるさ」
男はやらしい顔であたしのスカートを見ると、笑った。
怖い。誰か、助けて!!
「な、なんだてめえは!!」
制服のブレザーをむしりとられかけた、ちょうどその時だった。
「お迎えにあがりました、お嬢様」
窓ガラスがガシャンと砕けて、そこから黒い燕尾服を着た執事が舞い込んできたのだ! ガラスの破片が光を反射し、黒い燕尾服姿の執事が神々しく見える。
「か、片山さん!?」
「この失態。我が命を差し出してでもお嬢様をお守りすることで、償わせていただきます!」
「黒い執事だと!? どっかのマンガじゃあるめーし、ぶっ殺されにきたか!」
「失礼致します」
一瞬。黒い影が踊ったかと思うと、男は倒れていた。片山さんのチョップが首筋に極まったのだ。
「うが!? ば、バカな……強すぎる」
片山さんは静かに歩いてあたしに近づくと、手足の縄をほどいて自由にしてくれた。
「参りましょう、お嬢様。お屋敷に最高級の食材でこしらえた、イタリアンのフルコースがございます」
「か、片山さん! ありがとうーー!!」
嬉しさのあまり、片山さんに抱き付いてしまうあたし。
「お嬢様……」
片山さんはあたしを引きはがすでもなく、暖かくて心強い胸板で受け入れてくれる。
ずっと、このままでいたいな。時間が止まればいいのに。
「おい、なんか今すごい音がしなかったか……って、なんだお前は!?」
けれど、空気読めないMOBがいきなり侵入してきて、あたしはいきなり片山さんにお姫様抱っこされた。
「お嬢様。少々荒っぽく行きますので、ご辛抱を!」
「わ!」
片山さんはあたしをお姫様だっこしたまま、黒服を蹴り飛ばし、出口を目指す。
どうやらここは使われなくなった廃工場らしく、黒服たちがアジトにしていたようだ。
「む」
片山さんは急に立ち止まり、あたしを静かに地面に降ろすと周囲を警戒した。
「お嬢様、お下がりください」
「え?」
片山さんがあたしを隠すように前に出ると、四方から黒服たちが大勢やってきて、囲まれた。
「逃がすかよ。せっかく手に入れた金の卵だ。男は殺せ。女は絶対に殺すな。抵抗するようなら手足の1、2本折ってやれ」
黒服の中でも、グラサンをしたリーダー格の男がそう指示すると、一斉に襲い掛かってきた。
「フ。お行儀の悪いお客様には、お引き取り願いましょう」
片山さんは次々に黒服たちを叩きつぶしていくけど、さっきの車のときよりも数が多い。劣勢だ。
「片山さん、大丈夫!?」
つい心配になって、片山さんの背中に声をかけると彼は振り向き、いつも通りの微笑を浮かべ、頭をさげ答える。
「はい。お嬢様。この程度の数、大したことはありません。それに……姫を守るナイトは、私一人ではないようです」
「どういうこと?」
片山さんが答える前に、そいつはやってきた。
バク転を決めながら黒服たちの隙間を縫い、あたしの前に立つとたくましくも細い体で、ボクシングかなんかのファイティングポーズをとる。
「あ、あんた。小野寺瑛太! どうしてここに!?」
「言ったはずだ。お前はオレの物だ、と。オレは、オレの大事な物を守る……ただ、それだけだ」
クールに笑うと、瑛太は格ゲーのキャラみたいに、サマーソルトキックで黒服をノックアウトする。
うわ、かっこよすぎ!
「ち。銃を使え。丸腰のガキに大人の怖さを教えてやれ!」
男たちが一斉に銃を構えると、あたしに狙いを定める。
「女を殺されたくなかったら、抵抗をやめろ――ぐお!?」
撃たれるかと一瞬ヒヤヒヤしたけど、男の一人が床にうずくまって、発砲されることはなかった。
「え?」
うずくまった男の右手にはボールペンが深々と刺さっている。
え、ボールペン?
「君たち、ペンは剣より強し……という言葉を知っているかな? いや、この場合、ペンは銃より強し。かな?」
「天田勇樹!?」
「ヒロインを助けるのはヒーローの、僕の役目だ。山場を盛り上げる脇役には、退場してもらうよ」
勇樹はボールペンを、まるで棒手裏剣のように投擲し、次々と黒服たちの戦闘力を奪っていく。
ペンは剣より強しの意味違うでしょ、それ!
「ぐお!?」
勇樹のボールペン手裏剣にやられた男が、あたしに倒れてくる。
「おっと、プッシングはイエローカードだぜ、おっさん。俺のフェアリーちゃんが相手なら即、人生の退場だ」
倒れてきた男は、サッカーボールを顔面に受けて方向転換した。それをやったのは、天才サッカー少年の渡瀬奏汰。
「渡瀬奏汰まで……みんな、あたしのために?」
「左様でございます。みな、お嬢様をお守りしたいという心は同じ。さあ、お嬢様。我らにご命令を」
命令って……なんだかRPGみたい。って、もしかして!?
急いで右の胸ポケットからスマホを取り出すと、アプリ『ゲーム』が起動したままになっていて、ジャンルがRPGになっていた。
RPG! なんか、胸あつな展開じゃない、これ! それなら……あたしが下す作戦はたった一つ!
