主人公はただ1人
ぼくがMOBから主人公になって、一週間が経過したある日の登校直後。
「鈴木くん、ちょっと……話があるんだけど」
相変らずぼくは世界の中心で、人気者で……主人公だった。今も美人のクラスメイト進藤さんに話しかけられて、困っている。
何せ、ぼくとお近づきになりたい女子は彼女だけではないからだ。たった1人に束縛されるのは嫌だけれど、無下にすると好感度が下がりそうだし、主人公は辛い。
ま、それも主人公だからこその苦悩か。
「ああ、いいよ」
ぼくは笑顔でそう返事した。
「じゃあ、屋上で2人っきりで……来て」
「え? ちょっと――」
進藤さんはそう言うと、ぼくの手を強引に取り、教室から連れ出した。そして、階段を昇り屋上に出る。
「で? 話って何かな」
彼女は屋上にたどり着くと、携帯を取り出してぼくに見せてきた。なんてことのない、ただのスマホ。ただ画面には、ストップウォッチと書かれていて、彼女の顔は深刻だった。
「今朝、こんなアプリが勝手にインストールされてたの。私、なんだか怖くなっちゃって……」
「ふうん。それが、どうかした?」
バカバカしい。たかだかスマホアプリぐらいで大騒ぎしてるんじゃないよ。勝手にインストールされたぐらいで……。
「これ……使ってみたら……時間が止まっただなんて……信じる?」
「は?」
笑うところなのか、ここは?
「ちょっと、何言ってるのかわからないんだけど」
「本当なの! 私、ウソなんて付いてないよ! これを使ったら、時間が止まったんだから!」
何をバカな……。時間が止まるだなんて、そんな魔法みたいが奇跡があるわけ――いや。
ある。ぼくのコンフィグも、同じだ。
「最近、うちのクラスの子達の間で、こういうヘンなアプリが勝手にインストールされるの流行ってるみたいなの。私が知る限りだと、相田さんと桜本くんもそうかな? もしかしたら……鈴木くんもなのかなって思って……だって鈴木くん最近、別人みたいに変わったから」
「いや、そんなの知らないよ」
バカな。ぼく以外にも、同じ様なアプリを持つ人間がいるだなんて……。
いや。まだデタラメの可能性もある。確かめないと。
「ねえ? 本当にそんなアプリで時間なんか止められるの? 信じられないんだけど」
「本当だよ。じゃあ、試してみる?」
「え」
彼女はいきなりスマホを取り出すと、ストップウォッチの画面をタップした。すると、一瞬で姿が消えて……。
「鈴木くん、こっち」
背後で声がして振り返ると、進藤さんがいた。いたのだ。
「時間を止めている間に君の背後へ回りこんだの。どう? 信じてもらえる?」
「あ、ああ」
ものすごい速さで移動した? いや、少年漫画じゃあるまいし、そんな動きが人間にできるものか。何かのトリック……いや、本当にタネも仕掛けもない。
じゃあやっぱり――時間を止めた?
「信じられないよね。私もこんなの、信じられない……それに、なんだか怖い。ねえ、どうしたらいいと思う? やっぱり、削除するべきかな」
おいおい、ウソだろ。こんなの、チート過ぎるじゃないか。
特別な力を持つ主人公はぼくだけのはずなのに。ぼくだけが特別だと思ったのに。
「そんなアプリ危険だよ。今すぐ削除したほうがいいよ。なんだかわからないけれど、そんな気がするんだ」
削除させなければ。時間が止まっている間に、この女に何をされるかわかったものじゃない。
「うん……そうだよね。まだ実感がわかないけど、なんだか怖いよねこんなの。……よかった、鈴木くんに相談できて。削除しておくね」
ぼくの言葉に納得したのか、彼女はあっさりと承諾してくれた。
それでいい。お前はそのままMOBでいてくれればいい。主人公は2人もいらないんだ。
進藤さんはまるで重い荷物から解放されたように、軽い足取りで教室へ戻って行く。
……なんだよ、これ。
ぼくみたいなアプリを持ったヤツが、主人公が他にもいるってことか? 少なくともさっきの話じゃ、クラスメイトの相田花音と、桜本忠道もそうみたいだが……。
排除しなければいけない。もし抵抗するようなら、無理矢理スマホを奪って破壊するか……。いや、それでは生ぬるい。またインストールされる可能性が0ではない以上は……。
「コンフィグで寿命を0にして、殺すしかない……」
ぼくは、どこまでも広がる青い空に向ってそう呟いた。
あってはならない。他に主人公がいるだなんて。せっかく手に入れた最高の個性。この力はぼくだけのもの。
ぼくはそう心に決めると、教室へと戻った。
教室に戻ると、さっそく2人の姿を探す。相田花音はすでに登校していて、佐藤まりんと能天気におしゃべり中……桜本忠道は……欠席か?
