表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/52

執事無双

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


「は、はい」


 車から降りると、そこは日本中のやんごとなき家柄の子女が通う、学校の門前だった。


 あたしは胸いっぱい息を吸い込むと、一歩を踏み出す。お嬢様としての、主人公としての一歩を。


「やっぱり慣れないなあ……」


 北条寺家で生活することになって、それにともない転校することになったのだ。


 転校してすでに一週間。庶民の公立高校とはワケが違う。マジで異世界トリップした感じ。


 私学の、それも金持ちの巣窟ともいえるこの学園は、昼食はバイキング形式……じゃなくてビュッフェスタイルで、みんなお上品にナイフやフォークで食事を召し上がる。


 前の学校じゃ『昼飯』だったのに、ここでは『お食事』だ。


 あたしが箸で肉の塊にがっついてるのを見て、みんな微妙な顔をしていたけど……行儀作法とか、そのうちなんとかしないとね。


 そういう細かいことを忘れるくらい、学食の料理は最高にうまかった。


 設備もまたすごい。エアコンはガンガン効いてるし、ガードマンが大勢いて、監視カメラもところどころに設置されている。


 授業の間にお茶とお菓子のサービスもあるし(試しに飲んだら涙が出るくらいうまかった)、敷地内には映画館もある。


 それに、制服がすっげー可愛い。有名なデザイナーにデザインされた物で、機能性もファッション性も最先端。


 でも、何よりも……。


「おはようございます、北条寺さま」


「おはようございます」


「おはようございます、北条寺さん」


 この学校の経営に北条寺一族が絡んでいるからか、生徒だけでなく、先生もあたしの機嫌を損ねないよう、必死にゴマをすってくる。


 先生すらもあたしに対して頭を下げてくるし、マジで気分がいい。


 気が付けばあたしの周りには人がいて、クラスメイトは忠実な下僕だった。


 さらにさらに、あたしの婿候補3人も同じクラスにいて、常にあたしを取り合って争っている。


 楽しい日々が……夢に描いていた日々が、そこにあった。


「お迎えにあがりました、お嬢様」


「いつもありがとう、片山さん」


 放課後は決まって同じ時間、同じ場所で片山さんが待っていた。


 常に微笑を浮かべ、黒い燕尾服を着こなす紳士。


 いいなあ。この人も、攻略対象にならないかなあ。


 リムジンの後部座席から、運転中の片山さんの背中を見てそう思った。


 ……そうだ。ジャンル変更すれば……片山さんといい関係になれるかも?


 ポケットからスマホを取り出して、久しぶりにゲームを起動する。


 恋愛、RPG、格闘、パズル、アクション、シューティング、レース、サスペンス。


 この8つから選べる。正直、現状に満足していたから他のジャンルに変えたことはなかったけど……ちょっと変えてみようかな。気に入らなかったら、戻せばいいし。


 んー。そうだなあ。RPG……は、どうだろ。いや、なんか違うなー。じゃあ、アクション……いや、サスペンスかな?


 次々に襲い掛かる事件から、あたしを守る執事……うん、いいかも!


 あたしは早速、サスペンスをタップしようとして……。


「げ」


 間違えて、アクションをタップしてしまった。


 あ。やば、早くジャンル変えないと。


「お嬢様、舌を噛まないよう踏ん張ってくださいませ!」


「は?」


 片山さんがそう言うやいなや、車は急加速した。


「な、何!?」


「学校を出てからずっとつけられていたようです。お嬢様の命を狙う不埒(ふらち)な輩でしょう……このまま一気に振り切ります」


「きゃ!?」


 シートにめいっぱい体を打ち付けられ、スマホがあたしの手から滑り落ちる。


 それを拾おうとして屈みこんだ瞬間……頭上で花火が上がったと思えるような爆音が、鳴り響いた。


「へ?」


 頭を上げて窓を見れば、何か突き刺さっている。それは、FPSゲームとかでしか見たことのない銃弾で……高さ的に、ちょうどあたしの頭に相当する位置に突き刺さっていた。


「スナイプされたの、あたし?!」


 車の窓が防弾ガラスだったのが幸いして、死なずにすんだみたいだけど。


「お嬢様。頭を低く」


「は、はい!」


 冗談じゃない。こんなのあり得ない。何であたしがワンショットワンキルされにゃならんのよ!


