パラダイスプリズン
あれから数日が過ぎ、夏休みになった。
オレはあれ以来、すっかり時間を止めるのに懲りて……。
「それじゃおばさん。お小遣いいただいてきますね」
――なかった。
相変らず見ず知らずの家庭にあがりこんで、数千円いただいている。
ここでミソなのは、盗む金額を数千円と、小額にしていることだ。この程度なら家計にとってはまだ誤差範囲内だろう。
時間を止めているとはいえ、現金が無くなっているのは事実なんだから、あまり派手にやるとまずい。
「お、可愛い子達発見」
時間を止めれるのって、素晴らしい。何もかもがし放題だ。
オレはバス亭で中学生くらいの女の子に近付いた。キレイな黒髪だ。触りたい。
女の子にだって、触る以上のことはしていない。それがオレの最低限のルールでもあった。
これを犯してしまうと、もう後戻りできなくなってしまうような気がしたから……。
いや、もう後戻りはできない。オレは……人を殺してしまったのだから。
「……ち」
あのことを思い出して、急激に興味が削がれてしまった。
「まあいいや。軍資金は充分稼いだし、これで何か買うか」
オレはストップウォッチで時間を動かそうと操作した。
停止ボタンをタップして、世界が再び動き出す。動き……動いていない?
「な、なんだよこれ。どーなってんだ?」
何度も何度もタップしてみるが、それでも反応しない。
「ま、まさか。バグっちまったのか?」
背中にじんわりと嫌な汗が滲み出てくる。
5分ほど再起動したり、色々試してみたが、何度やっても時間は止まったままだった。
そこでオレの出した答えは――。
「ま、いいか」
考えても仕方がない。なら、この状況を精一杯楽しもうじゃないか。
オレはさっそく、近くのコンビニに行ってみた。
「ひゃっほう!!」
コンビニにいた客を片っ端から思いっきり殴っていく。
おっさんも、おばはんも、店員も、生意気そうなガキも平等にグーパンチ。
そして、カゴを取ると店の商品を片っ端から入れていった。
当然、レジを通らずにそのまま店を出た。
「しかし、こりゃ重いな。どうやって家まで運ぼうか」
どうするかな。と、思案していたところに、運転中の車が目に入った。
「あれだ」
運転中とはいえ、時間が停止しているので止まって見えるのだ。
オレは運転席のおっさんを蹴ってどけると、補助席に商品を乗せ車を運転してみた。
運転なんてしたことがないけど、ゲームと同じだろ? 余裕余裕。
オレは適当に左にあったレバーをがちゃがちゃ動かした。
そして、アクセルを踏む。が。
「うを!?」
急激に車が後退して、後ろにいた原付のおばちゃんを跳ね飛ばしてしまった。
なんだよ、これ。
レバーはよくみると、オヤジが車を車庫にいれるときと同じ位置にある。
……間違えてバックしちまったのか。
「げ。やば……」
おばちゃんは頭から血を流して、ぐったりしている。だが、うめき声も助けを求める声も聞こえない。
さすがにやばいと思ってオレは119番してみたが、電話は一向に繋がらない。
時間が止まっているんだ、救急車がくるわけないか。
「時間が動いたら、助けてあげるよ。それまで我慢しててね」
オレはおばちゃんを道路の端によけると、車の運転を再開した。
だが、再び運手席に着いて新たな事実に直面する。
「そうだ……時間が止まってるってことは、車を動かす人間も止まってる……つまり今、目の前の車は動かない」
今、オレの前には数台の車が走っている。だが、中の人間の時間は止まっているので、永遠に動かない。
チャリならよけていけるのに……これじゃ車が役に立たないじゃないか。
しかたがなくオレは車を降り、近くにあったチャリをパクって家に帰った。
家に帰ると、リビングに近所から可愛い女の子を連れてきて、はべらせた。
多少手間がかかったが、オレのハーレムが完成される。ロリ美少女から巨乳美女まで、好みのタイプの女の子をソファに座らせて、オレがその中心に収まる。
……一度やってみたかったんだよなあ、これ。
オレは楽しい時間を満喫していた。
時間が動かずとも、楽しいことだらけだ。食事だって、近くのコンビニから取ってくればいいし、そこの商品がなくなれば、違うコンビニやスーパーに行けばいい。
家に帰れば可愛い女の子達がオレを待っている。まあ、動いたりしゃべったりしてくれないけど。
とにもかくにも、オレは人生で最高の瞬間だと思っていた。
そう、思っていた。