壊れていく日常
頭から血を流している先輩を見て、目の前が真っ暗になった。
何で? どうして? まだ一度も話しかけたこと、なかったのに……。
かっこいい先輩の顔は目が完全に見開いていて、生前の面影がない。
先輩、きっとまだまだしたいこともあったんだろうな。付き合ってる恋人さんも、かわいそう。
知り合いの男子の話によれば、 階段を踏み外してそのまま転落しちゃったらしい。そして、頭の打ちどころが悪かったのか、死んでしまった。
「こらお前ら、教室に戻れ!」
生活指導の先生がやってきて、無理矢理教室に戻された。
教室はすでに先輩の話で持ちきりだ。ショックで泣いている女子もいれば、初めて死体を見たと興奮しているバカな男子もいる。
まだ信じられない、先輩が死んだなんて。
心にぽっかりと穴が空いたような気分。
でも……私には、ペットになった先輩がいる。そう、いつでも会えるのだ。
オリジナルの先輩にはあえなくとも、従順なペットの先輩いつでもスマホの中にいて、私だけを見てくれる。それだけで充分。
「のんのん、何か……あったの?」
「あ、まりん。先輩が……」
まりんはさっきまで泣いていたのか、先輩の死を知らないみたいだ。
「先輩、階段から落っこちて……」
「え?」
先輩の身に何かあったのであろうことを察知したまりんは、半狂乱になって教室を飛び出そうとした。
信じられないくらいの金切り声を上げて、鬼が乗り移ったような顔で暴れ回った。
「ちょ、ちょっとまりん! ダメだよ! 行っちゃだめ! 男子、まりんを抑えるの手伝って!」
まりんは男子たちに取り押さえられ、保健室で休ませることになった。
そっか、まりんも先輩のこと好きだったもんね。こたろうが死んで辛かった上に、先輩までいなくなったんだもん、無理ないか。
先輩の事故があったからか、担任は職員会議で1時間目は自習になった。
私は課題を片付けようともせず、スマホをいじって遊んでいる。もちろん、ケージで。
ただ……。
「エラー。読み込めません?」
まただ。こたろうの時と同じ様に、写真が読み込めなかった。
同じ写真じゃダメなのかと思って、先輩が演説している時に隠し撮りした写真を読み込んで見るけど、これもダメ。
それはこたろうも同じだった。一度処分すると、同じペットは飼えないのかも。だとすると……もう二度と先輩には会えないって事になる。
あれ? でも、どうしてだろう。私がペットとして処分した人や動物が、続けて死んでしまうなんて。
偶然、だよね? だって、これただのスマホアプリだし。
こんなので人なんか殺せるわけがないよね? そうだ……試してみればいいじゃない。
昨日、連続殺人事件の犯人が逃走中っていうニュースを見たっけ。
私はネットでその犯人の顔写真を拾ってくると、ケージで読み込んだ。
名前は適当に入れて、性格はおやぢにして登録する。そして、すぐに処分した。
「……これで本当に死んでたら、私。どうしよう……」
ワンセグ付きの携帯をもっている子に貸して貰って、ニュースを見る。けれど、問題の犯罪者が死んだというニュースはなかった。
そりゃそうだ。こんなので、殺せるわけが――。
『臨時ニュースです。連続殺人事件の容疑者として指名手配中の男が、先ほど逃走中、交通事故に遭い死亡しました。男は突然トラックの前に飛び出し――』
死んだ。
けど。これも、偶然……だって、交通事故……でしょ?
そうだ。このアナウンサーで、もう一度試してみよう。そうすれば、解るよね。
私は携帯のテレビ画面を自分のスマホでぱしゃりと撮った。そして、さっきと同じ様に適当に設定してすぐに処分する。
『次のニュースです。政府日銀は、大幅な金融緩和の……う!?』
ニュースの途中でアナウンサーは胸を押さえてうずくまり……急に画面が真っ暗になった。
その後知ったことだけど、あのアナウンサーは心臓麻痺で死んだらしい。
私はそれを知ると、確信した。
あのアプリは、オリジナルとペットの命がリンクされる。つまり、処分すればオリジナルも死亡するということ。
と、いうことは。
私が……先輩とこたろうを殺したっていうことになる。
私が。
私が?
私……が?
そんなの、ウソだよね。こんなの、間違いだよね。
私、悪くないよね? だって私、知らなかったんだもん!
嫌だ。嫌だよ。誰か、助けて。
好きな人を殺して、親友のペットを殺して、まったく無関係な人まで殺して……私、どうすればいいんだろう。
どうすれば償えるんだろう? どうすれば元の生活に戻れるの? どうすれば、許されるの?
……。
…………。
……………………。
――なーんちゃって。
過ぎたことは仕方がない。受け入れて、前向きに生きるしかないじゃない。
それにこれは、とってもステキな力。
私のスマホに他人の命が握られているだなんて……神様にでもなった気分。タップするだけで、気に入らないヤツはこの世から処分できる。
すごい。まーでも、本当に人なんか殺さないけど。
ちゃんと線引きはできてるつもり。すでに4人……あ、3人と1匹か。彼らには悪いことをしたと思っているけど、知らなかったんだもん。しょうがないじゃん。
先輩のことは本当残念だけど、先輩よりもいい男がきっといるはず。そう、私のペットが……どこかに。