 早いとこジャンルを戻さないと!


 再びスマホを操作してジャンルを変更しようとするが、車が減速して手が滑ってしまい、またまた違うジャンルを選んでしまった。


「こ、今度は何選んだの、あたし?」


「お嬢様。座席の下にライフルが収納されております。現在私は運転中で手を離せませんので、もしよろしければ発砲なさってください」


 シューティング!?


「北条寺家のご令嬢ならば、これくらいやっていただかねば」


「はあ!?」


 いきなり何言ってんだこいつ、と思ったあたしの目の前に、モノホンのライフルが現れて、後部座席の窓が開いていった。


「む、無理言わないでよ! そりゃ、FPSは好きだし、ネットじゃ黄昏のホークアイって呼ばれてるけど、実物なんて撃ったことないよ!」


 とにかく、ジャンルを早いとこサスペンスに変えなきゃ!


「……ふう。これで少しはマシに……って、うわ!!」


 ジャンル変更した途端、車は急停止して、あたしはシートにしたたか頭を打った。


「いったあ……」


 頭をさすりつつ前を見ると、あたしのリムジンはいくつもの車に囲まれ、何人もの黒服の男たちがじりじりと近寄ってくる。


「お嬢様。少々お待ちいただけますでしょうか。3分で戻ってまいります」


「え? ちょっと、片山さん?」


 いきなり片山さんが飛び出した。彼が外に出た途端、黒服の男たちは一斉に動き出し……戦いが始まったのだ。


 あっという間に片山さんは囲まれて、攻撃される。


「危ない!」


 あたしが悲鳴に近い叫び声を上げた瞬間、片山さんの周りの男たちは次々と倒れていった。


「え?」


 まるで踊っているように……片山さんの蹴りが、拳が、華麗に動き次々と男を倒していく。


 ナイフで襲い掛かってきた男の足を払い、投げ飛ばし、自分よりも大きな男をチョップかなんかで首筋に一撃決めて、気絶させる。


 まさしく片山無双。


「あ、危ない片山さん!」


 素手ではかなわないと思ったのか、男たちは拳銃を装備して、片山さんに狙いを付けていた。


 男たちは口元をゆがませ、一斉に引き金を引く。そして、いくつもの銃弾が片山さんに向けて発射される。


「フ」


 片山さんは軽く笑うと、華麗に空中を舞って男たちの背後に回り込んだ。


 あんた本当に人間か!?


 そして、またまたチョップをかまして全員を気絶させる。


 やばいくらいにかっこいい!


 あたしは思わずドアから勢いよく外へ飛び出して、片山さんに駆け寄っていた。


「片山さん! すごい! すごいよ!」


「お嬢様。お怪我はございませんか?」


「ううん! それより片山さんは、大丈夫?」


「はい。問題ありません。北条寺家に仕える執事たるもの、このぐらいできなくてどうしますか」


 それ執事の範疇超えてるって。


「それよりもお嬢様。申し訳ございません」


「え? え?」


 急に片山さんは頭を深く下げてきた。


「不届き者を成敗するのに要した時間、3分と2秒。失態でございます。いかなる罰も甘んじて受ける所存。どうか、この片山めに厳しい罰をお与えください」


「い、いや! ぜんぜんすごかったって! それより、早く帰ろ。あたし、お腹空いちゃったよ!」


「かしこまりました。それでは、お屋敷に戻り次第、イタリアで修業した料理の腕をお披露目致しましょう」


 片山さんは再び頭を下げると、車のドアを開けて入るよう促した。


 ていうか、イタリアで料理修業したって……何者よ、この人。


 イタリア料理っていったら……やっぱ、ピザだよね! ピザ……マヨネーズとかどっかりつけてさ。


 うう、お腹空いたなあ。


 とにかくあたしはルンルン気分で車に乗り込もうとして――。


「お嬢様、危ない!!」


「へ?」


 片山さんの見ている方向に何があるんだと思って振り向いたら……鉄パイプみたいなのを振り下ろそうとする男がいて……あたしの意識はそこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