「ガンガンいこうぜ!」
あたしの言葉に反応するように、4人のイケメンたちが華麗に戦う。
「な、なんだこいつら……化け物か!?」
片山さんが舞い、瑛太が空を斬るように蹴りを放ち、勇樹がボールペンで敵の動きを封じ、奏汰があたしの盾になってくれた。
それはもはや戦いとはいえず、一方的な攻撃だ。ていうか、イジメだ。ものの数十秒でケリが付き、廃工場は戦闘不能になった黒服の男たちで溢れかえっている。
つまり、完全勝利。イケメン軍団強すぎ!
「みんな……みんな、ありがとう!」
「気にするな。オレはお前が無事ならそれでいい……」
「瑛太くん……」
「どこかケガはない? 僕の大事なヒロインに何かあったら、一大事だ」
「勇樹くん……」
「ま、気にするなよ夢。またこんなことが起こったら、お前を助けるために、いつでも駆けつけるからさ」
「奏汰くん……」
「屋敷に戻りましょうお嬢様。私自慢のドルチェで、お嬢様の涙を笑顔に変えて差し上げます。あなたには笑顔がよく似合う」
「片山さん……」
気付けばあたしは泣いていた。嬉しかったんだ。初めてだもん。
男の子に助けてもらったのって。男の子に心配してもらったのって。男の子に慰めてもらったのって。男の子に褒められたのって。
だから、浮かれてたから……みんながあたしの背後を見て驚いたのを、一瞬遅れて反応しちゃったんだ。
「お嬢様!!」
「へ?」
「し、死ね!!」
振り返ると同時……あたしは倒れていた黒服の一人から銃で撃たれた。
右胸に強烈な衝撃を受け、その場に倒れてしまう。
……死ぬの? あたし? そっか。これ、ゲームだもんね。
じゃあ、バッドエンドかな? でも、それでもいいや。だってあたし、もう満足したんだもん。こんなイケメンたちに囲まれて死ぬなら……それでも……。
……。
……。
……あれ?
「……生きてる?」
起き上がって右胸を見ると、弾がスマホに突き刺さっていた。
そっか。あたし、スマホに助けられたんだ。スマホは完全にぶっ壊れてるけど。
「ご無事でございますか、お嬢様!?」
「う、うん!」
安堵して片山さんに抱き付こうとしたとき、彼の携帯がけたたましく鳴り響いた。
「……はい、片山でございます。はい……はい? 夢お嬢様が……? そんな……では? はい。わかりました。では、そのように」
「片山さん?」
片山さんは電話を切ると、あたしを厳しい目で見てきた。
「お嬢様……いえ、夢さん。申し訳ございません」
「え? なになに?」
「単刀直入に、一言で申しますと……その、人違いだったようです」
「は?」
「ですから、その……我々が探していた夢お嬢様とあなたは別人で……どうやら、間違いだったようなのです」
「マチガイ?」
「ええ」
言ってる意味が解らない。いきなりどういうこと、これ? スマホが壊れた途端にこれは……。
って、もしかしてもしかして! スマホが壊れたから、アプリ『ゲーム』が使えなくなった……ってことなの!?
「なんだ。本人じゃないのか。偽物に用はない。失せろ、大根役者め」
「ひ?」
「ごめんね夢ちゃん。僕は本当のヒロインに、会いにいかなくちゃいけないみたいだ」
「へ?」
「わりー夢。やっぱあんた、俺の好みじゃねーや。危うくオウンゴールかますとこだったぜ」
「ほ?」
いきなり皆、手のひらを返したように、あたしの周りから離れていった。
ちょっと、何よそれ! さっきまでの一体感とかどこいったのよ!
……やっぱ、しょせんゲームだったってことか。これが現実なんだな……。
「夢さん」
三人の美少年たちはすでに去ったというのに、片山さんだけずっと同じ場所に立ったまんまだ。
「なーに? 今まで食べたものとかお金とか返せって? そんなん無理だって……」
「いえ。私は今、非常に安堵しているのです」
「え?」
ぐいっと。うつむいていたあたしの顔を近づけて、片山さんは言った。
「身分違いの恋でなくて、よかったと」
「え」
「夢さん。もしよろしければ、これからもあなたのお側にお仕えさせてもらっても、よろしいでしょうか?」
片山さんは恭しく頭を下げ、あたしの手の甲にキスをした。
「はいいいい!?」
「もちろん、お返事を今すぐにとは思っておりません。まずはご実家に帰って、今までの疲れを取るのが先決。私が車でお送りしましょう。さあ、こちらへ」
「あ、うん」
何なの。これって、どういう意味? これからもって……身分違いの恋って!?
アプリ『ゲーム』がなくても……まだまだ、いいことがあるんだな。
あたしはリムジンを運転する片山さんの背中を見て、あったかい気持ちになった。
そうだよ。もう少し、リアルを頑張ってみよう。
きっと、まだまだいいこといっぱいあるはずだもん。ゲームの世界に逃げてばかりいないで……外の世界に目を向けてみよう。
彼に、片山さんに釣り合うような女にならないと。
「片山さん」
「はい?」
「頑張るね、あたし!」
もっと自分を磨く時間を確保しなきゃだ。そのためには、ゲームする時間を減らして……うん。
これからゲームは一日11時間にする!
~『ゲーム』 終~




