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檻の中のペット

「さて、と。そろそろ新しいペットでも作ろうかな」


 ネットで俳優、タレント、声優やスポーツ選手など、色んなイケメンの写真をスマホに取り込んで、自分の部屋のベッドでにらめっこする私。


「年下の男の子もいいかも、渋いオジサマもありかなあ……どれにしよう……」


 本来は猫を飼うつもりだったケージアプリ。それがいまや、私の女としての欲望を満たすだけの道具になりつつある。


「よし、決めた。アイドルの結城麗央くん! 新しい私のペットにしちゃおっと」


 麗央くんは中学2年生の可愛い系男子。ふふ、私がいっぱいいっぱい可愛がってあげよう。だって、私は麗央くんの飼い主なんだもの。


 新しいペットを決めると、ケージアプリを起動しようとホーム画面に戻る。


「え、あれ?」


 けれど、ケージアプリはどこにもなかった。


 どうして? どこいったのよ、私のケージ。今朝までちゃんと……あったのに。


 慌ててスマホを隅から隅まで調べてみるけど、やはり見つからなかった。


『花音ー。まりんちゃんが着てるわよー』


 スマホと格闘している間に、お母さんが玄関から大きな声で呼んでくる。


 まりんが? 今日遊ぶ約束なんて、してないんだけどな。


「まいどー」


「はいはい、まいどー」


 玄関に現れたまりんは、すっかり立ち直ったのか満面の笑みだ。


「アポなしですか、まりんさん」


「まあまあ、そんなかたいこと言わないでよ、のんのん。せっかく親友が尋ねてきたんだからさ。あ、そうだ。来週提出の課題一緒にやろ!」


「別に、いいけど……」


 まりんは家に何度か遊びに来ている。遠慮なく玄関から侵入すると、これまた自分の部屋のように私の部屋でくつろいでいた。


「ちょっとーまりん。今私、忙しいんだけど……やっぱ今日は遠慮してくれない?」

 

「まあ、そう言わないでよ。私ね、とってもいいモノ手に入れたんだ」


「いいモノって……何?」


 まりんはバッグからスマホを取り出した。ただのなんてことない、普通のスマホだ。


「これだよ」


「それって、まりんの携帯じゃん。それがどうしたの? 機種変したとか?」


 そう聞いている間に、まりんはシャッター音を鳴らして私を撮影した。


「ちょ! 勝手に撮らないでよ! 撮るならかわいく撮ってよね」


「のんのんさ。どんな動物でも飼育できるアプリって……信じられる?」


「は?」


 信じるも何も……今私が探しているモノだ。


「今朝ね。私のスマホに勝手にインストールされてたの。びっくりするよね、最初ウィルスでも入ってないか心配してたんだけど……あはは。ぜんぜんそんなことなかった」


「まりん、あんたもしかして……」


 私が訪ねるより早く、まりんはスマホの画面を目の前に突きつけてきた。


 それを見て、血の気が失せていくのが自分でも解る。なにしてんのよ、こいつ。頭、おかしいんじゃないの?


「これね、今処分したの。近所の野良犬。こたろうが毎日いじめられてたから、殺しておいたの」


 画面には、赤い海が広がっていた。


 それは私がよく知るケージの処分画面。何で……まりんなんかが、ケージを持ってるの。


「ど、どうして。どうしてまりんがそんな危ないモノ持ってるの!? 渡しなよ! それはとっても危険なモノなんだから!」


 まりんの携帯を奪おうと、私は飛びかかった。だけど、あっさりとかわされ無様にベッドへダイブしてしまう。


「ねえ、のんのん。知ってる? このアプリね、人を……殺せるの」


 ベッドに突っ込んでいた顔を上げようとした時、ものすごい力で押さえつけられた。とても同性の力とは思えないような、恐ろしい力で。


「信じられる? 信じられないだろうけどね、これは事実なの」


 呼吸ができない。苦しい、苦しいよ。やめて、まりん!


「もう1ついいことを教えてあげる。このアプリにね、履歴が残ってたんだよ。誰がいつ、どんなペットを飼っていたかっていうの」


 え?


「相田花音ていうヤツが、こたろうの写真を読み込んで、そのすぐ3時間後にあっさり処分してるの。どうしてあんなに可愛いこたろうをすぐに殺せちゃうんだろうね。脳ミソがちゃんと詰まってるのか知りたいな」


「ち、ちがう」


「次に読み込んだのは真田先輩。こっちも一晩でゴミ箱行きとか、本当に人間なの、あんた?」


 必死に抗議をしようとして顔を上げたとき……私は見てしまった。寒気がするほど憎しみに彩られた笑顔を浮かべるまりんを。


 ――人間のする顔じゃない。


「しょうちゃんをペットのように扱った挙句、殺すだなんて。人の彼氏で何してくれてんの、お前?」


「え? しょうちゃんって……」


「付き合い始めてまだ一月も経ってなかったのに……これから思い出を積み重ねていくはずだったのに!」


 真田先輩の付き合ってる人って……まりん、だったの?


「こたろうはね、私が小学生の時に家にやって来て、弟みたいに可愛がってきた大事な子だったんだよ。ううん、弟だった。それを、それをあんたが……あんたが!!」


「ご、ごめん。まりん。謝るから、謝るから許して!!」


 殺される。そう思った。 


 私はまりんから大事な物を2つも奪っていたのだから。


「ほら見て、のんのん。ステキな待ち受けだと思わない?」


 まりんはスマホの画面を私の目の前へ突き出した。そこには、私がいて……『処分しますか?』と、書かれている。それは私がよく知っている画面だった。


「ケージの処分、画面……?」


「処分画面のスクリーンショットだよ。これで、いつでものんのんを殺せるから」


「嫌! やめてよ、まりん。何でもするから! 殺さないでよ、殺さないで……」


 まりんはスマホをポケットにしまうと、いつも通りの笑顔で私に手を差し伸べてきた。


「大丈夫、誰にも言わない。のんのんは殺さないから」


「あ、ありがとう」


 安堵してまりんの手を取ると、「だって、のんのんは私の可愛いペットなんだもん」と、まりんは笑顔のまま殺意を込めた瞳でそう言った。


「一生かけて私が面倒見てあげる。おばあちゃんになって、死ぬまで。飼い主はペットが死ぬまで責任を持って飼わなくちゃいけないんだもん。ねえ、そうでしょう?」


「え」


「だから、のんのんは一生をかけて私に償うの。死ぬまで私に逆らうことは許さない。だって、あなたの命はここにあるんだよ?」


 悪魔のように笑うと、まりんはスマホを私のほっぺたにぺちぺちと叩きつけてきた。


「じゃあまず、カラオケに行こうか。もちろん、のんのんのおごりね」


「うん……」


「そのあと、どこかでお茶しようか。これものんのんのおごりだよ」


「うん……」


「ああ、後。課題もお願いね。一問でも間違いがあったら、飼い主の責任として、(しつけ)してあげるから」


「うん……」


「じゃあ、いこ」


 まりんは普段通りの笑顔を浮かべると、お母さんに頭を下げて家を出た。


 私もまりんの後をゆっくりと追いかける。


「ちょっと、ご主人様を待たせるつもり?」


「ご、ごめん。まりん!」


 どうやら私は、親友という(ケージ)から一生抜け出せそうにない。 


 ~『ケージ』 終~

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