なら、まずは相田花音。お前からだ。
廊下に出て誰もいないことを確認すると、コンフィグを起動して相田花音をカメラに収める……が。
「え?」
まるで、目の前から消えてしまったように……スマホがなくなっている。
そして、次の瞬間。さらに驚いた。ぼくは一瞬で学校の屋上に移動してしまったのだ。
「え? え? 何だ、これ」
きょろきょろと周りを見回すと、進藤さんがすぐ近くでスマホをいじりながら立っていた。よく見ればそれはぼくの……ぼくのスマホだ。
「ウソつき」
彼女はスマホの画面を見てニヤけると、ぼくを見た。
「コンフィグ……ふーん。これが鈴木くんのアプリなんだ? 人生の難易度設定……なるほどね。ヘンだと思ったんだよね。さえない鈴木くんがいきなり、スーパーマンになっちゃうんだもの」
「ちょ、返せよ!」
思い切りダッシュして進藤さんの腕をつかんだが、次の瞬間ぼくは地面にキスをしていた。
「女の子に何するのよ。鈴木くんみたいなMOBが、主人公であるこの私に逆らうってわけ? 時間さえ止めちゃえば、私にはなんでもできるんだから、バーカ」
「お前……削除してなかったのか……」
進藤がスマホの画面を見せびらかしてくる。そこには、削除したと思われたストップウォッチの画面があった。
……だまされた。そうか、こいつ……ぼくにカマをかけたのか。
ぼくの異変に感付いて、アプリを持っているかどうか反応を見て確かめたんだ!
「主人公はこの世に2人もいらないの。鈴木くんには……そうだなあ。死んでもらおうかな?」
「やめろよ。そんなこと、できるわけないだろ」
「できるよ? 時間さえ止めちゃえば。不意ならいくらでも打てるもの。どこにいようと、どんな人ごみの中でも……時間を止めてる間に、ね」
進藤は、可愛い顔でけろりと不吉なことを言ってのけた。
「待てよ! 手を組もうよ、な? ぼくのコンフィグと、進藤さんのストップウォッチがあれば、何でもできるじゃないか!」
ぼくは、作り笑いをして進藤にすりよった。スマホさえ奪えれば……進藤のスキを突けばなんとかなるはず。
「頼むよ! まだ死にたくはないんだ。ぼくのアプリで君の人生、ベリーイージーにしてあげるから、ね?」
「私の人生をベリーイージーに? ……そうね。このアプリ、インストールした人間しか使えないみたいだし……相田さんと桜本くんも始末しなきゃだし。メリットあるかな……うん、いいよ」
あっさりと承諾してくれた。バカなヤツだ。
「まずは作戦会議しない? まずはあの2人がどんなアプリをインストールしているのか、調べないと」
ぼくはそう言いながら、進藤に近付く。
ナイスタイミング、というべきか。進藤のスマホが着メロを鳴らした瞬間、ぼくは今だと思った。
進藤が電話に出るべきかどうか悩んだその刹那にタックルをかます。
「きゃ!?」
進藤は屋上を転がり、持っていたスマホを落とした。今だ。
ぼくはすかさず自分のスマホを拾い上げ、コンフィグアプリを起動した。そして、進藤の寿命を0に設定する。
が、落とした瞬間にバグったのか壊れたのか……画面がフリーズしたままだ。
「くそ! どうなってるんだこれ!」
画面をタップしたり振ったりしてみて、めちゃくちゃにいじりくり回していたら、ようやく画面が反応してくれた。だけど……フリーズ中にいじくりまわしたせいで、ぼくの人生の設定が、ベリーハードになっていた。
やばい。早く元に戻さないと!
「鈴木くん」
「え?」
急に体が軽くなった。下を見れば、学校のグラウンドがものすごい勢いで迫ってくる。屋上から落とされた? 進藤に?
え? え? なんだよ、これ。
ぼくの人生、ベリーイージーのはずだったのに。
「ばいばい、鈴木くん」
上を見れば、進藤が笑顔でぼくに手を振っている。
こんなアプリさえ、手に入れなければ……ノーマルの人生さえ歩んでいれば、こんなことにはならなかったはずなのに。
ただのMOBだったなら……こんな悲劇的な最後にならなかったのに……。
いや、主人公だからこそか。悲劇の主人公っていうのも、いいじゃないか。
そう思えば、ぼくは目の前に迫る地面が、死が、愛おしく思えた。
そうだ、これでぼくは――主人公になれる。
~『コンフィグ』 終~




